水早 -mizuha- 神社と写真と一人旅。

カメラ片手にゆるり神社めぐり。
公共機関&徒歩での日帰り参拝記録をメインに綴っています。

島根県⑪ 出雲大社-2

2017-07-08 | ├ 島根(ひとり旅)

 

出雲大社つづき。

 

 

 

 

 

 

それでは拝殿の先へ。

 

 

左から、
八足門廻廊および観祭楼(3つとも国指定の重文)。

八足門の奥にチラっと見えるのは、
楼門国指定の重文)と本殿(国宝)の屋根。

 

 

手前(瑞垣外)は御守所

 

 

八足門の奥、左右に少しだけ見えてるのが、
西神饌所東神饌所。(国指定の重文

 

 

現在の本殿は高さ24メートル(6階建てビル相当)ですが、
平安時代はその倍の48メートル、
さらに上古は96メートルだったという
伝承が残っています。

 

 

2000年には境内から巨大な宇豆柱(1本およそ1.4メートルの柱を3本束ねたもの)
が発掘され、当時はこれが古代の本殿の柱ではないかと騒がれました。

しかしそれらは現在と同程度の規模であり、
分析結果や他の出土品から判断すると、上古ではなく、
1248年造営の本殿を支えていた柱の可能性が高いんだそう。

 


(島根県立古代出雲歴史博物館に展示されている、発掘された宇豆柱)

 

 

御柱の発掘された場所には、このように赤い円形が描かれています。

 

 

 

瑞垣で見えませんが、廻廊の両角(内側)には、
本殿を守護する西門神社(御祭神:久多美神)、東門神社(御祭神:宇治神)が鎮座。

 

 

 

 

末社 西十九社 (本殿は国指定の重文

御祭神:八百萬神

八百萬の神々への遥拝所で、
旧暦十月の神在祭の際には神々の宿となります。

 

 

東十九社 (本殿は国指定の重文

 

 

摂社

写真右が北氏社、左が南氏社。 (いずれも本殿は国指定の重文

西を向いている大国主神(※後述)の正面に鎮座しています。

 

 

北氏社

御祭神:天穂日命(出雲国造家祖神)

現在の出雲国造(出雲大社宮司)は、
天穂日命84代です。

天皇家とともに、長い長い歴史をもつ家系ですよね。

 

 

南氏社

御祭神:宮向宿彌命(出雲氏初代)

 

 

宝庫 国指定の重文

 

 

ここからは見えませんが、本殿・楼門・神饌所を囲っている玉垣国指定の重文。

 

 

写真いちばん左、本殿の西側に鎮座するのは、
摂社 式内社 神魂御子神社(筑紫社)  (本殿は国指定の重文

御祭神:多紀理毘賣命

 

 

多紀理毘賣命(たぎりひめ)は、
アマテラスとスサノオの誓約で生まれた宗像三女神の一柱です。
三女神の総本宮は福岡県の宗像大社。


≪宗像三女神≫

第一子沖津宮>---------------------------

【古事記】  多紀理毘売命(たぎり) 別名:奥津嶋比売命(おきつしま)
【日本書紀】
 (本文)  田心姫(たごり)
 (一書第1)
瀛津嶋姫(おきつしま)
 (一書第2)市杵嶋姫命(いちきしま)
 (一書第3)瀛津嶋姫(おきつしま) 別名:市杵嶋姫命(いちきしま)

第二子中津宮>---------------------------

【古事記】  市寸嶋姫命(いちきしま) 別名:狭依毘売命(さより)
【日本書紀】
 (本文)  湍津姫(たぎつ)
 (一書第1)湍津姫(たぎつ
)
 (一書第2)田心姫(たごり)
 (一書第3)湍津姫(たぎつ)

第三子辺津宮>---------------------------

【古事記】  多岐都比売命(たきつ)
【日本書紀】
 (本文)  市杵嶋姫命(いちきしま)
 (一書第1)田心姫(たごり
)
 (一書第2)湍津姫(たぎつ)
 (一書第3)田霧姫(たぎり)

 

これを見ると、いったい誰と誰が同一なのか、
訳がわからなくなってきますね(笑)。
古事記と日本書紀、さらには書紀の中でも記述が統一されていません。

ですが、背景を整理すると、
三女神=下記の二柱 になるんだろうと個人的に思っています。

市寸島比売命(市杵嶋姫命/いちきしま)=別名狭依毘売命(さより)
 多紀理毘賣命(たぎり)=
別名奥津島比売命(瀛津嶋姫/おきつしま)
 =田心姫(たごり)

多岐都比売命(たぎつ)
 =湍津姫命

(※古事記日本書紀

 

てか、もっと言えば本来の宗像神は①のみなんだろうな。

 

 

 

 

本殿内部には、北東に大国主大神が、北西に御客座五神が祀られています。
(御客座五神=天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、
宇摩志阿斯訶備比古遅神、天之常立神)

本殿の正面は南なので、その延長線上にある拝殿から拝むのが一般的ですが、
実は大国主大神の御神座は西側を向いているため、
御祭神の正面で手を合わせようと思ったら、瑞垣の西側に立つ必要があります。

 

 

 

拝殿でお参りした後は、
ぜひこの西側からも手を合わせてみて下さい。

 

 

 

 

本殿の背面へ。

 

 

1744年造営の本殿確か本殿としては日本一の高さだったかな?

6階建てビルと同じ高さって、すごいよねえ。

 


(島根県立古代出雲歴史博物館に展示されている、本殿の縮小模型)

 


(1881年の千木・鰹木。※奥の千木はレプリカ)

 

 

 

本殿の裏側に、ウサギさんがいっぱいいました。

これも因幡の白ウサギからきてるんだろうな。

よく見たら、頭にかわいいカエルもいた。

 

 

しっかしよく降るなあ(笑)。

 

 

本殿と八雲山の間に鎮座している摂社は、
式内社 出雲神社(素鵞社) (国指定の重文)。

 

 

 

 

本殿の東、摂社 式内社 伊能知比賣神社(天前社)

御祭神:蚶貝比売命・蛤貝比売命

 

 

 

 

その左隣、

摂社 式内社 大神大后神社(御向社) (本殿は国指定の重文

御祭神:須勢理毘売命

 

 

 

 

末社 釜社 (本殿は国指定の重文

御祭神:宇迦之魂神

 

 

 

カメラを守ることに必死で時間を気にするのを忘れていましたが、
気付けばもう2時間が経過。

そろそろ移動の時間です。

 

 

あらためて思ったけど、雨の境内って神気や清らかさが増すんだねー。

雨音があらゆる雑音を消してくれるせいか、
大勢の参拝客
の気配すら感じなくなって、
まるでここには自分一人しかいないような、不思議な感覚になりました。

 

 

心なしかゆっくりと流れる時間の中で、
強く感じたのは、
千何百年ものあいだ積み重なってきた、ここの神さんに対する人々の思い。

わずか2時間の滞在でしたが、
いにしえの人々と感情を共有できたような気がして、とても嬉しかったです。

 

では、島根旅最後の神社へ。

 


(出雲大社 御朱印)

 

 

 

 

 


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