鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み!―第14話・前編
【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
たとえ君が「選ばれし者」ではなかったとしても、
私は君に思いを託し続けるだろう。
その瞳に宿る、同じ光を信じて。
◇ 第14話 ◇
1
ラプルス山脈の春は遅い。世界の至るところで緑が芽吹き、野の花の蕾が開き始めていたとしても、新たな季節の光に満ちあふれた大地の中で、この山々だけが今しばらく雪と氷に閉ざされ続けるのだ。
春はまぼろし、秋はひとときの夢。
過酷なこの地域にあるのは、短い夏と長い冬だけだった。
新たな季節を告げる鳥たちはまだ啼かぬ。
南からの暖かなそよ風も、ぬくもりを日ごとに増す陽の光も、峻険な氷雪の屏風によって遮られてしまう。
山裾に開けたアシュボルの谷も、いまなお白く塗りつぶされたままであった。
一面の銀色の中、冬枯れ、凍てついた黒い木々がまばらに立っている。
全ては沈黙し、生命感は無かった。
だが、そんな灰色の世界の中で、不意に一点の光が輝いたような気がした。
若い命の力。それは、瞬く間に周囲の彩りを取り戻していく。
少年の元気な声が、冷たい空気を伝って谷間にこだまする。
「おーい、レッケ! 待ってくれよーっ!!」
柔らかな雪原を蹴って走る足音。それに続いて、何かが滑る音。
快活そうな赤毛の少年が、ソリを力一杯押しながら駆け抜ける。
そうやって勢いをつけたかと思うと、彼は簡素な木のソリに飛び乗った。
「よぉーし、追いついたぞ。家まで競走だ!」
急な斜面が目の前に広がる。多少の凹凸などものともせず、少年は巧みに滑り降りていく。彼は手綱でバランスを取りながら、荒馬を乗りこなす騎手顔負けの芸当を見せる。ソリを自分の思うままに操ることなど、この地方で育った男の子にとってはごく簡単なのだ。
彼の髪型は、どこかヤマアラシを思わせる。向かい風でますます跳ね上がった前髪の下、雪の照り返しを受けて輝くものがあった。
それは、金属やビーズ玉を糸でつなげて作った装身具である。額の真ん中にあたる部分には、真っ赤な玉石がはめ込まれている。厳しくも美しい自然の中で独特の文化を発達させてきたラプルスの民が、自分たちの部族の誇りとして身につけている品だ。
風のように滑るソリの隣で、1匹の獣がそれにも劣らぬ速さで走っている。
大きさも見かけもどことなく狼に似ているが、その動きはむしろ猫科の猛獣に近い。しかも額から角が真っ直ぐに生えている。背中の方の毛色は暗い金色だが、腹側の毛はちょうど周囲の雪のごとく白かった。
「相変わらず速いな、レッケ! でも今日はオレも負けないぞ。それっ!!」
少年はその不思議な生き物に向かって手を振った。大口を開けて、屈託なく笑う彼。そのたびに白い歯が光る。
少年の遊び相手をしているのは《カールフ》という生き物だ。それは単なる獣ではなく、寒冷な山岳地帯で比較的よく見かけられる《魔物》なのである。要するに、元々この世界の生態系に属する動物ではなく、夢影界パラミシオンからさまよい出てきた《モンスター》なのだ。
だが性格は従順で、幼獣の頃から飼い慣らせば、犬と同様に人間の良き友とすることができる。それが可能であるということは、少年と無邪気に遊んでいるこのカールフの姿によって、見事に証明されている。
彼らがものすごい速さで丘を越え、平原を走り抜けていくと、やがて小さな村が見え始めた。丸太を組んで作られている素朴な壁が、村の周囲を丸く囲んでいる。その中で身を寄せ合う家々。傾斜のきつい煉瓦屋根と、様々な絵が描かれた白壁が、どの建物にも共通する特徴だった。
2
「母ちゃん、帰ったぜ!」
少年は、息せき切って家に駆け込んだ。後ろから例のカールフ、レッケも付いてくる。村はずれに近い、どこか玩具の箱庭のような可愛らしい住居である。
玄関を開けてすぐのところに、キッチンを兼ねた居間があった。
こぢんまりした部屋の端で、赤々と燃える暖炉。
「腹減ったよー。朝飯まだ?」
少年は手袋を放り投げ、毛皮の襟が付いたコートを床に脱ぎ捨てた。玄関には、彼のブーツが左右ともバラバラの形で転がっている。
