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加賀友禅に吹き込む風 ~友禅作家・下村利明先生を訪ねて~

2013年03月24日 | 経営に学ぶ

県内各地の様々な分野で活躍されている方を訪ねてお話を伺う企画。今回は石川県が誇る伝統工芸の中でも、ひときわ優美さをもつ「加賀友禅」の世界で作家として活躍される一方、加賀友禅の良さを広く知ってもらおうと小学生の指導などにも力を入れておられる下村利明先生をその工房(友禅アート染華)に訪ね、熱い思いを伺ってきました。

※「加賀友禅」については、下記のサイトをご参照ください。

協同組合 加賀染振興協会のHP
http://www.kagayuzen.or.jp/about.html


 

平野:下村先生は、どうして加賀友禅の作家の道を選ばれたのですか?

下村:私の父が加賀友禅の地染め職人で、工房を営んでいたのです。とにかく忙しく働き通しの父や祖父でしたね。私は子どもの頃から、「身体は大丈夫なのか、たまには遊びに行きたくはないのか」と思いながら、この仕事の厳しい日常を見てきたんです。自分にはそんな能力も気力もあるとは思えないし、何か違った仕事をと考えていました。

平野:それが、どうしてお父様と同じ道を歩むことになったのですか?

下村:大学へ進学する時期になり、東京の経済学の大学に合格していたのですが、結局親の願いもあって金沢美大に進学することになったのです。あまり深く考えて入ったわけでもなかったのですが、入学後にいろんなことが見えてきましたね。学生時代は、とにかく力不足だったのを跳ね返そうと、自分なりにかなり努力したと思います。

平野:卒業後、すぐに加賀友禅の世界に入られたのですか?

下村:自分は父親のアシスタントとして職人からスタートしました。その後、修業期間を経て作家登録をし、現在までやってきているわけです。

 

平野:修行の期間はかなり長いのですか?

下村:友禅作家になるためには、ある先生の工房で10年は修業し、さらに問屋の承諾がなければ作家登録はできなかったのです。基本的にはそうした習慣で、作家としての道が開かれてきています。

平野:現代の若い人たちには、大変なハードルですね。

下村:ええ。でも、近年は作家も問屋もその余裕がなくなってきて、弟子として雇って長い年月かけて育てていられなくなったのです。弟子といっても国の雇用規制が適用されますから、最低の労働条件は守らなくてはなりません。それで作家といえども、経済的な事情から弟子を育てていられないのが現状なのでしょうね。


平野:経済的な事情と言われましたが、加賀友禅に限らず石川県の伝統工芸全体が、近年低迷を続けていますね。

下村:加賀友禅の世界でもそうですね。作家、職人、問屋のいずれも数が減少しています。平成元年当時から見ると、大雑把にいって収入は半減、数は3割減といった感じでしょうか。需要の減少と単価の低下によって、加賀友禅の業界自体が縮小しているんです。

平野:加賀友禅の業界が不振を続けている原因は何でしょうか?

下村:一つは流通システムの問題でしょうね。消費者に至るまでの中間に問屋があり過ぎてコストがかさみ、「加賀友禅は高級品」といったイメージが先行してしまったのです。好景気の時はそれでよかったのですが、近年の長引く不況で、まず高級品から買い控えが進んでいるのだと思います。

平野:確かに、加賀友禅は高級品というイメージがありますね。

下村:ええ。それで近年は着物離れが進んでしまっているのです。バブルの時代にグルメブームなど飽食やその他のぜいたく品分野で手足が伸びきってしまい、それが縮小した時に、衣食住のすべての分野で、「高いものはダメ」というあきらめムードが広がってしまいました。とくに当時の30歳~40歳代の女性層でイメージがダウンしましたね。現在は、その女性たちの娘さんの世代で、伝統的な着物に対するイメージがはじめから崩れてしまっていると感じます。

平野:若い女性が着物を着るのは、成人式くらいになりましたからね。

下村:ここ数年、成人式のために自分の着物をあつらえる人は1、2割程度になってしまいました。他の1,2割は親や姉、親戚から借りています。でも、残りの7割近くはレンタルですね。こうしたレンタル業界では、お客さんが金額とイメージだけで着物を選んでいるため、「プリント」と呼ばれる技法も出回っているのです。金沢でも、加賀友禅の振袖を着て成人式に出られる方は、とにかく減少していますね。

平野:着物の良しあしを見分ける目が育っていないのですね。

下村:着物を着るのは一生に数回だけという人が多くなり、着物に対する関心そのものが薄れましたね。ですから、私は小学生のうちから地元の文化を知ってもらいたいと思っています。

 
          工房では、女子大生のWさんが研修中でした。


平野:こちらの工房のHPで先生のプロフィールを拝見しましたが、金沢市内の小学校で加賀友禅の指導をされているのですね。

下村:ええ。私は加賀友禅の将来に対してすごく危機感を持っているんです。それで、小学生に加賀友禅の作品作りを指導する活動などを通して、情報発信に努めています。この活動は10年以上続いているのですが、母校である浅野町小学校では、一人一人が卒業制作として加賀友禅の作品を作り、そのほかに全体でも大きな作品を作って学校に残していくのです。その作品は、学校の体育館や加賀友禅ロードと呼ばれる2階廊下に展示されていますよ。

金沢市立浅野町小学校のHP「卒業制作加賀友禅」
http://cms.kanazawa-city.ed.jp/asanomachi-e/view.php?pageId=1043

 

平野:小学生に指導するのは、大変な手間がかかるでしょうね。

下村:公的な補助が多少あるので、何とかやっています。でも、毎年次年度の補助を申請しなければならないのですが、そのたびに「来年度は難しい」と言われながらも何とか継続しているのが現実です。準備や説明には、とても時間をかけています。

平野:ほかの小学校でも、そんな活動はされているのですか?

