気の向くままに

山、花、人生を讃える

(コメントは受け付けていません)

休日のひととき

2017年05月04日 | その他

昨日の午後、家から15k先にある「ワイルド・ネイチャアー・プラザ」という公園にいきました。

ここはかつて祖父江砂丘と言われていたところで、すく脇を木曽川が流れ、ウインド・サーフィンのメッカになっているところでもあり、若い頃たまに訪れていました。そして何年か前に久しぶりに来てみると、駐車場や広々としたバーベーキュウ広場も整備されていました。

ちょっとした散歩コースもあり、最近ではわたしのお気に入りの場所になっています。公園といっても自然を利用した公園ですから、写真のような「川べりの森」の感じがとてもよく、木々がよろこび、鳥がよろこび、空気が喜び、風もよろこんでいるという、まさにそんな感じのところです。

そして、ウインド・サーフィンを楽しむ人、バーベーキュウ広場では、野球、サッカー、バトミントンなど、大勢の人が思い思いに休日を楽しんでいて、人々が楽しんでいるのを見ているのもまた楽しいものです。わたしは一人ふらりと出かけたのですが、とても楽しい人時でした。

昨年の秋に来た時にもバーベキュー広場がにぎわっていましたが、今回はゴールデン・ウィークでさすがの広い駐車場も満杯で通路にまで車があふれかえっていました。私が着いたのは午後1時半ごろで、この頃には帰る人もいてすぐに車を止めることができました。しかし、後から後から車がひっきりなしに入ってきていました。

 

それにしても新緑の森、いいですねえ!

4人組の女性YOU(外人)の内3人が、手足を広げるポーズを取りながらと同時にジャンプし、ひとりがそれを写真に撮っていました。しかし、なかなかうまく撮れないらしく、何回か繰り返していました。自分にも撮らせてくれないかと頼みたかったのですが、変な男が邪魔をしてはいけないとと思い遠慮しました。YOUにとってもとても良いところに感じられたのだろうね。

帰りに通りかかった時には、あまりジャンプしすぎたせいか、一人が道端に横になっていて、どうしたのかと思ったら、今救急車を呼んだところだということでした。

 

 

悠々と流れる木曽川。さわたる風に心が弾む。

 

ここはバーベキュー広場の端っこ。カメラのバッテリー切れで、もっと広々した感じのところがあるが写せなかった。

 

シリアの人々がこんな風景を見たら、どんなにうらやましいことだろう。同じ地球に住みながら、あまりの差に驚きを禁じ得ない。もっと多くの人が難民に想いを馳せ、肉食をひかえるようにしなければならないと感じたことでした。

 

○如何に貧苦のどん底にあるが如く見えようとも、それはただ円月にかかっている雲の形のようなものである。雲の形がいかに暗澹として見えようとも、円月それ自身は未だ曇ったことがないのである。その如く、如何にあなたの外見が暗澹として見えようとも、あなたの実の姿は円満完全であって病気でも貧乏でもないのである。神があなたの内にあるのだ。  谷口雅春先生著 『幸福を招く365章』より

 

ときどき自分の欠点が人前はばからず丸出しになることがあり、そんな時には本当に情けなくなるが、しばらくして、自分を勇気づけ、再び元気にしてくれるのは、ここに書かれているような、「いかに外見が見苦しく見えようとも、自分の奥には完璧なものがある」という真理です。常に、このことを見失わないようにしなければと思う。

 

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映画「恋妻家宮本」の感想

2017年03月18日 | 映画

すっかりご無沙汰しています。

以下は、以前に書きかけていた映画の感想で、すでに時機を失していますが、それを仕上げてアップさせてもらいます。よろしければ見てください。

 

昨年11月末、生長の家の「栄える会」繁栄ゼミナールを受講したことは前の記事で紹介させてもらっていますが、その時の本部講師の話も素晴らしいものでした。

その本部講師は21世紀に求められる宗教について話をされましたが、初めは身近な夫婦の話から始まり、それが面白くて場内は大爆笑の連続でした。具体例を言えばこんな話でした。(以下の話は、保険会社が調査した資料に基づいたもの、とのことでした)

○70歳を超えた夫婦で、奥さんに先立たれた夫は、5年以内に他界する率が高い。

○70歳を超えた夫婦で、反対に夫が先だった場合は、奥さんが15年以上生きる率が高い。(大爆笑)

○奥さんに先立たたれた男性はしょぼんになってしまいますが、女性の場合は逆に若返るようですね。(大爆笑) 

○夫が認知症になっても、奥さんの顔は最後まで覚えているそうですが、奥さんが認知症になると、最初に夫の顔を忘れるそうです! (さらに大爆笑)

いやいや、確かに。「クローズアップ現代」で川柳の流行が取り上げられた時も、解説者はこういっておりました。「男の川柳は奥さんを題材にしたものが多いが、女性の川柳で良人を題材にしたものは少ないですね」と。

