鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み!―第42話・後編
【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
14 戦乙女の恐るべき力―強襲、イーヴァ!
レヴァントス。アリジゴクを模したと言われる重アルマ・ヴィオだ。地底を自在に掘り進むことができる能力と、重アルマ・ヴィオ特有のパワー、ギルドの重装汎用型以上に分厚い装甲を持つ。このような局地の防衛戦に向いた機体である。
――レヴァントス? そんな珍しい機体、しかも、複数だと!?
ギルドの繰士は、ここにきて初めて、王国有数の資産を持つナッソス家の軍備に驚愕する。だが、さすがに戦い慣れたエクターたちだった。相手がレヴァントスだと分かってしまえば、いかに強力な敵でも対処の方法はある。
数体の犠牲は出たが、まだまだ――そう思ったとき、側面から新手の敵が攻撃を仕掛けてきたのだ。先程までの戦いの間に忍び寄っていたらしい。しかも部隊全体が、整然と、疾風さながらに迫ってくる。
何かが目の前を横切った。それをギルドの繰士が見たとき、すでに彼の機体をMTレイピアが貫いていた。装甲の隙間を巧みに狙った刹那の突き。こんなことができる繰士は、ナッソス家の中でも、ただ一人しかいない。
再び地上を風が吹き抜けた。そしてまたひとつ、さらにひとつ。
たちまち、ギルドのアルマ・ヴィオの残骸の山が築かれた。
流れる髪にも似た造形。その下の無表情な仮面に、赤く光る二つの目。美しくも鬼気迫る顔つきは、どこか般若をも思わせる。
再びその機体が動いた。いや、一瞬で姿が消えた。ギルド側の重装型に比べ、そのアルマ・ヴィオの全高は一回り低く、幅は華奢とも言えるほど細身だった。だが速い。それは、大男の騎士たちを小柄な少女が楽々と倒していくような光景だ。
――ちょこまかと動きやがって!
魔法合金の実体を光の槍先が覆う強化型のMTランスが、鋭く繰り出される。だが、そのアルマ・ヴィオは槍よりも速かった。
――そんな鈍い攻撃など、この《イーヴァ》に当たりはしない。
凛とした娘の声。
ギルドの繰士の攻撃は、鈍いどころか練達の機装騎士にすら避けがたいほどのスピードを誇っていた。だが、その槍先はすべて見切られている。
――もっとも、当たったところで、イーヴァに傷ひとつ付けることはできないわ。
少女の心の声は、美しいが取り澄ました響きでギルドのエクターに伝わる。
15 待ち受ける四人衆
――おのれ! まさか、ナッソスの《戦乙女》、カセリナ姫……。
MTランスが突き出された。機体をひねってかわすかと思いきや、赤紫と白の美しいアルマ・ヴィオは、正面にそのまま立っていた。
――やったか!?
だが、手応えはなかった。信じ難い眺めが一瞬だけ見えた。MTランスの上にアルマ・ヴィオが爪先で乗っているのだ。次の瞬間、背後に飛び去りつつ、イーヴァは敵の機体を撃破した。
――ギルドの重装歩兵隊の列を寸断します! ケヴィンの隊は私に続きなさい。三の隊形で! そしてドミーの隊は一の隊形で打ち合わせ通りに。続いて、エリオの隊は……。
カセリナは瞬時に状況を読み、適切な配置を指示したかと思うと、先頭に立って突き進む。彼女に付き従う部隊は、陸戦型ティグラーの改良版であるティグラーⅡが中心だ。しかし、俊敏な鋼の猛虎も、イーヴァの速さには遠く及ばない。
――ザックスも私と一緒に来てくれるわね。
彼女は澄んだ冷たい声でつぶやく。
――パリスの仇を、《白銀のアルマ・ヴィオ》は必ず倒しましょう。
ナッソス四人衆に復帰した、あのザックス、シャノンとトビーの父が答える。
――無論です。この命に代えてもお嬢様をお守りいたします。
イーヴァに勝るとも劣らない速さで影が飛んだ。レーイのカヴァリアンとさえ互角の戦いを繰り広げた、黒き疾風の竜《レプトリア》である。
恐るべき二人の敵が、決戦の場についに姿を現した。
