「つっ……」
痛みを感じて手をみてみるとそこは赤く腫れあがっていた。
さっきまでは興奮に包まれていたからなのか何も感じなかったのに今になって痛みでこの手の傷に気付く。
私たちのIV号が”あの”ティーガーを打ち破るには、とにかく相手の反応より早く事を成し遂げる、それしか無かった。
でも、私たちならそれが出来ると確信があったんだ。
だから私もあの時西住殿に対して迷いもなく即答できたんだと思う。
実際あの機動は想像以上のもので、頭は揺さぶられるし体は壁に打ち付けられるしで取り出した砲弾を落とさないようにするだけでも大変だったな。
なのにそれを装填までしなければならない。
手のひらで押していては閉じる尾栓に指を食い千切られかねないのでグーの手で砲弾を押し込める。
あの早さでは鉄の塊を思いっきり殴っているのと一緒。
手がこんなになってしまうのも当たり前だよね。
折れたりはしていないと思うのだけれど……
そんなことを考えながらお風呂上りの脱衣所でじっと自分の手を見ていると西住殿が声をかけてきた。
その目は涙を浮かべながら…
「ごめんね、優花里さん」
「えっ…?」
「自分でも無茶な事、言ったと思っているの。 ううん…… 今回だけじゃなくずっと、最初の…練習試合の時からみんなには無茶を言い続けてきちゃった…」
「そ…そんなことないですよ!」
「さっきね、記者会見で采配の妙的中とか、軍神とか…そんな言葉で持ち上げられたけど、本当はそんなんじゃないの」
そう、我が県立大洗女子学園戦車道チームの隊長である西住殿と生徒会長の角谷さんの2人は表彰式の後も記者会見やなんやらで今やっとお風呂に入れたばかりだった。
それなのにもうお祝いを兼ねた夕食時間のためにゆっくりお風呂につかることもできていないみたい。
「みんなが今まで以上の力を出してくれることを願っての戦術なんて、それはもう作戦なんて言えないじゃない」
西住殿の手が私の痛む手を優しく包み込んでくれる。
「こんなにしてまで…… この手のおかげで私たちは優勝できたの」
そして私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「に…西住…殿……」
や…ばい……
体が……あぁぁぁっっ……熱くなってせっかくお風呂で汗を流したのにまた汗が吹き出てくるっ!!
「さっきね、記者の人に「殊勲選手を5人あげてください」なんて聞かれたの。 変だよね。 戦車はひとりじゃ動かせられないのに… だから私は答えたの。 優花里さん、華さん、麻子さん、沙織さん、生徒会長さん、副会長さん、河嶋先輩、磯辺先輩、妙子さん、忍さん、あけびさん、カエサルさん、エルヴィンさん…………」
西住殿はそのまま全員の名前を言い続け、それを私もじっと待って聞き続けた。
こんな時にでも誰ひとりと省略することなく全員の名前を言ってくれるのが西住殿だから…
「だから記者の人も呆れちゃって…… でも、心からそう思うんだからしょうがないじゃない」
そんな西住殿に私も思い切ってずっと感じていたことを言えたの。
「私たちも…西住殿だったから…! みんな、そりゃ優勝はしたいし、学校が廃校になるなんてイヤです。 でも…一番の思いは西住殿と一緒に優勝したい! 西住殿の西住流一番なんだって!!証明したいって… そのためにみんなここまでがんばってきたんです」
「うん…… ありがとう」
そんな時、
「ありゃ~おふたりさん、妬けるねぇ~」
「せ…生徒会長!!」
気がつくと私たちはタオルも落ちて裸で抱き合って泣いていた。
「せっかくのところなんだけどさぁ、早くしないと風紀委員がおかんむりのようだよーぉ」
私と西住殿はハッとなりお互い恥ずかしくなって体を離した。
そそくさと服を着て荷物をまとめる。
そんな私に西住殿が手を繋いでくれて、
「お腹すいちゃったね。 ご飯、急いで行こっか」
