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日航123便の管制に携わった管制官、沈黙破る

2010-08-12 12:59:59 | 事件・事故
2010年8月12日(木)

 日本航空123便が御巣鷹山に墜落し、520人の犠牲者とその家族や知人の不幸を起こした事故から25年。

 今年も慰霊祭と慰霊登山が行われています。

 事故機を最後の瞬間まで生還させようと誘導した管制官がその思いを吐露したと言います。

墜落前の悲鳴「今も耳に」 日航機の管制官、沈黙破る(朝日新聞) - goo ニュース       朝日新聞 2010年8月10日(火)16:48

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「気が緩めば25年前に」=事故知る世代、若手に伝承-日航整備士・ジャンボ機墜落(時事通信) - goo ニュース

日航機墜落25年 深い悲しみ次世代へ(産経新聞) - goo ニュース

墜落前の悲鳴「今も耳に」
 日航機の管制官、沈黙破る
 

      朝日新聞 2010年8月10日(火)16:48
「夏になると当時に引き戻されるんですよ。(日本航空のジャンボ機の)墜落直前にヘッドホンを通じて耳に届いた、パイロットの『ああっ』という悲鳴のような声が忘れられない」

 西日本のある空港で、男性(54)は言葉を選び、語り出した。

 25年前の夏。東京航空交通管制部(埼玉県所沢市)の管制官として、上空の航空機と交信していた。8月12日も普段と変わらない一日だった。

 当時29歳。管制官になって8年目だった。先輩管制官らと「関東南セクター」という空域を担当する勤務に夕方からつき、管制卓に着席した。羽田への到着便が増える時間帯。「そろそろ忙しくなるぞ」と思った矢先だった。

■午後6時24分47秒

 「ブーッ」。管制室内にブザー音が鳴り響く。レーダー画面の日航123便の機影に、緊急事態(エマージェンシー)を示す「EMG」の文字が点滅し始めた。乗客と乗員計524人。午後6時12分に羽田空港を離陸し、大阪(伊丹)空港に向かっているボーイング747型機だった。部屋の隅から、上司が近づいてきた。

■同25分21秒

 「日航123便、トラブル発生。羽田への帰還を求める。2万2千フィート(高度約6700メートル)に降下したい」。機長の声が英語でヘッドホンから流れてきた。

 「了解」。そう答えながら「おかしいな」と感じた。エンジン出力が低下した、客室内の気圧が下がったなどと、普段ならトラブルの中身を伝えてくるはずだが、機長は何も言わない。

 心が騒いだ――。

     ◇

 東京航空交通管制部に「羽田へ戻りたい」と告げた日本航空123便は、旋回することなく、ふらふらと伊豆半島上空を西に向かっていた。  



■午後6時27分2秒

 「123便、確認しますが緊急事態を宣言しますね」

 「その通り」

 「どういった緊急事態ですか」

 やはり応答はない。「とんでもないことが起きているのでは」

 ■同28分31秒(地図上の1)

 「レーダー誘導のため90度(東)へ飛んでください」

 「しかし、現在アンコントロール(操縦不能)」

 衝撃的な言葉だった。普段はオフのスピーカーがオンになり、123便とのやり取りが管制室中に響いた。

■同31分2秒(同2)

 「降下できますか」

 「今、降下しています」

 「名古屋に降りますか」

 「いや、羽田に戻りたい」

 「何とかしたい」。そう思うと、とっさの呼びかけが口をついた。「これから日本語で話していただいて結構ですから」

 パイロットと管制官とのやり取りは、近くを飛ぶ航空機でも聞き取れるよう、通常は英語を使う。でも今は、パイロットの負担を少しでも減らし、事細かにやりとりしたかった。

 123便は北に向かう。すでに隣の空域に移っており、無線の周波数を切り替え、別の管制官に移管するところだが、そういう指示はしなかった。「切り替えたはずみで無線がつながらなくなるかもしれない。そうしたら日航機は命綱がなくなってしまう」

 じりじりとしながら画面をにらんだ。他機が近づかないよう、航路から退ける指示を続けた。

 富士山をかすめた123便は、羽田のある北東に向かい始めた。「戻れるかもしれない」。かすかに期待も芽生えたが、周囲は山。機体の高度は5分間で一気に3500メートルも下がっていた。

■同47分17秒(同3)

 「現在コントロールできますか」

 「アンコントローラブルです」。もはや管制官はまったく役に立っていなかった。ヘッドホンから「ああっ」という声も聞こえてきたが、機内で何が起きているのかは、わからなかった。

