鏡海亭 Kagami-Tei ネット小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第58)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み!―第45話・後編
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【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
――そうだ。僕は、あの鬱積した何かを、息苦しい《日常》を飛び超えたくて、メルカを置き去りにして旅立とうとした。クレドールに乗れば何かが変わるんじゃないかって。でも、カルバ先生やソーナの居ない今、僕がメルカをしっかり守らないといけなかったのに。分からないよ……。
メルカのことについても、ルキアンは揺れ動く二つの思いの中で苦しんだ。
――決意したのに。エクターにもなったのに。
結局、自分が本質的には何も変わっていないような気がして、少年の心は暗い影に覆われていった。だが、そこで立ち止まってはいけないということ、わずかにでも考え、ほんの少しでも自分なりに現実や己自身と向き合って行かねばならないということ。それが分かる程度には、ルキアンは実際には変わっていたのだ。
《オーリウムの銀のいばら》。
この言葉が不意に意識をかすめた。少なくともそれは、今のルキアンにとって、これまでとは違う新しい自分、平たく言えば《あるべき自分》の姿として描いているものかもしれない。
――僕はステリアの誘惑に負けたくない。兵器にはなりたくない。だけど、僕は僕のままで、たとえ血を流してでも《いばら》になるんだ。そして戦う、《優しい人が優しいままで笑っていられる世界》のために。それは本当の正義じゃないかもしれない、僕の自己満足かもしれない。でも、分からないけど、前に出るんだ。
――ここで進まなきゃ、また何も……見えなくなる。
7 盾なるソルミナ、発動! 公爵の決断
◇
謎の4本の黒い石柱、すなわち《盾なるソルミナ》の正体についてクレドールの艦橋で憶測が行われていた頃、ナッソス城では公爵が思い悩んでいた。まさに問題のソルミナの発動をめぐり、彼は揺れていたのであった。
――落ち着いて考えろ。今の時点でソルミナを使ってしまってよいのか。
現在の戦況や今後の作戦に関わる様々な要素が、公爵の頭の中に浮かんでは消える。
――もし敵主力が第二・第三の防衛陣を突破し、城門にまで攻め寄せてきた場合、ソルミナが使えなければ我が方には持ちこたえる手段が無くなる。だが……。
天守の望楼から、公爵は戦場に目を向けた。
「カセリナ……」
冷徹な指揮官であろうとし続けている彼だが、溺愛する娘の名が自然と口を突いて出た。
――下手に手出しをすれば、シールドの中でカセリナと対峙する敵は、すぐさま相討ちを企てかねない。カセリナを救い出すには、ソルミナの力に頼るしかないのか? ともあれ、今のままではまずい。レプトリアと共にパリスとザックスを失った今、ギルド側が《レゲンディア》クラスの機体をさらに投入してきたときには、カセリナのイーヴァしか対抗できる機体はない。
彫りの深い顔、さらに深く窪んだ目に悲壮感を漂わせ、公爵は溜息をついた。
――そのために。そのためにこそ、大切な娘を敢えて戦場に出したのではないか。たとえ最低の父親だと言われようとも、この戦、決して負けるわけにはいかぬのだと。
公爵は、泰然と控えているレムロスの方をちらりと見やった。
――ギルド側は、パリスを倒した《銀の天使》を完全に温存している。さらに、魔道士クレヴィス・マックスビューラーの操る、あの恐るべき《空飛ぶ鎧》も。これらの機体に対し、イーヴァ以外で互角に戦えそうなものは、レムロスの《あれ》のみか。
続いて公爵は、自軍と敵軍の主力がぶつかり合う戦場から、城の側方へと注意を向ける。相変わらず轟音が止まない。長さ10メートルを超える鋼の巨剣同士の打ち合う音は、いまだに途絶えていなかった。バーンのアトレイオスとムートのギャラハルド、双方がなおも互角に死闘を続けていることがうかがえる。
――それにレムロスの言ったように、万が一、ムートが敗れた場合、ソルミナの《柱》は破壊されてしまう。それでは元も子もない。
「では、ソルミナを放つとしても……。ギルドの飛空艦隊はまだ動かないか、レムロス?」
