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まちがい電話

2016年01月29日 | ことば遊び
茶の間の電話がジリリと鳴った。

間違い電話だった。
[いいえ、うちは佐々木です。ハラグチではありません。」そう答えるつもりだった。それなのに、自分でも驚いたことに、口から出た言葉は「そうですが」というものだった。なぜ、こんなことを言ったのだろう。人恋しかったのかもしれない。見知らぬ若い男の声は感じがよかった。間違い電話にしばらく付き合ってやれという気になったのだ。
「ミツコさん、おられますか」おどおどした青年の声が聞こえた。ミツコというのは、恋人かガールフレンドだろうか。
「娘ならまだ帰っていませんが」
「またかけ直します。どうも夜分失礼しました。」最後まで気弱そうな声で青年はそういうと、電話はコトンと切れた。

20分くらいして、また電話が鳴った。
さっきの青年だった。まだ間違い電話と気づいていないようだ。教えられた電話番号そのものが違っていたのではないかと思った。
だとすると、ミツコが帰ってくるまで、ここへ電話をかけ続けてくるかもしれない。
そう思いあたり、ほんの悪戯心であんな嘘をついたことを後悔した。ためらった末、今度も頭の中で考えた返事とは裏腹のことを口にしていた。
「まだ戻りませんが。そういえば、今日はお友達の所に寄ってくるので、帰りが遅くなると言ってましたから」
がっかりしたような声で、最初の電話同様、丁寧に詫びて電話は切れた。

また、電話が鳴った。私は自分の耳を疑った。まさかと思ったが、受話器を取り耳にあてるや否や、
「ミツコさん、おられますか」あの青年の声だった。なんとなくぞっとした。2度目の電話から20分もたっていなかった。
「あのね――、ついさっき、ミツコから電話がありましてね、お友達の所に泊るそうです。ですから、今日は帰らないと思いますよ」
当座しのぎと分かっていながら、そう言ってしまった。
青年は重苦しい沈黙の後、「夜分失礼しました」溜息のような声で同じセリフを言うと、コトンと電話を切った。

しばらくして、電話が鳴った。
あの青年?そんなはずがない。ミツコは帰らないとハッキリ言ってやったのだから。またかけてくるわけがない。でも、・・・厭な予感がしていた。
もしかしたら、違う人からかもしれない。

青年の声だった。「ミツコさんが出るまでかけ続けますよ」青年は相変わらず礼儀正しい声で言う。
「分かっていますよ。お母さんが、ミツコにそう言えと言われて嘘をついていることは、最初から分かっていたんですよ」
青年の声に含み笑いが重なった。
「早く出せよ」青年の口調ががらりと変わった。
押し問答の末、そんなに恐れる必要がないことに気付いた。この男は間違い電話をかけていることを知らないのだ。
青年に真相を打ち明けた。
「茶番はこのくらいにしようや。ミツコを出してくれよ。」さらにつづけて、「どこからかけていると思う?」
背筋がふいに寒くなった。この男、どこから電話をかけてきたのだろう。自宅からだと思い込んでいた。まさか?
「電話番号からお宅の住所を調べたんだ。近くの公衆電話からかけてるんだよ。」
「10分以内に、あんたのうちの呼び鈴を鳴らしてやるよ。ミツコを逃がそうなんて気を起こすなよ。もしいなかったら、どうなるか分かってるだろうな。覚悟しておけ」
「け、警察を呼ぶわよっ―」最後の言葉は、切れた電話に向かって叫んでいた。
なんてことに― 私は髪を掻き毟った。間違い電話に付き合うなんて。つい魔がさしたのだ。あんなことさえしなければ。
電話であんな強がりを言ったものの、警察に知らせることもできなかった。私には、電話を呼ぶことができない事情があった。

今にも玄関のチャイムが鳴りそうな気がした。ガタンという音。台所の方だ。まさか?
はっとして立ち上がりかけていたとき、突然、心臓をひっくり返すような音で、電話のベルが鳴った。
震える手で受話器を取った。青年の声だった。どういうことだろう。
「佐々木さん?」おとなしい礼儀正しい話し方になっている。
「あんな脅迫めいた電話をかけてしまって、つい調子に乗ってしまったんです。遣り過ぎました。申し訳ありません。」

私はポカンとしていた。何がなんだか分からなかった。
青年が説明をしはじめた。
「適当な電話番号を押してその反応がおもしろくてかけたんです。電話代がかさむけど・・・。
だからお宅の電話番号も覚えてないんです。でたらめな番号を押したんですから。
何度もかけたのは、リダイヤルを押して機械が記憶した番号にかけたんです。

ふたりは、退屈をまぎらせお互いの家庭内を話した。
青年は母親とふたり暮らしであることを、私は舅とふたり暮らしであることを打ち明け合った。
あれこれ話し込んで、「実はぼくね」青年は秘密を打ち明ける子供のような口ぶりで、そっと言った。
「おふくろを殺したんです」

