市川稔の米(マイ)情報

日本のこと、もっと知らないと

今日は「海の日」とかで国民の祝日とか。

ふ~ん、という感じ。


今日は、とても興味深いこと書いているメルマガの一部を紹介させていただきます。


※ 転送・引用は出典を明らかにしていただければ、御自由にどうぞ。


このように案内されていますので、引用させていただきます。


引用開始↓




⇒  「離見(りけん)」


能の世界を確立した世阿弥。
その書「花鏡」で、観客の見る役者の演技は客観的に見られた自分の姿、
「離見の見」であると言っている。
独善になりがちな自己を客観的な第三者の目で見つめる必要性、
自分を離れて冷静に観るもう一人の自分を心理学では“メタ認知”と言う。

国際線機内では世界のゴールドメダリストがたびたび搭乗してきた。
彼らには共通点があることに気付いた。
一位になることよりも一番高い表彰台に立って金メダルを貰った瞬間に、
どのようなガッツポーズを取るか!を、より具体的、鮮明に描いているかであった。

JALスチュワーデス(CA)は西洋人も何割か採用していて一緒に乗務するが、
彼らから学ぶことは、この“離見”に近いものがある。
例えば、駅名は忘れたが漢字は覚えていると、
「スリー・ボックス、スリー・ライン」と言いながら書いてみせる。
箱が三つに、線が三本、それは「品川」になる。
各国から集まっている訓練生を観光研修に連れて行く。
相撲観戦で質問が出る。
ソールトを土俵にまくのはなぜ?
片手を交互に広げているのは何の意味?
しこを踏むのは何をしてるの?と続く。
神社の鳥居は下部の貫が柱の外に突き出しているが、
菊の紋章がついているのは出ていない!
コマ犬やキツネは神様? どうして社の中に入らないの?

矢継ぎ早の質問攻めで答えられない無知さに狼狽する。
生れた時から存在しているものに対しては違和感がないし、
総ては当たり前でしかない。
新鮮な好奇の目がなくなってしまっている。

だが教える立場として知らないで済ませるわけにはいけないから、
とことん調べることになる。


我が国の文化の基礎は、神道から来ている。
古事記を読むとそれが理解しやすい。

天照大神(あまてらすおおみかみ)は太陽の女神だから、
唯一、伊勢神宮では南の方角から北側に向かって神社が位置しているが、
一般的に神社は南に正面を向けている。
京の都、ミヤコとは天皇(宮)が此処(ここ)におられます意味。
御所から南に向かって正面を構えると、左手は左京、右手は右京、中央が中京、
北側が上京、南が下京となる。
太陽は東から昇ってくる。日が出る⇒日出る⇒ヒデリ⇒左の語源となる。
やがて西方の山際や水際(みぎわ)へ沈む⇒ミギワ⇒右となる。
日の出から始まるから、言葉でいえばア行の「あ」が総ての始まり。
阿形(あぎょう)とは仁王が大きく口を開けている様を言い、天皇の左手側の入口に立つ。
そして世界は「ん」で終わるから吽形(うんぎょう)で、口を閉じた仁王は西側の右手に立っている。
始まりから終わりまで、世界のすべてを阿吽(あうん)と言う。
神社の狛犬(こまいぬ)も阿吽になっていて、阿形が玉をくわえている。
英語ではAからZまで、「A to Z」と表現するが、ナンデモ屋の意味にもなる。
だから、左大臣と右大臣では、どちらが位は上なのかが分る。
結婚式で客席に向かって花婿が左、花嫁は右が本来の位置である。
著名旅館の女将(おかみ)さんともなれば、
記念撮影では必ず主人公の右手側に立つ素養を持っている。

天照大神が弟の素戔男尊(須佐之男命・すさのおのみこと)のあまりもの乱暴狼藉に怒って、
天の岩屋戸にお隠れになる。
太陽神が不在だから世の中は真っ暗になって世の中は乱れる。
困り果てた八百万(やおよろず)の神々は天の安河原(あまのやすかわら)に集合して一計を案じる。
天照大神がいなくても問題なく世の中は夜が明けるのだと勘違いさせる策を練る。
夜明けを告げる常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)を鳴かせる。
伊勢神宮に鶏を放し飼いにしているのは、その名残である。
八咫鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ・草薙剣)は天皇の象徴であるが、
この時に使うために、大鏡と勾玉は作られた。
女神である天鈿女命(あめのうずめのみこと)が素っ裸になって伏せた桶に乗って踏み鳴らし、
胸を開いて陰部までさらけ出して踊る。ストリップの原点と言われている。
高天原が鳴り轟くほど八百万の神が一斉に笑った。
大騒ぎを不審に思った天照大神が、岩戸を少し開けて外を見ようとすると、
大鏡に映った自分の姿に他にも太陽神がいると勘違いして、外を更に見ようとする。
その時、力持ちの天手力雄神命(あめのたじからおのみこと)が直ぐに岩戸を引き開けて、
それを信州の戸隠までブン投げる。
回りは瞬く間に明るくなり、固唾を呑んで待ち望んでいた八百万神の面々が光で白く輝く。
「面が白くなる」⇒「面白い」の語源となる。
大喜びの神々が口にした、「女神が出た!」は⇒「メ・出た」⇒「メデタイ」となる。

伊耶那岐命(いざなぎのみこと)が、火の神を産んだ時に女陰を火傷して死んでしまった妻の、
伊耶那美命(いざなみのみこと)を黄泉(よみ)の国まで迎えに行くが、
腐敗して恐ろしい姿になっているのを見て、恐怖のあまり逃げ帰る。
それを執拗に追ってくる化け物になったイザナミ。
イザナギは、桃の果実を投げつけて、逃げ切る。
桃は悪霊を閉じ込める力があるとされる。
投げつけた数は、7.5.3である。
七五三の風習は算命学や陰陽五行を起源とし、魔力を持つ数字とされる。
巫女が手にする鈴は三段になっているが、下から7.5.3となっている。


ちょっと「離れて観る」と世の中は総てが面白い (*^_^*)v~♪




引用終わり↑





私たち(わたしだけかも知れませんが)は、ごく普通に思っていることにも意味があり、


どういう意味を持っているか知らないことが多い。


「我が国の文化の基礎は神道から来ている」


そういう、くだりがありますが、まさにその通りだと思います。


日本はたった一度大きな戦争に負けて、占領され、文化を、思考の一部を破壊されました。


日本の長い歴史の中で、大東亜戦争(太平洋戦争)に至る数十年間という一部分だけを取り上げて文化を否定されたのです。

神道がそうです。

多くの日本人の宗教観は神道と仏教の混合です。

子供が生まれて「お宮参り」として、近くの神社にお参りする。

人が亡くなればお寺にお願いして葬式を出す。


こういうこともずいぶんと変わってきましたが、日本の文化というものを大切にしたいし、意味を知るのも楽しいもの。






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