その言葉に思いっきり大きな声で、
「はいっ!!」
と答えた。
あの時と同じように…
「やぁやぁやぁみんなー お待たせーっ」
「会長ぉー遅いですよ~ぉ」
副会長の小山さんは常に会長の心配をしている。
「主役は遅れてくるものさー ね、西住ちゃん」
「でも、会長。 この食事も9時半には終わらなきゃならないんですからね! それと、あなたたち、歴女チーム! さっき祝杯だーっなんて言っていたけど、まさか本当にお酒を持ち込んだりしていないでしょうね!?」
「あ……あたりまえぜよ……」
「なーんか怪しいわね」
「ソド子… こんなときまでうるさいぞ」
「ソド子って言うな! 冷泉さん… こんなときだからこそなのよ。 そんなつまらない不祥事で優勝がはく奪されたらイヤじゃない! 今、私たちには世間の目が集まっているの。 だからこそきちんと律していなければならないのよ」
「ソド子ちゃん、いつも気をつかってくれてありがとねぇ~」
「か…会長までソド子ってっ!!」
「じゃあそろそろ始めよっか~」
「でも、まだレオポンさん…自動車部のみなさんが来てません」
「なんか先輩たち明日には全車自走できるまでにするって張り切ってたよねー」
「どーする? ここはあたしたちでお祝いしてあっちには後で差し入れ持ってく? どーせ本当の祝勝会は帰ってから大洗ホテルで開いてくれるみたいだしさ」
会長はこんなときにまで西住殿に判断を丸投げしてしまう。
案の定戦車を降りた西住殿はアワアワとしてうろたえているけど、この生徒会長の丸投げが全てうまくいってきたところを見ると実はこの会長すごい人なのかも知れない。
「え…ぇ~と……じゃ…じゃあ、みんなでこの食事をピットに持っていってお手伝いしながらお祝いのご飯会をしましょう! え~と…宿舎のスタッフさん、申し訳ないんですけど、このお料理、全部詰めてもらえますか? 作業をしながらでもつまみ易くするのも忘れずに。 あと、簡単なテーブルとかも用意できますか?」
まただ……
西住殿の無茶振り。
あんなにアワアワおどおどしながらも人に指示を出すときには有無を言わせない何かを発している。
現に宿舎の方々もイヤな顔一つ見せずに大急ぎで作業に入ってくれている。
これがリーダー資質のカリスマというものなのかも。
「じゃぁ、みんなで体育着に着替えて20分後にロビー集合ってことでヨロシク~」
生徒会長の一言でみんな一斉に腰を上げてスタッフさんを手伝い始める。
「では、わたくしはピットが明るくなるようにお花を持っていこうかしら」
「クッションとかもいるよねー」
「ちょ…ちょっと待ってよ!! なんかみんな盛り上がってるけど、そんな夜遅い野外での課外活動なんて認められるわけないでしょう」
みんなが出ようとしたドアで園先輩が大きく手をひろげて立ちふさがった。
「うひひぃー」
生徒会長が待ってましたとばかりに笑みを浮かべて園先輩に対峙する。
「園ちゃ~ん、こんなこともあろうかとこれ、持ってきたからさー ちゃんと書くねぇ」
「それは…野外活動申請書と夜間活動許可申請書? でも、そんなの天文部だってめったに許可が下りないのよ。 先生? あれ? 先生どこ行ったのよ!?」
「ああ、古文? あのヒト、引率したらそれっきりでいっつも見ないよなぁ」
「じゃあ、先生不在なら次にえらいのは誰?」
「せ…生徒会長…あなたです…」
「うひひぃーっ カーシマー 生徒会印持ってきてるよねぇー」
「は、ここに」
やっぱり生徒会長は侮れない。
あの石作りの橋を破壊した件で先生が大会委員や自衛隊に呼ばれているって会長は西住殿にさっき話していたばかり。
でも、今はそれを伏せて先生は所在不明にしておいたほうがいいような気がする。
先生ごめん……
それを知っている西住殿はあいかわらずアワアワしているけど。
