文房具の市場規模が2008年度から2012年度までに10%も減少するなか、出荷額を増やし続けているのがパイロットの万年筆「カクノ」だ。
50万本という驚異的な数を売り上げた「カクノ」は、日本初の本格的な子ども向け万年筆というコンセプト。
注目のこの万年筆、価格は1000円と安い。
万年筆は通常、安いものでも3000円程度。
同社の売れ筋は金製ペン先を使った1万円クラスの商品だ。
「今回の開発テーマはまさに『低価格』にありました。1000円の万年筆を作る、ということは弊社の長年の課題として追究してきたテーマでした」
なぜ、低価格製品なのか。そのヒントは万年筆の「使用経験」にあった。
同社が8000名を対象に実施した調査によると、50代の男女の9割以上が万年筆を使った経験があると回答。
一方で、20代のなんと半数以上が、使ったことがないと判明した(「万年筆に関する実態調査」2012年)。
さらに興味深いことが見えてきた。
「万年筆が欲しい、と考えている人が最も多い世代は、意外にも20代でした。若い人が抱く万年筆のイメージは、オシャレ。肯定的なんです。ところが購入していない。理由は、価格と、使い方がわからないことにありました」
同社の狙いは、「関心はあるが使ったことのない」新しいユーザーを掘り起こすことにあった。
「カクノ」を実際に握ってみると丸みを帯びたやさしい感触だ。
全体は樹脂でできていて、ボディの部分は六角形。
「実は子どもたちの手に馴染み易いように、鉛筆を参考に設計しています。また、ペン先に近いグリップ部分はなだらかな三角形で、親指、人差し指、中指が自然に正しい位置にフィットするよう、微妙なへこみをつけました」
「カクノ」を手にとるだけで、正しい持ち方や使い方へと指が誘導されていく。
キャップにも微妙なへこみがあり、そこをつまめば力を入れなくても気持ちよくキャップが外れる。
商品の「形」「デザイン」の中に、無言で使い方を伝える仕掛けが潜んでいる。
ペン先には何やら細い線が。
目を凝らすと、それは「顔」だった。
「初めて万年筆を使う方にも正しい向きがわかるように、ペン先に笑顔マークをつけました」
つまり、顔が見えるように持てばいい、ということ。
そうした細かい作り込みが随所に発見できる。
「カクノ」という商品の醍醐味だろう。
発売してみると、またまた想定外のことが見えてきた。
「子ども向け万年筆と謳いつつも、実際のユーザーは若い女性が多いようです。複数購入して、インクの色のバリエーションを楽しむ、という方もいらっしゃいます」
世は空前の美文字ブーム。
文字は人柄を表わすとかで、「美しい文字」は女子力アップの強力アイテム。
「万年筆を使うと字がうまく書けそう」と考える女性も多いとか。「カクノ」は時代の波に乗った。
デジタル化によって、手書きの機会も時間も激減してしまった。
それがむしろ、「書くこと」へのこだわりを生み出した。コスト削減の折、会社から支給される事務用品も減ってしまった。
だが、それがかえって、「自分で買うのならばこだわって選びたい」という欲求に火をつけ、万年筆への関心が高まっていった。
手触り・アナログ感への渇望。
手先を使う道具への希求。
そこへ、斬新なデザイン性や、使い方を誘導するユニークな設計思想等が融合して、今や文房具は「スモールラグジュアリー(小さな贅沢)」とも表現される独自の領域に。
デスク上やカバンの中に愛する小さな道具をしのばせることが究極の贅沢。
「カクノ」のヒットは期せずして、そんな時代と波長をぴたり合わせたところに生まれた。
安くて使いやすいからいいねえ。。。