「痛ててっ!」
少年はいきなり頬をつねられた。
いつの間に現れたのか、前掛けをした女が横目で彼をにらんでいる。
彼女は少年の背中を押し、ひとまず目の前のテーブルに着かせた。
「こら。行儀が悪いぞ! 何ですか、その脱ぎっぱなしの服と手袋は……」
おそらく30代半ばだろう。家事に追われる所帯じみた母親という雰囲気だが、よくよく見ると、ちょっとした美人だった。年齢のわりに落ち着きがある一方で、同年代の女性に比べて少しやつれているようにも感じられる。
気の強そうな顔つきとは裏腹に、その目には優しい笑みが浮かんでいた。
「アレス!! あんた……朝っぱらから遊び回ってないで、たまにはご飯の手伝いでもしてよ!」
「やなこった。オレだって、昼間はちゃんと羊たちの面倒見てんだぜー。じゃ、いっただきまぁーす!」
話半分で、一目散にパンを頬張り始めた少年。
母親は溜息をつくと、白い陶製のボウルを床に置いた。その中には、何かの動物のすじ肉や臓物らしき物が入っている。
「ほら、レッケ、あんたも早く食べなさい。後でミルクも持ってきてやるから」
彼女に促されて、カールフも朝の食事を取り始めた。
鋭い牙を持っているにもかかわらず、餌の肉塊を引き裂くというよりは、ほとんど丸飲みにする。犬や猫とは比べものにならぬ豪快な食べっぷりは、まさに猛獣のそれだった。
この2人と1匹が、質素な山の家の住人すべてである。
羊飼いの少年アレス・ロシュトラムと、母親のヒルダ。
少年は数日前に16歳になったばかり。その日を共に祝ってくれるはずの父親は、とうの昔にこの世にはいなかった。
アレスの赤い髪の色は母親譲りだが、母の巻き毛とは異なる真っ直ぐな髪質は、今は亡き父から受け継いだものである。
自分も父のように立派なエクターになりたい、そしてお金を沢山稼いで母に楽をさせてやりたい――それがアレスの願いであり、夢であった。
◇ ◇
同じ頃、ラプルス山脈の地中深くでも、別のドラマが繰り広げられていた。パラス・テンプルナイツの1人、魔道騎士セレナ・ディ・ゾナンブルームは、旧世界の遺跡へと続く入口をついに探し当て、あとわずかで《大地の巨人》と対面できるところにまで近づいたのだ。
千尋の谷底、光の届かぬ闇を走る激流。それを上流へと辿っていくと、明らかに人工的に作られたと思われる地下水路に遭遇する。さらに進むと、その流れの源に広大な洞窟が広がっていた。地底の国と形容してもおかしくないような、果て無き暗黒の空間。古文書に書かれた《静寂の広間》とは、これのことらしい。
この大ホールを起点として、上下左右に立体的に広がり、無数の枝洞を持つ鍾乳洞。その闇の迷宮の中で、遺跡へと続くわずか1本の通路を発見することは、通常ならば途方もない時間を必要とする。
だがセレナたちは、旧世界の極秘文書を事前に入手していた。そこに記されている暗号めいた手引きに従って、彼女らはついに遺跡への通路を見出したのである。
その秘密の文書において、《鷹の巣》と表現されている場所がここだった。百メートル以上の高さを誇る天然の地下聖堂――急傾斜の崖に沿って、漆黒の空間を上昇していくと、バルコニー状に突き出した岩棚に到達する。
ここまでは、アルマ・ヴィオに乗ったまま来ることができた。だがこの先は、自らの足で進まねばならない。
3
まさしく怪鳥の巣さながらに、不自然に突き出した岩棚の上。
シルバー・レクサーを降りた近衛機装騎士たちが8名、ある者はランプをかざし、ある者は銃を構えて周囲の様子をうかがっている。
赤の軍服に白いズボン、その上にいささか時代錯誤な銀色の肩当てと胸甲、そして王家の機装騎士の地位を示す黒のケープ。宮廷に直属する精鋭のエクターたちである。
「こ、これは?!」
機装騎士が緊張した声で告げる。
背後の壁面は、むき出しの岩肌ではなく、未知の金属で全て覆い尽くされていたのだ。ランプを向けると、銀色の鈍い光が反射してきた。そこには垂直に切り立った鋼の崖が……。
息を飲む部下たちの背後から、セレナが姿を現した。
