報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

シリアの破壊を急ぐ「国際社会」

2012年08月08日 18時28分33秒 | シリア

ある日突然言いがかりをつけられた国家が、有無を言わさず暴力的に破壊される。
21世紀はそんな時代だ。

儀式と呪文

7月19日、国連安保理で3度目のシリア制裁決議案の採決が行われた。
ロシアと中国は拒否権を行使して、これを廃案にした。

この決議案は、武力をともなわないシリア制裁を謳ってはいたが、これが見え透いた罠であることは歴然としていた。安保理決議案の文言はいまや全く信用に値しない。それは前例を見れば明らかだ。

リビアに対する国連安保理決議[S/RES/1973(2011)] が採択されたとき、そこには空爆を認める記述などなかった。にもかかわらず、NATO軍は当たり前のように9700回を超える爆撃をリビアにあびせた。空爆は決議違反であるとするロシアの抗議は、一顧だにされなかった。決議違反によってどれだけの命が奪われようとも、国連は関知しようとしなかった。

「国際社会」にとっては、儀式を成立させることが絶対要件なのだ。決議文はどうでもよい呪文のようなものだ。儀式後に実行された行為が、すなわち決議内容だ。つまり、儀式さえ成立させてしまえば、あとは何をするのも自由なのだ。リビア決議において、ロシアは決議内容を額面どおりに解釈するという失敗を犯した。

「国際社会」としては、3度目のシリア制裁決議案が、武力行使をともなわない内容であれば、ロシアと中国から反対する理由を奪えると考えたのだろう。しかし、決議案が承認されれば、何が起こるかはもはや明白だ。ロシアと中国が、3度目の拒否権を行使したのは当然と言える。

両国の拒否権行使に対して、ライス米国連大使は 「……効果的な行動を打ち出せる道は、少なくとも短期的には閉ざされた」 と不快感を表明した。 「効果的な行動」 とは、空からシリアの大地に火を降り注ぐことだ。そして長期的には、それを実現するという意味が読み取れる。

クリントン米国務長官は、安保理によるシリア制裁は諦めると公式に発表し、 「別の手段を使う」 とだけ述べた。

「別の手段」を使って、長期的には「効果的な行動」でシリアを破壊するということだ。

「国際社会」が準備する侵略部隊

NATO軍によるシリア空爆を封じられたとなれば、「国際社会」としては、地上部隊だけを投入するしかない。

何ヶ月も前から、欧米の軍事専門家によってトルコやカタール、サウジアラビアなどで武装勢力に対する軍事訓練が行われている。すでにいつでもシリアに投入できる状態にあるだろう。この侵略部隊は「自由シリア軍」を名乗るので、安保理決議の必要はない。

「国際社会」によって周到に軍事訓練をほどこされたこの侵略部隊は、相応の攻撃力を持っているはずだ。すでに投入されている、ならず者部隊とはレベルが違うだろう。訓練の行き届いた重武装の部隊と交戦すれば、シリア軍も苦戦するかも知れない。

シリア政府が、外国部隊による侵犯には化学兵器の使用も辞さないと発言したのは、こうした強力な侵略部隊の存在を探知しているからだ。しかし、実際に化学兵器を使用するとは考えにくい。ただ、心理的な効果は期待できる。侵略部隊は、1つの理念や目的のために集まった集団ではない。金が目的の傭兵にすぎない。 目も眩む多額の報酬を手にするためには、最後まで生き残っていなければならない。おそらく単なる催涙ガスでもパニックを起して敗走するだろう。

侵略部隊の規模や装備は不明だが、どれだけ掻き集めても1万の部隊を編成できるとは思えない。20万のシリア軍に撃ち勝つ見込みはない。

リビアでカダフィ軍を粉砕したのは NATOの空爆であり、寄せ集めの傭兵部隊ではない。空爆が始るまでは、5万のカダフィ軍が優勢に戦いを進めていた。地上戦においては、寄せ集めの傭兵部隊は、正規軍の敵にはならない。特に今回は、航空支援を受けるのはシリア軍の方だ。侵略部隊がどれだけ腕の立つ傭兵集団であったとしても勝ち目はない。

トルコやカタール、サウジで訓練を受けている武装勢力は、シリア軍との戦闘が目的とは考えにくい。

8月2日、オバマ大統領は、シリアの反乱勢力に対するCIAの支援を承認した。リビア攻撃でも、彼は同じ承認を与えたが、CIAがどのような役割を担ったのかはいまもって不明だ。

虐殺の証人は常に「アクティビスト」

昨年の4月以降、多くのシリア市民が不可解な虐殺の犠牲になっている。そのたびに欧米の主要メディアは、シリア軍が行ったと大々的に報じてきた。しかし、メディアがシリア軍の犯行だと主張する根拠は極めて薄弱だ。

報道の根拠となっているのは、たいていの場合「アクティビスト(活動家)」の証言だけだ。「アクティビスト」が語ったものは、ほとんど無条件で真実として報じられている。それほど信用力の高い「アクティビスト」とはいったい何者なのだろうか。

「アクティビスト」とは、メディアに対して、そう自称するだけでいいように見える。それなら誰もが「アクティビスト」になれる。そんな人物の証言に本当に信用力があるのか。

