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アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっています。

「うどんの国」高松・屋島の旅④ ~獅子の霊巌・源平合戦古戦場跡~

2018-09-17 23:39:56 | 史跡を歩く
 屋島城跡を見学した後、再び元来た道をだどって、屋島寺の山門の前を横切っていくと、お土産物店が連なって並んでいる。

 

 平日のためか、どの店にもお客さんがいない。夏の日差しがきつい。どの土産物店の店先にも「かわらけ」が売られている。

 

 昔、ここではないが、京都の神護寺でしたことがあるなあと古いことを思い出しながら、土産物店街を歩いていくと、先に少し大きな食堂というかレストランというのかがある。

 

 「れいがん茶屋」というお食事処である。店内のほか店の外でもテーブルが並んでいるので、瀬戸内海の景色を眺めながら食事ということもできそうである。僕が訪れた時には、まだ早かったのかお店が閉まっていた。

 なんと入り口には、例の化け狸のポスターが堂々とはられており、どうやらここも聖地のようである。

 

 店の前から展望台へは繋がっており、ここから、海に向かってかわらけ投げをすることになる。ちょうど展望台の所には3、4組の観光客がいたのだが、誰一人とやってなかった。誰かしてたらやってみようかなと思ったのだが、残念。

 目を移して、展望台の方から瀬戸内海を眺めると、これは、素晴らしい。

 

 まさに、絶景かな、絶景かなという感じである。目の前に見える島は、鬼ヶ島のモデルと言われている女木島と映画「喜びも悲しも幾年月」の舞台となった男木島である。眼下に見えるのは、高松港であるらしい。

 

 ここが、国立公園の第1号であるというのもさもありなんという気がする。昭和24年に、屋島も含めて瀬戸内海国立公園として指定を受けている。とにかく美しい景色である。たぶん夕暮れや夜景はもっと素晴らしいかもしれないなあ。惜しい。

 

 ちなみに獅子の霊巌という名称の由来は、断崖の所に獅子の頭に似た巌があることから、その名がつけられたそうだが、高いところが苦手なもんで、下をのぞき込んで確認するというようにはいかなかった。写真のてっぺんが真っ平らになっているところは屋島の北嶺と呼ばれる場所なのかな。

 この日は、真夏日。景色は絶景なのだが、そう何時間も日なたに居てられないということで、駐車場に引き返して、屋島の麓へ降りることにした。

 ドライブウエイを降りていく途中、源平合戦古戦場跡という看板がある場所が2か所ある。
 
 

 それぞれ車から降りて写真を撮ったのだが、木が大きくなって展望がきかなくなっており、あんまりよくわからなかった。説明するものもなかったしね。

 

 源氏と平家の戦いでは、一の谷の戦いに敗れた平家が、ここ屋島に拠点を構え、一時期、勢力を盛り返すのだが、海側ではなく山側から攻め入るという源義経の奇襲により、あっけなく敗れ去り、最終決戦の地、壇ノ浦に向かうことになる。屋島の戦いは、名は知られているのだが、平家物語でも、那須与一が扇を入る話と義経の弓流しといった逸話があるぐらいで、あんまりエピソードがない。戦い自体もほぼ1日ぐらいで終わったのだから仕方がないか。

 平家物語自体は、ここから最大の盛り上がりを見せ、壇ノ浦の戦いにて平家が滅亡する一大叙事詩となっていくのである。

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