鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第41話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


 悪夢に命を与え、現実の中に形として表現してみたいと思うこと。
 それは、ある種の人間のもつ本能なのだ。
 (ダイディオス・ルウム教授 旧世界の天才科学者)

◇ 第41話 ◇


1 第41話「封印の姉妹」再掲開始  ※注 このテキストは再々掲版です。



「たっだいまー! それにしても腹減ったぁ」
 家のドアが開いたかと思うと、元気な声とともにアレスが飛び込んできた。まるでここが自分の家だと言わんばかりの勢いと口ぶりだ。
 その大声で目が覚めたのか、奥のベッドで眠り込んでいたミーナが上体をそろそろと起こした。
「あ、おかえり…。アレス、君? あ、フォーロックも。遅かったのね」
 彼女は寝ぼけ眼をこすりながら、しばらく周囲を見回していた。すでに窓の向こうには夜のとばりが降りている。玄関のランプの光に照らし出される二人の姿が、ぼんやりとしたミーナの視界に浮かぶ。
「あ、あら? 私、寝ちゃったのか。少し横になるだけのつもりだったのに…。いけない、晩ご飯!」
 彼女は慌てて飛び起きようとしたが、すぐに姿勢を崩し、二、三度咳き込んだ。ベッドに座って苦しげに息をするミーナを、フォーロックが手慣れた様子で支えている。
「さては、今日、アレスたちのおかげで楽しくはしゃぎすぎたんだな? 無理すんなって。料理ぐらい俺が何とかするからさ」
「ううん。ありがとう、もう大丈夫。それよりイリスちゃん、あたしが寝てる間、退屈だったでしょ。ごめんね」
 沈黙……。返事はない。気になったミーナは部屋の中を見回した。次第に彼女の表情が真剣になってゆく。
「イリスちゃん? どこにいるの?」
 虫の知らせとでもいうのか、ミーナは、不意に漠然とした嫌な予感を覚えた。
 レッケの低いうなり声がした。食卓の下にうずくまっていた《彼》は、何かを訴えようとするかのごとく、しかし戸惑った様子で声を上げている。すべてを知る者は、語ることのできない、この魔獣だけなのだ。
 幼い頃からの友であるアレスは、すぐにレッケの異変に気がついた。だが、何かあったという可能性は認めたくないものである。この期に及んでも。
「やだなぁ、ミーナさん。急に何を怖い顔してるんだよ。あいつは行儀が良すぎるっていうか、静かすぎて、居ても居なくても分かんないことがあるから。レッケも、吠えんじゃねぇってば。腹減ってんのか?」
 次いでアレスは脳天気にイリスの名を何度か呼んだ。しかし相変わらず答えはない。つい今まで笑っていたアレスの目つきも、さすがに険しくならざるを得なかった。
 フォーロックはずっと黙っていた。部屋の薄暗い明かりではよく見えないだろうが、彼の表情はアレス以上に急変し、わき起こる何らかの強い思いを押しとどめようと、固くこわばっている。
 そんな彼の様子に気づくこともなく、アレスは無理に笑ってみせる。
「あはは。なんつーか、ほら、あいつ……時々、不思議な行動するからさ。俺、ちょっと、そのあたりを見てくるよ。畑をフラフラうろついたり、星空に向かって一人で話しかけたり、どうせまたそんなところだよ。じゃぁ、晩メシ頼むぜ!」
 口では冗談を言いながらも、彼の手足は全力で動き出そうとしている。立ち尽くすフォーロックの傍らをアレスが走り抜ける。開いたままのドアから、獣顔負けの俊敏さで夜の田園に飛び出していった。
 レッケも素早く立ち上がり、後を追う。白い体が闇に浮かび、消えてゆく。