夜の東富士演習場は真っ暗で歩くこともままならないほどだったので、私がいつも所持している暗視スコープに大小5本のマグライト、それにコールマンのバッテリーランタンを頼りにみんなで手を繋いで進んでいくことに。 料理やテーブルとかは後で宿舎の方が車で運び込んでくれるらしい。
「ちょっと…なんでそんなものまで持ってるの? ゆかりんのリュックは四次元ポケット!?」
「備えよ常に、であります」
私は自慢の装備が活躍できてうれしい。 それでも少し進んだだけでこうこうと大型ライトに照らされたピットが見えてきて次第に虫音よりも大きく金属音が聞こえる様になり、焚かれた防虫薬のツンとする匂いも漂ってきた。
「あれゃ!? みんなどーして?」
「ここで祝勝会をやることになった。 どうだ? 直りそうか?」
「う~ん……問題はやっぱりIV号、八九、それとレオポンだねぇ、後は38がちょっとねー。 ヘッツァーの装甲を被せてなければヤバかったかも」
「あのマウスの砲撃を食らったB1bisも頑丈なのが取り柄だし転がったのがかえってよかったみたい。 それに至近距離での威力にさすがの黒高もびびったみたいでさー、III突も足元を狙われただけだったしね。 ひっくりかえったM3はボコボコな外装はともかく履帯さえ交換すればなんとか自走はできる。
ま、どれも操縦性って点ではグニャグニャで試合をするってわけにはいかないレベルだけどねー。
でも、三式なんかはこれで撃破判定出ちゃったんだー?ってくらいピンピンしてるよ。 なんだかんだ言ってもあの黒高はしっかりと”道”をわきまえて狙っているって感じかな?」
「無我夢中でなりふり構わずやるしかなかったあたしたちとはやっぱりレベルが全然違うみたいだねー」
みんなうんうんと頷いているところに手をたたきながら武部殿が声を張り上げる。
「もう時間もないことだし、とっとと始めて見通しがたったらお祝いしましょう。 みんなとりあえずは自分の車輛から手をつけよっか。 ねぇ、みぽりん。 この転輪もうダメだよね。 ゆかりん、梱包解いて新品出すの手伝って」
武部殿の瞬発力はいつもながらさすがだと思う。
私は改めて我がIV号を見上げてみた。
それは満身創痍との言葉そのもので、よくあのティーガーに撃ち勝てたものだと思うととても愛おしくなって無意識に頬ずりなんかをしてしまっていた。
「う……ゆかりん……?…」
武部殿はひきつった顔で私を見ているけど…
まぁ、このIV号は…やることは多いけどまだなんとかなるかもしれない。 やっぱり一番の問題がポルシェティーガーか…… さすがにあの状態では補修とかそんなレベルではない気がする。
自動車部のみなさんも手を動かしながらも顔は厳しい。
そんな中、なんだか外が騒がしくなってきた。
しかもその音はどんどん近付いてきてはっきりと履帯の擦れる音とエンジン音、それにモーター?
「エレファント!?」
暗闇からヌッと現れたその巨体には黒森峰の校章が書かれていた。
「な…なに…? あやちゃん…あいつ仕返しにきたよ!?」
「えっ!? えっ!? う…撃ったのあゆみも一緒だよ!!」
1年生チームは大騒ぎだ。
「まったく… 何カ月かぶりに妹から連絡があったかと思えばいきなりエレファントをくれ……なんてどうかしている」
エレファントの上から西住殿のお姉さまで黒森峰の隊長のまほ殿が呆れた口調で、でも笑みを浮かべながらこぼしている。
たしかにポルシェティーガーを基にフェルディナンドは作られたから共通部品も多くパーツ採りには最適だ。 後ろの薬きょう排出口を抜かれた判定だから実際にはほぼ無傷のようなものだし。
「うん、お姉ちゃんにお願いしてみたの。 だけどタダでってわけじゃないよ。 これからの記者会見やなんやらで”黒森峰には助けられました””黒森峰戦車道のフェアプレー精神には感動しました”って答えることにするの。 そう提案したら…」
「うちの学園長がえらい乗り気になったんだ」
みんな沈黙……絶句…?