確かに男のシルバー川柳では、奥さんを話材にしたものに事欠かないし、そして思わず笑ってしまう名句も少なくない。 

ところで、なぜこんな話を持ち出したかというと、昨日、家内と見に行った「恋妻家宮本」という夫婦を主題にした映画がまったく素晴らしくて感動したからです。この「恋妻家宮本」というわけのわからない題名の映画は、ヤフーでの点数では3.9ポイントとまあまあの数字で、別に期待もせず見に行ったのですが、掛け値なしに4.5ポイントはあげたいところでした。どんな風に良かったのか、紹介するのはむつかしいが、ざっと話せばこんな映画でした。

 

ある日、主人公(阿部 寛)は恋人から、ベビーができてしまったと告げられ、どうしようかと相談を持ち掛けられた。それで、主人公は責任感から結婚しようとプロポーズした。そして結婚し、今はその夫婦も50代になった。今振り返って、はたしてそのプロポーズは「よかったか、よくなかったか」。主人公にとっても「よかった」と言える自信はないし、奥さんもなにか物足りなさを感じていた。

一方、主人公が教師を務める中学では、彼の優柔不断は優しさから来るということで生徒の人気は悪くはなかった。そして、いつもオチャラケて明るくふるまう男子生徒がいたが、その少年の家庭には問題があった(母親が不倫、子供は寂しい思いを隠して明るく振舞っていた)。そして主人公の先生は優柔不断ながら、一方の優しさで何とかしてやりたいと動き出す。このあたりの生徒と阿部 寛がとてもよく、この隠し味がこの映画の魅力にもなっていました。しかし、これはメインではなく、あくまで脇。(それでも思わず涙がこぼれます)

  そして途中の経過は省くが、紆余曲折の末、映画のラストに近づくと、主人公は20数年前のプロポーズしている自分に向かってこう叫びます。「そうだ。お前の判断は正しい。お前が結婚する相手はその人だ。自信を持て!」と。

ここが実に圧巻の何回も見たくなるほどに素晴らしいところでした。

「ジェネラル・ルージュの凱旋」以来、阿部 寛のファンになったが、それにしてもいい役者になりました。

 

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お見逃しなく 「宇宙をめぐる大冒険」

2017年01月06日 | 信仰

本日6日、NHK総合で下記の番組が放送されます。興味のある方はどうぞお見逃しなく。

≪ タイトル ≫ 村山斉の宇宙をめぐる大冒険 22時~23時

≪ 番組内容 ≫ 私たちはどこから来たのか、この世はどうやって始まったのか…。私たち人類が何千年も考えてきた大きな謎を、最新の研究に基づいて素粒子物理学者・村山斉が案内する。

≪ 詳 細 ≫ 私たちはどこから来たのか、この世はどうやって始まったのか…。これは私たち人類が何千年も考えてきた大きな謎だ。最新の研究によると、この大きな宇宙は小さな原子よりも小さな大きさから始まったという驚くべき事がいわれるようになった。世界も注目する素粒子物理学者・村山斉が、ハワイ、タイ、アメリカ、スイスへと飛び、最新の研究に基づいて、宇宙の最先端を探る研究者とともに謎解きの大冒険へと出発する。

≪ 出 演 ≫ 東京大学 数物連携宇宙研究機構機構長…村山斉

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初日の出

2017年01月01日 | 信仰

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

今日、神社へ初詣に出かけるとき、ちょうど初日の出が昇るところだったので、慌ててカメラを取りに行き初日の出を写真に撮りました。

10キロ先の名古屋駅周辺高層ビルもくっきり。

素晴らしい新年の幕開けでした。

 

お日様がにこっと笑って初日の出

 

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地球は宇宙のパワースポット

2016年12月06日 | 信仰

11月27日、岐阜県大垣市市民会館で「生長の家・栄える会・東海ブロック・繁栄ゼミナール」があったので受講しました。

ゲスト講師は東京大学名誉教授「山本良一」先生ということで、早くから先生の話を聞けるのを楽しみにしていました。

よく知られているように山本先生は地球温暖化問題を大変危惧されていて、日夜その方面でご活躍されている先生なので、てっきりその方面の詳しい話を聞けるものと予想していました。

ところが先生の話は宇宙の話から始まり、かなりの時間宇宙の話に費やされ、まったく虚を突かれたような感じでした。そしてそのことが、宇宙好きな私には大変うれしく、また「地球は宇宙のパワースポットである」との話に感動させられました。

以下にその時の話のほんの一部を紹介させていただきます。なお、アップしている写真はいずれもBSプレミアム「コズミック・ネクスト」という番組で映し出されたものをカメラで撮ったものです。

 

 ○地球は太陽の周りを公転している。その公転速度は秒速30km。時速に直せばおよそ10万km。

 ≪太陽系≫  

 

  

○さらに太陽系は太陽と共に天の川銀河の中を毎秒220kmの速さで飛んでいます。

※地球は太陽の周りを公転しながら、太陽と共に天の川銀河の中を飛行している。つまり美しい螺旋を描きながら銀河の中を、きらめく星々の中を飛翔していることになります。(その様子を想像してみてください)

