鼓太郎のつぶやき

伊那谷で和太鼓を打ちながら暮らしている鼓太郎のつれづれ一口メモ

台湾との新しい関係の模索~単発的文化交流から未来を見据えた長期型作品創作上演へ

2009年09月04日 10時34分57秒 | Weblog
 かつて、和太鼓が、在野の祭りや温泉旅館、一部の邦楽界のみに取り上げられていた時代から、和太鼓が舞台作品として台頭し、現在に至る姿を省みると、台北慶和館は、まさにその道を独自の方法で突き進もうとしているように思えてなりません。
 台北において、獅子舞は祭りや儀式になくてはならない芸能であり、その優劣にぬきんでるために数多くの舞手が自分の芸を磨いてきました。驚くべきことに、彼らは専門集団ではなく、生活の中の芸能であったのです。

 ちょうど、日本で言えば、津軽民謡や津軽三味線、岩手の鹿踊り、鬼剣舞、さんさ踊りのように、地区やグループごとにその芸の技を競い合った風土に似たものがあります。

 民俗芸能から舞台芸術としての表現に変えていくためには、伝えるべきテーマと演出がなければなりません。
 テーマとは名詞としての単語ではなく、名詞の意味合いの方向性を示す文章です。
 「この曲のテーマは【友情】です」ではなく「この曲のテーマは【友情とは永遠に信じてふさわしいものだ】ということです」というのがテーマであるべきでしょう。
 テーマが希薄で主張が絞りきれていなければ、演出も切れ味が悪くなり、曲の構成もクライマックスがわかりにくく、さらには演奏指導のポイントもぼやけてしまって、舞台全体が冗長な感じになってしまいがちです。

 今後、登龍門を含め、塩原と台北慶和館が作品を生み出していくときに、このテーマを国境を越えてどれだけ導き出せるかがその作品のはらむエネルギーの容量を決める気がします。

 登龍門のテーマは、「最後まであきらめず、隣人の愛を信じながら、貫徹していく精神は、必ずその人に幸運をもたらし、さらにはこの世界に輝きと潤いをもたらす。」ということです。
 この作品を観た人が、自分の心の中に上昇気流を生み出して歩き始めてくれたらこんなに嬉しいことはありません。

 力を合わせるということには、がんばるということだけでなく、愛し合う、慈しみあう、信じあうといった様々な人間の心の元素がちりばめられています。
その様々な局面を芸能で綴ることが出来たら、観客は自分自身の登龍門として舞台を受け止めてくれるはずです。
 僕らが手を染める芸能には、それが生み出されて今日至るまでに数え切れない人たちの情けと情熱が込められ、切磋琢磨されてきたエネルギーのようなものがにじんでいるだけに、芸能一つ一つが輝きを発揮してくれると信じています。

 飾りで盛り上げるのではなく、あくまで芯で昇り詰める精神を忘れてはいけないのです。

 11月、また萬華文化フェスティバル、来年と登龍門の上演は増えそうです。
こつこつと磨きをかける行動と精神は、国が違っても時代が違っても立場が違っても、舞台に立つ者の変えがたい条件でしょう。

 常に物作りは、批判に終始することより先に、具体的な提案と己の行動の発動・技の磨きが最優先されるべきであって、その責任を果たせて初めて傑作に近づいていくと確信しています。

 登龍門に今後参加する責任を強く感じながら、夢をはせている今です。

記念写真

2009年09月04日 10時05分11秒 | Weblog
 台北國父紀念館は、僕が宝塚歌劇団OGの皆さんとの共演で、初めて台湾で上演した場所。5年後、まったく新しい仲間たちと登龍門という作品を上演出来たことは奇跡に近いが、これもいつか上演したいとこつこつ思い続けて行動を積み重ねた結果だろう。
 2004年の11月に、高森町の公民館を借りながら練習を始めた御花泉が、僕と一緒に台湾の国家的舞台でその響きを共に出来たことも嬉しい。

 飯田市の酒井俊夫さん、台北在住の難波鉄也さん、台北慶和館、加藤拓三君、台湾の児童アイドルスター・momoさん、台湾国立体育大学龍武隊の皆さん、プロデューサー李さん、通信翻訳で力を発揮してくれてきた小林鈴子さん、現地サポートのMASAKAさん、台北公演のスポンサーの方々、全てに感謝し、御礼を伝えたい。