鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第12話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン




 ◇ ◇

 議会軍少将マクスロウ・ジューラは、日暮れ頃からずっと執務室に籠もったまま動かなかった。
 いつも通りに黙々と仕事を片づけているようにしか見えないが、怜悧な鳶色の瞳は、おそらく目の前の書類とは別のことに思いをめぐらせている。
 彼は何かを待っていたのだ。
 どのくらい経ったであろうか。やがてマクスロウは部屋に明かりを灯し、再び机に戻る。
 それと前後してドアが静かにノックされた。
 ひとりの平凡な女性士官が、ごく些細な用件で訪れたにすぎない――誰が見てもそうとしか思えぬ光景だった。
 よく手入れされた金色の髪をのぞけば、彼女には、これといって人目を引く点は見あたらない。取り立てて美人とも不美人とも言えなかった。並はずれた知性の輝きは感じられないが、真面目で仕事熱心な人間だということが、その面差しの中に現れている。
「ジューラ少将、今しがた《古城の白い花》が届きました。予定より多少遅れたようですが……」
 彼女、エレイン・コーサイス少佐は、何くわぬ顔でそう告げる。
 無言で頷くマクスロウ。彼の表情が微妙に厳しくなった。
 エレインは少将の耳元に近寄ると、声を抑えてささやいた。
「少将のご推察通りです。《竜たち》は大地に姿を現し、彼らの本来あるべき所に集まっています」
「なるほど。もしやとは思っていたが……《パラス機装騎士団》が集結したか。エルハインにまで網を張ったかいがあったな」
 よほど重要な用件とみえて、最初のうち、彼らは一種の符丁を用いて話していた。《古城の白い花》とは、王城に忍ばせた密偵からの連絡のことであり、《竜たち》とはパラス・テンプルナイツ(=パラス機装騎士団)のことだった。
「緊急の召集がなされたにもかかわらず、テンプルナイツは反乱軍との戦いには向かわぬようです。これは国王軍内部からの、信頼のおける情報だということですが。ということは、彼らの行く先はやはり……」
「……そうか」
 瞬間、マクスロウは眉をひそめただけだったが――腹心の部下エレインには、そのわずかな動きから彼の動揺を感じ取ることができた。
 腕組みしながら、マクスロウは低い声で告げる。
「少なくとも《谷》の位置はすでに特定され、あるいは、本命の《遺跡》までもが発見されてしまったか? いずれにせよ我々は先を越されてしまったらしい。宮廷側よりも早く《あれ》を押さえなければ、厄介なことになりかねん。極秘裏に監視を続けるよう伝えてくれ。万が一必要となれば、特務機装軍を何個大隊か投入してでも、パラス・ナイツの行動を阻止する……」
 傍目には意味の分からない会話だったが、事情を知るエレインは血相を変えている。
 新たな命を受けた彼女が部屋を出ていった後、マクスロウは引き出しから煙草を取り出した。彼は暗い目でつぶやく。滑らかな抑揚を含んだその言葉は、どこか詩の朗読にも似ていた。
「いにしえの時代、《大地の巨人》は天の軍勢さえも撃ち破るに至った。その力を恐れた天上界の人々は、ついに《空の巨人》を地上に差し向けたという。されど空の巨人は《悪しき妖精の娘》に心を奪われ、逆に自らの世界に矛先を転じる。そして双方の巨人は、神にも等しい力で天上界を滅亡に追い込んだ。伝説は言う……大地の巨人が目覚めるとき、空の巨人も再び光臨せん、と。我々は決して巨人の眠りを妨げてはならぬ。あれはおそらく、人間の力で好きに操れるような代物ではなかろう。愚かな名誉欲や領土欲のために、かつてのような災いを招いてはならんのだ。分かっているのか、城の人間たちは……」