最強の機装騎士団に相応しく、凛々しい衣装である。彼女の乗るエルムス・アルビオレの外装と同様に、白地に金の縁取りの付いた胸当て。腰には黄金づくりの鞘も鮮やかなサーベル。脚にぴったりと密着したブリーチズの上に、足首まである紺色の前垂れを付けている。
パラス騎士団の1人と言えば、逞しいアマゾネスのような女性が思い浮かぶかもしれないが、実際の彼女は違っていた。意外に小柄、顔つきは清楚でいて、見る者に女を強く意識させる容姿の持ち主である。
「これこそ、遺跡への入口です。間違いありません……」
彼女がそう言って金属の壁に近づいていこうとしたとき、機装騎士の誰かがまた声を上げた。
「セレナ様、扉がありました! こちらをご覧ください」
何の隠しだてもなく、あっけないほど真正面に扉が待ちかまえていた。ただし、それは極めて頑強で、容易には開きそうもない。
静かに頷いたセレナ。落ち着いた足どりに応じて、肩口ほどの長さの金髪が揺れ、左右の耳のイヤリングが青く光った。
鼻筋のひときわ美しい横顔。固く結ばれたその口元は、彼女の尋常ならぬ意志の強さを想わせる。繊細な睫毛で飾られた目は、人並み以上に大きいだけではなく、射るように鋭い眼光をも備えていた。その瞳は見るからに知性的であり、生真面目で、しかし冷たく寂しげでもあった。
行く手をはばむ扉は、おそらく現世界の人々の想像をはるかに越える材質で作られている。賢明にもセレナは、目の前の障害を力ずくで突破しようとは考えていないようだ。
ごく平静な動作で、セレナは周囲の様子を細かく観察している。その態度から考えて、彼女は何らかの策を事前に用意してきたらしい。
しばらく思案していた彼女は、やがてごく小さく、微かに首を縦に振った。
それを目ざとく見て取った部下が、彼女の前に進み出る。
「セレナ様、まず我々がトラップの調査を……」
彼女はそれに同意する。無言のまま、マントを翻した。そこにはパラス騎士団の紋章である猛々しい竜が描かれている。黒きドラゴンが上体を持ち上げ、翼を誇示し、今まさに炎を吐こうとしている姿が。
4
5、6名の機装騎士たちが、それぞれ持ち場を分担しながら、慎重に罠や隠し扉などの有無を検査していく。何しろここは旧世界の極秘施設である。どんな仕掛けが備えられているやら、分かったものではない。
それでも幸い危険らしい危険は見あたらず、騎士たちは着実に扉に近づくことができた。が、手が届きそうなところまで歩み寄ったとき、不意に目の前に四角い明かりが浮かび上がる。
扉の脇に埋め込まれた約30センチ四方のパネルが、白く点灯したのだ。
「セレナ様?!」
「心配はありません。私に代わってください……」
驚く機装騎士たちの横を通り越し、セレナはパネルに手を伸ばした。
彼女の指がそっと画面に近づいていく。
闇の中で輝くモニタの中には、20数個の文字が並んでいる。それらは、いわば《古典語》を構成するアルファベットである。
そのうちの1文字に、セレナの人差し指が触れる。
静まり返った闇の中で、突然、ピッという短い電子音がした。
何が起こったのかと、機装騎士たちは思わず彼女に駆け寄ろうとする。
「静かに。心配はないと言っているでしょう」
万事お見通しだという表情で、彼女は他の文字にもタッチしていく。
《パスワードを入力せよ》
画面の中心にそう書かれていた。この扉は、どうやら旧世界の《言葉の鍵》によってロックされているらしい。
セレナが押した文字のひとつひとつも、順に画面に表示されている。入力された文字列は、最終的に次の言葉を形づくった。
《ホシノナミダ》
小さく一息吸い込んだあと、セレナはパネルに書かれた《送信》という文字に触れる。
数秒後――新たな文章が画面に表示された。
《認証完了》
続いて、以下のメッセージが現れる。
ようこそ、未来の地上人よ。わが子ら、遠き時の彼方の友よ。
我らの救世主――パルサス・オメガ――を汝らに託す。
再び世に災いを為す者あらば、その大いなる力をもって……。
ランプのほのかな燈火の中で、世界の行く末すら左右しかねない場面が到来した。あまりにも静かに、あっけないほどに。
その決定的な瞬間を迎え、セレナの胸の内は、およそ形容しがたいほど高揚しているに違いない。
だが表面的には平静を装い、彼女は意味ありげにつぶやく。
