まちだ ひろがりネット

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町田・生活者ネットワークの活動日記

まちだ市民大学 公開講座「3.11後を生き抜く」講師:鎌仲ひとみさん

2011年05月30日 | 活動
まちだ市民大学 国際学「今、改めて核を学ぶ」
第5回講義 公開講座「核をめぐるメディアの問題」
講師:鎌仲ひとみさん


多数の応募者が予想されるため、会場が森野分庁舎から町田市民フォーラムホールに変更された。当初30名の枠がフォーラムに変わり188席がほぼ満席の状態で講座が始まった。

原発事故がまだ収束の見通しも立たない中 みんな高い関心も持って鎌仲さんのお話を固唾を呑んで伺った。

鎌仲さんは本当に素晴らしくタフな方。6時半から8時半までの2時間、NON STOPで話された。4月末はドイツ、講義前日にはカナダにおり、カナダの前にはカルフォル二ア、ロサンジェルス、ついさっきまで名古屋で飯田哲也さんと対談をされていたそうだ。
飯田哲也さん 鎌仲ひとみさんの対談の冊子が発売された。当日の30冊は即完売。本屋さんで購入を。
「今こそ、エネルギーシフト――原発と自然エネルギーと私たちの暮らし (岩波ブックレット) 飯田 哲也、 鎌仲 ひとみ

講座のタイトルは「3.11後を生き抜く 無用の被曝を避ける エネルギーシフトを実現する」
後半部分をご紹介。エネルギーシフトを実現しているスウェーデンの取り組み
1972年のオイルショックを深刻かつ現実的に受け止めた。
30年間で石油はなくなる。50年でウランがなくなる。

1980年に国民投票を行った 原子力に頼らない、更に石油にも頼らないことを国民は選んだ。
国民投票の意義とは議論と情報が開かれることである。

(日本でどれだけちゃんとした議論と情報公開がなされるだろうか。)

1983年初のエコ自治体宣言 2001年脱化石
1989年ナチュラルステップ設立
環境冊子を全戸配布 持続可能になろう

ナチュラルステップのフレームワーク
1.地殻から掘り出した物質の濃度が増え続けない
2.人間がつくりだした物質の濃度が増え続けない
3.自然が物理的な方法で劣化しない
4.人々が満たそうとする基本的なニーズを妨げない
これは科学であり、政治、経済の力でゆがめられない。

(日本では政治が、経済の力がどれだけのものを奪い、傷付けてきたのだろう。)

1992年リオの地球サミットの「アジェンダ21スウェーデンすべてのコミューン(自治体)でアジェンダ21「ローカルアジェンダ」を導入
自然エネルギーは国家の安全保障

し尿からエネルギーを生み出している…バイオガス
し尿処理の仕事をしている人たちが「僕たちはエネルギーを作り出しているんだぜ」と誇らしげにしているんだそうだ。

世界における自然エネルギーはこの10年間で増えている。原子力発電は確実に減ってきている。
日本の原子力発電も17サイト54基あるが現在は事故や点検、停止要請等で半分は停止している。浜岡は再始動させないようにしなくては。

自然エネルギー市場と雇用について
原子力発電をやめたら 雇用はどうなるという人がいるが
ドイツではすでに26万人(2006)の雇用を創出
今後50万人(2020)、71万人(2030)を見込む
スペインは風力と太陽光で19万人の雇用創出

米国では自然エネルギー全体で直接雇用19万人
間接雇用25万人(2006)
中国では約94万人の雇用(2007)太陽熱で60万人
ブラジルではバイオエタノールで50万人の雇用が創出されている

なんとしても捨て場のない原子力発電をやめて 自然エネルギーへシフトしていきたい。

緊急ティーチイン@和光大学

2011年05月26日 | 活動
「震災・脱原発を考える」シリーズの第2回。

最首悟さん(和光大学名誉教授)
向井宏一郎さん(和光大学教員)


