鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み!―第50話・後編
【再掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
4 「独裁」に魅入られる民たち?
◇ ◇
いまだ晴れぬ白煙。焼け落ちた木材と擦れた鋼の臭い。つい先ほどまで戦場であったその場所に、不安を宿した人々の影が集う。低く押し殺したざわめきとともに。
「あの砦が、たった1時間で落ちたらしい……。いったいどうやって。何の魔法だ」
《帝国先鋒隊》の侵攻により、この地方を治めるガノリスの政庁が、砦が落ちた。どのような意図からなのか、進駐した帝国軍によって緊急に呼び集められた近隣の人々。
「軍は何してるんだ。エスカリアの奴らにガノリスの士(もののふ)の魂を見せてやれというんだ。まったく」
「しっ、聞こえたらどうする。悔しいが相手が悪すぎたのさ。《帝国先鋒隊》だぞ、アポロニアには勝てっこねぇって……」
周りを気にしながら、男たちが声を落として語っている。
人々の周りを帝国の兵士やアルマ・ヴィオが整然と取り巻いていた。破滅を呼ぶ単眼(モノ・アイ)の白馬《シム・プフェール》が、重々しい排気音のような息とともに時折いななく。黄金色の甲冑に深紅の彩りも鮮やかな《ルガ・ロータ》が、それらに騎乗し、MTの長槍を構えて隊列をなす。
陸戦型重アルマ・ヴィオと重騎士タイプの汎用型アルマ・ヴィオという組み合わせは、たった一体であっても凄まじい威圧感を放つに違いなかろうが、それらが数十組も整然と並んでいる光景は、もはや言葉すら失わせる。
大人たちが必死に隠そうとしていた動揺を、幼い男の子の率直な疑問が敢えて掘り起こした。
「ねぇ、ママ。帝国軍は怖い人たちなんでしょ。僕たち、みんな殺されちゃうのかな……」
気まずい沈黙が漂う。何しろ相手は、幾万の住民の命とともに王都バンネスクを一瞬で消し飛ばした帝国軍である。こうして一箇所に呼び集められ、これから虐殺が始まるのかもしれない。
「そんなことはありません」
息苦しい静寂を、穏やかながらも抑揚のない声が静かに打ち砕いた。
「心配しないで。怖くなんてない……」
身をこわばらせている幼子を、そっと抱きしめる者があった。香しい黒髪に包まれて、その子は本能的な安心感を覚えた。恐怖の中でも。
帝国の軍服の上に上級将校らしきマントを羽織った女性が、男の子の隣にしゃがみ込んで、彼の頭を撫でる。そして再び立ち上がると、群衆の正面に歩み出て、凜とした口調でこう告げた。
「私は帝国先鋒隊の長、アポロニア・ド・ランキア特命准総督です」
アポロニアという名が聞こえたとき、人々の間にたちまちどよめきが走った。
「私たち帝国軍は、たしかにガノリスの王家や軍にとっては招かれざる敵です。しかし、あなたがた民衆からみれば、むしろ味方に当たるのです」
ガノリスの民たちは、恐れおののきながらも、アポロニアの言葉が詭弁であると言わんばかりに、冷ややかに背を向け、あるいは遠慮がちに目を背けてうつむいた。
アポロニアは表情一つ変えずに続ける。ただし、彼女の声の方には熱気が加わった。
「ガノリスの皆さん、おかしいとは思いませんか? どうしてこの国では――いいえ、この国だけではない、オーリウムでも、ミルファーンでも、その他の多くの群小国でも――貴族に生まれたか平民に生まれたかということだけで、本人の力ではどうしようもなく、何の責任も負いようのない《血筋》ということのために、どうしてこれほどまでに人としての生き方が左右されてしまうのでしょうか」
これまで恐怖や不信、嫌悪だけにとらわれていた人々が、不思議そうに互いに顔を見合わせた。自分が一歩近づくと、一歩、さらに二歩と引き下がろうとするガノリスの民たちに対し、アポロニアは清んだまなざしを向けて問いかける。
「みなさんは、この戦争で自分たちの《日常》が奪われたと言っています。しかし、その《日常》にこれまで満足していましたか。ガノリス王イーダンの圧政によって押しつけられた、不当な支配の日々に」