「《パルサス・オメガ》……伝説に記された《大地の巨人》。かつて《地上人》たちに勝利をもたらした、究極の……」
ほぼ同時に、分厚い特殊金属の扉が音もなく左右に開いた。
5
◇ ◇
「ルキアンっ!!」
目のまわりを赤く腫らして、メルカは思いきり飛びついた。
艦内の各層に設けられた小さなラウンジ――ここも、そのひとつである。格納庫に向かう廊下の途中に位置し、その場所柄のせいか、普段はエクターたちの溜まり場になっていることが多い。
今、室内にいるのはルキアンとメルカ、メイの3人だけだった。
途中まで一緒に来ていたベルセアとサモンは……気を利かせたのか、あるいは居づらくなったのか、それとなく立ち去った。
「ご……ごめん、本当にごめん、メルカちゃん」
とても言いにくそうに、ルキアンは言葉を途切れ途切れに語った。
「僕、ウソを付いてしまった。メルカちゃんを、だましてしまった……」
無言のまま、彼の胸に顔をすり寄せるメルカ。
ルキアンは彼女をこわごわ抱きしめ、申し訳なさと自己嫌悪とで心を一杯にしていた。
本当はどんな言葉さえも、2人の信頼関係をすぐには修復し得ないだろう。それを知るルキアンは、もう一度メルカに会うことを恐れてすらいたのだ。
自分を見捨てたルキアンに、メルカはどんな気持ちで相対しているのか。
意外にも、メルカは以前のように泣き叫んだりわめいたりせず、じっとルキアンに体を寄せていた。
《ことば》の無力さを知ったルキアン。文句も言わず、しかし謝っても許してくれないメルカを、彼はどうすることもできなかった。
2人の様子を見ていられなくなったメイが、仕方なさげに口を開く。
「そ、そうだ……メルカちゃん、お腹が空いたでしょ? 可哀想に、昨日の晩から何も食べてないなんて。お姉さんと一緒に、台所に何か食べに行かない?」
ふとメルカが顔を上げた。涙に濡れた、表情のない目で、彼女はメイをじっと見つめる。
その眼差しに答える言葉は、メイにも思いつかなかった。
「あ、あはは。メイお姉さんですよぉ~。さぁ、美味しいお菓子でも食べに行こうよ。ね、行こ、行こっ! えへ、えへへへへ」
懸命に笑みを浮かべ、彼女はおどけてみせている。無駄だと知りつつも。
「お菓子……」
メルカがぽつりと言った。
――メルカ、お菓子が焼けたから食べておいで。
姉のソーナが、彼女と離ればなれになる前、最後に語った言葉だ。
「ソーナお姉ちゃん……」
少女は崩れ落ちるようにして、ルキアンの腕から離れた。
しばらく固まったまま、メルカを抱きしめる姿勢をとり続けたルキアン。その様子はあまりに滑稽で――滑稽すぎて、メイは胸を痛めた。
床にぺたんと座り込んだメルカは、肌身離さず持っていた熊のぬいぐるみを、そっと自分の頬に当てる。
6
「メルカちゃん、さぁ、行こ。ねっ、ねっ?」
メイはメルカの手を取った。
力の抜けた冷たい指先。子供に特有の《体温》は感じられない。
「あ、あの……」
何か言いかけたルキアンに向かって、メイは人差し指をぴんと立てた。そして、心持ち気まずそうな表情を浮かべながらも、片目を閉じて見せる。
メイに手を引かれ、とぼとぼと歩いていくメルカ。
その虚ろな背中を正視することは、ルキアンにはできなかった。
2人が居なくなった後、彼は頭を押さえて部屋の隅にうずくまる。
こうしていると、思ったよりも周囲が狭く感じられた。
冷たい壁に額を当ててみる。
本当は、この壁に眉間をぶつけてみたい衝動に駆られていた。
しかし、今はそっと。そのまま目を閉じる。
――分かってる、分かってるって……。
ルキアンは繰り返す。
――僕は決断したんだから。自分で決めたんだから。
彼は膝を抱え、いっそう深くうなだれるのだった。
その心は次第に暗闇の中へと落ちていく。
◇ ◇
「遠き世の末裔たちよ。解放戦争の真実を伝えよう……」
落ち着いた初老の男の声。だがそれは人の口から発せられたものではなく、生命のない鉄の塊から流れる合成音だった。
「かつてこの大地は、あの大いなる災い、《永遠の青い夜》の中で……死の世界に変わりつつあった。滅びを恐れた人類は、選ばれし人々を天空植民市群に送った。この《アーク》の民を始祖とするのが、《天空人(てんくうびと)》である。他方、地上に残され、死の闇の中でこの世界を再び蘇らせたのが、我ら《地上人(ちじょうじん)》の誇り高き祖先たちだった」