 「おれはどうしたらいいんだ」。絶望が襲う。その頃、機長らが必死に山を避けて操縦を試みていたことは、後で知った。

■同53分28秒(同4)

 「えーアンコントロール。ジャパンエア123、アンコントロール」

 「了解しました」

 これが最後の交信になった。

 3分後、糸の切れたたこのように画面上を点滅しながら漂っていた機影が止まった。その場で十数秒間点滅した機影は突然、消えた。

 体に電気のようなしびれが走った。薄暗い管制室は静まりかえった。背中越しに指示を送っていた上司も、先輩も黙っていた。30秒ほどして、上司に促されて呼びかけてみた。「ジャパンエア123、ジャパンエア123」。応答はなかった。

 ヘッドホンを外し、席を立った。別室で報告書を書いた。妻には「いつ帰れるか分からない」と電話で告げた。頭の中で何度も、交信した「最後の30分」を繰り返していた。

 朝方に帰宅して、墜落した機体をテレビで見た。ショックを気遣った上司に数日、休みを与えられた。事故原因を調べる国の航空事故調査委員会や警察から、事情を聴かれることはなかった。

   ◆  ◆

 管制官の仕事を続け、最近までいた部署では事故防止の対策づくりに取り組んできた。今は管理職として空港事務所で管制関連業務に携わっている。だが、123便と交信していたことは、家族や一部の同僚しか知らない。

 事故から数年後に御巣鷹の尾根に立った。その後も、遺族や報道陣が多い8月を避けて、仲間や家族とたびたび登ってきた。だが、尾根へと向かう険しい道のりや、事故で傷ついた山肌を見るたび、あの時のつらい思いが呼び起こされた。無理だったと分かっていても「自分が何とかできなかったか」という思いはぬぐえず、表に出て話す気持ちになれずにいた。

 最近になって、「事故を風化させないため、今ならできることもあるのでは」との考えが頭をよぎるようにもなった。世界各地で飛行機事故が起きるたび、原因は分かっているのか、管制官はどう対応したのかと気になる。管制の現場には、御巣鷹の後に生まれた管制官も出てきた。航空会社の経営はどこも厳しく、安全よりもコスト削減ばかりが取りざたされるのが気がかりだ。

 25年前の「あの夏」のことを伝える時期なのかもしれない、と思いはじめている。

     ◇

 日航123便墜落事故 1985年8月12日午後6時12分に羽田空港を離陸した大阪(伊丹)行きの日本航空のボーイング747型(ジャンボ)機が、12分後に相模湾上空で操縦不能になり、同56分に群馬県上野村の山中(御巣鷹の尾根)に墜落した。乗客509人と乗員15人のうち乗客4人を除く520人が死亡した。スペイン・カナリア諸島の空港で77年にジャンボ機同士が衝突し、583人が死亡した事故に次ぐ惨事で、単独機の事故としては現在も世界最悪。

 国の航空事故調査委員会は87年、機体後部の圧力隔壁の亀裂が広がって破壊され、一気に噴き出した客室内の空気が尾翼などを吹き飛ばしたとする調査報告書を公表。この機体は事故の7年前に伊丹でしりもち事故を起こして隔壁を損傷しており、この際にボーイング社が行った修理が不適切だったことが破壊につながったと結論づけた。

 御巣鷹以降、日本の航空会社は乗客を死亡させる事故を起こしていない。 



「何とか助けたい一心だった」=交信管制官が初証言―日航ジャンボ機墜落25年(時事通信) - goo ニュース


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今日の運動
 *ストレッチング10分
 *エンジョイSTEP 40分
 *平泳ぎ40クラス(平泳ぎで25m以上泳げる人対象の40分コース)
 *水泳(平泳ぎ)500m(20分)
 *浴室で入浴して汗流し 30分
 今日も、試しに二つのクラスに参加。 トータル3時間ほど。
 *歩数計 (装着忘れ)
 「エンジョイSTEP」とは、高さ20cmほどの台を使ったエアロビクスのようなプログラムでした。女性30人ほどの参加で男性も数名参加していました。 