 ◇ ◇

 ネレイ内陸港の飛空艦専用の埠頭には、3隻の船が停泊中だった。
 そのうち最も特異な姿をしているのが、強襲降下艦のラプサーである。節の目立つ、どことなく三葉虫を思わせる船体は、分厚く鋭角的な装甲で覆われていた。全体として扁平な形のように見えるけれども、水面下に沈んでいる船腹部は、下向きに大きく張り出している。その膨らんだ部分には、対地用の様々な兵器が格納されているのだ。
 隣の一回り大きい船が、中型制空艦アクスである。やや細長い甲板には、城塞の如く堅牢な司令塔を中心に、多数の砲門が並んでいた。こうして水面に浮かんでいる限り、アクスの形姿は、我々の世界における現在の軍艦とさほど変わらないようにも見える。充実した火力を誇る制空艦は、艦隊戦の際の主役となる。
 そしてひときわ優美な魚型の船、戦闘母艦クレドールの巨体が、闇の中に白く浮かび上がる。柔らかな月明かりとともに、港に備えられた旧世界の灯火が強力な光を投げかけ、船の周囲は白夜のごとく輝いているのだった。
 降り注ぐ灯光の下で多くの人々が行き交っていた。食料の入った麻袋を担いでいる者、砲弾の乗った台車を重そうに押していく者、岸壁に積み上げられた木箱の数を、ひとつひとつ確認している者。施設の警備に当たるギルドの戦士や、皆に炊き出しをしている女たちの姿も見られる。
 時計は夜の10時を回っているにもかかわらず、港が静まりそうな気配はない。むしろ時が経つにつれて慌ただしさが増すばかりである。
「食料の確保は順調のようですね。日付が変わる頃には弾薬の搬入もなんとか終わりそうですか。後は船体とアルマ・ヴィオの整備……」
 クレドールのタラップからルティーニが降りてきた。補給の内容を詳細に記した書類をにらみつつ、彼は作業の進行具合をチェックしている。
「やぁ、ルティーニの旦那! 今回もいいブツを揃えておきましたぜ。へへへ」
 眼帯をした小柄な男が、彼の姿を見るや、胡散臭そうな笑みを浮かべてすり寄ってきた。おそらくはジャンク・ハンターの仲買人だろう。旧世界の遺物(通称ジャンク)――それこそ電球からアルマ・ヴィオまで――をハンターたちから買い入れ、様々なルートを使って売りさばく人々だ。
 ちなみにハンターやその関係者というのは、旧世界の発掘品の売買だけではなく、多くの裏の取引にも関わっている。盗品や禁制品の扱いから、場合によっては人身売買まで行っている組織も少なくないという。
 ギルドに顔を出しているのは、せいぜい、違法すれすれのグレーゾーンの商売で満足する《真っ当な》ハンターたちだが……。ともかく、そんな怪しげな人物たちと取り引きする間柄になろうとは、宮廷顧問官まで務めたルティーニにとって、以前であればおよそ考えられないことだったろう。





 人々にねぎらいの声をかけながら、ルティーニは港沿いの倉庫の方へと歩いていく。
 と、行く手の方で、彼に向かって盛んに手を振る男がいた。
「おぉ、ルティーニーっ! ちょうどいいところにやって来たじゃないか。これはいいぞ、はっはっは!」
 軍人のような……いや、実際にミルファーン海軍士官のコートを着た、年の頃30前後の男が、片手に金属のお椀を持ったまま笑っていた。丁寧に刈り込んだ口ひげがトレードマークの、剛毅で気前の良さそうな男である。
 男の前では、ギルド本部の調理師らしき人々が夜食の差し入れを行っている。彼らが大鍋から汁をすくい上げるたびに、食欲をそそる香草のにおいが漂ってくる。キノコ、野草、木の実等、色々な山の幸に、鶏肉を加えてごった煮にしたようなこの料理は、王国西部の某地方の名物らしい。
「ウォーダン砲術長、私も少しお腹が減りましたよ。ご一緒させてもらって構いませんか?」
 夜食どころか夕食の余裕さえなかったルティーニも、このあたりで少し一息というところか。
 口ひげの男は、クレドールの砲術長、ウォーダン・レーディックだ。元ミルファーン王国海軍の軍人で、生粋のミルファーン人。少年時代、革命戦争におけるカルダインの活躍ぶりに憧れ、やがて自らも軍艦のクルーになった。そしてカルダインがオーリウムのギルドで艦長をしていると知るや、軍を辞し、国を去ってまでクレドールに押し掛けたという……とにかく《ゼファイアの英雄》に心酔している人である。
 ルティーニのために例の煮物とパンを一切れもらうと、ウォーダンは、陽気な笑みを浮かべてこちらにやって来る。
「実はな、ルティーニ。彼を紹介しようと思ってずっと探してたのさ。何度か一緒に仕事をしているから、もう知ってるかもしれないが、彼がサモン・シドーだ。今回の作戦では我々にずっと同行してくれる。飛行型のアルマ・ヴィオを操らせたら、これがなかなか良い腕なんだ」
 ウォーダンは、皮マントをまとった《剣士》を――そう、2本の刀を腰に帯び、まさに剣士という風貌の若者を紹介する。
 昼時にルキアンたちと食卓を共にしていた、独特のエキゾチックな容姿を持つあの男だ。中肉中背で均整の取れた体格だが、大柄なウォーダンと並ぶとかなり小さく見える。
 黒髪に黒い目のサモンは、飄々とした様子で言葉少なに挨拶した。
「少し、お話ししたことが……ありましたか。俺、サモン・シドーです」
 サモンのオーリウム語は、かなりぎこちなく聞こえた。彼はナパーニア人なので、無理はないかもしれない。
「さっき聞いたんだが、サモンはミルファーン暮らしが結構長かったらしい。なんせ、俺より流暢にミルファーン語で話すくらいだ。故郷が急に懐かしくなって、色々と話していたところさ」
 ウォーダンがそう言うと、ルティーニはゆっくりとしたミルファーン語で答える。
「ミルファーン語はあまり得意ではないのですが、私も……少しは話せます。改めまして、クレドールの財務長ルティーニ・ラインマイルです。かく言う私もオーリウム人ではないですからね、言葉には苦労しましたよ」
 自国語に加えて、オーリウム、ミルファーン、ガノリス、タロス、エスカリアの言葉、さらにはキニージア語やメリア語まで操るルティーニは、やはり並はずれた語学力の持ち主である。彼ほど多数の言葉に通じた人間といえば、クレドールの中でも、他にはせいぜいランディぐらいのものであろう。