セレナと近衛機装隊の騎士たちが、固唾を呑んで見守っている。
地下遺跡の広間のひとつ、《光の筒》のほのかな灯りの下で、彼らは壁いっぱいに広がる大型スクリーンの前に立っていた。
突然、《動く写真》が視界を埋め尽くす。
「こ、これは?!」
絶句したセレナ。旧世界に動く絵があったということは、もちろん彼女も知っている。彼女を驚かせたのは、画面の中で起こっている出来事だったのだ。
無数の光の柱が大地を貫く。
暗雲立ちこめる空を突き破り、閃光が雨のごとく降り注いでいる。
豆粒のような影が集まっているのは、おそらく都市だ。
それは一瞬にして紅蓮の波に舐め尽くされ、焦土と化す。
まばゆい輝きが走るたびに、自然の地形すらも歪められていく。
山々の美しい稜線はたちまち削ぎ落とされ、いびつな虫食いの岩壁に姿を変えた。木々は燃え、火の海となった森はやがて灰と燃えかすだけを残す。
緑の平原にも次々と黒い穴が開き、無惨な焦げ色の荒れ地が広がっていく。
全てを焼き尽くしながら天と地を刺し通す光は、なおもとどまるところを知らない。
《終末》――セレナの頭に浮かんだのは、その2文字だった。
こんなことができるのは神しかいない。荒れ狂う天のいかずちを前にして、人の微弱な力では、ただ恐れおののいて悔い改めることしかできない。しかし神がこんな惨いことをするはずがあろうか? 自らお作りになったこの世界を、愛すべき幾多の命の光を……。
彼女がそう思ったとき、機械の声が謎を明かし始めた。
「天空人はその圧倒的技術力をもって、我々地上人を苦しめた。衛星軌道上からのレーザーが大地に降り注ぎ、首都はもとより小さな村々に至るまで、地上人の手によって築き上げられたものは悉く白紙に戻されていった。いや、我らの母なる世界全てを、天空人は否定しようとした。《アーク》の民である彼ら自身の、かつての故郷でもあるこの地上を……」
7
ゆっくりと、極めて几帳面に発音される古典語。ちなみにこの言語は、一般的には《文語》であると理解されている。神官や学者、あるいは魔道士以外には、古典語を《話し言葉》として使っていた者は、旧世界にはあまりいなかったらしいが。
天空人によって破壊し尽くされようとしている地上。その様子が、無機質に、あるいは冷徹にすら解説されていく。
「この雲霞のような……馬鹿な、アルマ・ヴィオか? 一体何機いるんだ?!」
セレナの後ろで見ていた青い髪の機装騎士が、声をうわずらせる。
羽虫の大群さながらに、空を埋め尽くす黒点。
乱舞する鋼の怪鳥たち。黒光りする竜が雲間で体をくねらせ、炎を吐く。分厚い装甲板をまとった奇怪な昆虫が、地表に殺到する。その全てがアルマ・ヴィオだ。
人型であるにもかかわらず、目にも留まらぬ速さで飛行しているのは、アルマ・マキーナに違いない。その体から砲弾のようなものが何発も発射され、あたかも自らの《眼》で見ているかのごとく、それぞれ別個の目標に向かって飛んでいく。旧世界の機械の騎士は、手にした銃から青白い光を放ち、街に並ぶ《塔》を焼き尽くす。
上空に列を連ねる巨大な物体。ありとあらゆる姿の《船》が翼を羽ばたかせる。鳥、魚、蛇、虫、そして宙を行く帆船、空飛ぶ円盤――それらはみな飛空艦であろう。こちらも途方もない数に及ぶ。
太陽の光を遮り、何かが大地に影を投げかける。黒い影が付近一帯を覆っていく。空の青が見えなくなった。天空に浮かぶ岩山……まさに《山》の上に、壮麗な城郭が築かれている。それが幾つも飛んでいるのだ。信じられないことに! 浮遊城塞である。小さなものでも、その直径は軽く数キロ、遠くに見えるさらに大きな要塞の場合、10数キロを越えている。
「地上界に降下した天空軍は、我々の兵力で太刀打ちできるものではなかった。同胞たちの勇敢な戦いも空しく、地上人は一方的に追いつめられていった」
その絶望的な言葉の後、画面が暗転する。
【続く】
※2000年11月~12月に鏡海庵にて初公開
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