よっしーのやまにっき Vol2

まだまだ行きたい山がある・・・

昭和40年代 宇都宮御本丸 お好み焼屋台

2021-01-03 21:16:09 | 語り

昭和40年代 宇都宮の御本丸にお好み焼の屋台が出でいた。

私は、高校まで県東の農村地で育った。

母は美容師で火曜日が休みだった。小学校から帰ると4つ下の妹と私を連れて、バスで宇都宮へ行くことがあった。母は、いつも、上野さん(上野百貨店:栃木県民は上野さんと呼んでいた。二荒山神社のところにあった。今はなくなってしまった。)で洋服を見るのが好きだった。ほとんど買わないんだけど…。

父は宇都宮勤務だったので、仕事が終わるのを待って合流して帰るのだった。そしてたまに連れて行ってくれるのが御本丸のお好み焼屋台だった。リヤカーみたいな屋台である。

広島風でもなく、大阪風でもない。今でいうとクレープ風かな。

結構お客さんがいて待たされた記憶がある。でも、子どもながらにお好み焼を作るのを見ているのはホント楽しかった。

鉄板に生地をおたまのハラで広げ、具は天かすと紅しょうと桜海老だったかな。パンパン叩きながら両面を焼いていく。ソースをたっぷり塗って、青海苔かけて、クルクルと丸めて、木の紙で包んでくれた。

120円くらいだったかな…。

あの頃の宇都宮はホント今よりずっと寒かった。

冬の夜、寒風の中、熱いお好み焼を頬張るだけで、ホント幸せな気分になれた。

もう、50年近く前の話なんだな…。

なんか最近、昔のことをよく思い出す…。

歳だなぁ…。

 

 

 

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2 コメント

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お好み焼き (ワラビー)
2024-03-24 21:05:01
初めまして!御本丸のお好み焼きで検索したら、このサイトが出てきたので、懐かしくてコメントさせて頂きます。

私は昭和の時代に御本丸公園の近くに住んでいたので、もろに地元でした。その当時はアイススケート場もあったので、その後に屋台のお好み焼きを食べてました。たぶん、人生で初めて食べたのが、ここのお好み焼きなので、未だに大阪風とか広島風のを食べると違和感があります。

学校帰りにもよく買い食いしてました。お小遣いが少ないので、お好み焼きが買えない時は、中身を砂糖だけにして、今でいうクレープのようなものを作ってくれました。

今でも無性にあのお好み焼きが食べたくなりますが、もうあのおじさんも天国に旅立たれていると思われるので、すっかり諦めています。

どこかであのお好み焼きの味が食べられる日がくれば、とても嬉しいのですが。
Unknown (よっしー)
2024-03-24 21:35:48
ワラビーさん、コメントありがとうございます。
この記事を読んでいただきとても嬉しく思います。
私は御本丸が地元ではありませんが、子供の頃に父親の仕事帰りを待って連れて行ってもらったのが懐かしく、またあのお好み焼きを食べたいとずっと思っています。
昭和40年代、私がお好み焼きを食べたのは、御本丸の屋台が初めてでした。大阪風でもないし、広島風でもないし、あのお好み焼きが私の原点です。

時は過ぎて、就職したときだから、平成元年だったかな?御本丸の西側の通りを南へ行った所と記憶してますが、あの屋台をやっていたおじさんのお店があると聞いて、1度だけお店を見つけて買いに行った記憶があります。
美味しくて、懐かしくて、今でも食べたくなりますね。

ホント、コメントありがとうございます。

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