≪天の川銀河≫ 明るく輝いている地点が太陽系の位置。誰も銀河系の外に出た者はいないから想像図ですが、観測によりおよそこんな姿であることはわかっている。天の川銀河の直径はおよそ10万光年。光の速さ(秒速30万km)で飛んでも端から端まで10万年かかるということ。これを真横から見た時の姿が、私たちが見る天の川です。

 

 

○そして宇宙には1000億の銀河があり、その一つ一つの銀河には平均1000億の星があると言われています。知的生命体は地球以外の場所にも存在するかもしれませんが、私たちの知ることのできる範囲では今のところ発見されていません。これだけ無数の星がありながら、知的生命体が住む場所はそれほど多くないということは、地球のような知的生命体が生活できる惑星を誕生させるには、それだけ壮大で大掛かりな仕掛けが必要であることを物語っていると思います。

 

○(スクリーンに写真を写しながら)これは月の地平線から地球が昇ってきたところ、つまり「地球の出」です。(さらに、神社などの写真を写しながら)いろいろパワースポットと呼ばれる場所がありますが、私は地球こそ本当に「宇宙のパワースポット」ではないかと思っています。私たちはこのような美しい地球を生命が住めないようにしてはならない。そのために私たちのライフスタイルを大きく転換してエシカル(倫理的)な生活を心がけるようにしなければならない。

として、今地球が、人類の生活によっていかに痛めつけられているか、そしてその影響として大変な危機を迎えようとしている。子供や孫たちに負の遺産を残してはならない。と強く訴えかけられました。

 

 ≪地球の出≫ 探査機KAGURAが撮影したもの。

 

そして、これはその繁栄ゼミナールのチラシ。

 

以上、山本良一先生の話のごく一部の紹介でした。ありがとうございます。

 

神の愛、倦(あ)くことなく我を照らす。

神の愛、倦(あ)くことなく我を照らす。

神の愛、倦(あ)くことなく我を照らす。

 

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水郷アクアパーク

2016年11月03日 | その他

木曽三川公園をほぼ真北へ数キロ行ったところに海津温泉があり、そのすぐ西に水郷アクアパークがある。写真を見ればわかるようにとても感じの良い公園です。

先月の27日、久しぶりに午後から時間がとれて木曽三川公園に行き、ついでにアクアパークにも足を延ばしました。そして少しばかり深まり行く秋を感じさせてもらいました。

9月の後半団参に行ったとき、博多から乗ったバスの車窓からは、時折り曼殊沙華の赤い色が緑の田園風景の中に点々と見え、「ああ、秋だなあ」としみじみ日本の秋の良さを感じさせられました。それから1ヶ月、季節を感じている余裕がないほど目まぐるしい日々を過ごしておりますが、それだけにこの公園の秋が心にしみました。どうぞ写真で西洋的な日本の秋(意味不明ですが)をお楽しみください。

《水辺の桂》

 

《紅葉し始めたモミシジバフウ》

 

元々は水郷沿いに設けられたモデルハウスのテーマパークだった。公園内にはこのような家が10軒ほどあり、今はハウスごとに自然の手作り作品が展示されている。入場無料

 

《水辺に憩う》 木はモミジバフウ

 

 以下は3年前の2月に訪れたときの写真。 《葉を落としたモミジバフウ》

 

《モミジバフウの実》 この時はたくさん落ちていて、家内は珍しいものを発見したように喜んでいた。今回は時期が早く落ちているのはまだ少なかった。

 

 大きなオランダ風車。ただし動かない。

 

 《跳ね橋》 もちろん、ゴッホの「跳ね橋」を模したもの。

 

どうです? よいところでしょう!

ではまた、お会いしましょう。

 

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神様への手紙

2016年09月20日 | 信仰

長らくご無沙汰していました。なかなか更新ができないでいますが、今日は私の「神様に出した手紙」を公開させてもらいます。「神様に出した」というのは、実際には書いた手紙を神棚へ捧げたということです。

この手紙は自分が抱えている問題・悩みを、神様に包み隠さずありのまま聞いてもらい、さらにはお導きをいただくために書いたものですが、私はこれまで手紙を書かずにはおれないほど困ったときのみ神様に手紙を書いてきました。しかし、これからは嬉しいときにも、たとえ小さなことでも、「神様、今日はこんな嬉しいことがありました」と、報告できるようになりたいと思いました。

前置きはこれぐらいにして、以下は実際に神様に出した手紙です。

 

神さまへ

生長の家の大神さま、いつもすべての人を、そして私を愛していてくださいますことを感謝します。ありがとうございます。

神様、どうぞ私の現在の悩ましき心を安らかにして下さい。

私は今、講師会の副会長という大役を頼まれております。しかし、副会長になれば、自分自身が生長の家をお伝えすることが出来ていないのに、他の講師の方々に尻を叩くようなことも時には言わなければならなくなるのではないかと、それが何よりの心配でお断りしています。しかし、なかなか講師会長はあきらめてくれませんし、私も、神さまからのご指名かもしれないとの思いもわいてきて、逃げるほど困難から逃げているような気もしてきて、どうしたものかと悩ましさが増すばかりです。