これが…西住流……恐ろしい……
「それとついでに整備班も連れていけって…」
「おおっ!! ファモですよ、ほら!」
エレファントの後ろには3台のハーフトラックが連なっていた。 うれしいことに野戦炊事ユニットも載せられているよう。
「さっすが強豪校は違うね~」
「あんたんとこもこれからは強豪校でしょ。 装備、なんとかしないと来年からは厳しいわよ」
「ありゃ~ こりゃ手厳しいねぇ 逸見ちゃんは~ なんならパンター5輌くらいもついでにちょうだいよ」
「はぁ…? バッカじゃないの!?」
なんかいじわるな感じだったあの人もウチの生徒会長に軽くあしらわれちゃっているような…
それからの数時間はとても楽しいものだったのは言うまでもありませんよね。
みんな、さっきまでの敵味方は関係なしに戦車の修理に手を汚して油まみれになりながらもそのうちにきわどい女子トークがさく裂したりして、全ての修理が終わったのはもう陽がのぼった後。
予定していた早朝の出発時間には間に合わなくなって、臨鉄のディーゼルカーじゃ速度が出ないから昼間の過密ダイヤに乗せられないって言われたときは落胆したけれど、JR貨物とJR東日本のご厚意で大型の機関車で水戸まで引っ張って行ってもらえることになった。
武部殿は「あのJRの人~絶対あたしのことカワイイなんて思ってこんなことまでしてくれたのよー う~ん困っちゃうなぁ~」なんて言っていたけど…
もちろんそんなことは無く、JR貨物のCMにこの映像を使うってことでいつの間にか姿を見せていた引率の先生と契約を交わしていたのを私は知っている。
御殿場駅まで全車自走して8時にはなんとか積み込み終わり、”桃太郎”と名前が付けられた青い機関車に牽かれて大洗に向けて帰路についた。
途中常磐線用の機関車付け替えや時間調整とかで私たちのほうが先に帰着するのでみんなで愛車の到着を待つ手はずになっている。
その貨物編成には大きく”大洗女子学園戦車道チームはあなたの入学を待っている”なんて横断幕が取り付けられているし。
さすが生徒会は抜け目ない。
この分じゃ本当に廃校回避は可能性から現実のものへとなっちゃうかもしれない。
私たちの母港の町大洗。
昨日の早朝出たばかりなのになんだか1週間くらい空けていた気すらしてくる。
駅ロータリーに設置されたスロープを使って1輌づつ戦車が降ろされてきた。
これから港に停泊している学園艦までの道のりは優勝パレードとして町のみんなが待ってくれている。
自走はできるもののほとんどの車輛がボコボコでとても痛々しい感じがするけれど、その姿を応援してくれた人たちに見てもらえることはむしろ誇らしい。
全車駅前に並べられいよいよパレードのスタート!
…というときになって西住殿はいつものように角谷会長に号令を強要されてやっぱりアワアワ…
そして西住殿が発したたった一言
「パンツァーフォー!!」
私たちはその言葉に合わせて一斉にこぶしを突き上げジャンプした。
おしまい
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痛みを感じて手をみてみるとそこは赤く腫れあがっていた。
さっきまでは興奮に包まれていたからなのか何も感じなかったのに今になって痛みでこの手の傷に気付く。
私たちのIV号が”あの”ティーガーを打ち破るには、とにかく相手の反応より早く事を成し遂げる、それしか無かった。
でも、私たちならそれが出来ると確信があったんだ。
だから私もあの時西住殿に対して迷いもなく即答できたんだと思う。
実際あの機動は想像以上のもので、頭は揺さぶられるし体は壁に打ち付けられるしで取り出した砲弾を落とさないようにするだけでも大変だったな。
なのにそれを装填までしなければならない。
手のひらで押していては閉じる尾栓に指を食い千切られかねないのでグーの手で砲弾を押し込める。
あの早さでは鉄の塊を思いっきり殴っているのと一緒。
手がこんなになってしまうのも当たり前だよね。
折れたりはしていないと思うのだけれど……
そんなことを考えながらお風呂上りの脱衣所でじっと自分の手を見ていると西住殿が声をかけてきた。
その目は涙を浮かべながら…
「ごめんね、優花里さん」
「えっ…?」
「自分でも無茶な事、言ったと思っているの。 ううん…… 今回だけじゃなくずっと、最初の…練習試合の時からみんなには無茶を言い続けてきちゃった…」
「そ…そんなことないですよ!」
「さっきね、記者会見で采配の妙的中とか、軍神とか…そんな言葉で持ち上げられたけど、本当はそんなんじゃないの」
そう、我が県立大洗女子学園戦車道チームの隊長である西住殿と生徒会長の角谷さんの2人は表彰式の後も記者会見やなんやらで今やっとお風呂に入れたばかりだった。
それなのにもうお祝いを兼ねた夕食時間のためにゆっくりお風呂につかることもできていないみたい。
「みんなが今まで以上の力を出してくれることを願っての戦術なんて、それはもう作戦なんて言えないじゃない」
西住殿の手が私の痛む手を優しく包み込んでくれる。
「こんなにしてまで…… この手のおかげで私たちは優勝できたの」
そして私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「に…西住…殿……」
や…ばい……
体が……あぁぁぁっっ……熱くなってせっかくお風呂で汗を流したのにまた汗が吹き出てくるっ!!
