ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

Korea Japan Trip 2007 (その4:ソウル訪問二日目、後半)

2007年03月26日 | Korea-Japan Trip

 

 様々なイベントが目白押しのKorea Japan Trip2日目。そのハイライトとも言える訪問先が金大中図書館。ここは、1998年から2003年まで韓国の大統領を務めた金大中前大統領の寄贈によってによって設立されたもので、1階と2階には金大中氏の生涯を語る様々な品々や、韓国の民主化の歴史についての資料が展示されています。例えばこちらは金大中氏が小学校二年生の時の通知表と副級長の任命書。

    

 1925年生まれであるため、つまり、小学生時代を日本の植民地支配下で送ったため、通知表は全て日本語で書かれています。体育が「乙」である以外は全て「甲」。さすがに成績優秀です。

 ちなみに金大中前大統領といえば、アジア通貨危機後の韓国経済の建て直しとともに、太陽政策(Sunshine Policy)と呼ばれる北朝鮮に対する宥和政策・関与政策で知られます。北朝鮮との関係正常化に積極的に取り組んだ結果、2000年6月には平壌で初の南北首脳会談を実現。南北の和解に取り組んだ実績が高く評価されノーベル平和賞を受賞しています。

 そして今日、僕達ケネディスクールの一行はこの図書館で正に金大中前大統領その人と対面することになるのです。

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 会場後方のエレベータの扉が開くと、皆の視線が一斉にそこに集まります。

 金大中前大統領。

 僕が想像していたよりもさらに小柄で、杖を付きながらゆっくりと前方の演壇に向かって歩みを進められます。足が不自由なのは高齢のせいというよりも、1971年の大統領選直後に起こった暗殺未遂事件による後遺症のためであることを後に知りました。

 金大中氏の人生は文字通り波乱万丈です。韓国の民主化に向けて戦う中で、自宅軟禁・投獄期間は約10年、暗殺や誘拐の危険にたびたび晒されたほか、1980年には軍法会議により死刑の判決まで受けています。

 そんな激しい「民主化の闘士」は、表情を殆ど動かさないまま淡々とした口調で、現在の6者協議に対する見方や南北統一に向けた展望について語られました。そしてその後の質疑応答。またも印象的なやり取りが交わされたのでここで紹介したいと思います。

学生(アメリカ人):「ここに集う我々は皆、将来、それぞれの国でリーダーとして活躍していく事を目標にケネディスクールで学んいます。ご自身の経験からリーダーに期待される役割、求められる資質などについて教えて下さい。」

金大中氏:「私はもう政治から引退して5年も経つ身なので、皆さんに的確なお答えが出来るか分かりません。ただ、私が考える政治リーダーに求められる資質とは、あなたを支持してくれる人々が何を求めているのかを最優先に考え、それを実現していくことです。

 私は1980年、当時の軍事政権に逮捕され裁判にかけられました。その際、彼らは私に『民主化に向けた活動への関与を今後一切やめると約束するならば死刑判決は無効に出来る。それだけじゃない。一生安泰に暮らせるほどの財産を約束しよう。それから、あなたはどのような政治ポジションをお望みか?大統領以外の職であれば全ての希望をかなえよう。』と言ってきたのです。その時私は答えました。『私は私を支えてくれている人々を裏切ることは出来ない。その結果死刑に処せられても、私は人々の心の中で永遠に生きることが出来るのだから。』

 私は、人々の思いと自分の理想に従うことが何よりも重要であると皆さんにお伝えしたい。

 ただ、理想を実現するには現実とのバランス感覚が必要です。これは政治家に限ったことではないと思いますが、「学者(Scholar)」の持つ純粋な理想・原則と、「商人(Merchant)」のもつ現実感覚とのバランスを保つことも大切であろうと思います。」

    

学生(日本人):「日韓関係をより成熟したものとしていくために、日韓双方はどのような事に取り組むべきでしょうか?」 

金大中氏:「私は5年間の大統領在任中、韓日関係改善に精力的に取り組みました。しかし、最近の幾つかの問題(注:氏は問題の内容を具体的に指摘はされませんでした)を見ていると、日本が右傾向化しているように思われます。

 残念なのは、日本人が過去を知らないこと、そして過去を正当化しようと試みることです。こうしたことが続くと、日本が今後成長を続けていく中で、再び過去の過ちを繰り返すのではないか、という不安を抱かざるを得えません。

 一方で、大戦中に日本の同盟国であったドイツを見てみると、彼らは第二次世界大戦で侵略した近隣諸国に対して誠実な謝罪の意を示し、自らの過去の過ちを深く反省しています。日本は過去の不幸な出来事をもっとよく知るべきでしょう。」

    

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 金大中氏の日韓関係に関する回答は少し残念でした。日本人の近代史に関する無知・無関心を正していかなければならないことは正にその通りだと思います。しかし、質問をした僕の友人は「双方が」取り組むべきことを尋ねたのであり、金大中氏から、その深い知見を持って、韓国側が取り組めること、取り組むべきことについて何か示唆をもらえることを期待していたのですが・・・

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 会合終了後、ドイツ人の友人フィリップに尋ねてみました。

僕:「ドイツがユダヤ人の迫害について、深く反省し、若者の教育にも取り組んできていることは知っているけど、第二次大戦で侵略・併合した、フランスやオーストリア、チェコ等にも反省・謝罪の意を政府が公式、個別に伝えているの?」