これだけでも十分悩ましいことなのに、さらに今度は○○練成会の運営委員になって欲しいとのご指名です。講師会副会長についてはハイと言えないので、運営委員ぐらいならやらせていただかなくてはと思い、上のような事情を話して、ひとまず5,6.7月に限って運営委員をやらせていただくことにしました。そして、司会の役目を頂きました。嫌な役だなあとは思いましたが、これは受けるより仕方がないと思い、やらせていただくつもりでいます。ところが練成会主任の○○先生はわたしを神官にしたいつもりでいるようです。わたし自身はこれも嫌だと思っていますが、あれも嫌、これも嫌と、わたしのわがままのような気もします。しかし、そうかと言って、素直にお受けする気持ちにもなれません。強引に押し付けられたりするようなことがあれば、反発もしたくなるだろうし、また、地元の字の役目もありますので、それと行事が重なった場合どうなるかという心配もあり、私としてはどうすれは善いのかと、心が悩むばかりです。 

神さま、私は今このような心境ですが、どうぞ、わたしをお導き下さい。そして、その上で、私にとって講師会副会長か、あるいは神官か、そして、これらの道を推薦して下さった方々と調和しながら、私に、そして全体にとっても善き方向へと進むことが出来ますよう、どうぞお導き下さい。そして、この悩ましさから解放して下さい。どうぞ神さまのお導きをお願いします。

すでに神様のお導きを頂きもっとも善き道に進ませていただくことができました。これにより一層使命に邁進させていただけますことを感謝します。神様、ありがとうございます。

                                                  2016年4月5日 (67歳の誕生日を前に)

  

以上ですが、実際より一部割愛しています。 

この手紙を書いた時の心境と今の心境を比較すると、大きな開きがあり、講師会副会長を拝命し、練成会運営委員、さらには毎月1回の神官作法練習にと、すべてに感謝の思いで参加させてもらっています。こんなわけで、今は山の第一展望台に到着し、歩いてきた道を振り返り、そしてまたこれから歩いていく道を、感謝と希望の思いで見上げているといったところです。感謝、合掌。

 

『生命の実相』37巻 P143より

○ただ、祈っているだけでもむろん効果があるのであるが、15分間以上も雑念なしに完全に神に心を振り向けて祈ることはやや困難な人が多いのである。しかし、手紙を書くとなれば、30分はおろか、1時間以上も神に対して心を集中することができる。そのために神との一体感がいっそう起こりやすく、効果もそれに従って多いのである。

 

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素晴らしきかな「生長の家」練成会

2016年07月12日 | 信仰

蝉が鳴きはじめ、いよいよ夏本番ですね。

8日~10日は練成会でした。今回の参加者は221人でした。9日の午前中はかなりの雨量だったのでそれが影響して前回より少しの減少でした。しかし初参加者は12人あり、素晴らしい成果でした。

私のメモノートが講話のメモでいっぱいになり、メモしたものを最初から読み直していると、思わず目頭が熱くなるものがたくさんありました。

○自分がまだ幼い時、3人の小さい子供を残して家出した母を恨んでいたが、生長の家の教えを学ぶうちに感謝できるようになった。(こんな明るい人が、こんな暗い過去があったとは)

○亭主は働かない、姑は意地悪。自分ほど不運な女はいないと思いつづけていた。そんな或る日、練成会に誘われて参加した。それから悪いのは自分だったと気づき、すべてが変わっていった。(今はバリバリで明るく輝くあの先生だ)

○18歳の娘が心臓弁膜病で瀕死の状態にあった時、夜も寝ないで必死に聖経を上げ続けた(1日に35回読誦した)。そして弁膜病は治り、結婚し、今も元気でいる。

○練成会を受けた後、木の葉に光が当たって葉の一つ一つがきらきらと輝くその美しさに感動した。あの時のことは今も鮮明に記憶に残っている。ある日、母に流産児が3人いたことを知り、1ヶ月間真剣に供養した。それからその流産児たちが自分を護っていてくれるようになった。流産児たちによく話かけたりもしている。(なるほど、これはあの先生だな)

○生長の家の申し子のように生命学園で明るく活躍していた息子が20歳の若さで旅立ってしまった。主人は、息子が死んだのは自分が無理に働かせたせいだと自分を責め、大変気落ちしていた。ところが数年後、見知らぬ女の人が訪ねて来てこう言った。『あなたの息子さんは今も元気で働いている。そして、僕が死んだのは決してお父さんのせいなんかではないといっている』と。事情を聴くと、次のような話であった。その女性は霊眼のある人で、亡くなった息子さんは苦しめる人々を導いていることを霊眼で知った。そして、その亡くなった息子さんが、このことをぜひ私の両親に伝えて欲しいと頼んだ。しかし、見ず知らずの人を訪ねてこんな話をするのも気が進まなかったので、始めはうっちゃっていた。しかし、その後も2度、3度と頼まれるので、こうして尋ねて来ました、という話だった。それで、息子が死んだのも天命だったのだと納得でき、私が講話をしている時にはいつも息子がそばにいてくれることを感じるようになった。(これは実に感動的な話でした。この先生は、今75歳ぐらいかと思いますが、疲れを知らない元気いっぱいの本当に素晴らしい先生です)

