鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み―第27話・中編
【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
7 闇の月の名を持つもの
思わぬ珍騒動を起こしてしまったルキアンは、迷惑をかけたと感じているのか、恥ずかしそうに肩をすくめている。
そんな彼ににこやかな眼差しを向けると、クレヴィスは話をあっさり打ち切り、クルーたちに持ち場に戻るよう促した。
「どうしました、皆さん、そんなに青い顔をして。ふふ、心配しなくても――別に天変地異が起こるなどということは、学者たちの通説による限り、まずあり得ないそうですよ。さぁ、夜明けまでもう少し時間があります。警戒を続けてください」
「そんなこと言ったってねぇ……。なんてったって、お月様が2つだよ?」
ヴェンデイルもすっかりお手上げの様子で、再びスコープ・ギアを装着する。
ルキアンだけが艦橋の真ん中に取り残された。何度かまばたきした後、彼はこそこそと窓際に移動する。
改めて月を眺めながらルキアンは考える。
――歓迎されないもうひとつの月、薄暗い闇の月《ルーノ》。昔は《ルーヌ》と呼ばれていたらしい。そして《ルーヌ》は、同じように《月》を意味する古典語に、つまり旧世界の言葉に由来する。先生がそう話してくれたっけ。
この程度の古典語の知識は、ルキアンもかろうじて持ち合わせていた。仮にも魔道士の卵である。
――その旧世界の言葉というのが、《リューヌ》……。彼女の名前。闇の月の名を持つパラディーヴァ。ずっと気になってたんだけど、偶然かな?
だが勿論、ここでリューヌ自身を呼び出し、尋ねてみるわけにもいかない。艦内は大混乱になるだろう。
――当分、みんなには言わない方がいいかな。時機を見てクレヴィスさんから話してもらう方がいいかもしれない。僕だけが知ってる、僕だけの《剣》になるよう、大昔に定められたパラディーヴァ……か。
何か自分が普通ではないものになってしまったような、人々から遠く分かたれてしまったような気分に襲われ、ルキアンは黙って艦橋を見渡した。
そのとき、張り詰めた様子で1人の若者が叫んだ。
「副長!!」
言葉の雰囲気や物腰がどことなく軍人あがりを思わせる、二十代半ばの男。
その声にはルキアンも聞き覚えがあった。
何時間か前――仮眠中のセシエルの代わりに、ルキアンからの《念信》に応対したあのクルーのものだ。
別段取り乱すこともなく、クレヴィスは悠々と頷いた。
対照的に、若い念信士は傍目にも分かるほど武者震いしている。
「ただ今、ミトーニアから念信が送られて参りました! 市当局の返答は……」
8 奇襲、ナッソスの精鋭が空と陸に迫る!
◇ ◇
夜更けの空を駆けめぐる心の声は、それだけではなかった。
――皆の者! 段取りはよく分かっていますね?
カセリナの声が――否、念信を通じた言葉が――彼女の声質にふさわしい気高く毅然としたイメージとなって、家臣たちの脳裏に浮かび上がる。
彼らの汎用型アルマ・ヴィオの多くは、バーンの《アトレイオス》同様、議会軍から流出した機体を改造したタイプらしい。陸軍の主力の《ペゾン》を母体とするものが多いようだが、中には《ブラック・レクサー》に改良を施したとみられる強力なタイプも混じっている。さすがにナッソス家だ。
城を飛び立った《空中竜機兵団》は、奇妙なことにギルドの艦隊とおよそかけ離れた方角に飛び去り、そればかりか敵艦隊と東西方向の座標が一致したにもかかわらず、いったん南へと通り過ぎていた。
一般には速度が遅めだといわれる重アルマ・ヴィオだが、飛竜《ディノプトラス》は並々ならぬ速さで飛んでいた。その上に乗ったカセリナの《イーヴァ》は、風圧で飛ばされぬよう脚部を《竜》の背に固定し、姿勢をかがめ、さらにMTシールドを風防代わりにしている。
目にも留まらぬ速度で闇を切り裂き、地表すれすれを飛行するディノプトラスとイーヴァ。
その後に2騎が並んで続き、さらに後ろに3騎が一列の横隊で続く。
イーヴァを先頭とし、1-2-3のピラミッド型に並んだ楔形隊形だ。カセリナたちの覚悟を象徴するかのごとき、強行突破を目論む陣形である。
低空飛行しているのは、できる限り複眼鏡の死角にあたる位置を飛ぶためだ。
しかも敵から敢えて距離を取ることにより、複眼鏡の探索可能範囲外を進んでいる。夜間であるため複眼鏡の視界が相当に制限されることも、カセリナたちにとって有利だろう。
――お嬢様! 別働隊が城を出たと連絡が入りました。
家臣の一人が告げる。
――分かりました。手はず通り、こちらの別働隊にギルド艦隊が近づいたところを攻撃します。チャンスは一瞬です。私が指示したら方向を転換し、敵艦隊に背後から接近……遅れないよう、続け!!