科学を最高のものと思い込んできた、我々の来し方をばっさり。最首悟さんのいのち論から。

科学はいのちのことなど何一つ解明できない。現象を説明でき、再現できても、どうしてそうなるかという問いかけに答えられない。科学は、無味、無色、無臭のもの。科学にはにおいや見えるという感覚を説明することができない。対面する2人の間にほんわかするかんじ(ラポール)がなぜ起きるのか説明できない。

いのちの真髄は「つづく」ということ。いのちとは始まりのないもの。とどまること無く流れるもの。いのちは無量価値のもの。
いのちはいのちをいただくもの。私は何でも食べる。
殺さないというベジタリアンなんてまやかしだ。野菜のいのちをもらっている。

流れ続けるいのちを理解しようとして、科学はその流れを止め、切り分け、線引きする。
所詮、科学とはそういうことをするものである。だからいのちのことなど分からない。
国家、科学、資本、すべて、いのちに特有の感覚を扱えないものである。

そんな国家に何かお願いするの?(福島のお母さんたちが文科省に門前払い扱いされたことについて答えて)

最首さんは、問いかける。
世界人口は増えながら一方で飢餓人口も増えている。だから遺伝子組み換えで大量の食品を作るという。その時の科学者は使命感に燃えている。しかしそれでいいのか、立ち止まって考えよう。

太陽電池をいっぱい使って十分な電力をまかなおうと願う前に、立ち止まって考えよう。



最首さんの”いのち”があくまでもひらかな表記なのには訳がある。命という漢字の中に、叩くという部分がある。これは命令に通じる。つまり上から押し付けられる存在を表す。だから漢字を使わないのだそうだ。

原発のことを調べると、原発村があって、そこの人たちは金を欲しがり、嘘をつき、改ざんし、だます、という文字が絶えず目に入る。しかしそれが、原発事故の根本の原因でないことはだれにも分かる。分からないのは、なぜそういうことをするのかだ。その疑問について考える糸口を示した見せたティーチイン第2回だった。(お)

子育て支援のゆくえ

2011年05月23日 | 活動
夜、町田市行政に関わる若手の職員の勉強会のようなものに、つてあって出席しました。
町田市の子育て世帯へのアンケート分析の報告会とともに、井上仁さん(児童福祉、社会福祉の専門家)の分析と意見を伺うという会のようでした。

アンケートから、町田市は近隣の多摩市や八王子市に比べると保育所より幼稚園利用者が多く、保育所待機児童割合(人口比)も少ないと報告されましたが、井上さんの分析は違いました。施設が足りないからとはじめから諦めているかもしれないではないか。現在就労している比率が八王子市に比べて低いのも、同じ原因からかもしれない。

というような辛口の調子で井上さんは終始意見を発しておられました。氏の話の中で私が印象に残ったのは「町田で育った子たちに再び、町田に戻ってきてもらわなくていいの?」「町田でずっと住みたいと思えるような教育をしてる?」。

そのとき思い出しました。今年2月に都市づくり部企画のまちづくりフォーラムがありました。まちづくりの観点から「選ばれる町田」「住み続けたい町田」という言葉が語られました。町田の魅力、他と違う魅力をさがす、あるいは創る、というお話をお聞きしましたが、ちょっと似ていると感じます。

町田で子育てして、やがてその子が進学や就職や結婚で町田から出ることがあっても、いずれ町田に戻ってくる。そういう支援になっているだろうかという井上さんの問いかけだと理解しました。

町田市の出生率は1.02くらい、ある区は0.6くらい。その区は予算があるから子育て支援に力を入れている。金がある人なら越していくかもしれない。
すこし動揺しますね。

子育て支援、子育ち支援、それが場当たり的な対応の連続ではなく、はっきりとした目標のある施策になることを期待しています。(お)

町田市の事業仕分け

2011年05月21日 | 活動
初めて出席しました。なんでも、今回は2回目。初回は3年前、NPOが仕分けを担ったとのことです。
最後に副市長が挨拶に立って、説明をする職員たちは、初回は緊張のあまり脂汗かいていたが今回はなかなかよくやっていたと話しました。

