Always Smile "日々の戯言"

高校時代~社会人のブログです。毎日の日記をつらつらと…。

藤ふぁん物語 その3

2015-02-26 22:59:29 | 藤沢ふぁんクラブ物語
エナンです、更新が遅いのは年度末だからということにしてください。

1-3,鼎立

「採用人数は要項に示しておりませんでしたね。それはそもそも、私が何人採るか決めていなかったからです。もしかしたら、今期は誰も適任はいないかもしれない。その可能性もあった」
 藤崎さんは、長机に肘をついて淡々と喋りだした。その声は鳩尾のあたりにぐっと染みつく気がした。
「私も、長い話が好きではない。結論から申し上げるとこの『藤沢シティプロモーション大使』は君たち三人で決定する。おめでとう」
そういうと、藤崎は重たげな手を掲げてゆっくりと打ち鳴らした。ぱん…ぱん…と小さな部屋に爆ぜるように一人の拍手響き「ありがとうございます」と頭を下げる二人に遅れて俺も頭を下げた。何とも複雑な気分だった。九割は不安でしかない。
「そうそう、君たちは今からチームだから」
「え?」
「は―?」
唐突に気抜けな声が漏れた。俺と松崎とリョウは三人で目配せをして、一泊置いてから瞬きをした。
「お言葉ですが、聞いておりません。私はこの二人と活動するということで非常に不利益があると考えます」
「おい、お前それどういう意味だよ」
「あ、あのちょっと…」
面接官が止めに入る。俺は肩をすぼめて、存在を消した。
「私はね、アイドルなのよ?ミスSFCなんだから。貴方みたな人たちとは、スタートラインが違ってるのよ?なんでそんな人たちとチームを組んで活動しないといけない訳?動きにくいにも程があります」
「はあ?黙って聞いてたら好きなこと言い―」
ぱんっぱんっ。小学校の先生がクラスの児童を鎮めるように、藤崎は二度手を強く打ちならした。我に返った松崎とリョウは慌てて謝罪をし、席に着いた。また静寂の訪れた空間で俺は、剥げた床のタイルが作る面積をどうやったら求められるかを考えていた。
「初対面から、随分仲が『良い』ようだ」
藤崎の横の面接官の一人があからさまにため息をつき、もう一人はゆっくりとかぶりを振った。
「江崎さん。…ねぇ、江崎さん聞いてる?」
継ぎ目の部分で補助線を引いて―と考えているところ心のドアがノックされた…ようだった。
「っは!はい!お呼びでしょうか?」
慌てて立ちあがったとき、松崎が横で「こっちも阿保か…」と小声で言った。
「リーダーは江崎さん。君だから、まぁ適任だと思うよ」
「えぇぇぇぇぇええええ」っと頭の中では大反響のサラウンドなのに、実際の声には一切出ずに、途切れ途切れに「っあ…っあ…」と言うのが精一杯だった。松崎は徐に席を立つと俺たち三人の前に来た。そして、顎の髭を触りながら「やっぱりユニット名が必要だよねえ」と低い声でたしなむように言った。
横の二人の緊張の糸が張り詰める感覚がある。
「―実はまだ決めてないんだなあ。どうにもいい案が思いつかなくてねぇ。君たちの最初の仕事かもしれませんね。自分たちのことよくよく知り合って、そして藤沢という街を知って、それからいい名前を考えてみてください。決まったら、また会おう」
 そう言うと、藤崎さんは座席の面接官に何やら目配せをし、牛が歩くように部屋を出ていった。閉まったドアを茫然と見つめていると、両手に重量感のあるA4の封筒が置かれた。三センチくらいはありそうな厚さだった。
「君らさ、いい気になり過ぎじゃないかな?君たちみたいな無能なヒヨっ子が藤沢の何をプロモーション出来るって?」
 面接官の一人の男が、口を開き、怪訝な顔で発した言葉は、冷え切った鉄のようにのしかかった。しかし事の本質でもあるとも感じた。松崎とリョウはなんとか反駁を試みてるものの、結局藤沢市の人口もまともに答えられないようでは、何を言っても立て板に水で、取り合ってはくれない。
「まず、君たちに具体的な現実を突きつけるけど、君らは『任期付き採用』で、二年のうちに結果が出せなければ解雇。『大使』の制度も終了。市はそんな無駄なお金を持ち合わせていません。だけど、現在の君たちのこの市への知識レベルはもはや一般人以下と言ってもいい。だから、まずそこから叩きこむ。勘違いアイドル娘とマリン小僧と軟弱坊やの面倒を看ないといけない俺の気持ちがわかるか?藤沢のいろはも知らずに『大使』語るなら、今すぐとっとと帰って」
苛立つリョウと松崎の煮えたぎるような怒りが空気を伝わって感じ取ることができた。
「とりあえず、オリエンテーションをやるから、別室に移動して」
そう言うと、面接官は静かに席を立ち、俺たちは否応なくその人に付いていくしかなかった。移動の最中の廊下は酷く湿った気がして、熱帯夜の様だ。途中ちょっと眩暈がした。


