年明け早々から東南アジアの西の端、ミャンマーに出張で来ています。
日本よりも赤道に近いこの国は、一年でもっとも涼しいとされるこの時期でさえ日中の気温が40度近くになることもあり、勢い余って、小生は一昨日露店でカキ氷を食ってしまったほどです。
1月のカキ氷。
すでに離日後20日が経ち、もう「寒い」という感覚がどのようなものだったかさえ容易に思い出せません。
さてさて、ミャンマーという国、みなさんはどれぐらい知っていますか。
小乗仏教の国、ビルマの竪琴、アウンサン・スーチー女史、軍事政権・・・、キーワードはいろいろあると思います。
小生、この国への訪問は8年前の1998年にバックパッカーとして1ヶ月滞在したのに続き2回目になるのですが、当時21歳の自分が経験したのと同じ感覚を今回も覚えました。
それは人々の笑顔、微笑みの優しさです。
現世の善行が来世で報われるという仏教の影響かどうかはわかりませんが、彼らは本当に惜しみなき微笑みを私たちに投げかけてくれます。店の店員はもちろんのこと、たまたま通りすがりに目のあった人や、他国では非常に厳つい表情で迎えられる入国審査官でさえも。
特に入国審査なんて、これまでいろいろな国であの順番待ちのラインに並びましたが、未だにインフルエンザの注射を待つ小学生のように、なぜかドキドキしてしまいます。
でも、そんな緊張の場でさえ、ひとたび微笑みかけられるとこちらの心は一気に和みます。
彼らとの距離が途端に縮まったような感覚。
笑顔、微笑みには、もともとそのような印象や影響を人に与える力があるのだと思います。
ムスッとした顔で、難しそうな表情をしている人にはなかなか近づきたいと思わないけれど、いつも笑顔で、やさしく微笑んでいる人には話しかけたくなりますし、その顔だけで癒されます。
しかし、考えてみると不思議です。
国も文化も、もちろん産まれてからこれまで過ごしてきた環境なんてまったく違う人々なのに、微笑みかけられると、なぜか距離が縮まり温かい気持ちになれる、世界の共通言語「笑顔」。
ちょっとした顔の筋肉の動きが、どうしてこんなに人を和ませるチカラがあるのでしょうか・・。
経済的には決して裕福とは言えないミャンマーの多くの人々の生活ですが、その笑顔によってとても幸せそうに見えます。
一方でこうしてこちらで過ごしていると、最近の日本は眉間に皺がよってしまいそうなニュースが多く、笑顔でいられる余裕なんてありそうもありません。
笑顔には何よりもまず、ゆとりある気持ちが必要なのではないでしょうか。
経済的でも、物質的でもなく、心のゆとりが。
んで、小生も負けちゃおれんと、さっそくホテルの鏡の前で笑顔の練習をしてみるのですが、今のところ、どうやってもエロいことでも考えてニヤついているようにしか見えません。
まだまだ彼らのように人を和ませる笑顔はできないものの、微笑みを絶やさずに生きて行こうと、ひっそりとミャンマーの空に誓ったのでありました。
合掌。
※ 笑顔について、以前に盟友Pico氏が紹介してくれた三輪明宏氏の著書『ほほえみの首飾り』に大変納得させられることが書いてあります。
みなさんも是非読んでみてください。
日本よりも赤道に近いこの国は、一年でもっとも涼しいとされるこの時期でさえ日中の気温が40度近くになることもあり、勢い余って、小生は一昨日露店でカキ氷を食ってしまったほどです。
1月のカキ氷。
すでに離日後20日が経ち、もう「寒い」という感覚がどのようなものだったかさえ容易に思い出せません。
さてさて、ミャンマーという国、みなさんはどれぐらい知っていますか。
小乗仏教の国、ビルマの竪琴、アウンサン・スーチー女史、軍事政権・・・、キーワードはいろいろあると思います。
小生、この国への訪問は8年前の1998年にバックパッカーとして1ヶ月滞在したのに続き2回目になるのですが、当時21歳の自分が経験したのと同じ感覚を今回も覚えました。
それは人々の笑顔、微笑みの優しさです。
現世の善行が来世で報われるという仏教の影響かどうかはわかりませんが、彼らは本当に惜しみなき微笑みを私たちに投げかけてくれます。店の店員はもちろんのこと、たまたま通りすがりに目のあった人や、他国では非常に厳つい表情で迎えられる入国審査官でさえも。
特に入国審査なんて、これまでいろいろな国であの順番待ちのラインに並びましたが、未だにインフルエンザの注射を待つ小学生のように、なぜかドキドキしてしまいます。
でも、そんな緊張の場でさえ、ひとたび微笑みかけられるとこちらの心は一気に和みます。
彼らとの距離が途端に縮まったような感覚。
笑顔、微笑みには、もともとそのような印象や影響を人に与える力があるのだと思います。
ムスッとした顔で、難しそうな表情をしている人にはなかなか近づきたいと思わないけれど、いつも笑顔で、やさしく微笑んでいる人には話しかけたくなりますし、その顔だけで癒されます。
しかし、考えてみると不思議です。
国も文化も、もちろん産まれてからこれまで過ごしてきた環境なんてまったく違う人々なのに、微笑みかけられると、なぜか距離が縮まり温かい気持ちになれる、世界の共通言語「笑顔」。
ちょっとした顔の筋肉の動きが、どうしてこんなに人を和ませるチカラがあるのでしょうか・・。
経済的には決して裕福とは言えないミャンマーの多くの人々の生活ですが、その笑顔によってとても幸せそうに見えます。
一方でこうしてこちらで過ごしていると、最近の日本は眉間に皺がよってしまいそうなニュースが多く、笑顔でいられる余裕なんてありそうもありません。
笑顔には何よりもまず、ゆとりある気持ちが必要なのではないでしょうか。
経済的でも、物質的でもなく、心のゆとりが。
んで、小生も負けちゃおれんと、さっそくホテルの鏡の前で笑顔の練習をしてみるのですが、今のところ、どうやってもエロいことでも考えてニヤついているようにしか見えません。
まだまだ彼らのように人を和ませる笑顔はできないものの、微笑みを絶やさずに生きて行こうと、ひっそりとミャンマーの空に誓ったのでありました。
合掌。
※ 笑顔について、以前に盟友Pico氏が紹介してくれた三輪明宏氏の著書『ほほえみの首飾り』に大変納得させられることが書いてあります。
みなさんも是非読んでみてください。