鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第48話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


6 第二形態、覚醒のイーヴァ



 ――ねぇ、なぜ戦うの。どうして話を聞いてくれないの。どうして。
 燃え盛る業火を身に宿した、荒ぶる魔戦士テュラヌス。その凶暴な形態(モード)に変形したアルフェリオンから、念信を通じてルキアンの声がカセリナに届く。声と共に伝わってくるルキアンの心の有り様は、明らかに狂気を含んでいた。泣きながら壊れて笑っているルキアンの表情が、カセリナの意識に浮かび上がる。
 ――僕は戦いたくない。特に君とは……。だけど、分かってくれないのなら、たとえ泣きながらでも僕は剣を抜かなきゃならなくなる。今だって、僕が君との戦いを躊躇したから、僕の代わりにリューヌが犠牲になった。あのときも、ならず者たちを僕が撃てなかったから、シャノンも、トビーとおばさんも守れなかった。
 ――もうそんなのは嫌なんだ!
 ルキアンは絶叫する。イーヴァの頭部を鷲づかみにし、吊り上げたテュラヌスの手にも力が加わる。頭が割れそうだ。カセリナは悲鳴をこらえながら、息も絶え絶えに言った。
 ――あなたに守るべきものがあるように……。私にも、守る、べき……ものが、ある。
 イーヴァの目が光り、テュラヌスの腕を両手で掴む。鋼の戦乙女は、その重量を感じさせない驚異的な身軽さで動いた。テュラヌスの腕で懸垂をするようにして、両脚を胸に引きつける。
 ――だから戦う。それがすべての理由!
 カセリナの気合いと共に、イーヴァの両脚がテュラヌスの胸を蹴った。イーヴァの頭部を握っていた鉤爪が緩む。イーヴァはすかさず逃れ、再度、軽業師を思わせる動作でテュラヌスを蹴る。
 次の瞬間、イーヴァよりも遙かに大きなテュラヌスの機体が揺らぎ、宙に浮く。細身ながらも強靱な瞬発力を秘めた脚を生かし、イーヴァは自身の機体ごと背後に宙返りするようにして、テュラヌスを投げたのだ。
 見事に投げ倒されたテュラヌスは、大地に背中から落ちたまま、しばらく動かない。 だがカセリナも、極度の疲労のために、いつものように迅速に次の攻撃に移ることはできなかった。目まいがする。テュラヌスの姿が歪み、イーヴァの魔法眼の中で二重三重にぶれて見える。
 ――何としても……。ここで、白銀のアルマ・ヴィオを倒さなければ。
 カセリナは、地面に転がっていたMTレイピアを拾う。しかし、刺々しく分厚い甲冑で完全に覆われたテュラヌスを前にすると、いつもの細身の剣があまりに頼りなく思えた。
 ようやくテュラヌスが上体を起こす。うわごとのようなルキアンの念信もカセリナに伝わってくる。
 ――僕だって、絶対に、負けられないんだ。ここでギルドが勝たなきゃ、王国は反乱軍と帝国軍の手に落ちる。僕は許せない。許せない。そんなこと!
 立ち上がって咆吼するテュラヌス。その身に生えた大小多数の突起が、抜き身の剣のごとき輝きを放ちながら、倍ほどの長さへと一斉に《成長》する。今や、その姿は、刃の翼を幾重にも背負っているようだ。
 ルキアンの激情が高まるのに呼応して、いっそう禍々しい姿へと変わってゆくテュラヌス。その様子に驚愕するカセリナに対し、ルキアンは我を忘れて語り続ける。
 ――だって、おかしいでしょ。言葉で相手と分かり合おうとせず、力の強い弱いでしか相手との関係を考えられない人たちが、そんな人たちが、この国を自由にしていいはずなんて、ないんだ。僕は許せないよ。そうだ。許さない!
 テュラヌスの雄叫びが、天高く、大気を振るわせ、空を貫いた。テュラヌスの肩が盛り上がり、甲冑が一回り大きくなった気がする。これまでの戦いで経験したことのない圧倒的な威圧感を突きつけられ、このままでは勝てないということをカセリナは直感した。もちろん、こちらに切り札があることは知っている。だが……。
 ――あの《力》をもう一度使えば、きっと勝てる。でも、あれは、人がふれてはいけないものだわ。何か、絶対に良くない力に違いない。
 レーイとの戦いの最中、イーヴァに秘められたステリアの力を覚醒させたとき、その闇の波動にカセリナは魅入られそうになった。恍惚の中で心を溶かされ、破壊への衝動に自我を支配されてゆくおぞましさ、恐ろしさを、彼女は思い出さずにはいられなかった。
 ――だけど、ここで敗れるわけにはいかない。
 カセリナは精神を集中し、心の奥、闇の向こうに潜む例の力にふれた。禁断の《ステリア》の力に。彼女の呼びかけを待っていたかのように、ステリアの力は一気に爆発し、カセリナとイーヴァの身に強大な魔力が満ちる。イーヴァの機体を中心に、どす黒い魔の力が渦を巻き、物理的な突風を伴って竜巻となる。暗雲が押し寄せ、空を閉ざしていく。