恐怖から困惑へ。帝国軍の将校が口にするとはよもや思われなかった言葉の数々に、人々は顔を見合わせつつ、さらなる戸惑いへと落ち込んでいく。
「どうして立ち上がろうとしないのです……」
アポロニアは声をいっそう高めて言った。
私たちは世界を悪夢から解放するためにここにやってきました。
帝国軍は、侵略軍ではなく解放軍なのです。
敢えて言いましょう。
いま必要なのは、肥え太った政治屋たちによる愚劣な駆け引きではない。
民が求めるのは、自分たちの声をくみ上げ、導いてくれる
英明な王による独裁なのであると。
ゼノフォス陛下の独裁は「善き独裁」です。
唯一絶対の「神帝」の支配のもと、新たな世界では、
貴族も平民も、富豪も貧民も、男も女も、
あらゆる者が等しく「臣民」となり、
理不尽な特権・差別・腐敗は一掃されるでしょう。
古い世界を打破し、そんな新しい未来に生きたいと思いませんか。
呆気にとられてアポロニアを見つめ直す民衆。
長い静寂を破って、ついに誰かがおずおずと口を開いた。
「そ、それはそうかも、しれないけど……」
人々の間から、今までとは違う反応が漏れる。
「そんな夢みたいな話、急に言われても」
「人がみんな平等だなんて。でも、そうだったらどんなにいいことか」
どよめきの声があちこちから上がる中、アポロニアがさらに群衆に近づいた。
「神帝陛下は世界を変えるお方。世界の潮目の変わるときがやってきたのです。なぜ、皆さんは立ち上がらないのですか!?」
集められたガノリスの人々が、一人また一人と声を上げ始める。
「そうだ、認めたくはないが、本当はその通りかもしれない。王国のお偉方ときたら、雲の上でぐだぐだともめているだけで肝心のことは何も決められない。強力な導き手が今は必要なんじゃないか。俺たちの声をくみ上げて、世界を実際に変えてくれる人が」
「あぁ、それがガノリスかエスカリアかなんて、本当はどうでもいい。偉いさん方の唱える天下国家や大義名分なんてくそ食らえだ。俺たちはそんなものより、穏やかな暮らしや、仕事やパンがほしいんだ!」
「そうだそうだ、そういう意味では、本当は《神帝》のような人に政をやらせてみたいと思ってた」
次第に大きくなり始めた民衆の声を、アポロニアがいったん丁重に押しとどめる。
「急に信じろと言っても無理かもしれません。だから言葉だけではなく、行動でもって、私たちは皆さんの信を問います。私は、ガノリス東部方面の総督として宣言します。エスカリア帝国の支配下に加わった、この地域では、本日よりガノリスの法を廃止し、エスカリアの法を導入します。今このときより、貴族も平民もありません。重税に苦しむこともありません。これでみなさんは《自由》です」
今や賞賛の吐息すら聞こえ始めた眼前の状況を見渡しつつ、アポロニアは、隣に控えていた副官に耳打ちし、それから声高らかに言った。
「先日までのガノリスの冬は、例年になく長く厳しいもので、食べ物の蓄えもしばしば底をついたと聞いています。それにもかかわらず、軍は、限られた食料を無理矢理に徴発したとも。民を守るべき王や軍隊が、自分たちの民をますます飢えさせるという、なんと愚かしい……。しかし、私たちはガノリス軍とは違うのです」
彼女が目配せすると、穀物の詰まった麻袋や、パン、干し肉、そして水や酒の樽が大量に運ばれてきた。兵士たちが次から次へと荷を担ぎ下ろし、配給の食料が山のように増えてゆく。
「これは、帝国からみなさんへのささやかな贈り物です。慌てなくても大丈夫、十分な量を用意させてあります。そしてもちろん、我が軍には一切の略奪を禁じています」
アポロニアがそう言い終わると、一瞬、耳を疑うような言葉が群衆の中から聞こえたような気がした。
「《帝国》……万歳……」
「《神帝》陛下、万歳……」
誰からともなく、《神帝》ゼノフォスの名を口々に呼び始めた。それらは次第に重なり、言葉の渦となり、気がつけば神帝ゼノフォスを称える声が辺りに充ち満ちていた。
「神帝、神帝、神帝、神帝!」
「アポロニア総督、万歳!!」