カセリナはエクターとしても一流だが、利発でカリスマのある彼女は、年若くして将の器をも兼ね備えていた。もしカセリナが男であったなら、将来は王国の将軍にすら相応しいものをと、公爵がどれほど嘆いたことか……。
◇
ナッソス家の作戦はそれだけではなかった。
ミトーニアを包囲するギルドの陸戦隊めがけて、同家の部隊が今まさに出撃したのである。昼間の戦いに敗れたとはいえ、城を守る主力部隊は健在だ。むしろその《敗北》は、戦略的な撤退であったとさえ考えられなくもない。
ナッソス軍は地の利を生かしてゲリラ的な揺さ振りをかけるつもりだろう。地形の把握し難い夜戦であることも、付近一帯を知り尽くしたナッソス側にとってプラスに働く。
本隊よりも一足先にナッソス城を発ち、大地を飛ぶような速さで駆ける2つの陸戦型があった。轟音と共に現れ、瞬時に視界から遠ざかるその速度、もはやアルマ・ヴィオとは思えない。
いにしえの黒き光弾の竜、レプトリアだ。
――凄い。これならたとえ複眼鏡に発見されても、相手の鏡手はたちまち見失うだろう。
自らの速さに酔いしれるかのように語ったのは、ナッソス家四人衆の一人、パリスだ。
――まったくだな。それでいて機体の《ぶれ》がここまで抑えられているのも驚くべきことだ。これほどの安定性があれば、今の速度を落とさずに戦うことも十分可能だぞ。
そう答えたのは、ザックス。引退後はシャノンの父として農園を経営していたが、かつては四人衆を束ねるリーダーであった。不意に搭乗することになったレプトリアを完璧に操っている点からも理解される通り、彼の腕前は今も鈍っていない。
まさに飛ぶがごとく。
実際、並みの飛行型を上回る速度が出ている可能性もある。
レプトリアの2つの翼は、このような超高速での移動の際に、機体を安定させる役割を果たす。このまま本当に空高く舞い上がろうと、何の違和感もない。
だが旧世界のアルマ・ヴィオの常として、レプトリアはさらに恐るべき能力を備えていたのだった……。
9 偵察に向かうルキアンだが…
◇ ◇
「王国の未来のため、自由都市ミトーニアはナッソス家と共に断固戦う。だがエクター・ギルドが予告通りに当市を攻撃するならば、一般市民まで戦闘に巻き込まれることになるだろう。我々はギルドの暴虐な作戦に強く抗議する――そう返答がありました」
抑揚を落とし、念信士の緊張した声が告げる。
ほとんど角刈りに近い短い金髪の下、彼は額にうっすらと汗を浮かべた。
その報告を静かに聴いていたクレヴィス。
「そうですか。あり得ない答えではないと思ってはいましたが、しかし……」
何故か時計を睨みながら、彼は訝しげな顔をする。
「それにしても、かなり早い返事でしたね」
「……と、言いますと?」
「情報によれば、ミトーニア市は降伏に傾きかけていたはずです。それが急に態度を一変させたにしては――つまり、それほど重大な決断を市当局が行ったにしては、妙にあっさりと結論が出すぎていませんか? 期限の夜明けまで、時間はまだ十分にあるというのに」
不思議がる念信士にクレヴィスが言った。その穏やかな語りは、どこか独りごとのように聞こえなくもなかったが。
若干の間をおいてヴェンデイルも同意する。
「そう言えば変だよ。どうせ降伏しないと決めているにしても、夜明けぎりぎりまで態度を保留しておく方が、あちらさんにとっては得なはずじゃない? 少しでも時間稼ぎできるんだから」
「えぇ。私の杞憂に過ぎないかもしれませんが、あの街で何か起こった可能性があります。至急、バーンとベルセアをブリッジに呼び出してください。それから、私が指示したら直ちにカルを起こせるよう、準備を」
クルーたちに手際よく命じたクレヴィスは、ルキアンにも何やら目配せする。
結局、皆の邪魔にならぬよう、艦橋の隅で遠慮がちに月を見ていた少年。彼は自分を指差して首をかしげた。
「ルキアン君、実はあなたにもお願いができてしまいました……。突然で申しわけありませんが、急を要しますので単刀直入に言いましょう。今からアルフェリオンを出していただけませんか? 現状では、他のアルマ・ヴィオを行かせることができないのです。特に空を飛べる機体となると」
