ちょっと変わった司法書士の毎日

ちょっと変わった司法書士・小牧美江と申します。

意見の違う人が生きることを認めない発想

2012-03-16 12:03:59 | 「教育」を守る
毎日、毎日、どこまで人権侵害がすすむのだろうと、恐怖で心が凍り付く思いがする、そんな大阪に居るこまきです。今、発言しておかないと、行動しておかないと、とりかえしがつかないことになると、そういう思いでいっぱいです。

ウェブの情報を見てまたまたびっくり。大阪維新の会は、意見の違う人が生きることすら否定してかかっているようです。

===以下、朝日新聞ウェブサイトの3月13日付記事より

大阪府立学校の卒業式で、府教育長らの職務命令に反して君が代を起立斉唱せず戒告処分を受けた17人の教員について、大阪維新の会の中野隆司府議は12日の府議会で、定年退職前の教員らが多かったことに触れて「そろばんはじいて退職金に影響ないんかという程度の信念」「本当に信念ある人間なら自決するぐらいの覚悟があるでしょ」などと発言した。

中野府議はキャリア約20年の元公立中学校教諭。戒告処分が退職金に影響せず、60歳以上が約半数(8人)だった点を指摘し、「ダライ・ラマさんがおられるチベットで中国が侵攻したときに何人の僧侶が自決したか」「年齢構成をみると、いかに信念のない人間の集まりであるかということがよくわかります」と主張。「(不起立は)即座に解雇というぐらいの強い態度を示すべきだ。議論を会派に持ち帰り、検討を加えたい」と述べた。

===引用おわり

全国で「自死」を無くしていこうと、様々な取り組みがされている中、意見が違うなら自決してみせろといわんばかりの発言。見方によっては、君が代を起立・斉唱するか自決するかを選べと主張しているとも見えます。大阪では、大阪維新の会の意見に反論するには、生命をかけないと認められないようです。

江戸時代に逆戻りしたような雰囲気です。普通の人なら恐くてものが言えなくなりますよね。

君が代の起立・斉唱をするかしないかは、思想及び良心の自由(日本国憲法19条)に関わるもの、人によっては信教の自由(日本国憲法20条)に関わる問題でもあり、さらに人の生命については、日本国憲法13条で「すべて国民は、個人として尊重される」として明記されています。

これらの基本的人権の規定を含めて、「公務員」は、日本国憲法を尊重し擁護する義務を負うと、日本国憲法99条は明記しています。

府議会議員も公務員。日本国憲法を尊重し、基本的人権を侵害してはならないのは当然のことです。
どうしてこの最も基本的なルール=日本国憲法99条を守ることができないのでしょうか。

君が代の起立・斉唱をしたくない人が、したい人の自由を妨害することは公共の福祉に反しますから認められませんが、起立・斉唱をしたい人の自由を妨害せず、黙って静かに座っていたり、起立して静かにしていることは、何ら他人の権利には影響しないことです。

入学式も卒業式も、こどもたちが、様々なことをその学校で学び、自分の頭で物事を考え、他人から強制されたものではなく自分としての意見をもてるように、学び、成長し、巣立っていくことを祝う場です。そういうこどもたちのための式典が、教職員の忠誠度チェックの踏み絵の場に置き換えられてしまうことが残念でなりません。

卒業式の歌・・・といえば

2012-03-14 00:05:25 | 「教育」を守る
卒業式で歌うか歌わないか、起立するかしないか・・・といえば思い出したことがあります。

私は、自分が卒業した高等学校の卒業式で「仰げば尊し」を歌いませんでした。隣の席にいた友人は私の態度にびっくりしてましたけど。

実は、このときの卒業式で、卒業生答辞を誰がやるかということで、どういう経緯だったかはちょっとうろ覚えなのですが、10クラスあった各クラスに持ち帰っての協議があって、うちのクラスの男子生徒が「立候補」をして、彼が答辞を述べるということに決まって準備をすすめていた、という経緯がありました。ところが、直前になって、彼ではだめだ、別のクラスの男子生徒にすることに職員会議で決まったと、そういうお達しがあって。反論の機会もなにもなく、決定事項として私たちにただ伝達されたのです。

うちの学校は、自治の精神を重んじるということが学校の指針でもあったのに、生徒が自主的に決めたことを学校が勝手に覆すのか。どうして立候補をした彼の思いや未知の力を信じてやれなかったのか。あのときの私は「カンカン」に怒ってました。本当に怒りに満ちて卒業式に臨むことになってしまいました。

