座敷ネズミの吉祥寺だより

吉祥寺って、ラッキーでハッピーなお寺ってこと?
中瀬の吉祥寺のあれこれをおしゃべり。

雨の中日

2016-09-22 | おしゃべり
あいにくのお天気になりました。

それでも時折、お墓参りの方々がいらっしゃいます。



それから、昨日は、久しぶりに雨粒が落ちない日でした。

吉祥寺にお参りに来て、
廊下で 河田菜風さんのパンフレットをご覧になって
「これから行ってみよう」とおっしゃった方がいました。

きっと 
深谷市川本出土文化財管理センター(川本公民館南側の建物)
においでになったろうと思います。



いろいろな催し物のご案内ができる事は
私も嬉しく思っています。

これからも 可能な限り ご案内したいです。

ですから、いろいろな催しや展示がありましたら、
お教えいただけるとありがたいと思います。


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中瀬きっての教育者

2016-09-19 | おしゃべり
河田菜風さんについての話の続きです。

「企画展 深谷にゆかりのある人々 5
     このひとをしっていますか?

 関流和算の大家 藤田貞資 ・ 
 門弟五百数十名 中瀬きっての教育者 河田菜風」

の、パンフレットをいただきました。

こんな事が、書いてあります。


         



門弟五百数十名 中瀬きっての教育者 【深谷市中瀬】


河田菜風

1821-1880(文政4年~明治13年) 享年60


 文政4(1821)年11月13日、榛沢郡中瀬村(現在の深谷市中瀬)、
河田十郎右衛門(じゅうろうえもん)の長男として生まれる。

諱を嘉豊(よしとよ)、字を公実(こうじつ)通称、を半内(はんない)、
号を菜風(さいふう)と称した。

菜風の由来は、生地の中瀬と、おいしい食菜の産地と、
名物の赤城颪(あかぎおろし)が吹く土地柄とを巧みに織り交ぜた雅号で、
郷里の地名や風土に因んだものとされている。



幼少の頃から その才能は 周囲の子らに比して優れており、
また、学を好み、中瀬の天台宗吉祥寺(きちじょうじ)の観海(かんかい)和尚に就いて
和漢の学を修めた。

吉祥寺は上州(群馬県)世良田長楽寺の末寺で、
観海は二十五世であった。

人格・識見共に備えた名僧で、
上州・武州に多数の門弟があった。

これらの門人中、菜風は観海が最もその将来に期待をかけていた高弟であった。

青年の頃の菜風は、筑前(福岡県)の宗像蘆屋(むなかたろおく)や
越中(富山県)の殿丘神通(とのおかじんつう)らが
諸国漫遊の途中に立ち寄ったので、
一時これら遊学の学者に就いて詩文・書画を学修した。




 天保9(1838)年、自邸を教場として塾を開き、
近隣の子弟に教授を始めた。

この時、菜風は18歳であった。

10年後の嘉永2(1849)年、28歳の菜風は
塾名を正式に「宣興塾」と名付け、
盛大な命名披露の雅会を催した。

当日は 福田半香(ふくだはんこう)、中沢雪城(なかざわせつじょう)、
桃井可堂(もものいかどう)、代五渡(だいごと)、市川市月(いちかわしげつ)、
伊丹渓斎(いたみけいさい)、渋沢誠室(しぶさわせいしつ)、
斉藤南々(さいとうなんなん)、金井烏洲(かないうじゅう)ら 
地元の著名な文人墨客が出席し、
席上それぞれ揮毫して 当日の記念とした。

この語、寺門静軒(てらかどせいけん)も菜風を訪れている。



 明治5(1872)年、学生が発布され、
翌6年2月に中瀬小学校が開設された。

菜風は これを契機に35年に及ぶ「宣興塾」を閉じ、
村の教育顧問となって 後進の育成に協力した。

菜風の薫陶を受けた門弟五百数十名には、
地元・成塚の書家、正田晴圃(しょうだせいほ)をはじめ
県会議員、町長、小学校長として名を成し、地元の枢機に参画した人々が
多数輩出した。

明治13(1880)年1月3日没。

享年60.

後に、多数の門人知友によって
「河田菜風翁碑」が 菜風ゆかりの地に建立された。






ずいぶん詳しく書かれていますね!

観海さんの名前が書かれているのを拝見する事は、
極めて稀です!