 ◇

「ナッソス城周辺の霊圧線に異常な歪みが発生、霊気濃度も局地的に異常な上昇を続けているわ。何なの、これ。もう計測できない!」
 クレドールの艦橋、緊迫した声でセシエルが告げる。目の前のコンソールで計器類の針が振り切れ、嵐の中で乱れる木々と同様、狂ったように踊っている。
「こんなことって。副長?」
 彼女はクレヴィスの方を見た。だが、こうなることを予想していたのであろうか、クレヴィスは静かに答えを返す。眼鏡のレンズにかかった前髪を無造作に払い、平然とした口調で彼はつぶやいた。
「イーヴァとアルフェリオンの、二つのステリアの力が衝突した場合、我々の想定を遙かに超える事態になるかもしれません。そうですね、最悪の場合、ナッソス領一帯とともに……あるいは、この国土全体と共に、私たちが消し飛んでしまうことも起こり得るでしょう。そのくらいの力があるのですよ、旧世界の超魔法科学文明を崩壊に導いたステリアにはね」
 彼の言葉を聞き、ブリッジに低いどよめきが生じた。が、クレヴィスは場違いな微笑を浮かべて付け加える。
「そういうわけで、危険を避けて本艦が今からどこかに退いても、あまり意味はありません。それよりも見守りましょう。ルキアン君とカセリナ姫との戦いを。まぁ、結構、何とかなるものですよ」
 いささか強引な理屈だが、実際のところ、魔道士としてのクレヴィスは、二つのステリアの力が激突しあう様を克明に観察したくて仕方がないのであろう。もっとも、そのような興奮など微塵も表に出さず、クレヴィスは、ツーポイントの眼鏡の奥で涼しげに眼を細めるだけだった。

