きまぐれパラダイス

たどたどしい日常ですが

救急病院

2015年05月09日 | 日記

その日 夜9時半ごろケータイが鳴った。


ちょうどテレビを見ながら うとうとしていた頃だった。


…なんだ、ばあば か。


眠いので 思いっきりだるそうな声で「なあ~に?」と電話を取ると


「あ、モト子ちゃん?モト代さん 具合が悪くなっちゃって これから救急車で運んでもらおうと思うんだけど」


近くに住んでいる親戚のおばさんだった。





     




慌てて座りなおしてしまった。


「ど、どうしたんですかっ?」


「めまいがひどくてね、起き上がれなくなっちゃったんだって。今、お母さんに代わるね」


「あ、、、モト子~? あのね、、、7時頃スーパーに買い物に行ったんだけどね 急にふらふらしちゃってね、、、」



とりあえず隣町の市民病院に搬送ということで すぐ向かった。

「気をつけてね」夫もめずらしく心配そうに声をかけてくれた。



夜10時半、初めての場所なので余計にドキドキしました。

救急の待合室は、こんな遅い時間でもけっこう人がいて

診察待ちなのか、私のように搬送された家族が待機しているのか

看護師さんも忙しそうだった。


付き添ってくれた親戚のおじさん夫婦に心から感謝。

「みんなそういう年齢になってしまったからね、お互い様だよ」

優しい言葉に涙が出そうになった。


12時半すぎて ようやく中に呼ばれた。

検査が終わって 戻って来たようだった。

救急外来の処置室のベッドで寝かされ、点滴をしてもらっていたが

顔が真っ白だった。

唇は紫。

顔全体がむくんでいて

正直、このまま死んでしまうのかと思うくらいだった。



隣の処置室では 「お母さん?お母さん!お母さーん!!!」

必死に呼びかけ泣き叫ぶ 娘さんと息子さんと思われる声が響き渡る。

私も いつこのような状況になるやもしれません。

覚悟させられた夜でした。



真夜中の病院は それでもまだ忙しいようで

こちらの処置室の奥では

「先生はまだか!こんなに痛がっているのに!」

と、若い男性看護師をつかまえて 家族とみられる男性が怒っている。

「すみません、順番に看ていますので…

「一体どれだけ待たせるんだっ!」

「申し訳ありません


とりあえず息をして 静かに眠っている母は まだありがたいと思うしかない。



やっと先生が来てくれた。


「おかげんいかがですか?」


穏やかそうな若い先生が丁寧に説明してくれた。

検査をしたけど 今回は大きな異常は見つからなかったと。

もし歩けるようでしたら帰って大丈夫。

また具合が悪くなったらいつでも来てくださいと

優しく言って下さいました。



ゆっくり起き上がって天井がまわっていないか確かめると

来た時よりもいくらか良くなったという。

そおっとトイレに行ってみたら なんとか歩けたので

父も待っているので帰ることにしました。



深夜2時半、車椅子を借りて 私の車まで母をはこんだ。

いつも車椅子は父の乗りものだったのに

「まさか自分が乗ることになるとはねぇ…」と

本人もがっかりでしたが

私も ダブル車椅子 になるのかと思うと

これから先、どうなっていくのか

漆黒の夜空を見上げて

不安いっぱいの初夏の夜でした。






近況報告

2015年05月06日 | 日記
こんにちは!

大変ご無沙汰いたしております。m(__)m


気がつけば5月、

長~い放置を どうかお許しくださいませ m(__)m



おかげさまで皆元気にしております!


1名を除けば




その1名というのは 実家の母でして


昨年6月に倒れて 救急搬送

以来ずうっと体がしっかりしないのでありました。


あれこれ調べているのですが 大きな異常が見つからず


めまい、頭痛(頭重)、ひどい疲労

時々200超えの高血圧や 不整脈、

何もしていないのに 息がハアハア心臓がドキドキしてきたり

本人無自覚の ひどい肩こり などなど。。。



実家は 6年前に父が脳梗塞で倒れ、

以来 母が自宅で車椅子となった父を介護してきました。


トイレは父一人で出来ないので すべて手伝ってもらう。

狭いアパートだから車椅子がトイレに入らないので ポータブルで居室で排泄する。

当然汚物をトイレに捨てて洗わなければならない手間が発生する。


夜は3回トイレに起こされ、おむつをしていても おねしょで全身お着替えもしばしば。

目がさめてしまうので 深夜でも真冬でも新聞を持ってきてくれと頼む。

利き手が使えないので 四六時中ちょっとしたことも「やってくれ」と頼む。


脳が壊れてしまったので 飲食することが大好きだった父は

とにかく好きなごはんを 好きな時に好きなだけ食べたがる。

体重が増えると介護も大変になるし、他の病気も併発しかねないから

ダイエットさせようと母は頑張った。

水分制限もあるので 父のしつこい要求も頑張って無視。


そのたびにケンカ、ストレス、

もう体力と精神力の限界を超えてしまったのだ。

母だって年々年をとって 衰えていくのに

この人は我慢強いので弱音も吐かない。

自分は大丈夫だと思っていたんだそうだ。


こうなった今でも、なぜ自分は元気になれないのだろうかと

毎日悩んでいる。


そんな訳で父は今 ショートステイ利用で

月のほとんどを施設で預かってもらっている。


父も早く自宅に帰りたいと言うし

母も早く自宅で面倒を見てやりたいと言うし


けれど お金もない健康もない

ギリギリの老夫婦の年金生活

毎週覗きに 手伝いに行っていた次第でありました。


子供の世話が終わったと思ったら 親の世話

とはよく言ったものでして

まったくそのとおりになってしまいました


愚痴が多くなりそうなブログになりつつあります。

よろしければ 色々教えていただければ幸いです。