結局のところ、彼らの正体は反乱勢力なのだ。「自由シリア軍」と言い換えてもよい。しかし、反乱勢力や「自由シリア軍」の主張として報じると、視聴者や読者を欺くことは難しくなる。そこでメディアは、中立的な第三者であるかのような呼称を用いる。そうすることによって印象は一変する。かくして「アクティビス ト」の証言とするだけで、反乱勢力のウソや作り話も、たちどころに真実かのような印象を与えることができるのだ。

逆に、虐殺を否定するシリア政府とシリア軍の発表は、信用ならないものとして常にぞんざいに扱われる。メディアは対象に応じた巧みな印象操作を行い、視聴者や読者を望むところに誘導する。そういう専門技術を備えた機関なのだ。

シリア政府やシリア軍が市民を殺害する理由は見当たらない。しかし、「国際社会」の方は、シリア市民を殺害し、それをシリア軍の犯行に見せかける ことで、シリア政府を窮地に追い込むことができる。実際、アサド大統領は、「メディア・ウォーには勝てない」と発言したことがある。

つまり、「自由シリア軍」が虐殺を行い、同じメンバーが「アクティビスト」を名乗り、シリア軍の犯行だとメディアに語れば、それがそのまま真実として世界に報道されるのだ。これが、シリアの虐殺報道の単純なカラクリだ。

反乱勢力とメディアの間には、暗黙の連携が存在している。メディアは決して「アクティビスト」の背景を追わない。証言のウラを取ろうともしない。してはなら ないのだ。「アクティビスト」を名乗る者は決して偽りを述べない極めて崇高な精神の持ち主ばかりであるという本来あり得ない大前提の上に報道が成り立っているからだ。

侵略部隊の任務

「国際社会」が投入を準備している侵略部隊は、航空支援がない以上、正攻法ではシリア軍を撃破できない。ゲリラ戦ではとうてい政府を転覆できない。侵略部隊投入の目的は、戦闘以外のところにあるとしか思えない。

おそらく侵略部隊の任務は、非武装のシリア市民へのさらなる攻撃だ。無防備な市民を虐殺するのは実にたやすい。そして、これまで通り「アクティビスト」が登場して、残虐なシリア軍の犯行だとメディアに証言すればよい。

シリア軍は血に飢えた野獣だと、メディアが連日連夜報じ続ければ、国際世論は簡単に操作できる。湾岸戦争報道で行った「原油まみれの水鳥」や「ナイラ証言」 の要領だ。水鳥は単純な映像の差し替えであり、証言はプロがリハーサルを施した子供のお芝居にすぎなかった。しかし、その効果は凄まじかった。世界の怒りをサダム・フセインに集中できたのだ。

メディアを使って、圧倒的な国際世論さえ形成すれば、めんどうな安保理決議抜きで、NATO軍によるシリアへの空爆を実現できるだろう。

メディアは、シリアで約1万7000人の市民が戦闘や虐殺の犠牲になったと報じている。そして、その責任をすべてシリア政府とシリア軍になすりつけている。しかし、虐殺の張本人は「自由シリア軍」という外国部隊だ。こうした残虐行為に対してアサド大統領は「モンスターでも、こんな恐ろしいことはできない」と発言している。虐殺の犠牲になった女性や子供の殺害手法は想像を絶している。

今後シリアに投入される侵略部隊は、いままでとは比べ物にならない残虐行為をシリア全土で展開する恐れがある。アサド政権は何としても、そうした事態を食い止めなければならない。

しかし、「国際社会」が周到に準備しているこの侵略部隊は、シリア軍に撃ち勝つ必要はなく、ただ破壊し、市民を殺戮するだけでよい。侵略部隊の方が圧倒的に有利だ。しかも、謀略を専門とするCIAの全面的支援を受ける。侵略部隊の殺戮を食い止めるのは極めて困難だ。


コフィ・アナン元国連事務総長は、国連とアラブ連盟の合同特使の任期を延長せず、8月31日の任期で退任すると発表した。国連シリア監視団も同じく任期を延長せず、8月19日の任期満了で撤退する。任期中に、シリアで大虐殺が起これば、アナン特使も監視団も虐殺を食い止められなかった責任を問われる。したがって、その前に辞任しておきたいのだ。シリア国民の命よりも、自身の経歴に汚点を残さないことの方が重要なのだ。

8月4日、国連総会において、シリア非難決議が賛成133、反対12、棄権31の賛成多数で採択された。一方的にシリア政府だけを非難する内容だが、法的拘束力はない。こんな意味のない決議をわざわざ行った目的は、シリア制裁決議に失敗した安保理に代わる代替的儀式を成立させておきたかっただけのように見える。

シリア侵攻の準備が整いつつある。
クリントン米国務長官の言う「別の手段」によって、ライス米国連大使が言う「効果的な行動」が長期的には可能になってしまうかも知れない。

理不尽極まりない暴挙が堂々とまかり通る21世紀。
133カ国は、賛成票を投じたからといって、安全だと考えるべきではない。



シリアの破壊を急ぐ「国際社会」:資料編 1
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/c9a2d2e4b3d135e330d9e41de45e7f47
シリアの破壊を急ぐ「国際社会」:資料編 2
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/4a67913c9198163cb6afadf7b31592ee



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