 

こうしてかつては苦しみ自分の人生を嘆いていた人たちも、本当の自分を発見し、救われていくんですね。自分の身近なところにこんな素晴らしい人たちがいると、それを如実に教えてくれるのも練成会の良さですね。人生、何という素晴らしいことか! 有難きかな人生、有難きかな神よ!

 

                合掌す 君のいのちに

                礼拝す われのいのちを

                聖なるかな 神の愛ぐし児

                聖なるかな 神の愛ぐし児    ≪聖歌「いのち柱の歌」 作詞 谷口雅春≫

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「我」のある人、ない人

2016年06月16日 | 信仰

金、土、日と教区練成会が開催されました。今、わが教区では練成会参加者拡大に力を入れていますが、6月の参加者数は教区全体で500人を超え、中でも教化部会場では250人を超えました。

私は今回は司会ではなく、受付担当で参加者の名前や住所等をパソコンに入力する役目でした。司会からなぜ受付にかわったかというと、前月の練成会が終わった後、参加者数があまりに多くて受付しながら入力するのは大変なので、わたしに入力係りをやって欲しいとご指名がかかり、喜んで飛び付いたというわけです。

そして、今回の練成会後、ついに来ました。例の神官の話です。いくらこちらがお断りしても、相手は簡単にはあきらめてくれないと覚悟はしていましたが、「困難から逃げてはいけない」それに「お前の為だ。やってみなさい!」という神様からの指示かもしれないという思いもあり、あっさり今月から月1回の作法練習に参加することになりました。

最初に話があった時には重い気分になりましたが、今は逆になんとない嬉しささえも感じているようです。

生長の家に入信した当初、古事記の素晴らしさ――古代日本人が人間を「日の御子」と把握した人間観、宇宙観などに日本神道の素晴らしさを知り、さらに同級生で神官になったものがいることを知り、「自分も神官になればよかった」と憧れたこともありました。その自分が、神官役をするようになるとは夢にも思いませんでした。

しかし、ここまではいいとしても、この上、もう一つの大役が来たらどうなるのか。いや、たいしたことはありません。もう、心の準備はできています。あれもこれもと大変かもしれないが、終わってみれば、「それなりにできました」ということになるでしょう。

こうして気が重く感じられたことも、神様に手紙を書き、神想観に励んでいるうちにこんな心境になれて嬉しく感じている次第です。

 私はさんざん心で葛藤した末にこのような心境になったのですが、その頃つくづく思いました。最初から、「ハイ(拝)」と受けられる人は素晴らしいなあと。それで、「我」のある人とない人の違いがわかり、それによって自分には「我」があることをはっきり知らされました。今まで本の中に「我を捨てよ」というようなことが書いてあっても、あまり気にとめてもいませんでしたが、今回、おかげで「我がある、ない」の違いを知るとともに、我のなくすことの大切さを教えられました。これから「我」をなくすよう心がけて行きたいと思っています。

 

○神の摂理として我々に来る所の総(すべ)ての経験の中には無限に賢き目的があるのである。≪中略≫世界はすべて神の摂理によって支配されているのであるから、若しその経験が不必要であるならばその経験は近寄って来ることはないのである。 『生活と人間の再建』P282

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嬉しくて,また寂しく

2016年06月06日 | 人生

6月1日、娘に二人目の子(二男)が誕生し、4日は最後に残っていた二男の結婚式だった。

「早く出て行け」と思っていたのに、結婚式が終わった翌日に続いて今日もなんとなくぽかんと穴が開いた感じ。

「とうとうお前も旅だったか」と思う。

 

 

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限界に挑戦

2016年05月21日 | 信仰

長らくご無沙汰していました。

昨年の秋に「見知らぬ男の話」を書いて、自分もこの若林さんのように「わたしの話を聴いて下さい。きっと良くなりますよ」と言えるようになりたいと思ったのがきっかけで、ごく自然に神想観の回数が増え、それまで1,2回だったのが3回するようになり、更に年が明けて剪定の仕事が減りはじめるとともに、4回、多い時には5回することも珍しくなくなりました。

そして、調子がいいぞと思っていたら、良いことが来るどころか、私にとっては気が重くなる大役の話が舞い込んできました。どんなお役かは今は言えませんが、それをお断りしていると、逃げるわたしを追いかけるようにして別の依頼が舞い込んできました。それは練成会の運営委員になって欲しいという話でした。わたしは「これは逃げるからこのように追いかけて来るのだ」と思って、運営委員の話を仕方なく引き受けました。そして打ち合わせの会議に出ると、なんと「神官になってくれないか」との話。なんでこんなに次から次へとこんな話が舞い込んで来るのか、というのがその時の偽らざる気持ちで、もちろん、お断りしました。そして、結局はとりあえずという感じで、司会をすることになりました。