しかも、ナッソス家には四人衆のうち二人がまだ残っているのだ。《古き戦の民》の若き勇者ムート、彼の愛機である曲刀の重騎士ギャラハルド。そして四人衆の長レムロス・ディ・ハーデンは、実力も機体も秘めたまま、ナッソス公爵の側で命を待っているのだった。
16 クレヴィスの策
「昆虫型重アルマ・ヴィオ、《レヴァントス》ですか。私も実物を見るのは初めてですよ。しかし、あんな古典的トラップとして使うなどとは、さすがのナッソス公爵もアルマ・ヴィオに関しては素人のようですね」
クレヴィスの眼鏡のレンズが、彼の内心の読みを映し出すかの如く光った。
「極端に足の遅い陸戦型重アルマ・ヴィオは、後々のことまで考えて配置しないと、戦況に取り残されたまま、《死に駒》で終わってしまうものです。それでも戦い慣れていないエクターに対しては、あの圧倒的な存在感だけでもって、恐怖とプレッシャーを与えられるでしょうが……。我々ギルドの精鋭部隊にとっては、陸戦型重アルマ・ヴィオなど、下手に相手にせずに放っておけば大した敵ではありません。それではカル、予定通り、次の段階に移りますか」
クレヴィス副長の言葉に対し、カルダイン艦長は苦笑混じりに答える。おそらく煙草を探しているのだろうか、艦長は懐を片手で探っている。
「頼む。しかし、先日のレプトリアといい、ディノプトラスといい、そして今度はアリジゴクのお出ましか。趣味の悪い博物館のようだ。金持ちのやることというのは分からんな」
クレヴィスは溜息をついたかと思うと、一転、空気を切り裂くような、小さくとも鋭い声でヴェンデイルに指示する。
「では、ヴェン、他の機体は少々見逃しても構いませんから、《イーヴァ》と《レプトリア》を決して見失わないよう、追い続けてください」
「了解。相変わらず、とんでもない速さだな。おまけに雲も出てきたし、正直、追い切れるかどうかは五分ってとこだけど。できないとは言えない状況ってか」
さすがのヴェンデイルでさえ、肩に力が入らざるを得ない。そんな自分に気合いを入れ直すように、彼は頬を両手で軽く叩いた。
艦橋からナッソス城付近の戦場を睨みつつ、クレヴィスは心の中でつぶやく。
――いかなる戦略も、《計算外の災厄》によって一瞬に覆されてしまうことがあります。そして、我々の想像を超える能力を秘めた旧世界のアルマ・ヴィオは、そういった《災厄》の最たるもの……。ちょうど、ミトーニアを手中に収めかかっていたナッソス家の作戦が、ルキアン君とアルフェリオンによって水泡に帰したように」
なおもイーヴァとレプトリアがギルドの戦列を突き崩してゆく様子を、ヴェンデイルが必死に伝えている。それにもかかわらず、クレヴィスの表情には、むしろ先ほどよりも余裕が浮かんでいるようにみえた。
「そういう意味では、狙い通り、相手の切り札の何枚かを現時点で使わせることができました。しかし、こちらの被害も予想より大きい。ナッソス家の戦乙女とレプトリア、さすがに侮れませんね。後は、あてにしていますよ、レーイ・ヴァルハート……」
17 ギルドの後退、追撃するカセリナだが…
クレヴィスの言葉を受け、カルダイン艦長も、地上の部隊に新たな命令を出す。
「よし、先鋒隊に《後退》を指示!」
◇
――敵のアルマ・ヴィオが退却してゆく?
カセリナは状況の変化に気づいた。彼女たちの獅子奮迅の活躍により、ギルドの先鋒隊もひとまず体勢を立て直そうとしているのだろうか。
MTレイピアを構えるイーヴァの目が、赤く光った。
――しかもギルドの戦列の中央部が手薄。いま突撃すれば、敵軍を分断できる。そのまま突破して背後に回り、城の本陣の部隊を出してギルドを挟み撃ちに……。
カセリナの脳裏に鮮明なヴィジョンが浮かんだ。
――この機を逃すわけにはいかない。
ギルドの前衛をなす重装汎用型の群れは、素早い後退ができず、従来よりも密集して盾を構えながら、無様にのろのろと退いている。
――皆の者、一気に追撃する! 狙うは敵陣の中央、私に続け!!
そう言うが早いか、カセリナのイーヴァの姿が砂煙に消えた。配下のアルマ・ヴィオ、ティグラーⅡの群れも彼女を見失うまいと疾駆する。
――お嬢様?