公爵の口調には苛立ちがはっきりと現れている。その目や口元に浮かんだ怒りは、今にも表情全体に溢れ、爆発しそうである。
「いいえ。相変わらず、こちらからの砲火とあちらの主砲の射程距離ぎりぎりのところに浮遊したまま、動く気配はありません」
「いやに慎重だな。こちらが飛行型アルマ・ヴィオをほぼすべて失った現状、ギルド側にとっては、城に飛空艦を近づけて艦砲射撃や爆撃を行う手もあろうに。考えたくはないが、敵は《柱》に気づき、何らかの強力な魔法兵器だと考えて距離を保っているのか」
「残念ながらそう考えられますな。いわば本隊を囮にし、こちらの《レゲンディア》クラスの機体を引きつけ、その間に少数精鋭で一気に《柱》を叩く作戦に敵が出てきたということ。それが、すべてを物語っております」
公爵とは対照的に、レムロスは常に冷静である。いや、ナッソス家の危機、あるいはカセリナ姫の危機にもかかわらず、どこまでも静かな彼の態度は異様とさえ感じられるほどであった。ザックスがエクターを「引退」した後、かわってナッソス家に仕官してきたレムロスは《四人衆》の中では新参者だ。だが、頑固なまでに格式にこだわるナッソス公爵は、エクターとしては異例のレムロスの家柄の良さやこれに見合った気品漂うレムロスの言動を気に入り、彼をたちまち重用するに至った。いまやレムロスは、一介のエクターどころか、公爵の軍師としての立場すら確立しつつある。
「ギルドの飛空艦をまとめてソルミナに巻き込めれば、と思ったが……。やむを得ん。いまソルミナを放てば、敵陸戦隊のうち、いかほどを射程にとらえることができるか」
「敵軍は全体的に後方に展開しておりますが、そのうち最前線の戦列をなす重装汎用型の半分ほどと、先行したいくつかの陸戦型の部隊は葬ることができます。何より、カセリナ様をおびやかすレーイ・ヴァルハートをはじめ、《柱》に迫ったギルドの精鋭たちをまとめて片付けられることは、非常に大きいかと」
しばし無言で沈思した後、公爵は敢えて激情を抑え、低い声でつぶやいた。
「レムロス。ソルミナを発動するよう、術者たちに伝えよ」
「心得ました」
レムロスは慇懃に一礼すると階下に向かった。
わずかな警護の者たちとともに、望楼の最上層に残されたナッソス公爵。
八角形の部屋のそれぞれの壁面には大きな窓が広がっている。苦渋の決断を行った公爵の心情とは裏腹に、室内は皮肉なほど明るい輝きに満ちており、陽の光が燦々と行き渡っていた。
部屋の中央に置かれた円卓。公爵はゆったりと腰掛ける。計算し尽くしたかのように、家臣の一人が見事なタイミングで茶の用意をしてきた。公爵はカップを手に、不敵な、それでいてどこか悲しげな、何ともいえない微笑を浮かべる。
「ギルドの者どもよ、旧世界の超兵器《盾なるソルミナ》の力に恐怖するがよい。人の子である限り、人間である限り、何人たりともソルミナの前には無力なのだ」
そしてまもなく、一瞬、空が赤く染まった。そんな気がした。
8 消えた仲間たち!? 城を覆う赤き結界
――今のは、何?
ラピオ・アヴィスを操り、バーンとムートの戦いを上空から見守っていたメイ。何の前触れもなく、彼女の意識はおぼろげになり、さらに五感すべてを失ったかのごとき異様な浮遊感にとらわれた。エクターとしてラピオ・アヴィスの機体と一体化し、その赤き翼を通じて風を感じていたメイだったが、唐突に機体から解き放たれて宙に投げ出されたような気がした。
次の瞬間、彼女は明確な意識を取り戻し、すぐに五感も回復された。
目を見開き、握り拳をつくってみる。だがそのことによって、メイは新たな異変に気づく。本来ならばラピオ・アヴィスの機体を通じて伝わってくるべき視覚や触覚が、いつの間にか彼女の身体自体の感覚に還っていたのだ。
「ラピオ・アヴィスの意識が感じられない。違う、それどころじゃないって! あたしは機体に乗っていない? そんな馬鹿なことが」
思い出したかのように慌てて周囲を見渡すメイ。
陽光。広がる緑。ぼんやりと木立が見える。
微風が頬をなでてゆく。
その現実的な心地よさに促され、彼女は改めて自らの手で――ラピオ・アヴィスの翼や脚ではなく――自分の頬に触れてみた。
両足は大地を踏みしめている。二、三歩進んでみると、ほどよく茂った下草が足元でカサカサと鳴った。草の匂いがする。
小川の流れ。呆然としたメイの耳に、せせらぎだけが響いては消えていく。
「ここは……」
◇
メイに異変が起こったことを、バーンも念信を通じて知った。
――返事しろ、メイ! 何があった?
