アサド政権を今すぐ止めろ
米国が新たなシリア戦略を採らないと戦争は何年も続く
2016 年 10 月 5 日 17:57 JST THE WALL STREET JOURNAL
「砂漠のような状態にしておきながら、それを平和と呼ぶ」。歴史家タキトゥスはこう書いた。ローマ帝国によって残忍に制圧された敵の言葉だ。同じことが現在のシリアのアサド大統領とその同盟国であるロシアのプーチン大統領についても言えるかもしれない。
この瞬間もシリア軍とロシア軍はイランの民兵や武装組織ヒズボラと組み、アレッポ包囲作戦を最終局面に持ち込もうと試みている。街に今も残っているとされる27万5000人の市民は避難するよう命じられている。そのうち数千人は難民となるだろう。市内に残ると決めた人たちは、無差別で無慈悲な爆撃を受けることになる。アサド氏とプーチン氏とその仲間たちが邪魔者の駆除を終えた時、彼らは血に染まったシリアの砂漠を見て平和が訪れたと主張するはずだ。
シリア内戦の停戦合意が破棄されたことは驚きに値しない。ジョージ・シュルツ元国務長官がかつて述べたように「力を伴わない外交は意味がないだけでなく、時に危険な状況を作る」からだ。オバマ政権が過去にシリアでロシアと協力しようとして失敗したのも、そのためだ。
現国務長官は大胆にも、シリアに関するロシアとの交渉を中断するという無意味な行動を取った。一方でアサド氏とプーチン氏はシリアで軍事的な既成事実をつくり、虐殺による和平を巡る交渉で優位に立とうとしている。彼らは反体制グループを排除し、数え切れないほどの市民を殺害し、シリア政権を安定させ、人道支援を行う国連の車両までも攻撃した。これらすべての行為に対して何の責任も取っていない。そして戦争は続く。
戦略なきオバマ政権
米軍率いる連合軍は過激派組織「イスラム国」との戦いで進展を見せているが、そのイスラム国もシリア内戦が生み出したことを忘れてはならない。この紛争の行方は米国の安全保障に重要な影響を与える。
シリアの紛争による犠牲者は40万人を超え、人口の半数が家を失い、中東の宗派間対立を深めている。今の段階ですでにひどい状況だが、今後さらに状況は悪化する可能性があるし、そうなるだろう。さらに何百万という難民が生まれ、地域の安定は脅かされ、西側諸国の団結も試されることになる。
反米意識の強いロシアとイランの絆は深まる。中東の同盟各国が米国に寄せる信頼は薄れていく。イスラム国やその後継組織にとってはイスラム教徒に過激思想を広めやすい環境ができあがり、戦闘員を募って戦場に送り出すだろう。
これがシリアの紛争が招こうとしている事態だ。米政権はいまだに何の戦略も持ち合わせていない。外交の能力はなく、代替案も準備していないようだ。
どのような代替案も大きな代償を伴うし、結果がどうなるかも分からない。2013年に米政府によるシリアでの軍事行動を議会が承認しなかったため、オバマ政権はさらに強硬な姿勢をとっても支持されないと考えている。それは思い違いだ。議会は当時、しっかりとした国家戦略もない中で大統領が渋々と指揮を執り、ケリー国務長官が言う「ごく小規模の」攻撃をすることに反対したのだ。米国は今、しっかりとした国家戦略を必要としている。
まずアサド政権空軍の制圧を
シリアに対して新たなアプローチを取るとしたら、まずはアサド政権の空軍を制圧することが重要だ。空軍によって同政権は戦略的優位に立てており、無実のシリア人を殺害して紛争を継続できている。米国とその同盟国はアサド氏に対し、飛行を停止しなければ打ち落とすとの最終通告を行い、その方針を最後まで継続すべきだ。
ロシアがこれまでのように無差別の爆撃を続けるなら、米国はリスクを冒してでもそれを阻止するという意思表示をしなければならない。またシリア市民のために安全地帯を作り、アサド氏やプーチン氏や過激派の戦闘員から彼らを守るために必要なことをしなければならない。
アサド政権と戦いを続ける反体制勢力には、より強力な軍事援助を行わなければならない。過激派を戦場で孤立させ狙い撃ちするには、反体制勢力に力を付けさせて自ら戦える状態にするしかない。
シリア問題に対するオバマ政権の取り組みは見事なまでに失敗している。より現実的な目標を達成するため、必要な軍事行動も含む新たな戦略を採るべき時だ。これには大きな痛みを伴うことは間違いないが、現状のままでは痛みどころでは済まない。何年にもわたって恐怖や惨劇や虐殺や難民の発生が止まらないだろうし、中東の中心部で続く戦争が米国を脅かし、世界を揺るがし続けるだろう。
(筆者=ジョン・マケイン氏はアリゾナ州選出の共和党上院議員。上院軍事委員長を務める)