それは金曜の午後3時26分、職場にかかってきた一本の電話から始まった。
着信を見ると、朝から買物に出てきた80過ぎの老婦人からだ。
一軒家で独り暮らしの彼女は、
頭はしっかりしているものの多少年齢の割には老けていて
白髪で耳も遠く、腰は曲がり、歯が欠け、
何故かいつも唇が黒くなっているのが気になる。
私は、彼女が商店街に来る人々の中で一番の癒し系と思っている
洋服を着てこそはいるが、横溝正史原作の映画から出てきたような風貌。
(もしデビューさせるなら
八つ墓村の双子のおばあさんが中り役になると密かに思っている。)
話し言葉や一挙一動が、
今では古き良き『昭和』時代を記憶から呼び起こすのだ。
先ず、女性でも自分を『オレ』という点
(大正生まれの祖母もそうだった。)
身だしなみはデザインより実用性
(良く見るともんぺの様なのをはいている時も)
病院の待合室で隣に座った人が足が悪いと言えば
『家に帰れば4本もあるし、オレはなくても歩けっから』
と杖をプレゼントしてヨッコラドッコラと気合で歩いてくる。
帰りのバスに間に合わなくても
『急いで怪我したら話になんね~べ~、
体に聞いてゆっくり歩くんだ~』
と次のバスを1時間でも
2時間でも(来ても気づかないで乗らないとそうなる)のんびり待っている。
そんな彼女が職場の前を通ると思わず声をかけずにいられない
目の前にいるのに
通りを挟んだような大きな声の会話は、それだけで滑稽だ
職場の人間も客も
道行く人も信号待ちの車の運転手さえも私たちに釘付けになる。
耳が遠いというだけなら他の常連客もいるが、
これだけ周りをほほえましさで巻き込んでくれるのは彼女の個性だ。
着信番号でそんな彼女の丸い顔がすぐに浮かび、何事か?と思いながらも電話をとる。
「アノナ~、今日ナ~、
味噌がネグなったからヨ~、買いサ行ったんダ~。」
(今日、味噌が無くなったので買いにいったんだ。)
私「ん~、ンダよね~!」
(うん、そうだったよね~)
「ンでナ~、
今おまかないすっかと思っテ~、袋見たら~、味噌がネェんだヨ~。」
(そして、今夕飯の支度をしようとしたら袋の中に味噌がないんだよ。)
私「ア~?なんで~?」
(あら、どうして?)
「ナ~ンボ袋の中ナ~、底まで見てもナ~、お菓子しかネ~んだぁ。
おれは味噌買いサ行ったんだがら~、
まちげぇねぐお菓子と味噌買ったんだ~。」
(いくら袋を底まで探してもお菓子しか入ってない。
私は味噌買いに街まで行ったので
間違いなくお菓子と味噌を買ったはずなんだよ。)
「店の人がまちげ~たんだべ~!入れんのわすっちゃだ~!
オレは~、レジんとこまでナ~、
重い味噌とお菓子とよ~、両方持って行ったんだがらナ~!」
(店の人が間違えたんだよ!きっと袋に入れんの忘れたんだよ!
私はレジのとこまで、重いと思いながら
味噌とお菓子の両方持っていった覚えがあるもの!)
「店サよ~、電話かけっかとおもったんだげんちょヨ~、
番号みあたんね~がらオメ~さかけてみたんだ。
オメ~から店サ電話してグんねガ~?」
(店に電話しようと思ったけど番号見つからないので
あなたのとこにかけてみたの。あなたから店に電話してくれない?)
私「いいよ~、もし味噌あったらどうすんの~?」
「オレはまだ買う物あったのによ~、
全部済まねがったがら~、月曜もまた行くんだ~。
ほん時までよ~、冷蔵庫サ入れて
取っといてくいよ~、って言ってくいよ」
(私はまだ買い物あったのに
今日全部済ませられなかったので月曜も行くの。
その時まで冷蔵庫に入れて
取っておいてちょうだいって言っておいて。)
私「ん~、わがったよ~」
(はい、わかりましたよ!)
彼女の一つ一つ途切れ途切れで
ゆっくり時間をかけながらのしゃべり方。
田舎でも珍しくなった方言のイントネ~ション。
人に迷惑かけまいと一挙一動に一生懸命な様子と
年齢から来る、その自意識と体の反応の時差。
その時差さえもタノシミに変えて待たせてくれる方言。
それを表現したくてややこしい同時通訳入りだが、
こんなやりとりがあったのだった。
私は午後からの勤務だったが、今朝彼女が
「味噌が無いから味噌買いに行く」
と言って歩いていたとは聞いていた。
早速彼女行きつけのスーパーに電話する。
3回、10回、15回とコールしても出ない・・・何故?