私の手から受話器が滑り落ちそうになった。手のひらにじっとりと汗をかいていた。
「今、電話をかけている部屋の床に、おふくろは横たわっているんです。洗濯ヒモを巻きつけたままでね。
殺害の仕方から自首すべきかどうか、ついにはバラバラに切断すべきかについてまで・・・。

「もう切るわ」
「あっ、待ってください。また、遣り過ぎたかな。嘘ですよ。いま言ったことはみんな嘘です。」青年は笑った。若々しいさわやかな声だった。
「分かっているわ。嘘だってことは。」私は、そっけなく言った。
「もう本当に切るわ。舅が咳き込んでいるみたい。薬を持って行ってやらないと。」

しばらく電話の前から動かなかった。いや、動けなかった。リダイヤルとかで、またかけてきそうな気がしたからだ。心のどこかでそれを待っていた。
しかし、30分待っても電話は鳴らなかった。私は諦めて立ち上がった。本当に舅が起き出して咳き込んでいるような音を聴いたような気がした。
空耳だと分かっていたが、茶の間を出ると奥の8畳間に行った。ふすまをカラリと開けると、舅は胸の上まで掛け布団をかけて、おとなしく仰臥していた。電話が鳴って、私が出て行ったときのままの姿勢だった。咳はしていなかった。

私、分かっているのよ。口に出してつぶやいてみた。
あなたが言ったことは全部本当だってことをね。あなたがお母さんを殺したというのは本当だということ。

だって―――
舅の枕元に膝をつくと、骨と皮ばかりになった喉首に巻き付いていた電気コードをそっとほどいた。
私たちは似ているから。

推理小説代表作選集の内、『私に似た人』著者:今邑 彩 を要約
決して間違い電話を、からかったり悪戯心を起こさないでください。

       

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6 コメント

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間違い電話 (らいちゃん)
2016-01-29 07:23:47
怖い間違い電話ですね。
推理小説で良かったです。
間違い電話での悪ふざけは禁物ですね。

>石上神宮に行くときに、PL教団敷地の側を通りました。真夏の花火大会は、とんでもなく派手だそうですね
現役の頃、富田林に隣接する金剛からPLの花火大会を見学した事があります。
見事な花火でした。
最近はあまり話題にならなくなりましたね。
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(らいちゃん) へ (iina)
2016-01-29 08:33:11
高野山への西高野街道と中高野街道が交叉する地に、曼荼羅をもつ松林寺がある意味合いも深そうです。
松林寺(しょうりんじ)を少林寺と綴らなかったのですね。でも、「松林」の方が、気取らなくて素朴でいいです。

晴明塚があるなど、陰陽師の安倍晴明は当時から人気があったのですね。

間違い電話から、よくこんなストーリを発想したものです。ラストは、よく練られた推理小説的意図を感じますが、
それさえなければ或いは悪戯心がさわいで、小説のように対応するひとがいるかもしれません。
でも、それをキッカケに恐ろしい展開になりかねません。決してからかったりしないでください。

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[いいえ、うちは佐々木です。ハラグチではありません。」 (rourel-3)
2016-01-29 09:44:35
ここが全ての始まりであり、この小説のポイントになっていますよね!
殺人は許されませんが、自身の過去生において、全く無関係とも言い切れませんので、複雑な心境になります。
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(rourel-3) さん へ (iina)
2016-01-29 10:02:49
rourel-3さんは、ブログを日記代わりにしているのですね。(^^ゞ
そのせいか、自身の思いを頭に浮かんだままつづるためにブログ記事及びコメントには相変わらず理解できないことが
書き込まれています。

第三者が読んで理解できるかを吟味して投稿されると、当方もたすかります。

きょうの拙宅のタイトルが「まちがい電話」でした。

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面白い (hide-san)
2016-01-29 17:16:05
話にどんどん引き込まれていきました。

最後の落ちには、気が付きましたが、とても良く出来たお話でした。

O・ヘンリ-短編集に作風がよく似ていますね。
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(hide-san) さん へ (iina)
2016-01-30 11:14:31
iina宅のメニュー蘭「自己紹介」には、『一語一笑(いちごいちえ) 』と埋め込んでいます。
松尾芭蕉の「奥の細道」に、この「一笑」が出てくるとは知らなかったです。使ったブログに箔がついた気分です。^^

>最後の落ちには、気が付きましたが、とても良く出来たお話でした。
オチを予想したとは hide-sanさんは、推理小説がお好きなのですね。
次のような伏線を張ってますから、ちょっびり気づく仕掛けをほどこしてあります。

   >私には、電話を呼ぶことができない事情があった。
   >本当に舅が起き出して咳き込んでいる・・・ 空耳だと分かっていたが

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