そして、中瀬の吉祥寺境内にある「河田菜風翁碑」の写真があります。



          
           これは、以前に私が撮った画像。



金井烏洲は、画家?絵師?でした。(「歴史好き」

齋藤南々は、芭蕉の句碑を立てた俳人でした。

いろんな人達と関わった方だったのですね。



10月10日までの会期の間に、ぜひ 訪れたいものです。






【展示会期・展示会場】

    2016年9月15日(木曜日)~10月10日(月曜日、祝日)
    深谷市川本出土文化財管理センター(川本公民館南側の建物)
    入場無料

【開館時間】
    午前10時~午後4時 (会期中は無休です)

【展示内容】
    藤田貞資(ふじたさだすけ)…江戸時代に活躍した関流和算の大家
    河田菜風(かわたさいふう)…門弟五百数十名を育てた教育者


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お墓掃除

2016-09-19 | おしゃべり
雨空が続いています。

そんな中、墓参においでになる方々も続いています。

台風による荒天が心配されていますので、
今のうちにお墓掃除を、との思いで
おいで下さっているのでしょう。






先週の夕刊の「しあわせ小箱」では、
「お墓磨き」というタイトルで
37歳の男性が お墓磨きの会社を興したお話が連載されていました。

「お墓磨き」。

フィアンセのお母様には
「変わってるわねぇ」
としみじみ言われてしまったとか。



それでも、「お墓磨き」を職業にする決意をしたのは、
人の役に立って、喜ばれて、
やってて嬉しい仕事だからでしょう。

「でもお義母さん、
 お墓は ご先祖様と家族の絆の象徴なんですよ。」
という文章が 記事の中にあります。



「お墓がきれいなら、ご先祖は喜び、
 それで生きている家族の心も安らぐ。

 お墓を磨き、
 家族のつながりを考えるきっかけを作れれば」






そうなんだよねぇ、と思いました。

お墓参りをすると、
私はすごくホッとするのです。

すがすがしい気持ちになれるのです。

これは、気のせいかな? と ずっと思ってきました。

でも、どうやら、気のせいばかりではなさそうです。

お墓参りの効用、というのは、確かにあるように思うのです。

あなたは いかがですか?

お墓参りをすると、すごく良い気分になりませんか?

(同じ話を、2014年の春にもアップしています。お彼岸と残雪





今日からお彼岸です。

どうか、確かめてみて下さい。

お墓を掃除して、お香を焚き、花を手向け、
静に手を合わせる時、
ある種の誇らしい気持ちになりませんか?

安らかな気持ちに満たされませんか?

ご先祖様は、きっと見守っていて下さる、
そんな気分になりませんか?



うちにはご先祖さまはいない、って、
そんな事は 考えていらっしゃらないですよね?

あなたは どこから生まれてきましたか?

あなたのご両親は、どこから生まれてきましたか?

ご先祖さまは、必ずいらっしゃいます。

お彼岸中に忙しかったら、
お彼岸が終わってからでもいいのです。

一年中、いつでもいいのですから、
お墓参りをして
ご先祖さまに 手を合わせてみてください。

お墓をピカピカに磨くと、
心も洗われるようにピカピカ気分になれますよ!






お中日には、雨が降りませんように。


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リオ閉幕

2016-09-19 | おしゃべり
リオデジャネイロパラリンピックが閉幕しました。

たくさんの衝撃的な感動と たくさんのメダル。

たくさんの勇気。



けれど、金メダルは ありませんでした。

もう一度 表彰台の真ん中に立つ日本選手と
真ん中に掲げられる日の丸を見ながら
君が代を聞き、
感動に身を委ねつつ 
湯船の中で 君が代を歌いたかった(笑)。



それでも これまでの選手たちの努力は
充分に報われたのではないだろうか、という、
勝手な思い込みをしています。

ありがとう、お疲れさま。



         高桑早希選手

        
        パブリックビューイングには行かなかったけど、応援していたよ。

高桑早希選手オフィシャルブログ


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河田菜風さん

2016-09-16 | おしゃべり
河田菜風さんについては、以前、
「菜風翁の碑」のところで、
ちょこっと触れました。

実際の所、座敷ネズミには、よくわかっていないのです(恥)。

それが、よくわかりそうな催しがあります。



それが、企画展「深谷市にゆかりのある人々Part5~このひとをしっていますか?~」
です。


          

《関流和算の大家「藤田貞資」、門弟五百数十名 中瀬きっての教育者「河田菜風」 》
と題して行われています。

9月15日、昨日から始まりました!

「中瀬きっての教育者」だそうですよ!

中瀬の方々、ご存知でしたか?