司会をするぐらいはマニュアルもあることだし、なんてことはないのですが、しかし、しかし・・・。この練成会の運営委員というのは女性ばかり。唯一男性は練成会責任者のトップのみ。しかも何人かいる司会担当者はピチピチの40代の若い女性ばかり。そんな中へ70近いおっさんが新入りして司会をやれというのか、というわけで、恥ずかしさと屈辱感さえ覚えました。しかし、もうこれ以上逃げてばかりもおれず、「やけのやんばち、日焼けのナスビ」で、観念しました。要するにあれもダメ、これもダメと逃げ回っていると、こんな羽目になるという事ですね。

 

さて、今日書きたいのはその事ではありません。

実ははじめに頼まれた大役を何故辞退してきたかというと、いろいろ理由はあるのですが、そのうちの大きな一つは、そのお役を引き受ければいつかは練成会の早朝行事の先導役もしなければならなくなるということでした。早朝行事の先導となれば、神想観と聖経読誦などで座布団なしで1時間20分も畳の上に正座し続けなけれはなりません。わたしは座布団の上でも神想観の坐り方で坐っていられるのは頑張っても1時間だろうし、座布団なしならせいぜい45分程度だろうと思っていました。ある程度は我慢できるとしても、長くなるにしたがって痛さが増してくるから、いくら頑張っても、45分から更に30分も坐りつづけておられるとは思えませんでした。それが「逃げたい」大きな理由の一つでした。

ところが、いくらわたしが逃げても、逃げさせてくれない可能性もあるので、先月の末から座布団を使わず、登山用の分厚い靴下をはいて、少しづつでも時間を伸ばせないかと挑戦をはじめました。そして、ついに、1週間ほどで、1時間20分の早朝行事を出来るまでになりました。いやあ、やれば出来るものですね。

それでわかったことは、「痛くてたまらん」と思うから、その通り「たまらん」ようになるのであって、痛さをこわがらずにいれば、痛いは痛いままで、この位の時間なら我慢できる、ということでした。

というわけで、嫌は嫌ながら、いつでも引き受けるぞという気持ちになっています。

そして、毎日、早朝行事をしつづけることが楽しみになっている次第です。合掌

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尊き母

2016年04月08日 | 信仰

 4月6日は私の67歳の誕生日でした。誕生日だからという訳ではないが、時たま、夫婦とも用がなかったので、例年の如く、船頭平公園で桜を楽しみ、木曽三川公園でチューリップ祭りを楽しんできました。

 そして、家に帰ると私宛に手紙が来ておりました。封筒の宛名には「○○先生」などと書かれていて、「はて、誰だろう?」と差出人を見ると、生長の家の84歳になる大先輩からでした。この大先輩から先日ある大役を頼まれたのですが、わたしはお断りしました。そして、手紙が来たので不吉な予感を覚えながら恐る恐る封を切って、その手紙を読みました。

その手紙を無断ながら紹介させてもらいます。

 

○合掌ありがとうございます。

 4月6日は○○先生の誕生日であります。お祝に照子奥様の詩を贈ります。その詩は『おみなこそ』という詩ですが、ご存じですかね。白鳩会の方々は皆知っていますが、男性の方はあまり知らないのであります。奥様なら歌えると思います。短い詩でありますから覚えられるかと思います。覚えられたら口ずさみながら庭先の花一輪を、父、母に生んでくれてありがとうとその花を捧げて下さい。きっと悦ばれますよ。

      おみなこそ生ける甲斐あり天地の

      なべての人の母にしあれば 

      なべての人の母にしあれば

 何べんも歌い続けられると昔のことを思い出し、涙が滲みます。奥様には結婚してくれてありがとうと、一輪の花を捧げて下さい。(以下略)

 

 以上が頂いた手紙の内容です。『おみなこそ』の歌詞は、「おみなこそ生ける甲斐あり~」までぐらいは白鳩の方たちが歌っているのを聞いて知っていましたが、その後はこの手紙で始めて知りました。そして、手紙を一度読んで、二度目に『おみなこそ』の歌詞のところに来たとき、思わず涙がこぼれて来ました。

 私の母は、お爺さんがなかなか厳しい人でしたから、母はいつも働きづめで、気が小さく心配性の母には気が休まる時もなかったのではないかと思います。父には結婚する前から好きな人がいたようですが、お爺さんに薦められるまま母と結婚したようで、夫婦仲は良かったとは言えませんでした。母は、晩年は精神を病んで60代の若さで他界しました。

