中東に吹き荒ぶ「アラブの春」。
この春は、どう見ても、張りぼてに描かれた書き割りに過ぎない。
しかし、その猛威はいまだ止むことはない。
リビアと同じ手法、同じ部隊
これが決して春などではないことは、リビアの有様を見てみればわかる。国際社会が「フリーダム・ファイター」と褒めそやした武装部隊は、いまや数百ものならず者集団を形成している。西側が供給した火器で重武装したならず者の暴力が国中を支配している。この無秩序な暴力支配を、国際社会はただ傍観しているだけだ。なぜなら、これこそが「民主化」だからだ。
いまシリアで起こっていることは、明らかにリビアと同じ手法だ。しかも、リビアに投入された戦闘集団が、シリアに移送され、治安撹乱を行っている可能性がある。だとすると、リビア戦争で「フリーダム・ファイター」と呼ばれた戦闘部隊と「自由シリア軍」は同一物ということになる。要するに、自発的な民主化運動などではなく、外部から投入された戦闘部隊による撹乱行為なのだ。
自由シリア軍は、離反兵士や逃亡兵士ということになっているが、それはあくまでも自己申告にすぎない。顔を布で覆いインタビューに答える自由シリア兵が、本当に離反兵士や逃亡兵士であるかなど誰にも確認できない。とある自由シリア兵は、「上官から市民に発砲するよう命令されたから、上官を射殺して、脱走した」と述べた。覆面男のそんな証言が真実として通用するのなら、どんな作り話でも真実になる。メディアは真実を報じているのではなく、報じるものを「真実」として通用させているだけの話だ。
証言者が言葉を発する前に、視聴者はすでにそれが「真実」であるという暗黙のメッセージを画面から受け取っている。視聴者はその証言の信憑性を吟味する必要はない。ただ、「真実」を受け入れればいいのだ。また逆に、アサド大統領の言葉は、それが発せられる前に、「信じるな」というメッセージを受け取っている。したがって、アサド大統領が映し出されると嫌悪感を持つ。報道は、感情を刺激して誘導しているのだ。視聴者や読者は、実は自分では能動的な判断はしていない。
アサド大統領は、反乱勢力をテロリストと表現しているが、それはごく当然の話だ。国外から投入された戦闘集団が反乱を主導している可能性が非常に高いのだから。しかし、世界のメディアの手にかかると、アサド大統領は、自由を求める市民をテロリスト呼ばわりし、無差別攻撃している暴君に仕立て上げられる。シリア軍は戦闘集団と戦っているのであって、市民を攻撃しているのではない。すべては、メディアの得意とする巧みな誘導だ。
ターゲットとした国家を武装衝突に引き込むことはごく簡単な作業だ。不満分子はどこの社会にでもいる。そうしたグループに活動資金を与え、デモや抗議活動を行わせ、治安部隊との緊張感を高める。その後、暴力的衝突に発展させる。いずれ治安部隊はガス弾やゴム弾を使用する。それに乗じて実弾で市民を狙撃すれば、治安部隊が撃ったようにしか見えない。国際社会とメディアは、治安部隊が市民を射殺したと騒ぎたてる。政府や軍が実弾の使用を否定しても、世界は信じない。隠密に活動する狙撃手による市民への狙撃を、政府が阻止する手立てはまずない。
騒乱が十分拡大すると、市民を狙撃する一方、治安部隊に対しても武装攻撃を開始する。当然、治安部隊は応戦する。そうなれば市民の死傷者はますます治安部隊の発砲にしか見えない。そして、政府の弾圧から市民を守ると称して、「自由シリア軍」を旗揚げする。外部から投入した傭兵部隊が本格的戦闘を開始する。傭兵部隊は、反政府派市民と治安部隊の双方への攻撃をエスカレートさせる。
この二日間、市街での治安部隊の発砲よりも、不可思議な状況下でさらなる人々が殺害された、と活動家や住民は語る。反政府派と同様に政府支持者もターゲットにしたこの殺害の背後に、いったい何者が存在するのかは、いまだ確かなことはほとんど分かっていない。
In the past two days, more people were killed in mysterious circumstances than by the state security forces firing in the streets, activists and residents say. Yet very little is known for certain about who is behind such killings, which appear to have targeted government supporters, as well as opponents.
2011.12.06 Syrian death squads darken picture of Homs revolt
http://uk.reuters.com/article/2011/12/06/uk-syria-militias-idUKTRE7B51AP20111206
自由シリア軍こそ、市民に紛れ、街に潜み、だれかれ構わず自由に攻撃できる存在だ。シリアでの犠牲者は、反政府派だけでなく、政府支持者や軍、警察にも多数出ている。しかし、メディアは、アサド大統領を追い詰めるため、反政府派の犠牲者しか報じないのだ。
「私たちは国民を殺害したりはしていない……自国民を殺害するような国家などない。それは狂った指導者のすることだ」とアサド大統領は語った。
"We don't kill our people… no government in the world kills its people, unless it's led by a crazy person," Assad said.
「犠牲者のほとんどは政府支持者であり、反政府派ではない」と彼は述べ、犠牲者には1,100名の兵士と警官が含まれていると語った。
"Most of the people that have been killed are supporters of the government, not the vice versa," he said. The dead have included 1,100 soldiers and police, he said.
