どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

突然寒い

2016-06-03 01:06:07 | 日記

 

今日は寒かった。気温も12度から14度をウロウロしている程度で、最高気温は15度となっているがほとんど瞬間的なものだった。おまけに朝から細く雨が降る続く。ものすごく細くだ。おかげでレーダーに捕捉されないし、アメダスデーターにあらわれたのは10時以降だった。その頃から、細く降って時々強く降って、時々やんでたまに晴れるという天気になった。

こんな雨は地面によくしみ込む。いい雨なのだが仕事と重なると厄介だ。

 

 

ドナルド・トランプが経営していた不動産取引専門の「トランプ大学」は、詐欺で訴えられていた。だがその裁判での関連文章は公開されていなかったが、公開されたようだ。元スタッフが提出したマニュアルから見ても、相当に怪しいのは間違いがない。

不動産取引で大富豪になるためのイメージは、間違いなくすごろくだ。小さな取引から初めて徐々に大きくし、資産からレバレッジを効かせて、とは言っても初期はそんなに効かせられない、資産額が大きくなるにつれて徐々に大きく動かせるようになる。その際に、不要な土地を押し付けられたり、銀行融資が滞ったりと、休みになるときがある。その時間を無駄にしないためには複数のすごろくのボードを持たなければいけない。そこまで資産を増やすためには、相当な時間がかなる。もちろんあるとき突然にというのはないわけではない。でも成熟した社会では、間違いなく資産を最初から持っている人が成功するようになっている。そしてトランプ氏は初めから富豪だった。それが大富豪になっただけで、トランプ氏から習っただけで誰もが大富豪になれるわけではない。そのノウハウを習ったとしても、誰も使いこなせないのは間違いがない。そもそもが詐欺だと言えるかもしれない。

日本人だったら、自分の名前を冠していたとしても名義貸しになるように操作すると思うのだが、トランプ氏はそういったことができる人とは思えない。大統領になったら相当問題になるのではないのだろうか。

 

 

トランプ氏もなかなかの食わせ物だが、上には上がいるフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ次期大統領だ。フィリピンの腐敗を一掃するためには問答無用の摘発、つまり殺害も辞さないという、おっそろしく強権的な発言をしている。確かに彼が市長だったところでは成功した。だが「腐敗したジャーナリスト」は殺して構わないと言い始めているのが、相当怪しい。

ドゥテルテ氏は表現の自由を守る方途に関する質問に対し、「記者だからとの理由で暗殺から逃れられるわけではない。特にその記者が悪党などの場合は」などと答えた。首都マニラでは先週、犯罪担当記者が射殺される事件が起きていた。」

前後が分からないからなんとも言えないが、ここだけだとリンチを容認しているということになる。フィリピンでは1992年以降殺害された記者は77人に達し86年以降では176人と言われている。この状態で大統領がこの状態を容認している発言をするのはどうなのだろうか。それともフィリピンのジャーナリストはみんなマフィアとつながっているというのだろうか。

さてアメリカは共産主義独裁で、人権侵害で有名なベトナムに武器輸出すると決めた。アメリカはダブルスタンダードの現実主義だが、それにしてもというところはある。サウジアラビアと仲が良かったというのも現実主義すぎる。そしてキューバと国交回復したくらいに現実主義だからしょうがないのだろうが、このフィリピンに対してはどうするのかが見ものだ。

ポピュリズム&強権的志向というのは、日本の安倍首相もそうだという人もあるかもしれないが、殺人してもいいというほどの、空っぽではないと思う。



安倍首相を空っぽだといった。で、実際そうかもしれないと感じ始めている。ポピュリストでもないが、何か特定の団体や人の意見に左右されやすいところがあるように見える。かっこいいフレーズを言おうとしてわけわかんないところはあるが、それもまた信念ではないというところがあるような気がする。

例の戦争法案だが、包括的な安全保障関連法案というべきものでほんの少しだけ、全くにほんの少しだけ拡大した法案だ。だがこの法案は世間以上に右翼と左翼から評判が悪い。理由はどちらから見ても中途半端だからだ。この点は驚く一致点だ。交戦状態になることを想定していないということだ。妥協した結果そうなったとも言えるが、首相は徹底するほどの思い入れがないと言えることかもしれない。

麻生財務省大臣が、海外に向けて消費税増税をいった途端、消費税増税見送りを言った。確かに国内的に正しい決断だが、大臣の顔に泥を塗った以上のことになったわけだ。まあ二人の発言が食い違うのは日常だが、にしてもえらいことになったものだ。

多分近いうちに、金融緩和が行われる可能性が高くなったように思える。だがそれ以上に世界がなぜか漂流しつつあるように感じる。それは単純なポピュリズムでもなく、富の偏在でもなく、情報流通の過剰でもなく、マルクスのいう革命でもなく、宗教でもなく、もっと大きな何かがあるように思える。

ロシアの復古主義はなかなかにしたたかだが、その背景が多分一つの解法なのだろう。