 ときどき母は、わたしが赤ん坊の頃、お乳を欲しがってわんわん鳴いていても、お爺さんに怒られそうでお乳もやれなかったとこぼしていました。父が子供の頃、勉強していると、「勉強している暇があったら、百姓を手伝えっ、と怒られた」などと言っていたから、お乳もうかうか与えることができなかったのでしょう。父は師範学校を出ていますが、母は中卒で、教養があったとは言えません。性格的には良い人でしたが、「父が不満に思うのも無理はない。もう少し母に教養があったら」と私はたびたび思ったものでした。

 そんなわけで、私が母を思いだすときは、感謝よりも「可哀相な母」「不憫な母」いう思いが先にありました。そして、照子先生の『おみなこそ』の詩を読んだとき、はじめて「母なるもの」の尊さを感じ、「不憫な母」が「尊い母」に変じて、涙がこぼれてきたのでした。

 いままで、「不憫な母」としか思えなかったのが、「尊い母だったのだ!」と思えるようになったこと、この嬉しさ、わかってもらえるでしょうか。

 私はその手紙をくれた大先輩に感謝の気持ちでいっぱいになり、手紙に書かれているとおりにさせていただこうと思い、庭に咲いている一輪の花フリージアを仏壇に捧げました。ですが、すでに黄水仙の花が挿してあって、そこに黄色いフリージアではパッとしなかったので、スーパーの花屋さんに出かけ、仏花を買い、ついでに家内への花束をアレンジしてもらいました。

 そして、仏壇に花を供え、『おみなこそ』の歌詞を二度唱え、「産んでくれてありがとう」と感謝を述べた後、涙ながらに聖経を誦げさせてもらいました。始め、家内のことはまだ後でいいと思いましたが、考え直して、やはりこの機会にと思い、家内にも花束を捧げ、「結婚してくれてありがとう」と言いました。

 そして、わたしが家内に多少とも不満があったのは、意識しない心の奥に、お袋と比較して、母はあんなに苦労したのに、お前はきびしい舅もなく、出かけたい時にはいつも自由に出かけられて楽をしすぎるという思いがあったのではないかと、ふとそんなことを思いました。

 お袋が他界したのは私の誕生日と同じ4月6日で、その日、私は北海道に入港していて、一人で薄暗い機械室で仕事をしていました。そして誰もいないはずの機械室に何度も私のそばを人影がよぎる気配がしてその度に振り向くのですが、誰もいなくて変だなあと思って仕事をつづけていると、また同じように人影がよぎるのでまた振り向くということを、5回も6回も繰り返しました。そして、部屋に戻ると電報が来ているとの知らせを受け、急遽下船したのでした。きっとお別れに来てくれたのでしょう。

 昨日はさっそく大先輩に礼の手紙を書きました。そして、長男からは「誕生日おめでとう」と言うメールと共に孫の入学式の写真が送られて来ていたので、長男にも、いつか母の尊さに気付き、奥さんにも感謝できる人になってもらいたいと思い、以上のことをかいつまんでメールしました。

 なにはともあれ、この誕生日に、思いがけなくも母の尊さを知らされ、また、家内にも花束をささげられたこと、こんな嬉しいことはありませんでした。

     

         懐かしき日々よ声なき花吹雪  (これは20年も前につくった句です)

 

≪追記≫           

 私は最近、名誉なことではあるのですが、生長の家のお役を2つも3つも持ちかけられ、右するも左するもならず、どうにも悩ましく気分が重いので、神さまに手紙を書いたばかりでした。その日付を今見たら4月5日でした。神さまに手紙を書くだけで、気持ちはずいぶん楽になるものですが、誕生日に大先輩から頂いたこの手紙が、今は神さまから届いた手紙のような気がしてきました。合掌

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嬉しい出会い

2016年03月10日 | 信仰

下の写真は、先日出講した先の御主人から頂いたものです。

≪表紙≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この屏風型の手作り作品を3つもいただきました)

 

 

いかがですか。字体と書かれている言葉、そして挿絵。何ともいえない温かみがありますね。

ご主人は平成6年ごろ、ある古本屋で『生命の実相』を見つけて読んだところ、感動して入信したとのことでした。しかし、大腸癌になり、次に喉頭癌になったとのことで、手術のため声を出せなくなり、喉の声帯のところに電気カミソリのようなおおきさの、喉の振動を電気的音声に変える器具を通して話されるのですが、作品から感じられるとおり、いかにも誠実で温かみを感じさせる人でした。

また、ご主人のこのような作品を、病院や施設がそれぞれ独自に絵本にして、「ご自由にお取り下さい」と窓口に置いているそうです。そして、時には要請に応じて、老人施設などで話もされるとのことでした。その絵本がまたとても素晴しいものでした。

ちなみに、この方のお歳は70歳ぐらいで、認知症のおふくろさんを介護されたとのことでした。

このような方にお会いでき、作品までいただき、本当にうれしく思いました。出講冥利に尽きると思ったことでした。

          春風や良いこといっぱい来る予感

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悠久と懐かしさ

2016年03月07日 | 信仰

今年、37歳になる息子が家に来て、自分の小さい頃の数冊のアルバムを懐かしそうに見ていました。わたしが「懐かしいだろう」というと、「うん、懐かしいね」と素直な返事が返ってきました。