そして、この学校の先生たちを「仰げば尊し」とは絶対に言えないと思い定め、私は卒業式では起立はしましたが、口をぎゅっと結んで歌いませんでした。

私は歌うのが好きで、いろいろな行事で校歌を歌うときも、音楽の授業で歌うときも、クラスでは一番大きな声で歌う生徒の一人だったので、その私から少しも「声」が聞こえないわけですから、隣の席の友人は本当にかなりびっくりしたと思います。

あのときの私は、卒業式を私なりの精一杯の抗議の場と位置づけて参加していました。
でも、他の参加者がどういう思いで参加し、「仰げば尊し」を歌うかどうかということにまで踏み込むつもりはありませんでした。みんなを煽ったり、同調者を求めたりということではなく、行事をぶちこわすということでもなく、でも、精一杯の私なりの意思表示としての行動でした。

たぶん、そういうささやかな抵抗も、これからの大阪府では許されないことになりそうで、そら恐ろしい感じが増幅されているようにも思います。

ちょっとそんなことを思い出しました。

口の動きまでチェックする異常

2012-03-13 23:41:12 | 「教育」を守る
今日のメディアの報道を見てびっくり。

大阪の府立高校の1つ=橋下元知事の友人の弁護士が民間人校長として赴任していることで有名な学校ですが=で、卒業式の君が代斉唱の際、学校(つまり校長)が、教職員の起立・不起立の事実だけでなく、実際に歌っているかどうかを口の動きでチェックして、「歌っていないように見えた」教職員に対し、式典終了後に事実確認をして「自白」を得て歌わなかったと認定し、府教委の処分検討対象とされた。

ということなのだそうです。

同校校長は、府教育委員会からの職務命令・指示を順守したと説明し、橋下大阪市長は記者団に「起立斉唱の職務命令が出ているのだから、口元を見るのは当たり前で素晴らしいマネジメント」と述べたのだそうです。

・・・府立高校の問題で、なぜ大阪市長にコメントを求めて報道するのか、元知事だからなのか校長の友人だからなのか、大阪維新の会の代表に質問しているのか、そこらあたりの説明をせずに常にこの人のコメントを掲載する各メディアの報道姿勢はよく分からないですが・・・という話は置いておくとしても。

気味が悪くありませんか。

君が代の起立・斉唱にいろいろな考え方や意見の違いがあるのはよく理解しています。私は、この歌が先の戦争の遂行に利用されたという歴史的な経緯・背景を考え、またこの歌が天皇(皇室)の繁栄をたたえる歌であるという特別な意味をもった歌であることを考え合わせると、どうしても歌いたくないという立場にいる一人です。起立するかしないかということについては大いに悩むところで、どうしようかと迷ったあげく、いろいろなプレッシャーを感じて悩むよりも別の祝い方をしようと考えて、数年前の娘の高等学校の卒業式には出席しませんでした。娘にもそう説明して・・・ちゃんと聴いていたかどうかは分かりませんが。

親としてもそれだけ葛藤しているところに、教師のみなさんたちの葛藤はいかばかりか。

・・・と胸をいためていたら、口の形までっ!

この報道を見て、真っ先に頭に浮かんだのが北朝鮮の映像報道があると必ず映し出される軍隊の一糸乱れぬ行進風景。

行き着く先は、こんな風に、君が代を歌えと命令したら一糸乱れず全員が同じ大きさに口をあけて同じ姿勢で一斉に歌う、そういうことを目指しているんでしょうか。

それって、気持ちが悪くないですか。

アメリカの教育の現状レポートから学ぶ

2012-02-28 23:55:46 | 「教育」を守る
今日は、私の所属しているワーキング・ウィメンズ・ネットワーク(WWN)主催で、「働く女性の教養講座:アメリカ・レポ=教育基本条例のゆくえ」という学習会があり、参加してきました。

レポーターは、地元大阪のローカル局・毎日放送(MBS)の記者さん。
ブッシュ政権下の2002年に始まり、オバマ政権下でその運用が強化されている「落ちこぼれゼロ法」(NCLB法)によって、アメリカの教育がどう変わったのか、ワシントンとニューヨークに取材に行かれた方です。

この取材報告は、MBSの「VOICE」という番組で、2月16日と17日の2日間に渡って特集として放送されたので、ご覧になった方も多いかと思います。

VOISEのサイトで、放送内容の概要が公開されています。
16日はこちらから。 17日はこちらから

こまきは、出張と重なってしまいましたので録画で見ましたが、大阪で維新の会や橋下氏・松井氏らが制定しようとしている教育基本条例と同様の教育改革が、すでにアメリカでは負の結果をもたらし、失敗が明らかになってきているといったことが、丁寧に取材され、放送されていました。