だが彼女からの答えは返ってこない。それどころか、念信の先に相手のメイが《居ない》ことをバーンは感じ取ったのだ。そんな奇妙なことがあるはずはない。
代わってムートからの念信が入ってくる。
――どうやら《あれ》のせいか。久々の良い戦いに水を差しやがって。おい、あんた、バーンとか言ったな。聞こえてるか?
ムートの声はそこで途絶えた。正確に言えば、ムートからの念信が、バーンにはもう届いていないのである。
今の今まで、バーンの愛機アトレイオスと激しくつばぜり合いを繰り広げていたはずなのに、何故かムートの操るギャラハルドだけがそこに残されている。上空を見上げると、ラピオ・アヴィスの姿もない。いずれの機体も忽然と消え去ったのだ。
――つまらないな。勝つためとはいえ、こんなのは戦士のやるべき戦い方じゃないだろ。
落胆気味にムートはつぶやく。気の抜けたようにギャラハルドの右腕がだらりと下がり、手にした巨大な曲刀が地面にめり込んだ。
◇
時を同じくして、ナッソス方の《ディノプトラス》と交戦中であったサモン、単機で別の《柱》を攻撃に向かったプレアーも、機体と共に姿を消した。
いや、居なくなったのは彼らだけではない。ギルドの陸戦隊のうち、敵陣深くまで先行していたいくつかの部隊は皆、神隠し同様に消え去ったのである。
――お父様。《盾なるソルミナ》を使ったのね。
カセリナは事の成り行きを理解した。
結界型MTシールドのドームの中で、彼女はレーイと壮絶な《戦い》を続けていたはずだった。互いの機体がふれあうほどの間合いで、いずれかが一瞬でも気を抜いた瞬間に勝敗が決するであろう、静かながらも凄まじい精神的な消耗戦を。
だが今や、イーヴァの視覚を通して周囲を見渡すカセリナの前に、レーイの操るカヴァリアンの影も形もなかった。
――レーイ・ヴァルハート、恐るべき戦士。だがもう遭うことも……。いけない、また、目まいが。
死地から解放された安堵感からか、カセリナは気を失いそうになった。もはや機体の体勢を保つことすら困難なほど、彼女は力を使い果たしていたのである。とはいえ、これで窮地を脱したことは間違いない。
◇
他方、上空のクレドールからは、ナッソス城に生じた《異変》をはっきりと見て取ることができた。
おそらく《盾なるソルミナ》によって創り出された結界であろう、赤い光の幕あるいはバリアのようなものが、ナッソス城とその周囲を球状に覆い隠している。結界の表面は刻々と色合いや明暗を変化させ、ひときわ赤色の濃い縞模様が、蛇の類を思わせる動きでうねり、いくつも動き回っているように見える。その様子は、まるで結界自体が生きていると言わんばかりのものであった。
「先程から呼びかけ続けているけど、念信がまったく通じないわ」
セシエルは緊張した面持ちでそう告げ、なおも念信装置と向き合う。続いてヴェンデイルも、両手を挙げてお手上げのポーズを示した。
「駄目だ。中で何が起こっているのか、全然見えない」
不意に起こった奇怪な事態に、クレドールの艦橋が騒然とする。クルーたちの動揺を沈めるように、穏やかな、なおかつ威厳のある口調でクレヴィスが指示を出す。
「あの《結界》から一旦は距離を取るよう、付近にいる部隊に至急伝えてください。詳しい事情が判明するまで我々もうかつに動いてはいけません。次に何が起こるか、まだ分かったものではないですからね」
眼鏡のレンズの奥で目を鋭く光らせ、クレヴィスは不敵な微笑みと共に言った。
「まぁ、必要以上に恐れることもありません。あのような奥の手を使わねばならないところまで、ナッソス家もいよいよ追い詰められているということですよ」
肉眼でもはっきり確認できる紅色の結界を、ルキアンも艦橋の窓辺まで進んで注視する。ある程度の不規則さで明滅し、それでいて一定のリズムを鼓動さながらに刻む結界表面の様子は、何らかの意志をそこに感じさせるものであり、どうにも薄気味悪い。
――メイやバーンは大丈夫かな。レーイさんたちも。
シャリオの言った《伝説》のことがルキアンの頭によぎった。
――「心の檻」に閉じ込められた者たちは、二度と戻ってくることはなかった。
嫌な胸騒ぎがする。
――僕は、僕は……また、こうして見ているだけに終わってしまうのか。
9 ついに出撃、主人公ルキアン!