ひとたび揺らいだ群衆の意思は、雪崩を打ってくずれ、いともたやすく神帝ゼノフォスやアポロニアに対する賛美に変わっていた。あたかも、この地がエスカリア帝国そのものであるかのように。もはや人心はガノリスのもとにはなかった。
5 「兵器」になんてなりたくない… 失意のルキアン、時の止まった村へ
◇ ◇
アルフェリオンから降りたルキアンは、ぼんやりとした意識と涙に濡れた目で、周囲の状況をようやく把握し始めた。新緑の芽吹いた樹木、生い茂る下草、地を這い、木々に覆い被さるツタ。濃い緑の匂いが、鼻や口から胸に、さらには臓腑にまでもしみ通るように感じる。
時折、野鳥の声が遠くの方から聞こえてくる。陽は傾きかけてはいるにせよ、まだ周囲は明るく、夕暮れまでには少し時間がありそうだった。
それにしても静かである。
先ほどまでの凄惨な戦いが夢であったのかと錯覚させそうなほどに。
だが、目の前の景色が自分の中でいまだ完全には像を結ばぬまま、自らのしてしまったことに対する絶望の念が、ルキアンを再び支配する。《逆同調》によって鎖から解き放たれ、《暴走》した――いや、《暴走》どころかむしろ《本来の姿に戻った》――アルフェリオン・テュラヌスの猛り狂う姿が、ルキアンの脳裏に鮮明によみがえる。
生きたままの獲物を野獣が引き裂き喰らうのと同様に、テュラヌスは《イーヴァ》に対して暴虐の限りを尽くした。それは同時に、イーヴァの繰士であるカセリナが、言語に絶する苦痛をその身に受けたことを意味する。
あのとき、ルキアン自身はほとんど意識を失っていたはずなのだが、なぜか記憶ははっきりと残っている。身に覚えのないことについて、しかし完全な記憶がある。
「僕は……僕は……」
テュラヌスの吐き出した灼熱のブレスは、敵味方の一切の関係なく、あの戦場にいた多数のアルマ・ヴィオを溶けた金属塊へと瞬時に変え、数十あるいは百名以上にも及ぶであろうエクターたちを虐殺した。
また、アルフェリオンを介して異界から染み出した《闇》に、バーンの乗る《アトレイオス》が半ば呑み込まれかけたことを、ルキアンは知っていた。そして同じく漠然と理解していた。あの暗黒のフィールド《無限闇》が、すべてを無に帰す地獄の蝕であることを。
「この手で僕は、カセリナを、バーンを、みんなを……」
かすれた涙声で、途切れ途切れにつぶやくルキアン。
「それでも僕は《荊》になるって……。守るために戦うって……。失ってから嘆き、何も取り戻せない、守れないくらいなら、たとえ泣きながらでも剣を抜く」
あの悪夢のような晩、戦いを躊躇した彼の目の前で起きたこと。ならず者たちによってシャノンは嬲り尽くされ、トビーは瀕死の傷を負わされ、彼らの母は惨殺された。
そして今日、これまでルキアンを守るために《封印》を超えて召喚に応え、ついに力を使い果たして消滅してしまったリューヌ。幼い頃から、ルキアン自身も気づかない中でずっと見守ってくれていた大切な存在を、かけがえのないものを彼は失った。
「戦う……。戦うよ。迷ってなんかいないよ。だけど、だけど……」
何か言おうとして、何度も何度もルキアンは嗚咽する。
「でも酷すぎるよ。僕は虐殺なんか望んでいない。見境のない破壊なんて、嫌だ」
銀色の前髪の下、一瞬、狂気とも憎悪ともつかぬ光を瞳に宿して、天を仰いだルキアン。
「嫌だよ……。《人》で居たい。獣にはなりたくない。《兵器》になんてなりたくない」
そう言った彼に、あの《紅蓮の闇の翼》のイメージがありありと思い起こされた。
殺戮の果てに血に染まったかのような、深紅の機体。
燃え盛る炎の翼を広げ、流星のごとく尾を引き、
裁きの大鎌を手に星の海を舞う、終焉をもたらす天の騎士。
その怒りでかつて《天上界》を滅亡に導いた、
エインザールの赤いアルマ・ヴィオ、《アルファ・アポリオン》。
声にならない声で何かつぶやいたかと思うと、ルキアンは、その場に力なく座り込む。赤く腫れた目の向こう、にじむ涙に霞んだ風景の中、目線を右から左へとぼんやり動かしていくにつれて、自然界の生み出したものとは違う異物が目に入った。