「さっきね、記者の人に「殊勲選手を5人あげてください」なんて聞かれたの。 変だよね。 戦車はひとりじゃ動かせられないのに… だから私は答えたの。 優花里さん、華さん、麻子さん、沙織さん、生徒会長さん、副会長さん、河嶋先輩、磯辺先輩、妙子さん、忍さん、あけびさん、カエサルさん、エルヴィンさん…………」
西住殿はそのまま全員の名前を言い続け、それを私もじっと待って聞き続けた。
こんな時にでも誰ひとりと省略することなく全員の名前を言ってくれるのが西住殿だから…
「だから記者の人も呆れちゃって…… でも、心からそう思うんだからしょうがないじゃない」
そんな西住殿に私も思い切ってずっと感じていたことを言えたの。
「私たちも…西住殿だったから…! みんな、そりゃ優勝はしたいし、学校が廃校になるなんてイヤです。 でも…一番の思いは西住殿と一緒に優勝したい! 西住殿の西住流一番なんだって!!証明したいって… そのためにみんなここまでがんばってきたんです」
「うん…… ありがとう」
そんな時、
「ありゃ~おふたりさん、妬けるねぇ~」
「せ…生徒会長!!」
気がつくと私たちはタオルも落ちて裸で抱き合って泣いていた。
「せっかくのところなんだけどさぁ、早くしないと風紀委員がおかんむりのようだよーぉ」
私と西住殿はハッとなりお互い恥ずかしくなって体を離した。
そそくさと服を着て荷物をまとめる。
そんな私に西住殿が手を繋いでくれて、
「お腹すいちゃったね。 ご飯、急いで行こっか」
その言葉に思いっきり大きな声で、
「はいっ!!」
と答えた。
あの時と同じように…
「やぁやぁやぁみんなー お待たせーっ」
「会長ぉー遅いですよ~ぉ」
副会長の小山さんは常に会長の心配をしている。
「主役は遅れてくるものさー ね、西住ちゃん」
「でも、会長。 この食事も9時半には終わらなきゃならないんですからね! それと、あなたたち、歴女チーム! さっき祝杯だーっなんて言っていたけど、まさか本当にお酒を持ち込んだりしていないでしょうね!?」
「あ……あたりまえぜよ……」
「なーんか怪しいわね」
「ソド子… こんなときまでうるさいぞ」
「ソド子って言うな! 冷泉さん… こんなときだからこそなのよ。 そんなつまらない不祥事で優勝がはく奪されたらイヤじゃない! 今、私たちには世間の目が集まっているの。 だからこそきちんと律していなければならないのよ」
「ソド子ちゃん、いつも気をつかってくれてありがとねぇ~」
「か…会長までソド子ってっ!!」
「じゃあそろそろ始めよっか~」
「でも、まだレオポンさん…自動車部のみなさんが来てません」
「なんか先輩たち明日には全車自走できるまでにするって張り切ってたよねー」
「どーする? ここはあたしたちでお祝いしてあっちには後で差し入れ持ってく? どーせ本当の祝勝会は帰ってから大洗ホテルで開いてくれるみたいだしさ」
会長はこんなときにまで西住殿に判断を丸投げしてしまう。
案の定戦車を降りた西住殿はアワアワとしてうろたえているけど、この生徒会長の丸投げが全てうまくいってきたところを見ると実はこの会長すごい人なのかも知れない。
「え…ぇ~と……じゃ…じゃあ、みんなでこの食事をピットに持っていってお手伝いしながらお祝いのご飯会をしましょう! え~と…宿舎のスタッフさん、申し訳ないんですけど、このお料理、全部詰めてもらえますか? 作業をしながらでもつまみ易くするのも忘れずに。 あと、簡単なテーブルとかも用意できますか?」
まただ……
西住殿の無茶振り。
あんなにアワアワおどおどしながらも人に指示を出すときには有無を言わせない何かを発している。
現に宿舎の方々もイヤな顔一つ見せずに大急ぎで作業に入ってくれている。
これがリーダー資質のカリスマというものなのかも。
「じゃぁ、みんなで体育着に着替えて20分後にロビー集合ってことでヨロシク~」
生徒会長の一言でみんな一斉に腰を上げてスタッフさんを手伝い始める。
「では、わたくしはピットが明るくなるようにお花を持っていこうかしら」
「クッションとかもいるよねー」