メイやバーンのことを心配するあまり、高ぶるルキアンの思いは、彼らと共に過ごしたこの間の記憶を過度に生き生きと脳裏に浮かび上がらせる。縁起でもないとルキアンは首を振ったが、これではまるで「走馬燈」のようではないか。あのメイたちのこと、きっと大丈夫だと彼は自らに言い聞かせようとした。だが、そうすればするほど、胸の内に現れる記憶の幻灯はますます鮮明になり、ルキアンの意識から離れようとしない。
特に、コルダーユの街で初めて出会ってからの短い日々の間に、メイとの思い出がこれほどにも積み重なったのかと、ルキアン自身、改めて気づかされた。
◆ ◇
「こらっ、少年! もっとシャキッとしなきゃ駄目じゃないの」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、メイは人差し指でルキアンの額を小突いた。
「私はエクター・ギルドのメイ。本当の名前は長ったらしくてあまり好きじゃない。メイオーリア・マリー・ラ・ファリアル。だからメイって呼んで。キミは?」
――ルキアン君、ほんとに短い間だったけど、なかなか面白かったよ。
コルダーユ沖の戦い、多数の敵アルマ・ヴィオに追い詰められたルキアンとメイ。そのときにメイが覚悟を決めて告げた言葉だ。
「何、ぼーっとしてるのよ、少年っ!!」
メイがルキアンの肩を勢い良くひっぱたく。
少し間があった後、ルキアンは慌てて彼女の方を見た。
「あ、ボクですか。は、はい?」
「食べてる、キミ? ほらほら」
パンを盛った編みかごを差し出して、メイが笑う。
「今ここで思い切って飛び込んでみたなら、ひょっとして何かが変わるかもしれないって……そんなふうに感じる瞬間。たいていは幻想かもしれないし、思いこみにすぎないかもしれない。だけど、そういう場面、これまでキミにも色々とあったでしょ?」
メイの髪が揺れて、彼女の香りがふんわりと宙に漂った。
そして何よりも強く思い出されたのは、メイがミトーニアでルキアンに告げた言葉だった。
「ルキアンがどんな過去を背負っているのかは知らない。でもさ、キミはもう一人じゃない。アタシらがいる」
「最後には帰って来いよ、それでいい。それでいいんだから……」
不意に、激情家のメイがルキアンを抱きしめる。突然に抱きすくめられたルキアンの方が、身体と心を硬直させて立ちすくんでいる。
◇ ◆
ルキアンの中で何かが燃え上がった。
その炎の高まりは、ルキアン自身の表層的な思いとは関わりなく、たちまち大きくなり、彼の理性を支配した。
僕が居てもいいところ。
僕が独りで居なくても済むところ。
僕が帰ってきてもいいところ。
僕が必要とされるところ。
――ただ、それだけが欲しかった僕は、あの《日常》から飛び出したんだ。変わらない閉ざされた毎日の中で悶え苦しみ、窒息してしまいそうだった僕に、メイたちが新しい日々をくれた。
そのことに対する感謝の念との対比なのか、ルキアンの思いの底で幼い日の彼が泣いた。閃光の如く、心が真っ白になり、空虚な白き精神空間をあどけない声が生々しく引き裂く。
――《おうち》に帰りたいよ。
そして現在のルキアンの意識に戻る。クレドールに来てからの毎日を、彼は噛みしめるように回顧した。
僕の《居場所》。
大切な、はじめての仲間。
やっと会えた。
そう思えたことが、生まれて初めて心から味わえた幸福だった。
誰に話しかけるでもなく単に情熱の迸りから、続く言葉はルキアンの口を突いて出た。
「今度は僕が助ける番なんだ……」
動き始めた情熱、あるいは熱に浮かされた妄想はとどまるところを知らない。
微熱を帯び始めた少年の体の中で、忘れがたく魂に刻まれた記憶が甦る。
あのパラミシオンの《塔》に出向いた際、旧世界の異物であるアルマ・マキーナから仲間たちを守るために、永劫にも近い時の中で忘れられた草原を駆け抜け、アルフェリオンに乗り込むルキアンが思ったこと。
――じっと見ているだけなんて、もう嫌なんだ。
その想いが、いま再び。
――僕は自分の翼を信じる!