「……出撃、ですか?」
《戦い》という文字が反射的に頭に浮かび、ルキアンの表情が曇る。
だがクレヴィスは首を左右に振った。不安を隠し切れない少年に視線を合わせ、彼は優しげに目を細める。
「いや、戦ってもらおうというわけではありませんよ。今からミトーニアまで偵察に飛んでほしいのです。街の様子が気にかかるものですから。アルフェリオンの魔法眼なら、上空から市内の様子を事細かに把握することもできますね」
「は、はい。それはまぁ、見えると思います、けど……」
敵と遭遇すれば戦闘になる可能性もあろうが、少なくとも名目上は《偵察》が自分の任務だと知り、ルキアンはひとまず胸を撫で下ろす。
「《客》であるはずのあなたに、突拍子もないことを頼んでしまって。非礼をお詫びします。しかし明日のことを考えると、メイとサモンを少しでも休ませておく必要があるのですよ。ですから今晩中は、《ラピオ・アヴィス》も《ファノミウル》もできるだけ出動させたくないのです」
事情を説明し始めた副長に、ヴェンデイルが口を挟んだ。
「クレヴィー、だったらラプサーに頼んで、あっちの船からアルマ・ヴィオを出してもらえば? 《カヴァリアン》も《フルファー》も飛べるのに」
「いや。万一の敵襲に備えて、レーイには待機しておいてもらわねばなりません。それからプレアーも――彼女の腕は普通の大人以上に頼りになりますが、独りで出動させるのはどうかと思います。まだ若すぎますよ」
そう言って穏やかに打ち消したクレヴィス。
さりとてクレドールの《複眼鏡》を使うにしても、もう少し接近しなければミトーニア市内の様子までは視認できない。だが船を不用意に近づけるのは危険なばかりでなく、相手を必要以上に刺激することにもなりかねないだろう。
10 風の力を宿した飛燕の騎士?
深く息を吸い込んだ後、ルキアンはいつもより大きめの声を出した。
「分かりました。僕が行ってきます。僕はギルドのエクターではありませんけど、自分の意思でこの船に乗っている人間です。お役に立てるのなら喜んで。それに、メイもゆっくり眠らせてあげたいですし」
「ありがとうございます……。万一、敵方と戦闘になりそうな場合には、あなた自身の判断で、戦っても退いても構いませんから。ルキアン君はギルドの人間でも軍の人間でもなく、1人の独立したエクターです。だから自分の信じるところに従って行動すればよいのです。やや荷が重いかもしれませんが、今のあなたにならできると私は信じています」
「え、えっと。正直な話、大変です。でも僕もやれるだけやってみます」
クレヴィスと目礼を交わし、やにわにブリッジの外へと走り出すルキアン。
深夜の廊下に足音が響く。
気のせいか昼間よりも冷たく乾いた音がする。
彼はわずかに躊躇したが、駆け足で格納庫へと急いだ。
◇
格納庫のある下層部へと続く階段の手前で、ルキアンは思わず立ち止まる。
背筋を震えが走った。その異様な感触が薄れぬまま、廊下の冷たさが徐々につま先から体に染み込んでくるような気がする。
目の前に現れた白いもの。ルキアンは本能的に幽霊を連想する。
それは人だ。
しかし他の人間にはない、刺すようなあやかしの気をまとっている。
「き、君だったのか……。びっくりするじゃないか!」
彼女にこうして驚かされるのは何度目だろう。呆れているのか、恐れているのか、ルキアンは複雑な視線をエルヴィンに向ける。
あるいは興味――かたちの見えない感情。この不思議な美少女に、彼は無意識のうちに関心を持ち始めていた。
階下から吹き上げる生暖かい風。
スカートの裾がふわりと揺れ、限りなく黒に近い繊細な青の髪がそよぐ。
長い髪を頬に張りつかせたまま、エルヴィンは夜の猫さながらに目を大きく見開き、顎を上の方に向けた。
中空に漂う何かの香りを嗅いでいるようにもみえる。
2人の頭上に輝く旧世界の照明灯。
その青みを帯びた光を受け、いっそう白く透き通る彼女の首筋に、ルキアンの鼓動がわけもなく早まった。
戸惑い。さらにそれ以外の何か?