「懐かしい」とか「懐かしさ」という言葉は、なにか美しい響きがあります。忙しい現代社会で、「懐かしい」などと感傷に浸っている暇はないかもしれませんが、たまにはこのような感慨に浸るのも悪くはないと思う。

 若い頃、インドに向けての航海で夜のマラッカ海峡を通過している時でした。デッキで涼みながら遠くでちらちら揺れる小さな灯(陸の)を見ている時、以前にもこんなことがあったようなとても懐かしい気分になりました。それで、「日本人は南方から来たというのは本当かも知れない」と思いました。夜の波間には月の光がキラキラ反射し、太古の世界にいるようでした。

 さらにインドのゴアという町に入港した時でした。まだマラッカ海峡での懐かしさの気分が続いていて、その気分に浸りたいような気持で上陸し、ぶらぶら歩いていると貧しい村を通りすぎたところに、広い浜辺がありました。そして「月ってこんなに大きかったのか」と驚くほど大きな月が輝いていて――今考えれば地球上の何処から見ても月の大きさは変わらないと思うのですが――その大きな月を見、海を見ているとき、異国というより、原始の世界に来たようなとても懐かしい気持ちになり、自分は以前にもこんな地に住んでいたのではないかと思ったことがありました。

 思い出しましたが、「悠久」という言葉があります。一定の年齢になった人なら、誰もが「悠久」を感じたことがあると思います。しかし、考えて見ればこれは不思議なことだと思います。だって誰もが生まれて100年もたたないうちに死んでいくのですから、誰も悠久を経験したことがないはずなのに、どうして「悠久」を感じることがあるのでしょうか。実に不思議だと思います。しかし、これは悠久を経験したことがないというより、本当は人間は悠久なるいのちであり、表面はともかく奥底ではそれを知っているから、時に悠久を感じたりすることがあるのではないか。そうでなければ理屈に合いません。それに「悠久」なんていう言葉があるのも不思議です。いったい誰が発明したんでしょう。あなた、知ってますか?

 

○唯物論者は、「神は人間の造ったものだ。それ故、神など存在しない」と言う。

しかし、吾々は、「神は人間の造ったものだ。それ故、人間は神だ」と言う。

何故かといえば、人間は自分の内に無いものを造り出す事は出来ないからである。

人間が神を造ったのは、人間の内に神があったからである。人間の内に神が宿るということは、神が人間をつくったと言う事でもある。 (谷口雅春著『叡智の断片』P279より)

 

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『恋するフォーチューンクッキー』特訓中

2016年02月26日 | 人生

『恋するフォーチュンクッキー』って何か知ってますか?

えっ、知っている?

そうですか、それはおめでとうございます。あなたは、まだ「若い」、ということですね。

私などはなんのことか見当もつきませんでした。

実は、私ども夫婦が、この『恋するフォーチュンクッキー』を、全部ではないですが、半分ほどを踊る羽目になって、ただいま、ユーチューブを見ながら特訓の日々を過ごしております。

どうしてそんなことになったかというと、息子の結婚式の二次会で、新郎の両親が『恋するフォーチュンクッキー』を躍るのを見て、笑いの種にするのだそうです。そして明日、若い娘どもがその録画に来ることになっています。

はじめは、「盆踊りのようなスローテンポならいいが、こんなテンポの速いものは覚えられん」などと息子に文句を言っていたのですが、ユーチューブにはその振り付けを教えてくれるものまであるんですね。それで、それを見ながら特訓してるんですが、覚えるに従ってだんだん楽しくなってきました。なるほど、これなら若い人が踊りたがるのも無理はないですね。嫌がっていた私まで、止められない、やめられない「かっぱえびせん」よろしく、可愛いしぐさの振り付けに夢中!といったところ。

いやあ、それにしても若返りますね~。それに、歌詞だってなかなかよいし。そして、世界中でおどっているのにびっくり。こんな映像を見ていると、世界はひとつって気になり、オイラも仲間に入れろって思います。(笑)

 

    カモン、カモン、カモン、カモン、ベイビー 

    占ってよ

    

    恋するフォーチュンクッキー

    未来はそんな悪くないよ

         Hey!Hey!Hey!

    ツキを呼ぶには

    笑顔を見せること

 

    ハートのフォーチュンクッキー

    運勢

    今日よりもよくしよう

    Hey!Hey!Hey!

    Hey!Hey!Hey!

    人生捨てたもんじないよね

    あっと驚く奇跡が起きる

    あなたとどこかで愛しあえる時間

       ≪中略≫

    涙のフォーチュンクッキー

    そんなに

    ネガティブにならずに

    Hey!Hey!Hey!

    Hey!Hey!Hey!

    世界は愛で溢れているよ

    悲しい出来事忘れさせる

    明日は明日の風が吹くと思う

 

 

さあ、皆さんも歌いながら一緒に踊ってみよう~。

    世界は愛で溢れているよ

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