2 真実、決意したフォーロック…



 彼らが入ってきたとき、家のドアには確かに鍵が掛かっていた。《開いていた》のではない。フォーロックが鍵を開けたのである。
 だが実際には、フォーロックとアレスの留守中、エーマがいったん鍵を外して中に入ったのは言うまでもない。一瞬の隙にイリスを連れ去る際、エーマは知らぬ間に鍵も再び掛けていったのだろう。事の露見を少しでも遅らせるために。
 音もなく忍び寄り、何の痕跡も残さず消え去ってしまう恐るべき能力――それは伝説に名高い、闇に潜む霧の魔物を思わせる。

 フォーロックは心の中で叫んだ。
 ――うかつだった! 跡をつけられていた? 気配などなかったぞ。
 後悔と自嘲、そして怒りの入り交じった何とも言えない顔つきで、彼は拳を震わせる。
 ――儲け話にひょいひょいと乗って、事情を知ったら心変わり……。馬鹿だった。だが、そのときにはもう、奴らに利用されてたってことか。本当に俺はバカだ!
 ただ事ではない様子をミーナも感じ取っていた。心配そうに見つめるミーナをなだめるように、フォーロックは彼女の肩を抱き寄せる。
「ばれちまって……るよな? そりゃそうだ、お前、カンはいいから。分かった、後で話す。今はとにかくアレスを連れ戻さないと、あいつも危ねぇ」
 フォーロックは、一度は腰から外しかけていた剣を急いで帯び、壁に掛かっている小銃を手に取った。
「俺はアレスを探す。いいか、俺が入ってくるまで、何があってもこのドアを開けるな」
「フォーロック……。気をつけてね」
 大柄な賞金稼ぎを、ミーナは弱々しく見上げる。フォーロックは少しかがみ込むと、無精髭だらけの顔をすり寄せる。触れ合う肌を通して、彼の低い声がミーナに心地よく響いた。
「必ず無事に戻る。なぁに、俺は不死身さ。たとえ地獄に落ちたって、地獄の鬼の首を狩ってこの世に舞い戻り、金に変えてやるよ」


3 月光の下、二人の女の運命が交錯する



 ◇ ◇

 王エルハインの郊外で、フォーロックの家からイリスが消えた晩――街を見おろす丘の上にそびえる王宮は、不思議なほどの静穏につつまれていた。
 夜空から降り注ぐのは、現し世の月《セレス》の放つ優しげな輝きだ。もうひとつの月、歓迎されない闇の青い月《ルーノ》は当分は姿を現さない。
 王の城の本館と東館の敷地の間には、自然の川を利用した堀が流れている。黄金色の月光をゆらゆらと映す水面。清流のせせらぎが、身震いするほどに美しく、安らかに聞こえてくる。
 川に架けられた橋の上、一糸乱れぬ隊列を組み、靴音も整然と、数名の警備の近衛隊士がやってくる。その先頭に立つ一人の騎士、白地に金の縁取りも鮮やかな胸甲が輝く。純白のマントが微風に吹かれ、生地に描かれた黒き竜の紋章が揺らめく。これは、パラス・テンプルナイツの装束に他ならない。
 騎士は橋のたもとまで来ると、何者かの姿を認め、隊列の動きを止めた。部下たちを待機させたまま、美しきパラスナイトは石造りの橋の上を歩んで行く。肩口で丁寧に切り揃えられた金色の髪が、サラサラと夜風に遊んでいた。
 橋に立つ先客の影は、彼女の足音を聞き、静かに振り返る。
 続く沈黙。やがて口を開いたのは、パラスナイトの方だった。
「たしか、貴女は……。レミア王女の指南役のディ・ラッソ殿?」
 名を呼ばれたディ・ラッソ、すなわちルヴィーナは穏やかな表情で微笑み、さらに目を細めて相手を見やった。
「これはこれは。パラス聖騎士団の、セレナ・ディ・ゾナンブルーム殿」
 穏和な笑みの向こうに、隙あらば相手の心の奥底までも射貫くような眼差しである。東館に居る内大臣派の人々と、メリギオス大師の懐刀も同然のパラス騎士団とは、普通に考えれば犬猿の仲であろう。静けさの中に、火花散るような状況になっても不思議ではない。
 だが、セレナの表情は意外にも柔らかであった。生ぬるい気温、独特の妖艶な空気感をまとった春の夜風を、胸一杯に吸い込むように大きく呼吸すると、彼女はルヴィーナの方に歩み寄った。
「月を、ご覧になっていたのですか?」
「はい。今晩は雲ひとつ無く、月の輝きが見事ですわ。これで満月であれば……。惜しくも端が欠けていますね。残念ですこと。お役目、お疲れ様です」
 そう告げて品良くお辞儀したルヴィーナ。
「ありがとうございます。お役目? えぇ、まぁ、そういうところでしょうか」
 ルヴィーナの側に近づいたとき、セレナは不思議な感覚にとらわれた。ふと気がつくと、全身が何か暖かいオーラに包まれているように感じたのだ。
 ――柔らかく、優しい感じだが、強い力……。以前は神官だったと聞いていたが、これほどの術者だとは。
 自らも魔法の使い手であるセレナは、ルヴィーナのまとう霊気を感じ取り、思わず一歩退いた。
 流れるような空色の髪を揺らし、ルヴィーナはセレナを見つめる。
「ご心配なく。私は神聖魔法の術者ですから、他人に危害を加えるような呪文は知りません。それに……」
 ――心を読まれている? そんなはずはないが。
 ルヴィーナの瞳が目の前で自分を凝視しているような錯覚に、セレナは陥った。
「セレナ殿。貴女のようにお美しい方を傷つけることは、どんな術者でもためらうことでありましょう」