10

 サモンも、さきほどのオーリウム語と比べて遙かに滑らかなミルファーン語で話す。
「これは驚きました。博識な方だと噂には聞いていましたが、ラインマイル財務長、さすがですね。俺のアルマ・ヴィオ《ファノミウル》も、もう積み込んでもらったようで。どうも、お世話になります」
 放浪のエクター、サモン・シドー。彼らナパーニア人は自分たちの国を持っておらず、そのせいか、各国を点々とする旅芸人や行商、あるいは冒険者や傭兵などを生業としていることが多い。このナパーニアは、かつて旧世界の時代に工業や貿易によって繁栄を誇ったと言われている。だが今では、世界地図のどこを見ても、そのような名前の国は見つからない。

  ◇

 補給作業の邪魔にならぬよう、ルキアンたちは少し離れたところからクレドールを見守っていた。夕方までミンストラが停泊していたその場所は、同艦の出港後、だだっ広い水面に戻っている。
 そこにぽつんと取り残された……はるか沖合いにまで突き出た木製の桟橋。その真ん中あたりに、ルキアン、メイ、バーン、シャリオ、フィスカの5人がたたずんでいる。
 夜が更けるにつれて風が出始めた。ネレイの背後にある荒涼とした丘陵地帯から、冷たい空気が降りてくる。灰色の大地から冷気を受け取った、寂しげな夜風が。
 いくぶん寒々とした暗い湖水を前にして、バーンがつぶやく。
「まぁ、その……なんだ、俺にも少しは分かるぜ。アルマ・ヴィオで戦ってくれなんて突然言われたら、普通はルキアンのように迷うかもしれないな。うむ」
「当ったり前だってば。アンタみたいな単細胞と一緒にしないでよ」
 珍しく改まったバーンの口振りに、メイがくすくす笑っている。
「……俺の場合は、ちょっと事情が特殊でな。親父がエクターだったんだ。だから俺も、成り行きというのか、気がついたらエクターを目指していた」
 バーンの声が不意に陰りを帯びた。
 ルキアンはそれに気付かなかったが、メイは少し驚いたような表情でバーンを見上げる。丸く見開かれた彼女の目は、真剣だった。
 無造作に指の関節を鳴らしながら、バーンは語る。
「だけどな……ギルドの繰士になんか、なるもんじゃネェと、親父はいつも俺に愚痴をこぼしていた。お前は《機装騎士(ナイト)》になれ、その日暮らしの冒険者や傭兵なんぞで終わるな、ってな。親父がそんなだからよ、俺も物心つく頃には、すっかり機装騎士に憧れていた」
 荒っぽく大雑把なバーン――繊細という言葉からはほど遠い彼が、いつになく物静かな声で言う。
 そんな彼の様子を見て、さすがに何か感じるところがあったのか、フィスカが興味津々の顔で尋ねた。
「ナイトぉ! すごいですねぇ。もしかして、パラス・テンプラ……じゃなかった、てんぷる、テンプルナイツを目指していたとかですか? 格好いいですぅ」
「いや、悔しいが、俺なんぞの腕でパラス聖騎士団に入れるわけがねぇ。俺が目指していたのは、国王直属の近衛機装騎士団さ。ともかく、近衛機装隊のアルマ・ヴィオ……銀色に紅も鮮やかな《シルバー・レクサー》に乗ることが夢だった」
「シルバー、何? むぅ~、私は知らないですぅ。あ、先生? すいませ~ん、ンっ」
 フィスカの手をシャリオがそっと引っ張ったらしい。真剣に聞き入る他の面々に比べて緊張感のかけらもないフィスカを、少し黙らせたくなったのだろうか。
 バーンは照れ笑いして、それからまた真面目な顔で話し続ける。
「自分で言うのも何だが、ガキの時分からアルマ・ヴィオの扱いには慣れてたからな。国王軍の繰士見習いに志願したときには、同期の誰よりも強かった。で、めでたく近衛隊の見習いをやることになり、俺は夢をつかんだ。そのはずだったんだ……」