「河田菜風(かわたさいふう)…門弟五百数十名を育てた教育者」
とあります、教育者だったんですね!(恥、汗)



もうおひとりの藤田貞資さんは、関流和算の大家なんだそうです。

川本の方のようです。







 【展示会期・展示会場】

    2016年9月15日(木曜日)~10月10日(月曜日、祝日)
    深谷市川本出土文化財管理センター(川本公民館南側の建物)
    入場無料

 【開館時間】
    午前10時~午後4時 (会期中は無休です)

 【展示内容】
    藤田貞資(ふじたさだすけ)…江戸時代に活躍した関流和算の大家
    河田菜風(かわたさいふう)…門弟五百数十名を育てた教育者

 主催/深谷市教育委員会
 協力/藤田雄山貞資先生顕彰会、深谷市美術家協会



みなさん、入場無料、入場無料ですよ!(笑)

      


深谷市川本出土文化財管理センター(深谷市菅沼1019、川本公民館南側の建物)
へは、私は行った事はなさそうですが、
時間を見つけて ぜひ足を運んでみたいものです。



いずれ、市の広報にも掲載されるかと思いますが、
実物を目で見る事が出来たら、理解もより深まろうかと思います。

さて、菜風さん、どういう教育者だったのでしょう?


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『恐父論』

2016-09-16 | おしゃべり
読売新聞の「父の戦争 母の終戦」には、
阿川佐和子さんの回もありました。

亡くなったお父様に関して、
「あなたのお父様は 戦争がお好きでしたね」
と言われた事があるそうです。

戦争が好きだなんて、
そんな人がいるものでしょうか?

たとえ 昭和天皇を崇拝していようと
(昭和天皇の話をすると、いつも涙ぐんだそうですが)、

たとえ海軍に誇りを持っていようと
(海軍は、どうも、確かに、お好きだったみたい)、

「お父様は戦争がお好き」だなんて、
口に出して言うべき言葉でしょうか?

悪意を感じます!



           



お父様は、こんな本も書いていらっしゃいますけど。  
          






新聞をきちんと保存していなかったので、
阿川佐和子さんの回のものは、
(『蝿の帝国』の帚木 蓬生氏の回などを含めて、)
残念ながら、手元にありません。

手元にありませんが、
記憶に残っているのは、
最近 時々目にする言葉です。

「君が代」を歌ったり 日の丸を掲げただけで
「右翼」と呼ばれるのは、ちょっと、どうなんだろう? 
といった意味の言葉です。



他国の国旗、国歌を尊重するのは当然の事で、
それはもちろん、自国のものに対しても、同様なはずです。

日本人が 日本の国旗や国歌を大事にすると口撃されるのは、
どうしてでしょう?

お風呂で「君が代」を歌ったら、家族に笑われるのは、
何故でしょう?(笑)






阿川佐和子さんの最近の著作『恐父論』、お貸し出来ます。
(文藝春秋、2016.7.30、1300円)

          

帯には ビートたけし氏の

「阿川さんには言わなかったけど、
 はっきり言って
 あなたのお父さんは 私の理想です」

という言葉が載っています。


読売新聞の特別編集委員、橋本五郎氏は、

「『恐父論』は一見父親批判に見えますが、
 本当は「父を恋る詩」ではないのか。
 
 全く揺らぐことなく関白であり続けた父を
 本当は愛していたのではないかと思うのです。」

と書いています。(9月10日朝刊、13面)


ともかく、すごいお父様だったようです(笑)。

お父様の阿川弘之氏は。

大正9年のお生まれでした。


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「父の戦争 母の終戦」

2016-09-16 | おしゃべり
「降る雪や 明治は 遠くなりにけり」
という言葉中村草田男の句がありましたが、
大正もかなり遠くなった現在、
世の中は「戦争を知らない子供たち」ばかりになりつつあります。

ドキュメンタリー映画「ひとりひとりの戦場 最後の零戦パイロット」
に登場し、
今年5月3日に亡くなった方は、99歳だったそうです。

戦争を知らない若者が 
テレビのニュースで戦場の映像を見て
「テレビゲームみたい」と話すのも、
無理はないのです(湾岸戦争の時の話)。






8月に 読売新聞紙上で
「父の戦争 母の終戦――戦後71年」と題した連載がありました。

父の戦争 母の終戦






  ――71年前のあの戦争。

  異国の戦地で父たちは何を見たのか。

  母たちはどんな思いで銃後を生き抜いたのだろう。
  
  悲惨なその体験は今、子や孫の世代にどう伝えられ、
    語り継がれようとしているのか――


新聞紙上の、期間限定版「ファミリーヒストリー」ですね。

上の言葉は、第1回の、腹話術師 いっこく堂さんのお話の
冒頭にあった言葉です。(no.1 7月30日)



サイパン、ポナペ島、トラック諸島、パラオ。

兵隊としてではなく、一般庶民としての、
そういった場所での生活と
ものすごいご苦労と、ありえないような奇跡と、
戻ってからの沖縄の悲劇。

いっこく堂のお父様・お母様の戦時の記憶は、
腹話術を使わなかったとしても、
とても一晩や1日では 語り尽くせるものではなさそうです。






マラソンの解説でおなじみの増田明美さんのお父様が
出征する父親と別れた時、
お父様は 生後100日ほどだったそうです。(no8、8月15日)

