創価学会は本当に正しいのか?

活動を続けるべきか?辞めるべきか?
30代半ばの男子部員は、ある結論を選びました

男子部ニューパワー総会

2008年11月30日 | Weblog
さて、前回のつづきです。前回はじめて同時中継に行った時のことを書きました。
今日は男子部ニューパワー総会に参加したときのことを書きます。

2~3回同時中継に参加したある日、Aさん(私を活動に誘う熱心な男子部氏)から
「ニューパワー総会に行きましょう。」と誘われました。
ニューパワー総会?何それ?と思いましたが。
ちなみにニューパワー総会という名称ですが、定かには憶えておりません。
そんな名前だった。ぐらいな感じです。
[男子部のデカイ会合(気合いを入れる例のあれ]と言えば、ご存知の方は「ぁーあれか」と、
合点がいくでしょう。場所は同時中継と同じ文化会館。
文化という名がついていますが、文化的なことは特に行われていません。
アカデミックな名をつけたがるのは創価学会のお約束といった感じでしょうか。
ほら、仕事で名刺交換とかした時に
[株式会社○○インテリジェンス]とか付く名前の会社に限ってうさん臭かったりしませんか?
全国の[○○インテリジェンス]様、中傷失礼いたしました。

というわけでニューパワー総会の感想です。(いきなりかい!)感想は、

「カルトオーラ全開バリバリ!、こんなのやめよーゼ!」です。

会の進行は、
全員で勤行 → 学会歌 → 体験発表報告(部員) → 地区別活動報告(部員) →

指導A(中堅幹部) → 指導B(中堅幹部) → 指導(大幹部) →

全員で題目三唱 → 本部別指導 → 地区別指導 → 解散  所要時間:80分程度

といった感じです。男子部のこの手の会合は概ねこんな進行で行われます。

勤行終わって学会歌(軍歌っぽいという声もあるが?)を一発かますあたりから、
気分が高揚してきます。
そのあとに体験発表報告(信心しててよかったことなどの体験談)が始まるわけですが、
この報告の仕方を何かに例えますと、
私の感じとしては…高校野球甲子園の選手宣誓みたいな感じでしょうか。
宣誓!我々は!というあれに似ています。

それは報告と言いますか何というか、叫びです!叫び!怖いです。目がイッテル!?かも、です。
(この目がイッテル方々は、普段はいたって普通です。こういうときのお約束って感じですね)

まず報告者が壇上に向かいます。向かうときその地区の部員は「ぅおー」とか言って盛り上げます。

報告者:「○○地区の同志!元気かー!!!」(何百デシベル?ってぐらいでかい声)
部員 :「ぅおー!!!」
報告者:「折伏ーやってるかーー!」
部員 :「ぅおー!!!」
報告者:「えー!では◯◯地区、活動報告並びに体験発表を行わせていただきます。」

という感じで叫びます。
(注:私の地区だけかもです。ほかの地区は知りませんが、大方は同じようなノリかと)
以下、折伏・新聞営業・選挙活動など、
その時々の創価学会が掲げてる目標に沿った内容の報告がなされます。
人によりますが、この時の、この人は、はじから終わりまで、なぜか叫んで発表していました。

「おまいら、今から戦争でも行くんかい?」と思ってしまいました。(失礼

ちなみに創価学会では、常に[戦い]という目標が、
上位下達方式で数字となって、本部から降りてきます。
創価学会員はその戦いに[勝利]することで自己鍛錬となり、
ひいては人生との戦いに勝利できる。
つまり幸せになれると、ちょっと大雑把ですがこういう考え方です。

で、本部から降りてくる[戦い]は、
概ね、折伏・選挙・新聞営業
(学会では新聞啓蒙と呼んでますが、私は「啓蒙」という言葉がきらいなので「営業」とします)
が主な目標になります。学会員はこれらの目標を必死で達成しようとします。

念のためですが、この[戦い]に、ノルマのようなものは一切ありません。
達成できなくても個人が責められるということは無いです。
ただし、プレッシャーはかなりかかります。
あいつは逃げてる。勇気が足りない。意気地なし。みたいな雰囲気とか発言ですかね。

総会の話を続けます。
幹部の指導は、そんなに叫びません。
が、出だしだけは「元気かー!」「ぅおー!」で始まります。たぶんお約束ですね。
幹部の指導は、きちんとしています。立派というか、それなりにちゃんとしてるというか、身振り手振り、拳を握ったりなんかして、熱弁です。話し方が上手で、時にフォローも入れます。

「今日はじめて参加した、メンバーいますか?(何人かが手を挙げる)
あっ。すごい迫力でしょ。あの、いつもこんな感じじゃないですから。
びっくりしないでね」みたいな。


いつもこんな感じなんですが…。


そのような感じで[戦い]の[勝利]に向けて、色々な指導をします。
そして、幹部は諭すように言います。以下、幹部の指導。

「みんな、何のための戦いか本当にわかってますか?
いいですか? みなさんも私も、何も学会のための営業マンではないですよ。
集票マシーン、学会マシーンじゃないんですよ。
戦いは、みなさんひとりひとりの宿命転換のためですよ。
幸せのためですよ、 病気の人は病気を直すため、
経済苦の人はそれを解消するため、
人間関係に悩んでる人はその解決のため。
だからこの戦いをやるんですよ。
学会のためじゃなく自分の幸せのためにやるんです」


創価学会は本当に正しいのか?

おそらく[このカルト指向的な発想]が、
私が学会に馴染めないところかもしれない。ふたつある。

ひとつは、
折伏・選挙活動・新聞営業・などの数字目標達成が、自分の幸せのため。
という事を信用できない。

もうひとつは、
たとえ、それが本当だとしても、その考え方で幸せになりたくない。

考えてみたら楽なのだ。幸せになる方法を、ものすごく簡単に説明してくれる団体。
魅力的だし。いい人ばっかりだし。信用したほうが楽だ。でも自分は嫌だ。

幸せとは、実感するものだと思う。…………たぶん。

でも、私は幸せを、折伏・選挙活動・新聞営業で得たくないのだ。
それは曲解だと学会員の方は言うかもしれない。
じゃー言うな、そんな、宿命転換とか言うな。
普通の人間同士なのに…、幹部だからというだけで…。

幸せを、人生を、保証するな。選挙と幸せ。新聞と幸せ。
折伏と幸せを極々シンプルにつなげたもの言いをやめてもらえまいか?
そりゃ~信者も増えるって。


自分は俗っぽい人間だと思う。「ハッピーになりたい」そう思ってる。
思ってるが、それは、普通に世間一般のリアルな現場でリアルな行いによって
ハッピーになりたいのだ。学会の中にいても、世間一般で生活していても、生きるのは大変だ。

幸せになる方法を、そんな簡単(でも大変)に組織活動で、
ノリノリで、怒鳴り声で、ワーワーワーワー言いながら、みんなでそーだそーだと言いながら、
他人をどんどん巻き込むことを、最終的には自分が幸せになるためだ。
という考え方には抵抗感があります。



“創価学会は絶対真実だから、創価学会が広まれば世界中が幸せになるからいいじゃん”


そんな意見もあるかも知れん。

カタチのないものをカタチにしてしまった創価学会。言い切ってしまった創価学会。
僕たち創価学会員は、いつかこの責任をとらなければならないのかも知れない。


なんつって。だんだん文章が暗く、支離滅裂で、長くなってきました。この辺でやめときます。
今日は男子部ニューパワー総会の事を書きました。
次回は、学会の会合などで感じた疑問を、
Aさんにぶつけてみた(質問した)時の話を書こうかな。です。