職場には誰もいない為、
勤務時間の終わる17時をじりじりしながら待つ。
17時、仕事場を閉めスーパーに向かった。
丁度その店の奥さんがレジにいた。
しかし、夕方のスーパーは忙しく客が並んでいる。
しかも、常連さんばかりなので会話が途切れる様子もない。
車で30分の場所で18時にトレーニングの為に夫と待合せていた私は
時間を気にしながらも
すぐに必要となるであろうスポーツドリンクを手に並ぶ。
やっと順番がきた
のに「ん~?見たことある。奥さんどっちからだっけ?」って、
手を止め顔を覗き込んできたので、いきなり自己紹介させられる。
やっと用件を言うと
「あら~、『重いから袋でなくてリュックさ入れてやっかんね~』
って背中に当たんないようにリュックの底にちゃんと入れてやったのにな~」
と言うではないか
すぐに電話・・・と思ったが電話帳に無い。
今の電話帳には個人の電話番号がなく企業だけしか記載が無い
すぐに近くのタクシー会社に入る。
経緯を話しながら「いつもここに来る○○の○○さんの電話番号わかる?」と聞く。
「わかんね~、コレ見ろ~」と古い電話帳を渡される。
故人となった夫の名前で載ってるはずと教えてくれ電話も貸してくれた。
時間は17時半をまわっている。電話があって2時間過ぎている。
20回のコールのあと彼女が出た
「マチガイダッタ~
さっきな~、オレの方で店サ電話して間違いだった~って言ったド~」
(間違いだった!
さっき自分で店に電話して味噌無いのは間違いだったと言ったよ。)
一気に脱力・・・私の2時間を越える焦りは無駄だったのか
でも憎めないおばあちゃん。
だから婆ちゃんにふりまわされたなんて思いもしなかった。
でも、『貴重な時間を味噌ごときに振り回されるとは』とは思った
そして夫に「今から出ます」とメールして、
待合わせに30分遅れて行くのだった
着信を見ると、朝から買物に出てきた80過ぎの老婦人からだ。
一軒家で独り暮らしの彼女は、
頭はしっかりしているものの多少年齢の割には老けていて
白髪で耳も遠く、腰は曲がり、歯が欠け、
何故かいつも唇が黒くなっているのが気になる。
私は、彼女が商店街に来る人々の中で一番の癒し系と思っている
洋服を着てこそはいるが、横溝正史原作の映画から出てきたような風貌。
(もしデビューさせるなら
八つ墓村の双子のおばあさんが中り役になると密かに思っている。)
話し言葉や一挙一動が、
今では古き良き『昭和』時代を記憶から呼び起こすのだ。
先ず、女性でも自分を『オレ』という点
(大正生まれの祖母もそうだった。)
身だしなみはデザインより実用性
(良く見るともんぺの様なのをはいている時も)
病院の待合室で隣に座った人が足が悪いと言えば
『家に帰れば4本もあるし、オレはなくても歩けっから』
と杖をプレゼントしてヨッコラドッコラと気合で歩いてくる。
帰りのバスに間に合わなくても
『急いで怪我したら話になんね~べ~、
体に聞いてゆっくり歩くんだ~』
と次のバスを1時間でも
2時間でも(来ても気づかないで乗らないとそうなる)のんびり待っている。
そんな彼女が職場の前を通ると思わず声をかけずにいられない
目の前にいるのに
通りを挟んだような大きな声の会話は、それだけで滑稽だ
職場の人間も客も
道行く人も信号待ちの車の運転手さえも私たちに釘付けになる。
耳が遠いというだけなら他の常連客もいるが、
これだけ周りをほほえましさで巻き込んでくれるのは彼女の個性だ。
着信番号でそんな彼女の丸い顔がすぐに浮かび、何事か?と思いながらも電話をとる。
「アノナ~、今日ナ~、
味噌がネグなったからヨ~、買いサ行ったんダ~。」
(今日、味噌が無くなったので買いにいったんだ。)
私「ん~、ンダよね~!」
(うん、そうだったよね~)
「ンでナ~、
今おまかないすっかと思っテ~、袋見たら~、味噌がネェんだヨ~。」
(そして、今夕飯の支度をしようとしたら袋の中に味噌がないんだよ。)
私「ア~?なんで~?」
(あら、どうして?)
