「冬の夜の物語」
女はやはらかにうちうなづき、
男の物語のかたはしをだに聴き逃さじとするに似たり。
外面にはふる雪のなにごともなく、
水仙のパツチリとして匂へるに薄荷酒青く揺らげり。
男は世にもまめやかに、心やさしくて、
かなしき女の身の上になにくれとなき温情を寄するに似たり。
すべて、みな、ひとときのいつはりとは知れど、
互みになつかしくよりそひて、
ふる雪の幽かなるけはひにも涙ぐむ。
女はやはらかにうちうなづき、
湯沸のおもひを傾けて熱き熱き珈琲を掻きたつれば、
男はまた手をのべてそを受けんとす。
あたたかき暖炉はしばし息をひそめ、
ふる雪のつかれはほのかにも雨をさそひぬ。
遠き遠き漏電と夜の月光。
「夜ふる雪」
蛇目の傘にふる雪は
むらさきうすくふりしきる。
空を仰げば松の葉に
忍びがへしにふりしきる。
酒に酔うたる足もとの
薄い光にふりしきる。
拍子木をうつはね幕の
遠いこころにふりしきる。
思ひなしかは知らねども
見えぬあなたもふりしきる。
河岸の夜ふけにふる雪は
蛇目の傘にふりしきる。
水の面にその陰影に
むらさき薄くふりしきる。
酒に酔うたる足もとの
弱い涙にふりしきる。
声もせぬ夜のくらやみを
ひとり通ればふりしきる。
思ひなしかはしらねども
こころ細かにふりしきる。
蛇目の傘にふる雪は
むらさき薄くふりしきる。
・・・こんな夜には、こんな詩、こんな曲、こんな物語・・・