4 ヨシュアンの死、突きつけられた事実



「いいえ。お戯れを……」
 我に返ったセレナは、無意識に鋼の胸当てに手を当てた。その冷たい感触が、彼女の心を澄み渡らせた。
 ――何というのか、近づいてはいけない気がするのに、引きつけられてしまう。たおやかで生真面目な神官だが、得体の知れない影、闇を感じる。
 橋の欄干に手をかけ、ルヴィーナはしばらく夜空を見上げる。そのままの姿勢で彼女はつぶやいた。
「かのパラスナイトともあろうお方が、自ら巡回に出てくださるとは。勿体ない、ありがたいことです」
「いや、これには色々と……。貴女に言っても仕方がないのでしょうが」

 そのとき、橋の反対側から駆けてくる者がいた。手に弓を携え、甲冑を鳴らし、いや、甲冑の重さのため、右に左に揺れながら走ってくる女性が。見るからに、鎧を着て走ることにまだ不慣れな有様だ。それでも、長い黒髪をなびかせて懸命に走っている。
 見覚えのある姿に、ルヴィーナは心の中でつぶやいた。
 ――あの娘は、夕方の……たしか、リーンと言いましたか?
 ルヴィーナとセレナが何事かと見つめる中、リーンは足元の石につまづき、勢いよく前に転がった。カエルをつぶしたような情けない格好で、弓を握ったまま地べたに伏している。
 言葉も出ず、顔を見合わせたセレナとルヴィーナ。
「あいたたた……」
 リーンは目に涙を溜めて起き上がり、片方のレンズがすでに割れている眼鏡を掛け直した。そしてルヴィーナの姿を見た途端、ただ事ではない様子で叫んだ。
「ル、ルヴィーナ様! 大変です、団長が、ヨシュアン団長が!!」

