「あい」の風景画

短いものがたり、そしてふぉとに添えた言葉たち

物言う株主

2006年06月07日 | 炎色のスケッチ
翌朝、僕の消極的な制止を振り切って、妻は9時きっかりに会社に電話をかけた。
「柴田の家内です。いつも柴田がお世話になっております」
声は穏やかに聞こえるが、その奥に秘めたマグマのようなものがふつふつと音を立てているのが聞こえるようだ。
電話は、やがて社長に取り次がれたようだった。
「先日の主人の件ですが」
そう切り出す妻に、返事をしているらしい社長の低いバスが、受話器を通してかすかに聞こえてくる。
と、一瞬にして妻の表情が変わった。
「バカにしくさるのも大概にせぇよ!
家計を握る主婦っちゅうのは、物言う株主や。
家族と財産守るためなら口も出して当たり前やろ!
ダンナっちゅう大事な財産を会社に投資してるんやから。
こっちの判断の甘さで損するんは自己責任やけど、会社の勝手な都合ならこっちも黙っちゃいられないんでね。
公平な場所できっちり白黒つけさせてもらうんで、覚悟しや!」
郷里の言葉を交えながら次々とまくし立てている、結婚生活15年の中で初めて遭った妻の姿を、僕は恐れと尊敬の念を抱きながらぼんやりと眺めていた。
やがて妻が勝ち誇った笑みを浮かべたまま電話を切った。
さて、明日はどんな顔をして出社すればいいだろうか。
いや、明日は会社に行く必要はないのだった。
明日どころか、あさっても、その次も。
僕の会社生活は昨日、まったく突然に幕が引かれてしまったのだから。