フィリップ:「うーん。それは面白い指摘だね。僕の知る限りでは、個別に公式に謝罪していることはないと思う。ただ、ドイツ政府の第二次大戦に対する公式なスタンスはこういうことなんだ。

 『ナチスドイツの支配からドイツ市民を解放してくれた連合国、ヨーロッパ市民に感謝する』

 このメッセージは結構深いと思うよ。だって敵に対して感謝するって言うことは、ナチス政府はドイツにとって憎むべき存在であり、ナチス・ドイツ政府とその後のドイツは完全に決別していることを示唆しているわけだから。

 あともう一つあるな。ヴァイツゼッカー大統領が1985年に連邦議会で行った「荒れ野の40年の演説」。“過去に目を閉ざすものは、未来に対してもやはり盲目になる”などのフレーズで有名なこの演説もドイツの近隣諸国に対する公式な反省と謝罪を示すものとして知られているよね。ただ、ヴァイツゼッカーの演説は実はドイツの中では結構論争的なんだ。『あそこまで自虐的になる必要はない』とか何とかね。

僕:「独仏関係は日韓関係、日中関係を考える上で本当に示唆に富むと思うんだ。だって、ドイツとフランスって何百年にも渡り戦争を繰り返し、憎みあい、領土を取り合っていたよね。ドーデの『最後の授業』なんて正にすごくエモーショナルじゃない?にも関わらず、大戦後、ドイツとフランスはEUの設立に向けて手を取り合って主導的な役割を果たし、その一方で二カ国とも素晴らしい独自性を保っている。フィリップは何がポイントなのだと思う?」

フィリップ:「うーん。色々あると思うけど、例えばドイツの中学生・高校生でフランスに短期留学したことのない人は殆どいないし逆も同じだと思う。僕自身もそうだったし。若い頃から積極的に行き来し、お互いを知ることが一番大事なんじゃないかな?」

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 二日目の締めくくりは延世(ヨンセイ)大学の学生とのパネルディスカッションと交流会。

   

 まずは、韓国外交通商部の安全保障部門の大使である文 正仁(Moon Chung-in)氏による北朝鮮の核問題についての講演。その後、延世大学学生とケネディスクールの学生4名ずつが壇上に上がり、朝鮮半島情勢についてパネルディスカッションに移ります。僕も突然指名され、“日本代表”としてパネラーの席に付かされることに・・・

   

 そのときの模様は韓国の朝鮮日報で報じられていますので、ご興味のある方はこちらをどうぞ。

 長い一日を締めくくったのは延世大学の学生たちとの飲み会。日付が変わるまで楽しんだメンバーもいたようですが、僕は長期間の睡眠不足のため、敢え無く途中で戦線離脱。早々にソウルのホテルに戻って気絶したように眠りに落ちてしまいました。

 早いもので韓国トリップも明日が最終日です。 


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2 コメント

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金大中氏 (Satsuki)
2007-04-08 23:15:24
 日韓双方の努力という点では自分はikeikeさんと同感ですが、金大中氏のような未だに「政治的」な人が公の場でこの話題に対して通説以外の発言をすることは困難なのだと思います。また、氏の大統領在任中に対日関係改善に働きかけたのは確かだと思うのですが、日本の「右傾化」を現在韓国が感じているのもまた確かで(その認識自体の当否はともあれ)、氏としては不満もあるのかもしれません。

 延世大学、リンクしておられるのは付属の韓国語学校(語学堂)ですね。大学本体のサイトは、残念ながら日本語はなく、韓国語か英語のみですが。朝鮮日報の記事は拝見しました。文正仁先生、外交・安保分野ではしょっちゅうお名前を拝見する方なので、実際にお話を伺えたとはうらやましいです。
>Satsukiさん (ikeike)
2007-04-09 00:02:15
早速コメント有難うございます。すみません、更新遅れ気味で(汗)。トリップで張り切りすぎたせいか、本業復帰に困難をきたす毎日です。。。
延世大学のHPに関するご指摘有難うございました。大学本体の英語のウェブサイトにリンクを切り替えさせて頂きました。

文正仁先生のお話はリアリティーに富んでいて非常に興味深かったです。北朝鮮の核開発に伴う波及効果として、日本の核武装について触れられていたのが印象的でした。
 曰く「これまで日本の核武装を阻んでいたのはアメリカからのプレッシャーとNPT体制の二つである。NPT体制が揺らぐ今、また「普通の国論」の論調の中、日米安保体制の見直しの議論が進む今、日本が核武装する可能性は否定できない」と。

これについては、僕のほうから、「日本にはご指摘の二つの壁に加えて、核武装に対する内なる壁、唯一の被爆国であるという決して忘れない自国の経験に基づく非核三原則があるから、自分は日本の核武装は殆どあり得ないと思っている」と述べたところ、先生からは、

「そういう意見が日本人から出るのは大変喜ばしいことだ。ただ日本の世論はゆれやすいのもまた事実だ。私は2002年、ちょうど拉致被害者の方々数名が日本に帰国した際に訪日していた。当時の新聞やテレビ番組は激しい北朝鮮バッシング一色で物凄いものがあった。今後北朝鮮が更に挑発的な行動を取った際の日本のリアクションは想像が出来ないほどであろう。」
とのコメントでした。

個人的には、日本人にとって核の議論は、国際政治のパワーバランスといった現実的な議論を超えた、己が倫理観のようなものに関わるものであると思っているので、氏の議論には同意しかねるところですが、現実を様々な角度から鋭く考察される姿勢は印象深く感じました。

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