物まね芸人のコロッケさんが、中学生の時、生活が苦しくて親に迷惑をかけまいと耳の痛みを我慢していたら、大変な病気になり、片方の耳の聴覚を失ってしまっていた、とバラエティ番組で彼のこれまでの人生のことを特集していました。
あんなに明るく、物まねであそこまで人を笑わせることのできる人はいないと思うくらい、ものすごい芸を持っている人だと思う。
母子家庭で極貧生活だったが、お母さんは暗い顔を見せず何でも前向きにとらえて笑いの絶えない家庭だったとふりかえる。
いつもお母さんが言っていたのは、
あ・・あせるな
お・・おこるな
い・・いばるな
く・・くさるな
ま・・まけるな
この「あおいくま」さえあれば何とかなる、ということだった。
片耳の聴覚がないにもかかわらずここまで自分が頑張れたのは、明るい家庭でこの言葉があったからだとコロッケさんは振り返り、
「生まれ変わってもお母さんの子どもで生まれてきたい」
と。
お金がないから駄目だとか、片耳が聞こえないからだめだとか、芸能人になんかなれっこないとか、またデビューしても売れない時代が続いても、あきらめずにがんばれたのは、この「あおいくま」のおかげだという。
ひるがえって、自分のことを顧みる。
もう年だし・・・・。
お金ないし・・・・。
あれがないし、これがないし・・・・。
どこかでそういう言い訳をして逃げたり、あきらめたりしてないかな。
少ししんどくて気持ちが傾きそうな時、心強い味方を得たような気分。
コロッケさん、いいお話をありがとう。
あんなに明るく、物まねであそこまで人を笑わせることのできる人はいないと思うくらい、ものすごい芸を持っている人だと思う。
母子家庭で極貧生活だったが、お母さんは暗い顔を見せず何でも前向きにとらえて笑いの絶えない家庭だったとふりかえる。
いつもお母さんが言っていたのは、
あ・・あせるな
お・・おこるな
い・・いばるな
く・・くさるな
ま・・まけるな
この「あおいくま」さえあれば何とかなる、ということだった。
片耳の聴覚がないにもかかわらずここまで自分が頑張れたのは、明るい家庭でこの言葉があったからだとコロッケさんは振り返り、
「生まれ変わってもお母さんの子どもで生まれてきたい」
と。
お金がないから駄目だとか、片耳が聞こえないからだめだとか、芸能人になんかなれっこないとか、またデビューしても売れない時代が続いても、あきらめずにがんばれたのは、この「あおいくま」のおかげだという。
ひるがえって、自分のことを顧みる。
もう年だし・・・・。
お金ないし・・・・。
あれがないし、これがないし・・・・。
どこかでそういう言い訳をして逃げたり、あきらめたりしてないかな。
少ししんどくて気持ちが傾きそうな時、心強い味方を得たような気分。
コロッケさん、いいお話をありがとう。