即断すべきでないと進言しようとしたザックスであったが、カセリナの瞬時の判断に、言い出す間を失ってしまったらしい。みるみる最後尾に置き去りになったレプトリアも、一瞬で姿を消し、黒い風となってイーヴァの傍らに飛び去った。
◇
「メイ、バーン、ラピオ・アヴィスとアトレイオス、出撃してください。例の《黒い石柱》を確実に破壊すること。他の敵に目をくれる必要はありません」
クレドールのブリッジでは、クレヴィス副長が矢継ぎ早に指示を告げる。それをセシエルが次々と《念信》で伝え始めた。
「サモンのファノミウルは、ラピオ・アヴィスとアトレイオスを護衛し、アトレイオスの降下を支援。おそらく敵はディノプトラスを防空用に出してくるでしょう。他にもまだ切り札を持っているかもしれません。プレアーの方にも、気をつけてやってください」
18 カセリナの戦いに戸惑うルキアン
◇
ミトーニア上空に停止していたギルド艦隊のうち、飛空艦ラプサーだけが静かに動き始めた。艦橋では、副長のシソーラ・ラ・フェインが、相変わらず艦長よりも大きい態度で仕切っている。
「仮に敵が射程の長い対艦砲を持っているとすれば、そろそろ、その間合いに入ってもおかしくないわね。操舵長、いつでも回避できる態勢をお願い。カインのMgS・ドラグーンが届く距離以上に、不用意に城に近づいちゃだめ。対魔法結界は最強度に展開! しばらく艦砲や対物結界が使いにくくなっても構わないから」
赤毛に金色のリボンを揺らしながら、シソーラは眼鏡の奥でにやりと笑う。彼女は念信士と思われる男の頭をぽんと叩き、タロスなまりの強いオーリウム語で言った。
「カインのハンティング・レクサーを甲板へ。プレアーのフルファーには、出撃のタイミングを任せると伝えて」
一瞬、シソーラはノックス艦長の方を真剣な眼差しで見つめる。そして、彼にも聞こえるようにわざとらしく吹き出した。
「こらこら、そんな顔するんじゃないの、艦長殿! レーイがいなくても、プレアーは一人できちんとやってくれるわよ。信じましょ」
金色のオールバックの頭を抱えながら、ノックスは真面目くさって答える
「いや、その、すまない。あぁ、カインがしっかり守ってくれる。いかにこの距離でも、弾さえ届きさえすれば、あいつは決して的を外さない。大事な妹のことなら、なおさらだろう」
◇
相変わらずルキアンは、クレヴィスの隣で待機していた。こうしている間にも、イーヴァによる甚大な被害を伝える艦橋内の会話が、ルキアンの耳にも立て続けに入ってくる。
自分でも何と表現してよいのか分からない気持ち。戸惑いと、嘆きと、悲しみと、いや、そういった類型的な心情には分類できないような、混沌とした思いが少年の心を埋め尽くしている。
――カセリナが、カセリナが、戦って、い、る……。嘘、でしょ。これは何かの間違いだよね。そんな、カセリナが……。
先日、日頃は穏やかなクレヴィスが鬼神の如く戦う様子を目にしたとき、ルキアンは衝撃を受けた。それとはまた違った意味で、ルキアンは今、カセリナの戦いに驚きを隠せない。
荒れ狂う嵐のように、あるいは猛獣のように、ギルドのアルマ・ヴィオを倒してゆく――いや、敢えて言えば、中に居るエクターも含めて《殺戮》してゆく――カセリナの超越的な強さと無慈悲なまでの戦いぶり。それが本当にあのカセリナによるものであるのかと、ルキアンにはいまだに信じられなかった。否、目の前の現実を知れば知るほど、ますます信じられなくなり、逆にその現実が幻ではないかという思いが強まるだけであった。
19 届かない思い、届かない言葉
――あんなに優しくて愛らしい笑顔だったカセリナが、なぜ?
ルキアンは初めての出逢いを思い起こし、空しく反芻する。
◆
「あ、読まないで! こ、困る……困ります!!」
真っ赤になったルキアンは、こわばっている舌を必死に動かす。
恥じ入る彼を尻目に、カセリナは、ルキアンのか細い文字を辿っている。
愛らしい桜色の唇が、微かに弛んだような気がした。
カセリナはペンを取り出し、同じページに何やら書き付けている。
彼女はルキアンに向かって手帳を差し出した。
生真面目に澄んだ少女の瞳が、今までの清冽さを和らげ、心なしか無邪気に光る。
「はい、どうぞ。それで、あなたのお名前は?」
赤く染まった頬の熱さすら忘れ、彼は返された手帳を見る。
降りそそぐ春の光の中で、
闇に慣れ過ぎた この目をかばいながら、
僕は戸惑い、力無く震えている。
今しがたルキアンが書きかけて、途中で終わっていた詩である。
白紙のままだったはずの続きの部分に、別の筆跡が優美に並んでいた。
それでも僕は、やがて歩き出すよ。
心の底に打ち捨てられていた 翼の欠片を拾い集めて、
優しく抱きしめてあげられる日が、もうすぐ来るから。
◆
ブリッジに漂う張り詰めた空気が、ルキアンを回想から現実に引き戻す。
ルキアンは、呆然と、ただ単純に問うた。
――ねぇ、カセリナ。君は……。
――なぜ君は戦うの?
――なぜ君は人を殺すの? なぜ、君に人が殺せるの?
返事などあるはずはない。
相手に向けられていない、相手を無視した問いかけは、ルキアンを再び妄想の世界に引き込んだ。
「嘘、だよね。君が人なんか殺すわけないよね……」
ルキアンの心が目の前の現実から離れた反面、彼の声は現に口に出された。
その震える声を聞きつけ、クレヴィスが彼を見た。
なおもルキアンは、壊れた玩具のように、緩んだ口元から問いを垂れ流し続けた。
「ねぇ、カセリナ、君じゃないよね。そうだと言ってよ」
黙って見つめていたクレヴィス。なぜか彼の目からは、いつもの笑みが消えている。そして何も言わずに、彼は再び正面に視線を向けるのだった。
「君が人を殺す。そして君も殺されるかもしれない。そんなの、そんなの嘘だよね」
ルキアンの言葉だけが空しく漂う。
次第に問いかけの声も小さくなって、やがて沈黙した。
届かない思い。届かない言葉。
【第43話に続く】
※2008年3月~9月に鏡海庵にて初公開
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