 ◇

 ――たとえこの身がどうなろうとも、禁断の力を借りてでも、私は必ず勝つ。
 カセリナがそう告げると、イーヴァの両の肩当てがスライドし、その奥から青白い光が漏れる。胸甲部も開き、同様の青白き霊光をまとったレンズ状の物体が姿を見せる。
 イーヴァの仮面が左右に開く。死した美姫の銀色のマスク、イーヴァの《素顔》が、その沈鬱かつ妖美な表情でアルフェリオンと向き合う。レーイとの戦いの場合と同じく、イーヴァの機体から青く輝くオーラが立ちのぼり、羽衣さながらに揺らめいている。
 だが今度は、カセリナの覚悟に応えるかのように、イーヴァに新たな変化が起こり始めた。華奢なシルエットが光の中で形を変え、肩当てや肘当て、膝当ての部分が膨らんでゆく。首から胸部にかけての甲冑も、みるみるうちに厚くなった。これは間違いなく、旧世界の失われた高等魔法《第五元素誘導》と、旧世界の科学の産物であるナノマシン《マキーナ・パルティクス》とによる《変形》である。
 イーヴァの甲冑のうち、最後に腰部以下を覆うスカートの部分が、4枚の花びらのように伸びた。そしてイーヴァの左手には、胴体から足首までに達する楕円状の盾があった。右手には、左右に真っ直ぐに伸びた鍔をもつ、十字架型の細身の長剣が握られている。
 イーヴァが剣を一振りする。すると、実体を持つ金属の刀身をMT(マギオ・テルマー)の光が包み、光の刃は元々の切っ先よりもさらに長く伸びた。
 ――ルキアン・ディ・シーマー、ナッソス家の敵、パリスの仇。ここで終わらせる。
 構える動作すらほとんど見せず、カセリナは瞬時に間合いを詰め、テュラヌスと交差した。細身ながらも鋭利で長い十字剣は、見た目よりも遙かに高い攻撃力を有する。
 ルキアンが苦痛に声を上げる。テュラヌスの頑強な甲冑、胸部に亀裂が入っていた。
 ――いける、これなら!
 なおもカセリナは切り付けた。疾風のごとき剣閃が走り、テュラヌスの装甲に深い裂け目をひとつ、またひとつと刻み込んでゆく。
 鋭い爪で反撃するテュラヌス。だが、イーヴァのかざす盾がことごとく受け止める。
 ――先ほどとは違うのです。
 テュラヌスの重い一撃に対し、盾で押し返すイーヴァ。さすがに押し負けするものの、相手の強力を十分に受け止めるだけのパワーは備えている。
 そうかと思うとイーヴァは背後に飛び退き、宙空から身軽に剣を振るう。間合いの外であるはずだが、テュラヌスの肩当ての一部が切り落とされた。さらに二度、三度、カセリナは同様の距離から切り付ける。イーヴァが剣を振る瞬間、何と、刀身の部分をとりまく光の刃が幅広く拡張し、長さも倍近くも伸びているのだ。
 アルフェリオン・テュラヌスは一方的に切り付けられ、嵐のような斬撃を浴び続ける。テュラヌスの絶大な防御力をもってしても、このままではじきに倒されてしまう。
 ――僕は、僕は、勝ちたい……。勝たなきゃいけない。
 光の刃が大きくなるだけではない。一撃ごとに、その威力も増している。ステリアの力が剣に宿り、新たな命を与えているかのようだ。
 イーヴァの体から青白い霊気がますます強く立ちのぼる。その輝きが、MTの光と一体となって剣を取り巻く。カセリナは全力で剣を振り下ろした。

 かろうじて直撃をさけたルキアン。だが、イーヴァの一撃は、テュラヌスを吹き飛ばし、大地に深々と、遙か前方まで亀裂を創り出した。いや、亀裂どころか、もはやこれは《谷》といった方がよかろう。
 イーヴァの《第二形態》の恐るべき力を前にして、ルキアンは呆然とつぶやいた。