4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
25年ですね。 (いっちゃん)
2010-08-12 14:04:07
あのとき私は小学生でした。
それがもう25年、30歳を超えたオジンです。

http://www.youtube.com/watch?v=TOOPeKs2sKE
なぜマスコミは麻生を叩くのか

http://www.youtube.com/watch?v=ZWLobH2YQsg
マスゴミが取り上げない民主党の問題発言【麻生さんだったら大騒ぎ】

http://www.youtube.com/watch?v=wZJQGFi_ujI
麻生太郎の心あたたまる話

http://www.youtube.com/watch?v=WINJlQrxhSo&feature=related
2分で分かる麻生内閣のマスゴミが報じない実績

http://www.youtube.com/watch?v=BFgXyd34w3M
http://www.youtube.com/watch?v=WIs4Y0NZXVM
安倍政権のマスゴミが報じない実績

http://www.youtube.com/watch?v=pZWOFKfEBXE
中東に平和と繁栄の回廊を描け
返信する
日本のマスコミでは ( 逝きし世の面影)
2010-08-13 13:48:33
残念ながらこの記事では一番大事な事柄が書かれていません。

政府事故調ですが、ボーイング社の修理のミス破壊で隔壁破壊が結論としたのは事実ですが、

この結論に航空関係者も遺族も関係者の誰もが納得していないのですよ。
これは全く事実と一致していないことは25年前の赤旗が詳しく報じています。
調べて下されば如何に事故調とボーイング社が『何かを隠蔽した』事実が浮かび上がってくるのです。
今でも、遺族も日航の乗員組合など各組合事故の再調査、公平な第三者機関の設置を政府に要求しているのです。
事故は風化し、マスコミは劣化して、今では単なる巨大事故として報道しているだけですが、
唯一今でも赤旗は8月12日の記事で事故調の結論と実際の生存者4名の証言ととが一致していない(事故調の結論が間違いである)事を報じています。

与圧されていた客室の空気圧で一気に隔壁を破壊し垂直尾翼を吹き飛ばしたとされていますが、
現場の相模湾上空8000メートル~10000メートルはヒマラヤのエベレスト上空と同じなのです。
乗員も乗客も5分以内で失神してしまうのですよ。パイロットは操縦することも出来ないし乗客の遺書を書くなどありえないのです。
事故調の結論が正しいなら墜落以前に多くの命が失われています。
返信する
オレンジ色の飛行体が・日航機に ()
2010-08-16 20:32:43
兵器は、こわれるまでそれを使えるというものではない。
五年ぐらいすれば、それはもう旧式になって、使いものにならなくなる。
それでどんどん新式の兵器を買わなければならない、ということになるのだが、その点にまた、独占資本が軍需生産に魅力を感じる理由があるわけだ。
こうして日本国内でも、平和生産というものをやめて、軍需生産に税金をそそぎこんでいく。
その結果は、ふたたび破滅がくることはもうあきらかなのだ。
http://esashib.hp.infoseek.co.jp/teposodo01.htm
 軍需生産は何も産まない。
そういう軍需生産に世界の経済力をそそぎこんでいくということは、経済制度としてはそれだけ「ゼロ生産」になっていくわけだ。
「自主防衛」とは、アメリカの武器を買うことだ。
 ここで、日本の国民をなんとか軍需生産のほうにひきつけておく、戦争のほうにひきつけておく必要が生まれるのだ。
軍需生産はやめろ、地方財政に、福祉にまわせと、日本人が騒ぎださないようにしておく必要がどうしても生ずるのだ。
自主防衛とか、軍備拡張とかいう考えが、もっともらしく宣伝されることになるのは、こうした理由からだ。
御用評論家が、そのお先棒をかつぐことになる。

返信する
Unknown ()
2014-06-21 02:47:26
あの時5歳になったばかりだった30代です
日航機事故の管制官は、ずっとベテランの落ち着いた方なのだと思っていて、それでなくともあまりの責任の重さに、もうお辞めになってしまったかもしれないと思ってもいました
まさか、あの時数々の臨機応変、肝の据わった対応をされていた管制官がわずか20代で、その後プレッシャーに潰されてしまうことなくあの事故の経験を踏まえながらお仕事を続けておられるとは思っても見ていませんでした
なんという勇敢さだろう、ご遺族、そしてもちろん被害に遭われたご本人や生存された4名も、いくらか心が慰められる思いなのではないかと感じます
自らも亡くなってしまった機長、副機長を始め、最後まで必死に恐怖と闘い、飛行機を飛ばし続けようとされた操縦室のメンバー、パーサー、スチュワーデス、デッドヘッドのお二人の冷静さ、最後の最後まで取り乱さず希望を持ち続けた乗客方々、余りにも素晴らしい命が失われたことを心苦しく思います
飛行機という常ならぬ存在を取り巻く人の重圧は並大抵のものではないと思いますが、失われてはならない余りにも尊い命が失われたことを、きっと忘れずにいていただきたいと願います
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