もう幾年も前に放棄され、煉瓦屋根の表面は風化が進み、苔むした石壁に支えられた民家。それはひとつではなかった。地上に張り出した木の根に絡みつかれ、生い茂ったツタに巻かれ、あるいは藪の中に閉ざされ、今では半ば自然の一部と化しているものの、かつて明らかに人の住んでいたことが確認され得る家々。
「ここは、どこかの村……いや、村の跡、廃墟?」
人の手になる建築物を目にして、ルキアンは我に返った。得体の知れない土地で、周囲の安全や敵軍の有無も確かめずにアルマ・ヴィオから出たことが、今更のようにうかつであったと。
「でも、どうして僕は《ここ》に帰ってきたのかな」
そこまで言いかけ、ルキアンは自分自身の言葉を反芻する。
「《帰ってきた》だって? いま、なぜ、そんなことを思ったんだろうか。どうして僕は、こんなところに来たんだろう。ただ行き先も考えずに飛んだ、いや、《逃げて》きただけだったはずなのに」
6 霧の向こうに蘇る記憶…
「ここは、たぶん、広場か何かだったのかな」
アルフェリオンが着陸し、ルキアンが今こうして立っているこの場所では、周囲に広がる鬱蒼とした森と比べると、木や草の茂り方が若干まばらである。足元を見れば、この一角だけが舗装されているのが分かった。下草に埋もれつつも丁寧に貼り付けられた石畳を、明らかに見て取ることができる。
この場所は、どうやら村の広場のようなところであったようだ。
何と表現すればよいのか、一瞬、まばゆい日差しに目がくらんだような気分になり、ルキアンは頭を抱えた。
「僕は、この場所のことを……知っている?」
彼の目の前に広がるのは、誰も居ない荒れ果てた草むら。しかし、そこを行き交う沢山の人々の姿が、不意に目に浮かんだ気がした。そして、広場の真ん中にある井戸の周囲には、井戸端の雑談に興じる婦人たちや、その傍らで走り回る幼い子供たちの姿が、はっきりと見えたように思われた。
「井戸……が、ある? あったのか、本当に?」
ふと我に返ったルキアンの前に、すでに枯れ果てた井戸の遺構が横たわっていた。
無意識のうちに駆け寄ったルキアン。再び彼の目には、《村》の広場で繰り返される日常風景が浮かび上がった。広場を貫いて街道が走っている。時折、行き交う隊商の人々。
「ここは?」
ルキアンは唐突に駆け出した。何かに惹かれるように。
――広場を抜けて、街道を辿れば、そこから村はずれの門に出る。
そこには……。
《ワールトーア》村
この《村》の名が記されていたはず。
ルキアン自身が気づいたか否かは分からないにせよ、そこには古びた石碑が確かに残されていた。砂岩に似た質感の石に、刻まれた村の名前。苔の下に半ば隠されていたのは、まさしく《ワールトーア》という忘れられた地名であった。
さらに進み続けるルキアンは門を抜け、村を囲むまばらな林を通り過ぎる。
すると突然、彼の目の前に丘陵が広がった。奥深い森林の中にぽつんと開けた、しかし相当の広さをもつ草原だ。
風が走る。春草の花は盛りを終え、綿毛が舞っている。ルキアンの目の前をふわふわと飛んでゆく。
丘に向かって吹き上げるかのように、走り抜ける風。
立ちすくんだルキアンの肌に、空気の流れが心地よかった。
「この丘の上で、僕は、誰かと一緒に」
ルキアンの手に、遠い記憶の温もりが蘇った。
「あの娘(こ)だ。夕闇の中で僕の手を引いていた……」
彼自身の意識とは関係なく、無自覚に涙が流れた。
と、しばしの沈黙の後、彼はふと気づいた。
「あれ? 霧が出てきたのかな」
考えてみれば、先ほどから徐々に濃くなっていたのだが、夕霧が辺りを包み始めていた。丘の上から見渡す草の原も、次第に霞の向こうに見えなくなっている。ある種の幽玄さを伴う、その目先の見通しの悪さが不安をかき立てた。
《この場所は何かがおかしい。でも、僕にとって何か特別な場所かもしれない》
見習いながらも魔道士である彼の感覚が、そう告げていた。
【第51話に続く】
※2013年4月~5月に、本ブログにて初公開。
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