 ――どうすればいい。打つ手はないのか。僕は、ここで終わってしまうのか……。


7 解き放たれた魔獣



 イーヴァの斬撃によって大地に刻まれた裂け目。かろうじて回避したアルフェリオンの足元から、崖状になった溝が地底に向かって続いている。その「谷底」を横目でのぞき、ルキアンは息を呑んだ。
 ――危なかった。いや、ぼんやりしている場合じゃない。
 敵の剣の間合いから離れるため、テュラヌス形態のアルフェリオンは素速く退いた。重装甲のテュラヌスは、見た目には、棘のある重い甲羅を背負った甲殻類をも連想させる。だが、その動きは意外なほど俊敏だ。
 ――来ない?
 ルキアンは慌てて身構える。イーヴァが切り込んでくるのではと思ったのだ。
 ――そうか。カセリナの機体は今までより動きが重くなっている。
 大型の盾と長剣とを構えたイーヴァを睨みつつ、ルキアンは今さらながらに気づいた。戦い慣れしていない彼は、強化されたイーヴァの剣とカセリナの凄まじい連撃に圧倒され、頭の中が真っ白になっていたのだ。その間、もちろん機体の身動きもろくにできなかった。
 ルキアンは《手》を握りしめる。生身の指が強張って動かないときと同じような感触だ。
 ――落ち着け、落ち着け、しっかりするんだ!
 彼は懸命に自分に言い聞かせる。と、ちょうど似たような状況がそうさせたのか、ルキアンはミトーニアでパリスと戦ったときのことを思い出す。
 ――あのときだって、相手は僕とは比べ物にならないほど強かった。それでも……。
 パリスとの死闘の場面がルキアンの脳裏で鮮明によみがえる。旧世界の超高速陸戦型アルマ・ヴィオにして、魔法弾を無効化し、強力な長射程型MgS(マギオ・スクロープ)を装備した《レプトリア》。これを操る敵のパリスは、ナッソス四人衆の一人に他ならない。あまりの実力差で一方的に打ちのめされていたルキアンは、アルフェリオン・ノヴィーアの姿から氷雪の世界を支配する竜を連想し、土壇場で凍気のブレスを放って戦いの流れを変えた。さらに彼はゼフィロス・モードを覚醒させ、その速さと《縛竜の鎖》を縦横無尽に使いこなし、レプトリアの俊足に打ち勝ったのだ。
 ――ゼフィロスに変わったときには、むしろ機体の方が僕を助けてくれている感じだった。だけど、テュラヌスには僕の方が振り回されている。全然上手く使えていない。
 リューヌを失った怒りで我を忘れたルキアンは、当初は激情の赴くままに戦い、知らず知らずのうちにカセリナを圧倒していた。だが冷静さを取り戻した現時点では、なぜか機体が思うように動かない。戦いづらさを覚えるルキアン。

 突然、テュラヌスがMTクローを展開する。金属の鉤爪を中心にして、さらに爪状の光が輝いた。その挙動を眼にした途端、カセリナは攻撃に出るのを取りやめた。まさに今、彼女はテュラヌスに突きかかろうとしていたのだ。
 ――私の機先を制した? あのルキアンに、そんな読みができるはずはない。
 他方のルキアンは慌てている。
 ――ちょっと待って。どうして勝手に動くんだ。
 《身体》が己の意図しない動作をする、この何とも表現し難い感覚。彼は機体に精神を集中し直す。これでは荒馬の手綱を引いているようなものだ。
 ――これまでも、機体が自動的に防御してくれたことはあったけど、テュラヌスは……。まさか、自ら戦いたがっているのか。
 ――やはり、さっきの動きは偶然だったのね。
 ルキアンが余計なことを思い浮かべた途端、カセリナの一撃が襲った。幸いにも間合いが離れていたため、直撃は避けられたが。MTクローの光とMTソードの光が干渉し合い、激しく白熱する。
 ――僕の言う通りに動いて!
 無我夢中でイーヴァの剣を押し戻そうとするルキアン。そのとき彼は、繰士に逆らって猛り狂わんばかりのテュラヌスの精神を感じ取った。乗り手の欲する動きと機体の動きとが、明らかに別々になりかけている。ひとまず、ルキアンは全力でイーヴァを突き放した。
 すると、テュラヌスは速やかにMTクローを構え、姿勢を少し低くする。そのどこまでが自分自身の意図した動きだったのか、ルキアンには分からない。
 ――これは?
 ルキアンは戸惑うが、わずかにでも気を散らせると、たちまちカセリナの攻撃が襲いかかる。イーヴァは剣を水平に構え、全身の力を込めて突きを繰り出してきた。うろたえ、気が動転して頭の中が虚ろになったとき、ルキアンは何者かに引っ張られるように感じた。