2011.12.07 Defiant Assad Denies Ordering Bloody Syrian Crackdown
http://abcnews.go.com/International/bashar-al-assad-interview-defiant-syrian-president-denies/story?id=15098612#.TuAGIlbeJj0
破壊の殿堂=国際連合
国際社会はリビアと同じ要領で、シリアを破壊しようとしている。
しかし、足踏みを余儀なくされている。
ロシアと中国が国連安保理決議で拒否権を行使したからだ。
昨年の3月、リビアに対する安保理決議1973 によって、リビアの運命は決した。このとき、ロシアと中国など5カ国は採決で棄権したが、それは何の効果もなかった。リビアはNATO軍による9700回もの空爆を受け、崩壊した。しかし、このときの安保理決議1973 のどこにも軍事攻撃を容認するような文言はない。にもかかわらず、国際社会は安保理決議を合図に、即座に容赦ない空爆を加えた。
ロシア政府は、安保理決議1973はリビアへの空爆を許可していはいないと抗議したが、国際社会が耳を貸すはずがなかった。決議の文言などもともとどうでもよいのだ。国連とは単なる儀式の場にすぎない。決議の内容など何の意味も持っていない。儀式さえ済めば、あとは何をするのも自由なのだ。たとえ平和的解決と謳われていたとしても、それは容赦ない武力攻撃による平和的解決という意味だ。言葉はいかようにも解釈が可能なのだ。国連安保理とは、あらゆる蛮行・破壊・殺戮などを許可する暗黒の免罪符の発行機関にすぎない。
今回、ロシアと中国が、シリアに対する安保理決議に対して、はっきりと拒否権を行使したのは、国際社会によるこれ以上のやりたい放題を許さないためだ。
時を同じくして、ロシアで反プーチンデモが勃発したのは偶然ではない。
拒否権行使に対するささやかな返礼だ。
平和な社会は爆撃される
ある在日シリア人は、TVインタビューに答えて「以前は、隣人の宗派や主張などいっさい気にする必要はなかった」と語った。「シリアでは誰もそんなことは気にしなかった」と。
イスラム社会はどちらかと言えば宗派論争や政治的確執がつきものだが、シリアはさまざまな宗派、民族、主義の人々が隣人として平和に暮らす社会だった。平和共存社会を実現したのはシリア政府だ。
シリア社会は、ムスリムやクリスチャンなどすべての人々が注目すべき調和の中で共に暮らす、中東でもっとも寛容な社会だと、彼(Webster Tarpley:ジャーナリスト)は付け加えた。
He added that Syrian society is the most tolerant society in the Middle East, the one place where all kinds of people live together in remarkable harmony, Muslims and Christians of all kinds.
「これは、多様な民族集団の平和共存のモデルなのだ。だが、現在のアメリカの政策方針とは、民族を利用した中東の破壊だ」と彼は加えた。
"This is a model of a peaceful coexistence of various ethnic groups. The US policy right now is to smash the Middle East according to ethnic lines," he added.
2011.11.21 'CIA, MI6 and Mossad: Together against Syria'
http://rt.com/news/syria-terrorism-cia-destabilization-863/
平和的な共存社会を築き上げたシリア政府が、なぜ国際社会から非難されなければならないのか。いや、違う。だからこそ、シリアは打倒されなければならないのだ。
リビアもまた平和的な社会を構築していた。オイルマネーを背景に、アフリカ随一の教育・医療・福祉水準を誇った。いずれは欧米にさえ追いついただろう。カダフィ大佐の目標は、広大なアフリカ大陸に及ぼうとしていた。平和で豊かなアフリカの実現だ。
イラクはどうだろう。イラクこそ本来とっくの昔に欧米並みの教育・医療・福祉社会を実現していたはずだ。しかし、湾岸戦争で主要インフラを破壊され、続く経済制裁で発展の道を閉ざされた。イラクもまた宗派対立や確執の少ない平和共存社会だった。しかし、2003年の第二次湾岸戦争で「民主化」された直後から、血で血を洗う宗派対立が勃発した。
シリア、リビア、イラク、なぜ平和共存を実現した国ばかりが、国際社会から非難され、暴力的に破滅されるのか。答えは明らかだ。この地上において、平和ほど都合の悪いものはないからだ。平和は何も生まない。だからこそ、平和なのだ。しかし、争いや対立、憎悪や偏見は覇権と支配を生む。争いや憎悪が大きければ大きいほど、覇権も拡大する。冷戦は強大な覇権の源泉だった。その冷戦の終焉と同時に、湾岸戦争が起こった。果たして、偶然だろうか。
リビアが欧米列強と対峙していた時代、リビアはほとんど爆撃されていない。しかし、欧米との対立姿勢を捨て、協調体制に入り、経済制裁を解除され、急速に経済発展したとたん、容赦ない爆撃で破壊された。物事が逆転していないか。いいや、これでいいのだ。
シリアやリビア、イラクのような平和で豊かな国家は他国の手本になる。平和の連鎖こそ、恐怖のシナリオだ。したがって、地上が平和で覆われる前に叩き潰さなければならない。
21世紀という時代にあって、平和や安定、共存は最大の悪なのだ。
このままでは、春の嵐は中東をなぎ倒し、そのまま世界に吹き荒れることになる。
「民主化」される中東のゆくえ 4 シリア : 資料編#1
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/752865fb80992b6f22a83aa1a21ece70
「民主化」される中東のゆくえ 4 シリア : 資料編#2
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/096a413d5ccb2ff350fac8c5370d0d76