今日の勉強会では、放送では流されなかった詳しい取材報告を聴くことができ、また、参加された大学の先生からさらに詳しい事情やシカゴの教育の状況を聴かせていただくこともできました。

小さい会場は満員で立ち見が出るほどの盛況で、男性の参加者も多数。この問題に感心・不安をいだいている人の多さを感じました。

記者さんの取材報告や、その後の議論の中で再確認したことは、

・「競争をうながすことで教育を良くし、悪い先生をクビにする」という市民向けメッセージとは反対に、実際の目的は学校や教員のリストラ、組合の弱体化、公教育の縮小・再編と民営化(チャータースクール化)にあったようで、事実そのように教員解雇や学校の閉鎖・チャータースクール化が進められたこと。それと同じことは、大阪で条例が通ったときにも起こるだろうということ。

・同様の改革は、1988年から始まったイギリスでも、後発のアメリカでも失敗が明らかになり廃止・撤回を求める動きが進んできていること。同じ過ちを大阪が繰り返そうとしていること。

・大阪維新の会の「教育基本条例」が、「教育行政基本条例」「府立学校条例」「職員基本条例」に姿を変え、一見マイルド感があっても、基本の柱は変わっていない。注意して見ていかなければならない部分がたくさんあるということ。

などなど。すごく参考になりました。

大阪の職員・教育3条例案とマスメディア

2012-02-25 11:15:52 | 「教育」を守る
昨年9月に大阪維新の会が提案した職員基本条例案と教育基本条例案(旧維新2条例案)が形を変え、知事提案による職員基本条例案、教育行政基本条例案、府立学校条例案(新3条例案)として大阪府議会に提案がされました。

提案前日の2月22日、大阪では条例案に反対する府民集会が開催されました。会場の中央公会堂は超満員。主催者が準備していた2000部の資料が早々に無くなり、入館できなかった人もあふれるほどの府民が集まりました。新3条例案を廃案にし、大阪市の職員思想アンケートをはじめとする人権侵害・憲法違反が日常茶飯事状態化している大阪の現状を打開しようと願う府民の思いを改めて確認することができました。
しんぶん赤旗の報道は、こちらから

ところが、当日、翌日のウェブのニュース報道見出しを見てびっくり。
大新聞が、大阪の新3条例案の府議会提案の記事につけた見出しが

「〜条例案可決へ」。

この府民集会のことも、ほとんど報道がされませんでした。

多くの府民が心配し、不安の声をあげていること。
新3条例案に形を変えてもまだ、教育基本法、地方教育行政の組織及び運営に関する法律などの法律の規定に抵触する条例案であること。
思想信条の自由、言論の自由、通信の秘密など、マスメディアが最も重要な人権であると位置づけてきていたはずの人権侵害が、職員思想アンケートやメールデータの無断収集などといった形で横行していることと、新3条例案の制定とがセットになっていること。
新3条例案が、本来その原案策定が任務ではないはずの府市統合本部で検討されたこと。
そもそも、新3条例案(旧維新2条例案も)が制定されなければ、大阪の教育は良くならないのか、大阪の教育のどこが悪く、その現状が良くなるとはどういう状態なのか、そのために、現在の各種の法律や制度の運用やその改善では同様の効果が得られないのか、といった問題についての検討が行われたのか。

などなど、本来、マスメディアが報道すべきこと、追及すべきことがたくさんあるはずなのに、どんなに問題だらけの原案でも、提出されたら「〜可決へ」なのですか。

大阪府・市ダブル選挙以降(もしかしたら、そのもっと前からも)、マスメディアの報道姿勢(というよりは、報道「しない」姿勢)には、多くの疑問を感じています。これまで、マスメディアは、憲法違反の主張をする首長や議員、人権侵害を行う首長や議員、法令や通達違反をする首長や議員を、厳しく追及してきたのではなかったのでしょうか。

・・・ということで、真実を知るためには、信頼できる一次情報を集め、自分でその情報を分析・検討し、自分で意見発信をしていかなければならないのだなと、最近のこまきはある意味「達観」してしまっています。

この「達観」した人の数がどれだけ増えていくかによって、マスメディアの姿勢を改め、憲法違反をものともしない違法・無法な政治家を退場させることができるのか、それともナチスやヒトラーユーゲントの力で台頭したファシズムを日本に出現させることを防ぐことができないのか、これからの日本の進む道が定まってくるような気がしてなりません。