「あい」の風景画

短いものがたり、そしてふぉとに添えた言葉たち

てきすたいる・スケッチ0413

2006年04月13日 | てきすたいる・スケッチ
まだ赤ん坊の妹は泣き声すらあげずに、ぼんやりと薄目を開けたまま眠っている。
枯れ木のように腕の細い彼女の唯一生きている証は、膨らんだ腹部がわずかに上下し続けていることだけだった。
ざらっとした風が一瞬吹き過ぎて、開け放したテントの入り口から細長い葉が舞いこんできた。
少年はひざを固く抱いていた腕をほどいて手を伸ばし、その葉を指先で摘み上げた。
それはキャンプ地のあちこちに細々と生えている雑草の切れ端だった。
ふちのほうから茶色く乾いて、中心部が申し訳程度に緑を残している。
少年は機械的にそれを口の中に押し込んだが、口の中のいやな感触に気付いてすぐに吐き出した。
そんな葉が食べられるはずもないことくらい、学校に通っていない彼でもよく知っていた。
目を開けたまま横たわっていた弟が、少年の吐き出した物に気がついてすっと手を伸ばしたが、少年はその手を力なく叩いてそれを制した。
弟は砂埃にまみれた手をノロノロと戻すとまた黙って空中を見つめた。
黒い大きなハエが耳障りな音を立てて、眠っている赤ん坊の腹に止まった。

てきすたいる・スケッチ0114

2006年01月14日 | てきすたいる・スケッチ
植え替えて間もない水草たちの間を、魚たちがゆらゆらと泳いでいる。
流木に巻きついたウィロモスは水槽の中の水流に身を任せて、コケのような短くて濃い緑の葉をひらひらと振って見せている。
時おり流木の陰から覗き見をするように姿を見せる小エビは、すっと上を通りがかる魚の影におののいて、一瞬にして身を潜めてしまう。
人工的に作り出された二酸化炭素の泡が水流に乗って60cmの水槽の中にいきわたり、これから育とうとする水草たちはエサを求める魚のように、こぞってその泡を身にまとっていた。
ごく小さな無数の水泡が、水槽の上のライトに照らされてイルミネーションのように輝いている。
身体の大きなエビが泡にまみれながら、細長い手足を器用に使って葉に付いたコケをつまんでは口に運ぶことを繰り返す。
その横を群れをなしたネオンテトラがすべるように泳ぎ過ぎていく。
水槽の壁まで行けばふっと向きを変えて、また同じように群れながら泳ぐ。
サーモスタット付きのライトに温度計、電気モーターで動く濾過器、厚手のガラスに囲まれた人工の水空間は、電子機器類の真ん中で生活をしているようなわたしに、静かに呼吸する瞬間を与えてくれている。

てきすたいる・スケッチ1217

2005年12月18日 | てきすたいる・スケッチ
さらさらとまっすぐに、休むことなく粉雪たちが落ちて来る。
窓から道路向こうの家を眺めているだけなのに、遮るように降り続く粉雪のせいで青い外かべさえもが白っぽく霞んで見えた。
日がな一日大きな窓の外の移り変わっていく雪を見つめていると、ふいに自分の上にもそれが静かに積もり始めているような錯覚におちいる。

粒は細かくても、町全体が大型冷凍庫のような大気でしっかりと作られているから、地上に降りてもきちんと残る。
落ち損ねたナナカマドのグリーンピース大の実にも、投函されたチラシでできた新聞受けのすきまにも、粉雪はさらりと落ちて来てはチンと座っている。
そうして町にある色という色の全てを奪って、いつの間にか自分たちの色一色に塗り込めてしまうのだ。
きれいなものも、醜いものも何もかもを隠し、音さえも吸い込んでいく。
時が流れて太陽がまた力を取り戻し、冷凍庫の鍵を開けてくれるまで。