下村:同じく金沢市内の森山町小学校では、「思いを込めた加賀友禅卒業証書台紙づくり」として、6年生が加賀友禅の卒業証書台紙づくりに取り組んでいます。卒業式には、自分の加賀友禅の卒業証書を持ち、中学校への決意や将来の夢を語るんです。森山町小学校では「地域の文化・自然や人との絆」をテーマに様々な取り組みが行われており、昨年は「ユネスコスクール」の認定を受けました。


平野:こうして伝統工芸の良さに親しんで育った子どもたちが、将来加賀友禅の世界を広げてくれるのですね。ところで、加賀友禅の後継者はどうなっているんですか?

下村:残念ながら加賀友禅の世界に入ってくる新人は、毎年数人じゃないでしょうか。作家や職人の平均年齢も高くなっていますし・・・若い人にとって魅力のない職場になってしまっているんです。先日も金沢美大の3年生の学生たちが1クラス、20数名やってきたんですが、その学生たちの中で、卒業後に加賀友禅の業界に入りたいといったのは一人だけ。あとは大学院への進学やほかの業界へ就職するとのこと。つまり、加賀友禅の世界では仕事としてやっていけないと学生たちが思っているんですね。

平野:石川県でも、伝統工芸の保護政策が進んでいると思いますが、公的な後継者養成機関はないのですか。

下村:九谷焼や輪島塗、山中漆器には県立の研修所があって後継者の養成が公的機関で行われているのですが、加賀友禅にはありません。代わりに県立金沢美術工芸大学(金沢美大)がありますが、先ほども言いましたように卒業生のほとんどが県外の他の職種に就職している現状ですから、技能の伝承ができにくくなっているのです。現在、後継者となっているのは親子の関係がほとんどですね。

平野:先生は、これから加賀友禅の伝統を伝えていくために、どうしたらよいとお考えですか?

下村:私は加賀友禅の世界の低迷ぶりを目の当たりにして、早く何とかしないと間に合わなくなる、という強い危機感を持っています。いろんな分野にはそれぞれ「スーパースター」がいて、あこがれの対象になっていますが、加賀友禅の世界については、普通の人は誰も「有名な人」を知らないでしょう。そのため、まずは加賀友禅のすそ野を広げることだと思っています。


平野:そのために、先生は小学生の指導だけでなく、広く加賀友禅の情報発信の活動をされているのですね。

下村:私は金沢で活動しているだけではダメだと思っています。ですから全国各地で、加賀友禅の普及のためにいろんな展示会やセミナーをやっていきたいと思っています。そのためには、技術を教える一方で営業のプロと組んでいく必要があります。営業マンが薬だとしたら、自分はそれを飲むための水になりたいですね。そして将来的には、職人が十分生活していけるだけの収入を得られるようにしていきたいと思っています。

平野:これまでは営業は問屋の仕事で、作家や職人は友禅の作品づくりのみに携わるという役割分担がはっきりしていたんですね。

下村:私は20年前から、作家と職人、営業の3つの役割を兼ねてきました。百貨店にも自分で出かけて行って交渉してきたのです。これからも私は自分で販路を開拓していこうと思っています。生活はギリギリでも構わないから、歯を食いしばってでも新しい道を開いていきたいんです。


 

下村先生のお話は加賀友禅の将来のことにも及び、熱のこもった内容でした。でも、先生はとても親しみやすい方。私もすっかり打ち解けてお話を伺うことができました。
伝統工芸の作家さんというと、ちょっと堅苦しいイメージがあったのですが、下村先生にお会いして、わずか5分でそのイメージは完全修正。こうした魅力あふれるお人柄だからこそ、小学生や一般の方に対しても温かく加賀友禅の世界を伝えておられるのでしょうね。

私も時間の過ぎるのを忘れるくらい、先生の語る加賀友禅の世界にすっかり魅せられて・・・工房を後にするときも、先生は最後まで笑顔で見送ってくださいました。石川県に住んでいて、加賀友禅という伝統工芸を郷土の財産として持っていることを、とても誇りに思えた一日でした。

 

下村先生、そしてスタッフの平野さん(偶然私と同姓です!)、これからも加賀友禅の世界を日本中、いや世界に向かって広げていってくださいね!今回は本当にありがとうございました!


                先生の作品の前で記念撮影


【参考】
「加賀友禅作家、下村利明の友禅世界」~友禅アート染華のHP~
http://www.yuzen-shimomura.jp/index.html


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