母の膵臓癌日記

膵臓癌を宣告された母の毎日を綴る

「旅立ち―死を看取る」という小冊子

2010年03月06日 14時22分40秒 | 日記
母が抗癌剤治療を中止し、緩和ケアを始めるときに
在宅ケア医院からいろいろな資料を手渡されました。
その資料の中に薄くて小さな冊子がありました。
ブルーの表紙には「旅立ち 死を看取る」という題字と帆船の絵があり
下の方に著者名、訳者名と
「(財)日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団」という発行所名があります。

私は何気なく手にとって開き、読み始めると衝撃を受けました。
この冊子には、人が死にゆく過程で見られる「死の兆候」を
「3ヶ月前から1ヶ月前」「2週間前から1週間前」「2日から1日前」と順を追って
具体的に書かれ、説明されていました。

私は身近な人の死に直面し、その過程を見るということがそれまで一度もなかったので
母がこれから死ぬのだということも漠然と捉えていて具体的なことはわかっていませんでした。
そして病気の症状を詳しく書いてある本やウエブサイトはたくさん有りますが
死に至るまでの経過を書いたものを目にすることはあまりありませんでした。

そんな私にはこの小冊子に書かれていることはあまりにも生々しすぎたのか
動悸と軽い吐き気を感じながら最後まで読み、寝室の棚の上に放り出して、しばらく置きっぱなしにしていましたが
冊子が目に留まるたびに寒気を覚え、なにかそのまわりに禍々しい空気が取り巻いているようにさえ感じられて
本棚の本と本の間に差し込んで見えないようにしました。

やはり私はいくじなしで「母の死に直面」という近々必ず起こる事態から目を背け、逃げていたのだと思います。
そして、母の場合この死の3ヶ月前から直前までの兆候が死の一週間くらい前から凝縮して現われ、
冊子のことを思い出す暇もなくあたふたとしている間に逝ってしまいました。

母が亡くなって1週間くらい過ぎた頃、ふと冊子のことを思い出しましたがどこにしまいこんだかも忘れていて
やっと見つけてもう一度読み返すと、あの気分の悪さ、禍々しさはもう感じられません。
むしろもっとちゃんと読んでおけば、急激な症状の悪化にももう少し冷静に対応できたのかなと反省しきりです。

例えば死の直前には尿の量が少なくなる、ということは母の死後知ったのですが
自分の勉強不足を棚に上げて「そうならそうと看護婦さんも教えてくれていたら良かったのに」と思ったものですが
ちゃんとこの冊子に書いてありました。

そして最後のページにあるのがこの詩です



私は海辺に立っている。海岸の船は白い帆を朝の潮風に広げ、紺碧の海へと向かって行く。
船は美しく強い。私は立ったままで眺める。
海と空が接するところで、船が白雲の点となりさまようのを。

そのとき海辺の誰かが言う。「向こうへ行ってしまった!」。

「どこへ?」。

私の見えないところへ。それだけなのだ。船もマストも、船体も、
海辺を出たときと同じ大きさのままだ。そして、船は今までと同様に船荷を目指す港へと運ぶことができるのだ。

船が小さく見えなくなったのは私の中でのことであり、船が小さくなったのではない。
そして、海辺の誰かが「向こうへ行ってしまった!」と言ったとき、向こう岸の誰かが船を見て喜びの叫びをあげる。「こちらに船が来たぞ!」。

そして、それが死ぬということなのだ。


                            ヘンリー・ヴァン・ダイク


この冊子は、日本では平成14年に発行されたものです。
ここでだいたいの内容が読めます→死を看取る


昨日、母の闘病中から拙ブログにご訪問いただきおつきあいいただいていた
ミケさんのお母様が旅立たれました。
お母様の闘病中はとても細やかな心配りでお母様をサポートされ
最期にはずっと病院に詰めお母様のそばについて看取られました。
お母様もミケさんも精一杯頑張られ、母娘の濃密な時間を過ごされていたことは私と同じで
とても幸せなことだったと思います。
心からお母様のご冥福をお祈りします。




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