いろどりひかる☆☆

ブログ版、日時計日記。
過去記事を少し整理しました。

おうちに帰ろう

2006-09-03 | おうちに帰ろう
神の子のみなさま~ありがとうございます。



平成15年、生長の家白鳩会の熊本教区大会、「行ってみようかな~」と思いついた、その1日で私の人生は変わりました。
そして夫の人生も、子ども達も、両親も、私に関わるすべての人々の人生が変わりました。




その頃、夫は入院中で、くも膜下出血の後遺症で意識障害、認知障害があり、1日の半分をうとうとと眠って過ごしておりました。
食事もまともに採れず、もちろんオムツをしておりました(今はひとりでトイレに行けます)。
リハビリの回復期病棟は医療上、長くて半年しか入院が出来ません。その後は~長期の療養型病院に入るか、重度の身体障害者の療養施設に入るか、道は二つしかありませんでした。

リハビリの効果というのは発症から半年といわれております。それを過ぎるとリハビリをしても効果が無いそうなのです。
その後は療養という形になるそうです。
けれど、夫は、当時まだ40才でしたので~まだ可能性はある、と信じておりましたが、退院後の彼の行く先がなかなか決まらず、寝ても覚めても、その事ばかり考えていました。



その病院での5度目の手術の時に~待合室で普及誌「白鳩」を見つけ、天草道場に飛び込んだ直後~当時、天草道場の管理人をされていた甲斐和子先生から、1枚のチケットをいただきました。詳しくはこちら。

「教区大会があるのよ。いらっしゃいな。必ず良くなるから。」



夫の行く先に何かヒントが得られるかも・・・と思いながら、熊本市民会館に向かいました。
会場に入ると「ありがとうございます」「ありがとうございます」と皆様が嬉しそうに行き交っており、笑顔があふれておりました
高校生の時に、愛媛で少し御縁をいただいておりましたので~懐かしさに胸がいっぱいになりました。



第一講話で、大分教区から移動されてきたばかりの浜山(ホントは眉ハマなんですが、変換できません。先生ごめんなさい。)教化部長先生が「本当の事を知らなければ、一所懸命、間違えます!」とおっしゃいました。
…そうか…私は、がむしゃらに間違っていたんだ!…と雷に打たれたようなショックを受けました。


その後の講話の中で、元白鳩会会長の勅使河原淑子先生が「大きな選択に迷ったら、御主人の一番、喜ぶことを考えなさい」とおっしゃいました。



…「彼の喜ぶことって、何だろう?……私だったら、家に帰りたい。……そうだ、家に連れて帰ろう!そして家族みんなで御飯を食べよう!」





そう思った瞬間に、世界が明るく輝きだしました。 
夫が倒れてから、ずっとずっと暗いトンネルを手探りで、夫を背負い、子ども達の手をひいて歩いているような絶望的な気持ちでした。

…「そうだ、そうだ。家に帰ろう!」と気づいたと同時に、目の前が、ぱぁっっと光で満たされて~喜びが内側から溢れてきました。



閉会式で「使命行進曲」を22年ぶりに歌いました。
高校卒業後、22年、歌っていなかったのに~歌詞がスラスラと出てくるのです。
「憶えてるんだ…」と思うと、有難くて有難くて、涙がポロポロと出てきました。

私が振り向かなかっただけで~神様は、常に私とともに居てくださったんだ。





あれから丸7年。
病院のリハビリスタッフから「無謀」「無理です」と言われた自宅の生活も、もう11年経ちました。
家に帰ってきてからも、色々ありましたが~いつも苦しい時、困った時には、神様が現れて~救ってくださいました。



人生を変えた教区大会。
今でも有り難く懐かしく思い出します。