皆様、よろしくお願いします。
スポンサーでもあるフランク・ミュラーの日本での発表会にお邪魔してきた。
会場になったTHE SODOH HIGASHIYAMA KYOTO(ザ ソウドウ 東山 京都)は、1300坪という広大な敷地に建つ日本画家の巨匠竹内栖鳳(たけうち せいほう)の私邸で、優美なたたずまいの日本家屋と風情ある庭園でつくられている素晴らしい会場だった。
壇上のフランク・ミュラー氏
会場には、3mを超えるフランク・ミュラーの象徴的な数字をモチーフにしたねぶたが作られていて、
参加者の眼をひいていた。
数年ぶりに、フランク・ミュラー氏本人ともおしゃべりを楽しんだ。
上の写真は、招待状と僕の愛用のフランク・ミュラーの時計です。
会場になったTHE SODOH HIGASHIYAMA KYOTO(ザ ソウドウ 東山 京都)は、1300坪という広大な敷地に建つ日本画家の巨匠竹内栖鳳(たけうち せいほう)の私邸で、優美なたたずまいの日本家屋と風情ある庭園でつくられている素晴らしい会場だった。
壇上のフランク・ミュラー氏
会場には、3mを超えるフランク・ミュラーの象徴的な数字をモチーフにしたねぶたが作られていて、
参加者の眼をひいていた。
数年ぶりに、フランク・ミュラー氏本人ともおしゃべりを楽しんだ。
上の写真は、招待状と僕の愛用のフランク・ミュラーの時計です。
ユネスコと日本政府が主催するESDユネスコ世界大会が11月10日(月)~12日(水)、愛知・名古屋で開かれます。
ユネスコ加盟国の政府代表、NGO、学識者、民間部門、個々の専門家、青少年、国連機関等を含む約1,000名が参加予定だそうです。
主として教育省庁を代表する75の大臣と15の副大臣が、参加を表明しているとのこと。
その前日にウェスティンナゴヤキャッスルで開かれるレセプション会場で「神の宮」作品約20点を展示する事が決まりました。
海外からの来賓の方に、少しでも日本人の自然観と“万物との共生共存”の精神を共有していただければと思っています。
英語の翻訳は「神の宮共働態」の実行委員でもある、株式会社aimさんにお願いしました。
いつもありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。
ユネスコ加盟国の政府代表、NGO、学識者、民間部門、個々の専門家、青少年、国連機関等を含む約1,000名が参加予定だそうです。
主として教育省庁を代表する75の大臣と15の副大臣が、参加を表明しているとのこと。
その前日にウェスティンナゴヤキャッスルで開かれるレセプション会場で「神の宮」作品約20点を展示する事が決まりました。
海外からの来賓の方に、少しでも日本人の自然観と“万物との共生共存”の精神を共有していただければと思っています。
英語の翻訳は「神の宮共働態」の実行委員でもある、株式会社aimさんにお願いしました。
いつもありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。
10月6日、千家国麿氏と高円宮典子女王殿下の
ご結婚披露宴にお招き頂いた。
誠にありがたく光栄なことだ。
写真は、マスコミでも取り上げられていた
引き出物のボンボニエール。
とても上品でかわいらしい品だ。
この窯元の器は、陶磁器なのに、
触れるとしっとりとして暖かみがあり、
手のひらに持つ触感が柔らかい。
僕も好きな窯元だ。
今年は出雲大社も伊勢神宮も遷宮の翌年のおかげ年。
ご神威が一番強い年と言われている。
大国主大神のご神徳で結ばれた
お二人の末永いご多幸とご健勝を心よりお祈り申し上げます。
ご結婚披露宴にお招き頂いた。
誠にありがたく光栄なことだ。
写真は、マスコミでも取り上げられていた
引き出物のボンボニエール。
とても上品でかわいらしい品だ。
この窯元の器は、陶磁器なのに、
触れるとしっとりとして暖かみがあり、
手のひらに持つ触感が柔らかい。
僕も好きな窯元だ。
今年は出雲大社も伊勢神宮も遷宮の翌年のおかげ年。
ご神威が一番強い年と言われている。
大国主大神のご神徳で結ばれた
お二人の末永いご多幸とご健勝を心よりお祈り申し上げます。
平成25年10月の遷宮から1年がたち、宇治橋の鳥居も立て替えられる。その10月3日の竣工式とくぐり始めにお邪魔した。
新鳥居の用材は、昨年の式年遷宮で役目を終えた内宮と外宮の正殿で屋根を支えていたヒノキの棟持(むなもち)柱が使われる。そして、旧鳥居は桑名市の七里の渡し場跡と亀山市の関宿へ移設されるそうだ。
千年以上も前から、こうした資源の再利用を実践していたのだと考えると、今の時代、少なからず反省することがあるように思う。
竣工式ではクレーン車で最上部の笠木を取り付け、またたくまに鳥居が完成した。むかしは、櫓をたてて滑車で上げたのだろうと思う。どこかで、昔ながらの竣工式のやり方を残してもらいたいという思いもあった。
お清めが終わると大宮司を先頭に参拝者は次々と新鳥居をくぐり、宇治橋をすすんでいった。
秋の日差しを浴びて輝く鳥居を見ていると、すがすがしくも気がひきしまる思いに包まれた1日だった。
新鳥居の用材は、昨年の式年遷宮で役目を終えた内宮と外宮の正殿で屋根を支えていたヒノキの棟持(むなもち)柱が使われる。そして、旧鳥居は桑名市の七里の渡し場跡と亀山市の関宿へ移設されるそうだ。
千年以上も前から、こうした資源の再利用を実践していたのだと考えると、今の時代、少なからず反省することがあるように思う。
竣工式ではクレーン車で最上部の笠木を取り付け、またたくまに鳥居が完成した。むかしは、櫓をたてて滑車で上げたのだろうと思う。どこかで、昔ながらの竣工式のやり方を残してもらいたいという思いもあった。
お清めが終わると大宮司を先頭に参拝者は次々と新鳥居をくぐり、宇治橋をすすんでいった。
秋の日差しを浴びて輝く鳥居を見ていると、すがすがしくも気がひきしまる思いに包まれた1日だった。