 ◇

「あ、あの……」
 うつむいたままのリーンが、ルヴィーナの衣の裾をぶっきらぼうに引っ張った。
「ルヴィーナ様、お気を確かに」
 レグナ騎士団の詰め所、その堅固な石壁に弾かれてしまったかのごとく、か細いリーンの声があたりに漂った。団員たちが集まった広間の中央、白い布を掛けられたヨシュアンの遺体が横たわっている。
「そんな……」
 ルヴィーナは、まだ信じられないという顔つきで立ちすくむ。言葉を失い、指先や肩が震えていた。
 二人に続き、数人の近衛隊士と共にセレナが入ってきた。瞬間、広間に険悪な空気が走る。重く沈んでいたレグナ騎士団員たちから、突き刺さるような厳しい視線が次々とセレナに向けられる。あたかも、神聖な団長の遺体に近づくなとでも言わんばかりに。現状では、ヨシュアンの死はパラス騎士団の陰謀だとささやく者も少なくない。石でも飛んでこないだけ、まだましだった。
「パラス騎士団の機装騎士であろうと、私は私です。尊敬すべき名剣士であるブラントシュトーム殿が殺害されたと聞けば、一人の騎士として、人間として駆けつけるのは当然のことではありませんか?」
 セレナは真顔で語りかけた。彼女の生真面目な言動と、愁いを帯びた優美な面差しに、団員たちも微妙な表情を浮かべている。小さく溜息をつくと、セレナは張り詰めた雰囲気をものともせず、堂々と進んでいった。その気品と威圧感に、団員たちもただ見つめるばかりである。


5 魔法? セレナの疑問…



「これはこれは、パラス騎士団のゾナンブルーム殿ですか」
 団長の代理を務める若き副団長のジェイドが歩み出てきた。日頃は鷹揚で人好きのする性格の彼であったが、この状況では顔つきも暗くならざるを得ない。青い髪を爽やかに刈り上げた横顔にも、嘆きと不安、そして怒りが充ち満ちている。
 握手する二人。
 ――いかに病に冒されていたとはいえ、あのヨシュアン・ディ・ブラントシュトームが、何者かに殺害されるなどとは考えにくい…。
 不審そうな表情で遺体を一瞥するセレナ。彼女の気持ちを察したのか、ジェイドが苦しげに答える。
「背後から首を一突き、頸椎に深手を受けて即死です」
「まさか? 団長ほどの剣士を一撃で、しかも背後を取るとは……」
 セレナの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ジェイドは語気を荒らげて断言する。
「騙し討ちとしか考えられません! だが、いかに不意打ちであっても、ヨシュアン団長に手傷を負わせるのは、いや、体に触れることさえ不可能に近い」
 セレナの気高い顔立ちを、真正面から見つめるジェイド。そして忌々しげに問いかける。
「例えば、貴女にそれができますか?」
「――言いにくいことを、はっきりと口になさるのですね」
 横目でジェイドを睨んだ後、セレナは長い睫毛を伏せた。硬い靴音を、ひとつ、またひとつと響かせながら、彼女はヨシュアンの遺体の傍らを通り過ぎる。
「私たちパラス騎士団のことを、あなたが快く思われていないのは仕方がないでしょう。とはいえ副団長ともあろう方が、このような事態において私情を交えた物言いをするのは、感心できません」
 物静かな美貌から一転、想像もできなかったセレナの鋭い視線に、ジェイドも気後れしているのだろうか。彼は、しどろもどろに答える。
「いや、それは……。ご無礼を。私は、ただ。そういう意味に解されてしまったのなら、お許し願いたい」
 よせばよいのに、口べたなリーンがおずおずと助け船を出す。
「え、えっと。ゾナンブルーム様は、優れた剣士であるだけでなく、そのぅ……魔道士も一目ほどの、すごい魔法の使い手と聞いてます。だから、今の話の例としては、適切ではないんじゃないかと…思うのであります」
「口を慎め、そういう問題ではない」
 ジェイドが小声で言い、慌ててリーンの口を塞ぐようなそぶりをする。リーンとしてはセレナを持ち上げたつもりなのだろうが、実際には、話の文脈をまったく弁えていない発言だ。
 セレナの表情がさらに険しくなったのを見て、ジェイドとリーンは青くなっている。しかしセレナは別のことを考えているようだった。二人の様子など眼中にない様子で、彼女は自問した。
 ――魔法。いや、魔法? まさか!?


【続く】



 ※2008年1月~2月に鏡海庵にて初公開
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