いっちゃんのよもやまばなし

ユートピア活動勉強会で使用した政治・経済・歴史などの書籍やネット情報、感想などを中心に紹介します。

人口と日本経済 長寿、イノベーション、経済成長 吉川洋 著

2017年04月13日 15時40分28秒 | 書籍の感想とその他
日本は人口減少社会だから経済成長は望むべくもない...お定まりの悲観論に対するたいするマクロ経済学者からの反論の著です。分かりやすくするためにエッセイのスタイルを選んだ著作で、難しい人口論の全体感を掴む上でとても役に立ちました。



出版社の内容紹介を引用します。

人口減少が進み、働き手が減っていく日本。財政赤字は拡大の一途をたどり、地方は「消滅」の危機にある。もはや衰退は不可避ではないか――。そんな思い込みに対し、長く人口問題と格闘してきた経済学は「否」と答える。経済成長の鍵を握るのはイノベーションであり、日本が世界有数の長寿国であることこそチャンスなのだ。日本に蔓延する「人口減少ペシミズム(悲観論)」を排し、日本経済の本当の課題に迫る。

生産性向上は経済成長が前提であるとの藤井聡教授による最近の主張もこの書籍を読んでいた私には納得がいくものでした。下手をすると循環論になりかねませんが、本書では外ならぬ日本の経済成長が実は人口の増減と相関していなかったとの指摘は注目すべきと思います。

人口論と言えばマルサスが有名です。「人口は幾何級数的に伸びるが、食料などの生活資源は算術級数的にしか伸びない」この説が実は当時の英国の「救貧法」に対する批判であった...、著者はその重要性を指摘しています。牧師であったマルサスが貧しい人々の苦しみに無頓着であったはずもないのに反対したのは、「貧しいからこそ怠惰に流れず、働くことになる」と貧困の効用があるからと説明しています。サラリーマンであった私も住宅ローンを抱えているから懸命に働いたと思います。(笑)

著者の要約を引用します。

給付水準の引き上げが一時的に貧しい人々の生活水準を上げることがあったとしても、いやむしろそうした効果が大きければ、結局人口を増加させるだけで、彼らの生活は以前と変わらぬ悲惨な状態に戻らざるをえない。 マルサスはこう主張する。食料の総供給が変わらないかぎり、貧しい人々へ所得を再分配しても、彼らの生活状態が長期的に改善することはありえない。マルサスの「辛ロ」の議論はさらに続く。家族をしっかり養うことができないのに、結婚する人が増え人口が増加すれば、最後には飢えや病気により人口が抑制されることにならざるをえない。そうした悲惨さに比べれば、貧しい人々が始めから家族を養うことの難しさを見通し、結婚をあきらめることによって、人口が抑制されるほうがはるかによい。
マルサスの議論を支える骨太の論理は、『人口論』の中ほど(第7章末)で再度簡潔に要約される。すなわち「人口の増加は必然的に食料により制約される。食料が増えれば人口は必ず増加する。人口増加圧力を抑え、現実の人口を食料の供給とすり合わせるものは、貧困と悪徳である」。こうしたマルサスの議論を後にマルクスは罵倒した。
(引用は以上)

マルサスの人口論はダーウィンに影響を与え、ダーウィンが影響を与えたマルクスにより批判された...とは皮肉な現象です。有名なリカードとマルサスの議論も現代的な意味を持っています。リカードは「英国は工業に特化し、食料は輸入すれば良い、だから自由貿易こそ重要なのだ(不公平は交易条件によって解決される)」と主張し、一方のマルサスは逆に「関税により国内の農業を保護すべきだ」と主張しています。リカードの説を習近平氏が唱えトランプ大統領がマルサスの説を唱えているとの見立ては言い過ぎかもしれませんが、マルサスは仏革命にも批判的であったので、自分勝手ながら面白い現象だと納得しています。

ケインズは第1次大戦後、仏の主導する過酷な賠償金要求に反対する論議に敗れて『平和の経済的帰結』を著しました。現状分析の中で、ドイツが工業国への転換に成功した結果、人口増加を生み出し膨張政策を招いたと指摘しています。お隣の国の膨張政策の背景を見事に説明しています。そして、もう一つ重要な指摘があります。
(以下に要約として引用します)

「大戦により貯蓄が資本蓄積を生み、社会経済を成長させる...そうした社会秩序は崩壊した。貯蓄には、もはや経済社会を進歩させる積極的な意義を期待することはできない。投資につながらない貯蓄は、ただ「消費しない」だけで、経済に「需要不足」を生み出す。不平等は経済の成長の源泉ではなく、逆に桎梏となる時代が幕を開けた。」日本のバブル崩壊が第二の敗戦であったとの指摘と符合します。

ケインズが生きた1920年代の英国における問題は人口減少であり、投資にマイナスの影響を与えたと指摘しています。この点は書籍では引用されていませんが、トインビーもマクロな視点から、豊かな先進国が抱える問題点として人口減少を嘆いています。『試練に立つ文明』

ケインズは、若きマルサスが説いた過剰な人口が生み出す悪徳と悲惨を、人口(Population)の頭文字をとって「Pの悪魔」と名付けました。一方で、老マルサスが指摘した失業(Un-employment)の間題を「Uの悪魔」と呼びましだ。19世紀の前半まで人類の長い歴史においてP の悪魔が猛威を振るい、人口が減少する20世紀初頭の先進国においては投資が過少になることからUの悪魔にさらされていると主張しています。2017年の現在トランプ大統領はUの悪魔と対決しているわけです。

エコノミストの三橋貴明氏が経済成長と人口に関係が無いことを説明する事例として、ジョージア(グルジア)とオランダの事例が取り上げていますが、実は日本も歴史的に見れば同様なことが言えます。著者は以下のグラフを引用して、
「戦後の成長が大きいために図の右半分が目立つが、縮尺を変えて左半分だけ見れば、戦前についてもGDPと人口の成長は大きく乖離していることが分かる。明治の初めから今日まで150年間、経済成長と人口はほとんど関係ない、と言ってよいほどに両者は乖離している。経済成長率と人口の伸び率の差、これが「労働生産性」の成長にほかならない。労働生産性の伸びは、おおむね「1人当たりの所得」の成長に相当する。労働力人口が変わらなくても(あるいは少し減っても)、 1人当たりの労働者がつくり出すモノが増えれば(すなわち労働生産性が上昇すれば)、 経済成長率はプラスになる。」と指摘しています。



戦後の経済成長は人口増加を遥かに上回りっていることも分かります。生産性を向上させた典型的な事例が新幹線の導入でした。

経済成長に直接かかわる生産労働人口に関して次の表を基に労働生産性の重要性を主張しています。マル経の視点からは決して導かれない結論です。



著者の分析を以下に引用します。

経済成長率と比べてほとんど知られていないのは労働力人口の推移だ。表にあるとおり、高度成長期、オイルショック以降、労働力人口の平均成長率はそれぞれ1.3%、1.2% であり、ほとんど変化していない。
図表2-7を一督するだけでも、高度成長が労働力人口の旺盛な伸びによって生み出されたものではない、ということが分かるはずだ。高度成長は、労働生産性の伸び(9.6% - 1.3% = 8.3%)によってもたらされたものなのである。同様にして、オイルショック以降経済成長率が4.6%に低下したのも、労働力人口の伸びが低下したからではなく、労働生産性の伸びが8.3%から3.4%へと5%近くも低下したからである。

日本衰退論を退けるためには、生涯現役と新たな付加価値を生み出し労働生産性を向上させるイノベーションであることは論を待たないと確信します。