いや、本人も自覚してはいないかもしれないが、あの《塔》をめぐる戦いの時から、今のルキアンは変わっていた。ミトーニアでの戦いは、彼の中の何かを呼び起こしたのだ。
僕は《いばら》になる。
《銀の荊》――シェフィーアの語った、最果ての北国の昔話が思い出された。
私に《とげ》をください。
私を踏みつけ、むしり取ってゆく獣たちが、
それと引き替えに刺されて痛みを知ることになれば、
獣は草木にも鋭い爪があるのだと怖れ、
木々や花たちに簡単には手を出さなくなるでしょう。
それができるなら、私はどんなに傷ついてもかまいません。
他の草木がもう辛い思いをしなくて済むのなら。
一体、何度迷ったら気が済むのだろうか。ルキアンは誓いを繰り返す。ミトーニアの街で、彼がつぶやいたように。再び。
――そういうの、黙って見ているだけなんて、もう嫌だと思ったんです。もっと、こんなふうに世の中が変わっていけばいいなって、僕にも夢ができた。だから戦うんです。
《優しい人が優しいままで笑っていられる世界のために。》
◇
ルキアンは意を決してクレヴィスのところに歩み寄り、背筋を伸ばし、真剣な眼差しで告げる。
「あの結界の中で何が起こっているのか、中のメイたちが大丈夫なのか、僕に偵察させてください」
この場面を予想していたかのように、クレヴィスはすぐに目を細め、意味ありげに微笑んでルキアンに尋ねる。
「危険ですよ? 結界の中に入った者は、二度と戻ってこれないかもしれません」
「でも、その、もしそうだったなら、なおさら助けに行かなければ!」
クレヴィスは溜息をついたが、彼はどこか嬉しそうだ。
「分かりました。アルフェリオンの力ならば、事態を打開できる可能性もあるでしょう。ルキアン君には、これまでにもクレドールやギルドの窮地を救ってきた《実績》がありますし。ともあれ、我々には他に有効な手立てがないのです。繰士ルキアン・ディ・シーマー、出撃していただけますか」
直ちに返答し格納庫に向かおうとしたルキアンに対し、クレヴィスは、ぽつりと付け加える。
「カセリナ姫と戦うことになるかもしれませんよ?」
雷に撃たれたかのように、ルキアンの歩みがはたと止まった。
「彼女をなるべく傷付けたくない、あるいは話せば分かるなどと、中途半端な気持ちで戦えば、いかにアルフェリオンでもたちまち倒されてしまうでしょう。カセリナ姫はレーイと互角に戦えるほどの戦士なのですから」
無言で立ちすくむルキアン。彼が敢えて考えることを避けている点に、クレヴィスは正面から切り込んだ。先程までとは異なり、彼の目つきもいつになく厳しい。
「端的に言えば、おそらく、彼女はあなたを殺すことを少しもためらいません。想像できますか? 彼女にはそれほどの覚悟があるということです。もし、ルキアン君に同様の覚悟ができないのなら……」
しばしの沈黙。艦橋内にも重苦しい空気が満ちた。ヴェンデイルなどは、二人の様子を心配そうに何度も振り返って見ている。
と、クレヴィスは不意に表情を和らげ、再び口を開いた。
「ならば、まぁ、四の五の言わず《逃げる》ことですよ。ふふふ。状況の偵察とメイたちの救出に全力を尽くしてください。頼りにしています」
「え? は、はい……」
拍子抜けしたように、とはいえ胸をなで下ろしつつルキアンがうなずいた。
実際には、彼は思考停止しているだけなのだが。カセリナと戦うことなんて考えたくない、どうしても戦うことになったらそのときに考えようなどと、そういう具合であった。
◇
ルキアンは一礼し、ぎこちない足取りでブリッジを出て行った。
あれほど燃え盛っていた情熱も、カセリナの話を出され、いささか萎えてしまった感がある。最初の勢いはどこへやら――クレヴィスとの一連のやり取りを気恥ずかしく思いながら、彼は廊下を進んでいく。
そのとき、ルキアンは既視感のある光景に出くわした。
薄暗がりの先に白いものがふわりと揺れる。
幽鬼が舞うような、あるいは妖魔の誘惑であるような、現実味のない眺めだ。
反射的に背筋が冷たくなった。
それが恐れなのか、嫌悪感なのか、緊張なのか、彼自身にもよく分からない。
「くすっ……」
一度聞いたら耳にこびりついて離れない、悪夢に出てきそうな笑い声だ。
玩具を見つけた子供にでもたとえればよいのだろうか。魔少女エルヴィン・メルファウスの意識は、明らかにルキアンに向けられている。
素通りは許されないだろう。今回も。
【第46話に続く】
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※2009年8月~11月に、本ブログにて初公開
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