――困ったな。行こう、急がなきゃ。
無視して階段を下りようとする彼に、すれ違いざま、神託の娘はささやく。
「大地を走る疾風(はやて)が扉を開く」
「えっ?」
「あなたには見えないの? とらえることのできないものを狩る者の姿が。風の力を宿した、飛燕の騎士の姿が」
一瞬、歩みを止めたものの、ルキアンはいつものことだと思って通り過ぎた。
それでも構わずエルヴィンは語り続ける。
「強く願えば必ず応えてくれる。あれは、そういうものだから……」
11 襲撃、夜の荒野から飛来する火炎弾!
◇ ◇
ミトーニアを取り巻く分厚い防壁の背後で、市民軍のアルマ・ヴィオが警戒体制をとり続けている。
現在の位置から見えるのは10体弱の汎用型である。市の紋章の描かれた楯を持ち、高価なため軍のエリート部隊以外では滅多に使われていないMgS・ドラグーンまでも装備している。
武器商人はもとより、アルマ・ヴィオの工廠すら存在するミトーニア市のこと、市民軍の機体もおそらく自前で開発したものだろう。オーリウムで最も富裕な街のひとつである同市は、その潤沢な資金にものを言わせ、質・量ともに並みの領主など足元にも及ばぬほどのアルマ・ヴィオを有していた。
上空から見たミトーニア市は、外壁沿いに多くの稜堡や砲台を有し、複雑な多角形が組み合わさった星のような形をしている。オーリウムの有力な自由都市は、多かれ少なかれこの手の縄張りを採用しているのだが。
特にミトーニアの場合、中央平原が古くからたびたび戦場となってきたため、市民たちは過去に幾度となく市壁を拡張し、周囲に堀まで造るという念の入れようだ。
深く水を湛える堀をやや遠巻きにして、ミトーニアの厳重な防衛陣と対峙するのは、エクター・ギルドのアルマ・ヴィオ部隊である。
陸戦型と汎用型が半々程度、合計6、70体が街を包囲している。議会軍でいえば2個大隊前後の軍勢にすぎないが、何しろ繰士の一人一人が手練の傭兵や賞金稼ぎであるため、実質的には数倍の戦力にも匹敵するだろう。
そのうちの1体、鋼色の狼リュコスが、にわかにうなり声をあげた。
それを皮切りにして他のアルマ・ヴィオも異変に気づき始める。とりわけ陸戦型は、野獣を模しているだけあってか、汎用型よりも感覚が鋭敏なのだ。
背後の闇の彼方に向かい、威嚇するように吠えたてる巨大な猛獣たち。
ミトーニアの街は轟音のごとき咆哮に揺さぶられ、緊張に包まれる。
突然、暗い平原から尾を引いて焔の玉が飛来する。
ギルド部隊の頭上に降り注ぐ炎は、地面に落ちた瞬間に辺りに燃え広がり、付近は火の海と化した。
――爆裂弾か!?
――甘い甘い。ギルドのエクターを議会軍と一緒にしてもらっちゃ困るぜ!
すかさず反撃に出る繰士たち。
百戦錬磨の戦士たちだけあって、今の不意打ちにも落ち着いて対処している。ほとんどの機体はMTシールドを張って爆風や炎をかわした。
なおも次々と襲来する炎。
その威力自体はさほどではないが、相手が暗闇の中に潜んでいるのに対し、猛火に照らされて丸見えのギルド部隊は不利だ。
――魔法弾の軌道からして、敵はあのあたりだな!
相手側の位置を巧みに判断し、正確に狙い打つギルドのアルマ・ヴィオ。
荒野の中で爆発が起こり、火の手が上がる。
さらに上空に向けて発射された魔法弾。それは目映い閃光を放ち、敵が隠れていると思われる場所を照らし出す。光の呪文を封じた照明弾だ。
リュコスやティグラーその他、高機動タイプの陸戦型が駆け出す。
同時に汎用型が援護射撃を行い、その進撃を支援する。
ギルド側の見事な反撃が成功するかに見えたそのとき……。
【続く】
※2002年1月~2月に鏡海庵にて初公開
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