2部屋あって、合計で11の施設が仕分けの対象だったのですが、身一つなれば私は、1部屋の4つの仕分けの様子を見学しただけです。見学するのみならず、カード型の押しボタン(ワイアレス)を渡されておりまして、終わりに自分なりの評価をすることになりました。

もう一方の部屋では抜本見直しの評価の出た施設が2つあったそうですが(副市長談)、こちらではそれはありませんでした。ただ、中央公民館については仕分けするひな壇の方々の意見も分かれておりました。ちゃんと公民館の役割をとらえなおし、焦点のあった企画をするように努力してください、というような意見がつきました。私もほぼ同様の感想です。

とてもハナマルな施設もあり、まあ合格という施設もあり。役所の内部だけで反省しても限度があるから、第三者に評価してもらおうということなのでしょうか。

この事業仕分け、お国のように激しい応酬はありません。それでも学識経験者の切り込みはなかなか鋭いものでした。そのやり取りを見ることができて、収穫です。(お)

震災・脱原発を考える 緊急ティーチイン@和光大学

2011年05月19日 | 活動
浜岡原発をいったん止めるという管首相の決断に対して、手続きを踏んでいない、唐突だ、という批判をマスコミは流しています。でも私たちにとってはあり得べき決断でした。そう思う人が多い証拠に、かのNHKの世論調査でも7割近いひとが決断を評価しているとわかりました。すくなくとも、首相のあの決断は間違っていない。
そこで、いまだに管首相の足下を揺さぶる勢力があるのを憂慮し、なんとか原発村の巻き返しに対抗できる理論武装をしたいと、あちこちで知識を集めているところです。


和光大学での3回シリーズの第1回に行ってきました。

今回の発題者は 山口幸夫(原子力資料情報室共同代表)、ロバート・リケット(和光大学教員)のお二人。
山口さんの、科学の力を信じていた学生時代から合成洗剤の害に気づき、やがて有機農業を野菜を買い続けることで支えている今日までのお話。氏が揺るぎない反原発の立場に立っていること、それはどうやら同じ物理の研究者たるお連れ合いとの関係もありそうでした。

原発は5重の安全で守られてる、というが5番目の建家もあっさりと吹き飛び、やっぱり全然安全ではなかった。核廃棄物の処理方法は初めから分からなかったし、今もって分からない。中曽根さん(もと首相)が、さもなくば4等国になってしまうとばかり、先進国になるという一念で推進しました。(それが挙党態勢だったのですから・・国民も反対しなかったですし)

無責任な御用学者にはどうやってなるのか、という質問に対して、「黙ってしまうこと」「簡単になれます」「黙ってしまうとお金をくれます」とのお答え。そんなに簡単に。でも、会議の場で黙ってしまうって私たちもよくやりますよね。え、そんなことはない?

放射性物質のベクレルという基準、ひとつひとつは安全範囲でもいくつもいくつも食べれば重なってくるじゃないのという疑問。どの辺りなら安全と言えるのかという質問には「あなたがどのへんまで許容するかということ」と答える。そういえば閾値というものはない、と聞いた。自分で決めるのか。。。
「測ればこのあたり(町田市)にもかなり来てますよ」放射性物質が。やっぱりそう考えなくちゃいけないのですね。

原発が全部止まったって電力不足にはならない。ということを未だに知らない(あるいは信じられない?)人が多い。その人たちは原発の話になると引いていくという女性の話。(きっと、その人たちは反原発を口にする人を変な人とまだ思っていることでしょう。どうしてかな)

和光大の卒業生でフリーの記者をしているという男性。いまや、右だ左だではなく原発をなんとかしなきゃと一本にまとまるときが来たかんじがする、と。

原発を推進したい人の上にも、原発を反対している人の上にも、ひとしく、放射性物質はふりそそぐ。無視しようが見ないことにしようが、よく知らない名前の放射性物質がいろいろと降り注いでいる。このさい、そいつをしっかりと見据えてやろうじゃないか。どこにどれくらい降っているのか、測ってやろうじゃないか。ね、町田市さん。(お)