「ちょ…ちょっと待ってよ!! なんかみんな盛り上がってるけど、そんな夜遅い野外での課外活動なんて認められるわけないでしょう」
みんなが出ようとしたドアで園先輩が大きく手をひろげて立ちふさがった。
「うひひぃー」
生徒会長が待ってましたとばかりに笑みを浮かべて園先輩に対峙する。
「園ちゃ~ん、こんなこともあろうかとこれ、持ってきたからさー ちゃんと書くねぇ」
「それは…野外活動申請書と夜間活動許可申請書? でも、そんなの天文部だってめったに許可が下りないのよ。 先生? あれ? 先生どこ行ったのよ!?」
「ああ、古文? あのヒト、引率したらそれっきりでいっつも見ないよなぁ」
「じゃあ、先生不在なら次にえらいのは誰?」
「せ…生徒会長…あなたです…」
「うひひぃーっ カーシマー 生徒会印持ってきてるよねぇー」
「は、ここに」
やっぱり生徒会長は侮れない。
あの石作りの橋を破壊した件で先生が大会委員や自衛隊に呼ばれているって会長は西住殿にさっき話していたばかり。
でも、今はそれを伏せて先生は所在不明にしておいたほうがいいような気がする。
先生ごめん……
それを知っている西住殿はあいかわらずアワアワしているけど。
夜の東富士演習場は真っ暗で歩くこともままならないほどだったので、私がいつも所持している暗視スコープに大小5本のマグライト、それにコールマンのバッテリーランタンを頼りにみんなで手を繋いで進んでいくことに。 料理やテーブルとかは後で宿舎の方が車で運び込んでくれるらしい。
「ちょっと…なんでそんなものまで持ってるの? ゆかりんのリュックは四次元ポケット!?」
「備えよ常に、であります」
私は自慢の装備が活躍できてうれしい。 それでも少し進んだだけでこうこうと大型ライトに照らされたピットが見えてきて次第に虫音よりも大きく金属音が聞こえる様になり、焚かれた防虫薬のツンとする匂いも漂ってきた。
「あれゃ!? みんなどーして?」
「ここで祝勝会をやることになった。 どうだ? 直りそうか?」
「う~ん……問題はやっぱりIV号、八九、それとレオポンだねぇ、後は38がちょっとねー。 ヘッツァーの装甲を被せてなければヤバかったかも」
「あのマウスの砲撃を食らったB1bisも頑丈なのが取り柄だし転がったのがかえってよかったみたい。 それに至近距離での威力にさすがの黒高もびびったみたいでさー、III突も足元を狙われただけだったしね。 ひっくりかえったM3はボコボコな外装はともかく履帯さえ交換すればなんとか自走はできる。
ま、どれも操縦性って点ではグニャグニャで試合をするってわけにはいかないレベルだけどねー。
でも、三式なんかはこれで撃破判定出ちゃったんだー?ってくらいピンピンしてるよ。 なんだかんだ言ってもあの黒高はしっかりと”道”をわきまえて狙っているって感じかな?」
「無我夢中でなりふり構わずやるしかなかったあたしたちとはやっぱりレベルが全然違うみたいだねー」
みんなうんうんと頷いているところに手をたたきながら武部殿が声を張り上げる。
「もう時間もないことだし、とっとと始めて見通しがたったらお祝いしましょう。 みんなとりあえずは自分の車輛から手をつけよっか。 ねぇ、みぽりん。 この転輪もうダメだよね。 ゆかりん、梱包解いて新品出すの手伝って」
武部殿の瞬発力はいつもながらさすがだと思う。
私は改めて我がIV号を見上げてみた。
それは満身創痍との言葉そのもので、よくあのティーガーに撃ち勝てたものだと思うととても愛おしくなって無意識に頬ずりなんかをしてしまっていた。
「う……ゆかりん……?…」
武部殿はひきつった顔で私を見ているけど…
まぁ、このIV号は…やることは多いけどまだなんとかなるかもしれない。 やっぱり一番の問題がポルシェティーガーか…… さすがにあの状態では補修とかそんなレベルではない気がする。
自動車部のみなさんも手を動かしながらも顔は厳しい。
そんな中、なんだか外が騒がしくなってきた。
しかもその音はどんどん近付いてきてはっきりと履帯の擦れる音とエンジン音、それにモーター?