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 《夢ヲツカンダ》、《ソノハズダッタ》。

 ルキアンの心中にその2つの言葉が無数に浮かび上がり、飛び交い、入り乱れた。なぜか目眩がする。
「だがよ、ただでさえ堅苦しいお城暮らし、しかも《お坊っちゃん機装兵団》と言われる近衛隊だ。田舎の平民エクターの息子が、貴族のぼんぼん連中とうまく折り合っていけるわけがネェ。性に合わねェんで、2年も経たないうちに辞めちまった。何のコネもない俺が近衛隊に入れたこと自体、今から思えば奇跡だったのによォ。しょせん野良猫の子は野良猫、虎にはなれねぇ。ま、ご立派な檻の中で飼われる虎よりも、気ままに生きるちっぽけな野良猫の方が、俺には似合ってる……」
 わずかな沈黙。それぞれ違った心持ちゆえであろうが、言葉を飲み込んだ4人――彼らの反応を、バーンは意外だといった目つきで見回す。
「オイオイ、何をしんみりしてんだよ。俺はこれでも今の暮らしに大満足してるんだぜ、負け惜しみじゃネェぞ。へへ、ギルドはいいぜェ……来いよ、なぁ、ルキアン!」
 彼は大げさな身ぶりでルキアンの両肩を揺すった。上着の生地を通してさえ目立つ、盛り上がった二の腕の太さ。すごい力だ。細身のルキアンが折れ曲がってしまいそうに思える。
「バーン……」
 複雑な気持ちのルキアン。呆気にとられたか、はたまた感激したのか、口はぽかんと開いたまま、目は笑って……頬には涙が伝っている。よく泣く。
「こぉら。泣くなよ、少年っ!」
 メイがルキアンの後頭部を小突いた。彼女もとても嬉しそうだった。
 彼女の後ろで、フィスカがシャリオの腕を無邪気に揺さぶりながら、頭から抜けるような声で言う。
「そうですぅ~! えへへ、フィスカもクレドールがとっても好き。シャリオせんせぇも、メイおねぇ様もそうですよねっ?!」
「えぇ。とっても……」
 普段よりもおっとりした言葉と、それに見合った柔らかな物腰で、シャリオはうなずいた。
「ルキアン君だけじゃない。私だって、バーンやメイだって……かつては灰色の現実の中を漂う、孤独な《さまよいびと》だったのかもしれません。でも独りだったからこそ、私たちは本当の仲間を探し求め続け、こうしてクレドールに集うことができました。ルキアン君、もうあなたは独りではありません」
「えぇ。ひとりじゃないわ」
 メイの凛とした声が、冷え冷えとした水面を鋭く走り抜け、辺りに響く。
 湖面の上に広がる夜空。
 メイは両手を広げてのびをすると、しばらく天空を見つめた。
「ふふ。よく分かんないけど、たぶん、星が導いたのよ。ルキアンの声が届いたんじゃない?」
「……そうですね。メイの言う通りかもしれません。出会いというのは、見えない筋書きに導かれた、小さな奇跡。色あせた人の世にあらがい、もがき、迷い続け、現実との絶望的な戦いを今日までたったひとりで貫き通した、日々を真摯に生きる少年……ルキアン君のそんな姿を見て、あの星々が道を示したのかもしれません」
 シャリオとメイの言葉に、ルキアンはそっと付け加える。
「僕も、そう信じます」

 ――僕はもう、ひとりじゃない。

 錆びついた時の車輪が、いま再び回り始める。
 誰ひとり拭う者もなく、永劫の夜を流れ落ちた涙は、今ここに終わる。


【第13話に続く】



 ※2000年8月~10月に鏡海庵にて初公開
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