 高速で突き出されたMTソードがスローモーションのように映る。
 光の刃が、青白く輝く鉤爪の上を滑ってゆく。
 その様子がルキアンには止まって見えた。

 ――また動きが変わった。どういうことなの。
 カセリナは空を切るような手応えに驚いた。惰性で機体が前につんのめりそうになり、彼女は咄嗟に姿勢を立て直す。
 ――テュラヌスが自分の意思で回避して、僕はそれを見ていた。いや、僕がテュラヌスの動きに身を委ねていた。
 気がつけば、ルキアンはイーヴァの剣をMTクローで受け流していたのだ。
 ――まぐれが何度も続くわけはない!
 カセリナが再び猛襲する。ステリアの黒き波動をみなぎらせ、振り下ろされるイーヴァの十字剣。
 ――見える。この感じだ。僕が力を抜くと、機体が勝手に。
 意識を無にして、身を任せ、ただアルフェリオン・テュラヌスの動きを心の眼で追う。
 ――僕の意識が《鎖》になっている。この鎖を……。
 激しい怒りが、凶暴な何かが、ルキアンの精神を飲み込もうとする。自分の身体が自分のものでなくなるような、意識が激流に押し流されて遠く離れてゆくような感じがする。

 目の前からテュラヌスの姿が消えた。
 突然の電光さながらの動きに、カセリナは驚愕する。
 手にしていたはずの盾が宙を舞う光景。それが彼女の瞳に浮かんだ。
 激痛。そして絶叫。

 何かを握りつぶす嫌な感触が、ルキアンに伝わってきた。薄れゆく意識の中、ルキアンはカセリナの名を思わず口にした。テュラヌスの巨大なクローがイーヴァの左腕を掴み、いまにも砕き、引きちぎろうとする。当然、機体の《痛み》をカセリナは自分自身のそれとして受け止め、もがき苦しんでいるはずだ。
 ――カセリナ!
 彼女を傷付けることを、やはりルキアンは恐れていた。だが、それを止めようとしてもルキアンには抵抗できない。気がついたときには己の意識を保つことさえ難しくなっており、殺戮と破壊への凄まじい衝動が、彼の魂を塗りつぶそうとしている。

 巨体を振るわせ、牙をむき出しにしたテュラヌスが吠える。
 覚醒したテュラヌスを中心に、大地の途切れるところまで、瞬時に走る莫大な魔力の輪。兜の奥で、二つの目が、まさに炎を宿したかのように真っ赤に輝いた。

 解き放たれたテュラヌスは戦うための機械と化し、血に飢えた爪牙をイーヴァに突き立てる。いや、その動きはもはやアルマ・ヴィオのものではない。一匹の魔獣だ。カセリナの必死の反撃も、目覚めたテュラヌスの前には無力だった。イーヴァの動かなくなった左腕を、慈悲の欠片もない鉤爪が切り落とす。
 戦士の雄叫びか、それとも悲鳴か、カセリナはあらんばかりの声を張り上げる。地獄のような痛みで失神しそうになりながらも、彼女は、超人的な意志力をもって剣をテュラヌスの胸に突き立てた。

 ――そんな……。

 イーヴァのMTソードは確かに敵を仕留めた。テュラヌスの機体には、実体をもつ鋼の刀身が残され、深々と刺さっている。それにもかかわらず、テュラヌスは何事もなかったように動いているではないか。カセリナは、生まれて初めて真の恐怖におののき、イーヴァは剣を手放して後ずさりする。
 突き刺された剣をテュラヌスは悠然と引き抜いた。胸部に開いた大穴から、銀色の液状の何かが流れ出す。水銀にも似た液体金属は、たちまち穴を塞いで硬化した。テュラヌスの胸甲には何の傷跡も残っていない。
 死をも恐れぬ戦士のカセリナ。しかし彼女の本能が、抗い難い力でもって、逃げろと告げている。いくら気持ちでは戦おうとしても、機体が一歩も前に動かない。認めたくないが自分は怯えている。カセリナは闇に突き落とされたような気がした。
 戦意を失いつつある相手に対し、テュラヌスには何の容赦もなかった。いや、これはもう戦いではない。ただ、目の前にいる獲物を襲い、喰らおうとする魔物の振る舞いに等しい。
 次の瞬間、あの凛として気高いカセリナのものとは思えぬ、獣のごとき悲鳴がこぼれた。地面から突然に現れた槍のような何かが、イーヴァの機体を切り裂き、箇所によっては貫通さえしている。先端の尖った、鉱物の結晶を思わせる銀色の多面体の柱が、大地を突き破って何本も生えていた。イーヴァは剣山の上に落ちたような有様で、身動きができない。
 さらに信じ難いことが起こった。不意に銀色の柱が液状化したかと思うと、意志を持つ生き物同様にイーヴァの機体を伝って流れ、地面を這ってアルフェリオン・テュラヌスの方に動いていったのだ。魔の力を帯びた銀色の液体金属は、テュラヌスの腕を覆うように巻き付いたかと思うと、瞬時に硬化して今まで以上に巨大で強靱な鉤爪を形成する。獲物の動きを完全に止めたテュラヌスは、牙を剥いて今にも襲いかかろうとしている。