お爺様は、終戦の前年に
マーシャル諸島のクェゼリン島という島で 戦死なさいました。

(この回の、読みどころは、別の部分にあります。)



女優の浜美枝さんのお父様は、戦地から帰還した後、
10年近く、自宅で呆然と過ごしたそうです。(no11、8月25日)

ベトナム戦争後に注目されるようになった、
PTSDというものだったのでしょう。

こういう方々も 何人もいらしたようです。



陸軍武官のお父様についてオーストリアに行った、
という方(87歳)が9歳の時に
ドイツがオーストリアに入って来たのだそうです。

オープンカーに乗ってやって来たヒトラーを見に行き、
目と目があったそうです。

お父様は、
「戦争については ポツリ、ポツリといった感じで、多くを語らず、
 <常に学べ>というだけで、結論は口にしませんでした」
とあります。(no.12、8月26日、最終回)






戦地に限らず、戦争を体験したという人は、
身近に大勢いらっしゃいます。

それぞれの人に それぞれの戦争があり、
それぞれの戦後があって、
人々の平和への希求があって、
今があります。

たとえ戦時中や戦後の事を語らなくても、
そういったご先祖様や先輩方に
私たちは 感謝しなくてはならないと思うのです。


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9月の仏游会

2016-09-09 | 仏遊会
9月の仏游会は、10日(土曜日)の、午後7時30分からです。

テーマは、座禅と、「三千佛名経」の写経です。

筆ペン または鉛筆をご持参ください。


*********************************

仏遊会には どなたでも 参加していただけます。
どなたでも、どうぞ お越しください。

午後7時30分までに 客殿の大玄関からお入りください。
まず 本堂で座禅。
次に 客殿に戻って 仏さまのお名前が書かれたお経を写したりもします。

お待ちしています。


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リオデジャネイロパラリンピック

2016-09-09 | おしゃべり
始まりましたね~、パラリンピック。

いきなりの、メダルラッシュです。


     


昼過ぎに ゴールボールの予選を見ましたが、
ボールに鈴が入っているとはいえ、
ゴールに向かって来るボールを、
どうして止める事ができるのか!?

不思議なくらいです。




彼らが、どうか 能力を充分に発揮してくれますように。

それから、どうか、世界中の国が、
核兵器の廃絶と平和を 希求してくれますように。


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君が代

2016-09-06 | おしゃべり
リオデジャネイロオリンピックの開幕は、
広島の原爆忌と重なりました。

それに先立って、
ノーベル平和賞受賞者である、アメリカの現職大統領が
広島を訪れて お話をしてくれたりもしました。

銀メダルを取った男子400メートルリレーの第一走者は、
広島の被爆三世だそうですし。


          



いろいろと考えさせられる夏でした。

そして、日本選手が予想以上のメダルを獲得できた、
大成功のオリンピックでした。

(ドーピングとか治安とか反対デモとか、問題もいっぱいあったけど。)

(間もなくパラリンピック開幕ですね!)


         





          

日本勢が たくさんの金メダルを獲得した日。

金メダリストの選手が、
優勝できた喜びに震え、
厳しい練習に耐えて頑張ってきた自分自身に誇りを持ち、
支えてきてくれた大勢の人たちに感謝しつつ、
表彰台の真ん中で、
日の丸が 真ん中のポールに上がるのを見つめる、

そんな様子を 何度も何度も ニュースやスポーツ番組で眺めました。

何度見ても良いものです!



そして 彼らは、国歌である「君が代」を
感激の面持ちで 歌うのです。

どんなにか嬉しい事でしょう!

どんなにか晴れやかな心持ちでしょう!






一方、
惜しくも負けて銀メダルになった選手は、
一段低い場所に立ち、一段低い場所に形容される国旗を見つつ、
「君が代」を歌う事はできないのです。

どんなに悔しい思いをしているのでしょうか。

「銀メダルでも嬉しい」というのは、
卓球卓球と男子400メートルリレーくらいだったのではないでしょうか。


          


           


まして、金メダルのみを期待されてきた選手達は、
どんな気持ちで 一段低い国旗を見ていたのでしょう?






その日の夜、
私はお風呂で(いつものように)歌を歌いました(笑)。

なんと、「君が代」を!!!(爆笑)

金メダルの余韻と、銀メダルになった選手への思いと、
それから、
小学生の時に 鼓笛隊で「君が代マーチ」を演奏しながら
パレードをした事を思い出しながら、でした。

さすがに、お風呂で「君が代」を歌ったのは、
初めてでしたが(苦笑)。



それを聞いてるヤツがいて、
お風呂上りに 家族に笑われたのでした。

でも、いいじゃない?

金メダルを 日に3つも獲れた日くらい(笑)。


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