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鶏の生涯が分かる? 進む食品追跡のハイテク化 行き過ぎにプライバシー侵害の懸念も

2019-02-25 14:09:06 | 食べ物・食の安全

鶏の生涯が分かる? 進む食品追跡のハイテク化

行き過ぎにプライバシー侵害の懸念も


――筆者のロビン・メットカルフ氏は、食の歴史家、食の未来学者、テキサス大学オースティン校の講師・研究員。サプライチェーンの技術革新推進団体「Food+City」のディレクターでもある

***

レストランの給仕係がメニューの食材になった鶏はどのような生涯を送ったのか、客の好みや健康状態にいかに合うかを説明する日が来るかもしれない

 

 米オレゴン州ポートランドを舞台にした人気コメディー「ポートランディア」の第1話

「ファーム(農場)」では、ピーターとナンスという名のカップルがレストランを訪れ、鶏肉料理を

注文しようとする。給仕係のダナはメニューの食材になる鶏の血統や食生活について、「伝統的な品種」

であり、「森の中で飼育され」、「羊のミルクと大豆、ヘーゼルナッツを食べていた」と説明した。

ピーターとナンスはその鶏が正真正銘の有機飼育なのかどうかダナを質問攻めにする。正式書類を

チェックしても満足できない2人はその鶏が育てられた農場に向けて出発する。放し飼いにされ、

幸福に生きたのかを確かめるためだ。


 ピーターやナンスのようなレストラン客にとって間もなく、注文した鶏肉の生前のストーリーや

飼育環境、スーパーマーケットまでの経路が簡単に分かるようになるかもしれない。

使うのは、中国のネット保険大手、衆安保険傘下の衆安科技が開発した鶏肉モニター技術「ゴーゴーチキン」

だ。

鶏の足に追跡装置をつけ、サプライチェーンの最初から最後まで、自動的にリアルタイムの動きを

デジタル台帳(つまりブロックチェーン)にアップロードする。さらにセンサーが温度や湿度など鶏の

置かれた環境を監視し、アルゴリズムが動画分析を使って鶏の健康状態を評価する――。

衆安科技はこう説明する。


 ゴーゴーチキンは、食の安全性や食品偽装に関する問題を未然に防ぎ、農業全体のリスクや法的責任

(衆安の保険商品の一例でもある)を減らすことを目的とする。消費者はスマートフォンのアプリで

個々の鶏に関する膨大な情報にアクセスできる。衆安はこの技術を現在テスト中で、2020年までに中国の

数百カ所の農場に展開する計画だと話す。エコ意識の高い富裕層の消費者は、自分たちの食べる放し飼いの

鶏が生きている間、本当に毎日の散策を楽しんでいたかどうか知るためには余分な金を払うだろうと同社は

自信を見せた。


 食品が農場から食卓に運ばれるまでどのような道のりをたどったのかを人々はかつてないほど理解

したいと思うようになった。市場もそれに対応している。最近、筆者がブラックベリー売り場で箱の

QRコードに自分のスマホをかざすと、生産者家族のにこやかな笑顔が浮かび上がった。鶏の動画分析など

ばかげた話に思えるだろうが、食品の安全性や取り扱い方法に関しては追跡プログラムが極めて重要だ。

食品情報への欲求が高まっているのは、世界のサプライチェーンへの信頼性が欠如することに起因する。

食品汚染や偽装のほか、動物の幸福や安全性検査を巡る問題が相次いで発覚し、不信感をあおっているのだ。


食品メーカーは積極導入

 これに対し、業界ではインターネットに接続したセンサーや位置情報データ、ブロックチェーンなど、

テクノロジーに重点的投資を行っている。そうした技術は、生産者や輸送会社、規制当局、消費者が

工程の全段階で食品の位置や状態を知るのに役立つだろう。


 アイルランドの食品・栄養素材メーカー、グランビアを例に考えよう。同社のトラックに搭載した

センサーは輸送中のミルクの量と品質についてデータを集め、積み荷をどこに配送すべきかを判断する。

乳脂肪分の多いミルクは自動的に乳脂肪製品工場に運ばれ、乳脂肪分が少ないものは乳清を取り除いて

栄養補助食品を作る工場に回されるという具合だ。


 世界最大のベリー販売会社であるドリスコルは、無線ICタグとセンサーを用い、積み荷をリアルタイムで

監視する。品質保持期間を大幅に縮めかねない「衝撃」や振動が起きていないかを追跡することが目的だ。

もしトレーラーの後部で激しい振動を探知すれば、輸送担当者が問題のありかを見つけ、すぐ修正できる。

また、貨物追跡ソフトを手がける新興企業フォーカイツは、コンテナ内の温度追跡システムを開発した。

輸送中に食品の安全性に関わる出来事が生じた場合、より迅速に対応できるようにするためだ。


食品業界はテクノロジーに重点的投資を行っている 

ブロックチェーンが活路に

 一方、企業や研究者は食の安全性を確保するためにブロックチェーンの活用を模索している。

ブロックチェーンは1回のトランザクションごとにタイムスタンプが記録される安全性の高いデジタル台帳で、

実質的にかつての船荷証券に代わるものだ。リンゴ1ブッシェルがサプライチェーンを移動するたびに、

個々のステップに関する情報(誰が、いつ、なぜ移動し、その結果どうなったかなど)が記録される。

複数のコンピューターに分散して記録されるため、改ざんするのが難しい。

この技術は、食品システムにおいて不正防止や食品の安全性、不良品回収の追跡、違法な食品生産現場の

発見(例えば、奴隷労働や環境面で持続不可能な慣行)など多くの用途で利用されている。


 主要な食品関連企業はすでに試験運用に入っている。IBMは2018年に生産者と加工業者、流通業者、

小売業者をつなぐ独自のブロックチェーン「フード・トラスト」の運用を始めた。

当初から参加した小売り大手ウォルマートは、食品納入業者にIBMと協力することを求めている。

食肉加工大手のタイソン・フーズとスミスフィールド・フーズ、仏小売り大手のカルフールもすでに参加した。

 ブロックチェーン技術の実用化のためには、食品供給産業全体が一定の基準に同意しなければならない。

その基準を誰が考えるのか、そもそも追跡技術を使ってよいのかといった疑問がまだ残っている。

例えば、トラック運転手は衛星利用測位システム(GPS)で常に追跡するのはプライバシーの侵害だと

主張する。米最高裁判所は2017年、そうした追跡装置の使用を義務づける裁定に対する異議申し立てを

却下した。

 

 データ収集端末の仕事はリンゴを追跡することだけではない。顧客のロイヤルティープログラムに

ポイントを追加したり、在庫状況を知らせたり、恐らくは企業の調理実習室から消費者にレシピ情報を

送ることさえ可能だろう。いつかレストランの給仕係がメニューの食材になった鶏はどのような生涯を

送ったのか、客の好みや健康状態にいかに合うかを説明する日が来るかもしれない。

一方で、食品会社はわれわれの個人情報を利用し、保険会社や雇用主がわれわれに食べさせたい商品を

勧めることも考えられる。われわれは透明で信頼できる食品システムと引き換えに、過度にプライバシーを

返上してもよいのだろうか。それはあなたが何を求めるかによる。だが一定の反動が避けられないことは

覚悟すべきだ。