 ◇

「何だよ、あれは。アルフェリオンが……」
 頬を引きつらせ、震えの混じった声でヴェンデイルが告げる。急に独り言のようにつぶやき始めた彼の口調、ただならぬ様子に、クレドール艦橋のクルーたちは一斉にヴェンデイルの方を見た。
「ルキアン君は、無意識のうちにカセリナ姫への攻撃を緩めてしまうほどだったのに。一体、この豹変ぶり、何があったというんだ」
 艦の《目》として数多くの戦いを冷徹に見つめてきたヴェンデイル。しかし、練達の《鏡手》である彼が、状況をまともに報告することさえ忘れ、呆然と語り続ける。
「《暴走》? よく分からないけど、もう見ていられない。止めさせないと! 機体が損傷すれば、エクターも生身の身体のときと同じような痛みを感じるんだろ。あれじゃぁ、カセリナ姫は生きたまま野獣に喰われているのと同じだよ。いくら敵でも、それは……。いや、まさか」
 ヴェンデイルは何かに気づいたようだ。
 日頃は見られない深刻な表情で、クレヴィスが答える。いかなる危機にあっても穏やかさの残る彼の口調さえ、今は硬かった。
「えぇ。間違いなく、繰士が《逆同調》し、アルフェリオンの本性を解放してしまった結果です。止めるよう言っても、ルキアン君にはもう制御できない。いや、あの様子では彼自身の意識は無いでしょう」
 逆同調という言葉が彼の口から出た途端、何人かのクルーの表情が変わる。眼鏡の向こうでクレヴィスの瞳も厳しさを増す。
「妙ですね。機体との交感レベルが並外れて高いとはいえ、ルキアン君は逆同調というものを知らないはずです。仮に逆同調しようといくら試みたところで、まだ不慣れな彼には無理でしょうし」
 何人かの乗組員は不可解そうな顔をしている。アルマ・ヴイオのことにそれほど精通していない者たちなのだろうか。彼らに向かってクレヴィスは告げた。
「逆同調には、一種の生まれつきの素質も必要です。エクターとしていくら経験を積んでも、できない人には永久に不可能なのです。かくいう私も逆同調はできません。知っての通り、我々の周囲にいる多数のエクターを見渡しても、いつでも確実に逆同調ができる者は、カリオス・ティエントただ一人です。もっとも、通常のままでも彼は強いですから、わざわざ逆同調する必要など滅多にあり得ませんが」
 カルダイン艦長との相談に向かおうとするクレヴィス。最後に彼は、思い出したように付け加えた。
「ミルファーン王国に、ただ一人、逆同調して《暴走》する機体をも、通常の正同調の状態にある機体と同様に操ることのできるエクターがいます。伝説の《狂戦士(バーサーカー)》のような恐ろしい戦士です。彼女は、いかなるアルマ・ヴィオとの間でも極限に近い交感レベルを出せる力を持っているのですよ。その力は、あたかも《鏡》を思わせます。鏡というものは、どのような機体の姿も実物と同様に映し出しますからね」

  だから彼女は、こう呼ばれます。《鏡のシェフィーア》と。


【第49話に続く】



 ※2010年9月~2011年1月に、本ブログにて初公開
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