「エレファント!?」
暗闇からヌッと現れたその巨体には黒森峰の校章が書かれていた。
「な…なに…? あやちゃん…あいつ仕返しにきたよ!?」
「えっ!? えっ!? う…撃ったのあゆみも一緒だよ!!」
1年生チームは大騒ぎだ。
「まったく… 何カ月かぶりに妹から連絡があったかと思えばいきなりエレファントをくれ……なんてどうかしている」
エレファントの上から西住殿のお姉さまで黒森峰の隊長のまほ殿が呆れた口調で、でも笑みを浮かべながらこぼしている。
たしかにポルシェティーガーを基にフェルディナンドは作られたから共通部品も多くパーツ採りには最適だ。 後ろの薬きょう排出口を抜かれた判定だから実際にはほぼ無傷のようなものだし。
「うん、お姉ちゃんにお願いしてみたの。 だけどタダでってわけじゃないよ。 これからの記者会見やなんやらで”黒森峰には助けられました””黒森峰戦車道のフェアプレー精神には感動しました”って答えることにするの。 そう提案したら…」
「うちの学園長がえらい乗り気になったんだ」
みんな沈黙……絶句…?
これが…西住流……恐ろしい……
「それとついでに整備班も連れていけって…」
「おおっ!! ファモですよ、ほら!」
エレファントの後ろには3台のハーフトラックが連なっていた。 うれしいことに野戦炊事ユニットも載せられているよう。
「さっすが強豪校は違うね~」
「あんたんとこもこれからは強豪校でしょ。 装備、なんとかしないと来年からは厳しいわよ」
「ありゃ~ こりゃ手厳しいねぇ 逸見ちゃんは~ なんならパンター5輌くらいもついでにちょうだいよ」
「はぁ…? バッカじゃないの!?」
なんかいじわるな感じだったあの人もウチの生徒会長に軽くあしらわれちゃっているような…
それからの数時間はとても楽しいものだったのは言うまでもありませんよね。
みんな、さっきまでの敵味方は関係なしに戦車の修理に手を汚して油まみれになりながらもそのうちにきわどい女子トークがさく裂したりして、全ての修理が終わったのはもう陽がのぼった後。
予定していた早朝の出発時間には間に合わなくなって、臨鉄のディーゼルカーじゃ速度が出ないから昼間の過密ダイヤに乗せられないって言われたときは落胆したけれど、JR貨物とJR東日本のご厚意で大型の機関車で水戸まで引っ張って行ってもらえることになった。
武部殿は「あのJRの人~絶対あたしのことカワイイなんて思ってこんなことまでしてくれたのよー う~ん困っちゃうなぁ~」なんて言っていたけど…
もちろんそんなことは無く、JR貨物のCMにこの映像を使うってことでいつの間にか姿を見せていた引率の先生と契約を交わしていたのを私は知っている。
御殿場駅まで全車自走して8時にはなんとか積み込み終わり、”桃太郎”と名前が付けられた青い機関車に牽かれて大洗に向けて帰路についた。
途中常磐線用の機関車付け替えや時間調整とかで私たちのほうが先に帰着するのでみんなで愛車の到着を待つ手はずになっている。
その貨物編成には大きく”大洗女子学園戦車道チームはあなたの入学を待っている”なんて横断幕が取り付けられているし。
さすが生徒会は抜け目ない。
この分じゃ本当に廃校回避は可能性から現実のものへとなっちゃうかもしれない。
私たちの母港の町大洗。
昨日の早朝出たばかりなのになんだか1週間くらい空けていた気すらしてくる。
駅ロータリーに設置されたスロープを使って1輌づつ戦車が降ろされてきた。
これから港に停泊している学園艦までの道のりは優勝パレードとして町のみんなが待ってくれている。
自走はできるもののほとんどの車輛がボコボコでとても痛々しい感じがするけれど、その姿を応援してくれた人たちに見てもらえることはむしろ誇らしい。
全車駅前に並べられいよいよパレードのスタート!
…というときになって西住殿はいつものように角谷会長に号令を強要されてやっぱりアワアワ…
そして西住殿が発したたった一言
「パンツァーフォー!!」
私たちはその言葉に合わせて一斉にこぶしを突き上げジャンプした。
おしまい
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