食いしん坊スキーヤー

日本一を目指して走り続ける
公務員スキーヤーのリアルな日常。
まだまだ未熟な社会人
板橋 達基 気ままなブログ

インカレ

2013年02月26日 | 日記

僕の二回目のインカレが終わった。
二回目の田山インカレは私に
力がないかとを教えてくれた。
無力に涙しそうになった。

インカレ

ありがとう。

強くなりたいと
心から思わせて
危機感をくれた。

あと一年で結果を出さないと
人生が切り開かれない。
頑張ろう


Tatsu.


スプリント

2013年02月24日 | 日記

インカレスプリントが終わりました。
予選11番での準々決勝敗退
くそダサいレースしてしまいました。

国体ダメで
インカレもダメで
なんのために
今まで練習してきたのか
わからないじゃないですか。

今シーズンの目標全てダメでした。
自分が情けなすぎます。

とりあえず明日はインカレ
最終日リレーです。
勉強させていただきます。

Tatsu.

毎度お決まりの田山です。

2013年02月22日 | 日記

田山にいます。
岩手県田山は思い出の地です。
ここで行われたインターハイで
高校生活に悔いを残してきた地です。

今、インカレという学生最高峰の
レースの為、田山にいます。

また30キロをただ見ているだけで
悔いを残して来ました。

今年のインカレは明後日の
クラシカルスプリントに
悔いを残したくないです。

だから、
頑張ります。


Tatsu.


ふぉあらんなー

2013年02月21日 | 日記

明日は前走をします。
インカレ30キロは校内予選を
落ちてしまいました。
今回のインカレはスプリントに
専念しております。

クラシカルスプリントです。
去年は学チャンで19番と
全日本は予選落ちてます。
挑戦のクラシカルスプリントです。

守るものなんて
ありません。
思い切り滑って来たいです。

とりあえず明日は前走です。
出れないのは悔しいけど
レース見させてもらって
勉強させてもらいます。

Tatsu.


神様なんていないよ。だから自分で何とかしないと。

2013年02月20日 | 日記

私がスキーと陸上を通して学んだ事の
1つとして、神様なんてのはいないという事。
いたとしてもそれは頑張った人間を勝たせたり
努力した人間を勝たせる人ではないということだ。
為末さんがTwitterを通して言っていたが
日本人の文化には頑張った分
必ず成果があるという取引概念がある。
辛い練習という代償に対し
栄光というものが帰って来るとは限らない。
そこに神は決して干渉出来ない。

なら勝つためには
自分で考えて能力を上げて
確実な競技力を身に付けなければ
ならないのであるのだろうか。

私は勝ったことがない。
負け続けた競技人生。
もう神頼みはしない。
ジンクスに踊らされずに
自分の競技力をあげるために
何をするべきか考えなければ
ならないのだろう。


やっべ。真面目な事を書いてしまった。
ってことでインカレ開幕~拍手っ


Tatsu.

ありがとう地元国体

2013年02月19日 | 日記

地元国体が終わりました。
今日はリレーを走らせて
いただきました。
アンカー走らせて
いただきました。

調子も悪いなかで
体も動かないなかで
死ぬかと思いましたが
地元の声援に後押し
してもらって走れた
国体でした。

今はありがとうございました。
という感謝の言葉と
次はもっとちゃんと
走ります。いう気持ちです。


まだまだ頑張ります。

Tatsu.


終わりでもなければ始まりでもない。

2013年02月17日 | 日記

国体で優勝する。

3年くらい
日誌に書き続けて
来たことです。

今日は地元国体でその
集大成でありました。
結果はダメで31位で
トップとも3分あって
この国体のレースが
シーズンで一番悪かったです。

願いが一個叶うなら
誰にも負けない力
ただ、それだけで
いいんです。

ここの国体に向けて確かに
頑張って来ましたが
これで終わる訳では
ありません。

だから、もう後悔しないように
力がほしいです。


tatsu.




腹へリーハンセン

2013年02月16日 | 日記

いよいよ国体が明日に迫りました。
この日の為に走って来ました。

国体にむけて多くの人が
コース整備に携わってくれて
万全のバックアップをして
いただけています。

こんなマイナースキーヤーの
僕にここまでしてくれるのという
感動がたくさんあります。

サポートしていただいたぶん
ベストパフォーマンスで
こたえたいと思います。
ご支援ご声援のほど宜しくお願い致します。


tatsu.


秋田国体

2013年02月16日 | 日記


3年前の金丸さんの引退セレモニーは今でも
鮮明に私の覚えている。私が最も憧れ
この人のようにありたいと思った唯一の
スキーヤーである。
次は私がいう思いで札幌国体から
今まで走り続けてきた。

辛いときもあった。腕も折れたこともあった。
枯れるほど泣いたこともあった。
無理だと思う日もあった。

しかし、やめようとは思えなかった。
辛くても私の足は止まらなかった。

3年。色んなことを超えて
明日やっと国体のスタートライン
に立つことが出来る。

頑張ろう秋田。
頑張ろう秋田。


tatsu.