「ナ~ンボ袋の中ナ~、底まで見てもナ~、お菓子しかネ~んだぁ。
おれは味噌買いサ行ったんだがら~、
まちげぇねぐお菓子と味噌買ったんだ~。」
(いくら袋を底まで探してもお菓子しか入ってない。
私は味噌買いに街まで行ったので
間違いなくお菓子と味噌を買ったはずなんだよ。)
「店の人がまちげ~たんだべ~!入れんのわすっちゃだ~!
オレは~、レジんとこまでナ~、
重い味噌とお菓子とよ~、両方持って行ったんだがらナ~!」
(店の人が間違えたんだよ!きっと袋に入れんの忘れたんだよ!
私はレジのとこまで、重いと思いながら
味噌とお菓子の両方持っていった覚えがあるもの!)
「店サよ~、電話かけっかとおもったんだげんちょヨ~、
番号みあたんね~がらオメ~さかけてみたんだ。
オメ~から店サ電話してグんねガ~?」
(店に電話しようと思ったけど番号見つからないので
あなたのとこにかけてみたの。あなたから店に電話してくれない?)
私「いいよ~、もし味噌あったらどうすんの~?」
「オレはまだ買う物あったのによ~、
全部済まねがったがら~、月曜もまた行くんだ~。
ほん時までよ~、冷蔵庫サ入れて
取っといてくいよ~、って言ってくいよ」
(私はまだ買い物あったのに
今日全部済ませられなかったので月曜も行くの。
その時まで冷蔵庫に入れて
取っておいてちょうだいって言っておいて。)
私「ん~、わがったよ~」
(はい、わかりましたよ!)
彼女の一つ一つ途切れ途切れで
ゆっくり時間をかけながらのしゃべり方。
田舎でも珍しくなった方言のイントネ~ション。
人に迷惑かけまいと一挙一動に一生懸命な様子と
年齢から来る、その自意識と体の反応の時差。
その時差さえもタノシミに変えて待たせてくれる方言。
それを表現したくてややこしい同時通訳入りだが、
こんなやりとりがあったのだった。
私は午後からの勤務だったが、今朝彼女が
「味噌が無いから味噌買いに行く」
と言って歩いていたとは聞いていた。
早速彼女行きつけのスーパーに電話する。
3回、10回、15回とコールしても出ない・・・何故?
職場には誰もいない為、
勤務時間の終わる17時をじりじりしながら待つ。
17時、仕事場を閉めスーパーに向かった。
丁度その店の奥さんがレジにいた。
しかし、夕方のスーパーは忙しく客が並んでいる。
しかも、常連さんばかりなので会話が途切れる様子もない。
車で30分の場所で18時にトレーニングの為に夫と待合せていた私は
時間を気にしながらも
すぐに必要となるであろうスポーツドリンクを手に並ぶ。
やっと順番がきた
のに「ん~?見たことある。奥さんどっちからだっけ?」って、
手を止め顔を覗き込んできたので、いきなり自己紹介させられる。
やっと用件を言うと
「あら~、『重いから袋でなくてリュックさ入れてやっかんね~』
って背中に当たんないようにリュックの底にちゃんと入れてやったのにな~」
と言うではないか
すぐに電話・・・と思ったが電話帳に無い。
今の電話帳には個人の電話番号がなく企業だけしか記載が無い
すぐに近くのタクシー会社に入る。
経緯を話しながら「いつもここに来る○○の○○さんの電話番号わかる?」と聞く。
「わかんね~、コレ見ろ~」と古い電話帳を渡される。
故人となった夫の名前で載ってるはずと教えてくれ電話も貸してくれた。
時間は17時半をまわっている。電話があって2時間過ぎている。
20回のコールのあと彼女が出た
「マチガイダッタ~
さっきな~、オレの方で店サ電話して間違いだった~って言ったド~」
(間違いだった!
さっき自分で店に電話して味噌無いのは間違いだったと言ったよ。)
一気に脱力・・・私の2時間を越える焦りは無駄だったのか
でも憎めないおばあちゃん。
だから婆ちゃんにふりまわされたなんて思いもしなかった。
でも、『貴重な時間を味噌ごときに振り回されるとは』とは思った
そして夫に「今から出ます」とメールして、
待合わせに30分遅れて行くのだった
お年寄りって、ほんと癒し系ですよね
方言の同時通訳&『ミソ路女、ミソにふりまわされる』タイトル笑っちゃいました
それから、八墓村の双子のおばあさん
かなりイメージしやすかった
ちょっとコワイですけどね
おたふくさんの記事読んで、ゆりのお年寄り観?書いたので、勝手にTBさせてもらいました
これから、よろしくです
それなりに楽しんで・・・というか
逆にジックリ人間観察しています
いつも気の向くままに暴走ぎみな私ですが
良かったらいつでも遊びに来てください