「本当!なんなのあのメガネ!」
「あの人…メガネかけてなかったよ、松崎」
「うるさいわね!イラついてるときは、何でもいいのよ!」
俺は自分の分厚いメガネを触って、首を傾げた。
オリエンテーションは結局午後五時まで続いて、俺たちは解放された。いきなり、連絡されることが多すぎてパンクしそうだったけれど、それ以上に松崎は不機嫌で、リョウは不貞腐れていて、やっぱりこのままだと気分が悪い気がした。
「あ、あのさ」
「え?」
「ん?」
市役所からは駅の方向へ帰る道。ビックカメラの前あたりで立ち止まった。市役所からは職員さんが多く流れていく。今日は金曜日だ。
「ちょっと話でも、し…ましょうよ。来週の事もあるし。俺が、よく行く喫茶店で…さ。だめかな?これから忙しい?」
 こういう時はどうやって喋っていいか分からない…どうしても弱気になる。変な熱が顔中に帯びて、耳の横に心臓があるくらい、はっきり鼓動が聞こえていた。
「別に、あたしは平気だけど?今日―帰るっても親居ないし」
「俺はヤだよ、白いお前はいいとして、勘違いアイドルと一緒にすんな。こいつが俺たちと一緒は厭だとかなんとか言ってたんじゃねーか」
結局二人はまだいがみ合っている。どうしよう。
「あんた、じゃあ一人で課題出来るんだ。そしたら、私は江崎さんと協力してぱぱっと終わらせるからいいわよね?ねぇ江崎さんって言いにくいんだけど、何か呼び名ないの?」
「呼び名なぁ…うーん」
あまり、学校に行けなかったから、友達も少なかった。強いていうなら、看護師さんとか親は「ヤスくん」って呼んでるけれど。
「『ヤス』って―」
「…やっぱり…グリコよね」
「は?」
「『は?』じゃないわ。江崎と言えばグリコでしょう。じゃあ決定。私はアヤカでいいから」
「まだ勝手に決めるなよ、「ヤスユキ」だから「ヤス」って呼ばれてたって…」
「だめ。グリコ。おっし、じゃあグリおすすめのお店に行こう!」
松崎アヤカは俺の手をまた、ぐっと引いて、俺は方から引っこ抜かれるかという思いで今朝と同じように引っ張られていく。
「おい!待て!課題の話するなら、俺も混ぜろっ」
途端に、リョウは血相を変えて追いついてきた。
「はっはーん、やっぱりあんたバカなのね。バカっぽい顔してるからねー」
「やめろよ、人を小馬鹿にするの!」
松崎アヤカのに掴まれた手を振り払った。さっきから見下した言い方するのが俺も気に食わなかった。なんで初対面の人たちにそんな強気で居られるんだ。その自信は何なんだ。
…俺には絶対持てない自信だったから少し、嫉妬も混ざって、悔しい。
「課題もそうだけど…さ。これからもっと協力していかないといけないことが沢山あると思うんだ。だから、こんなとこで喧嘩してたら、先になんて進めないだろ。と思うんだけど…ちがう…かな」
松崎アヤカがむくれた表情をちらつかせたが、一度大きく肺から空気を出して顔を左右に振ると、晴れ晴れしい表情になった。
「それもそうね、リョウとか言ったっけ?軽そうな感じだけど、まぁよろしく」
「一言多いよ、アヤカ」
「お、おう。オレも悪かったよ、すぐ怒って」
二人は躊躇いがちに握手をして、何となく和解した。一日目で継ぎ接ぎだらけ。握り合う右手が力んでいたように見えたけれど、とりあえずは良しとしよう。
 沈みかけの夕日が綺麗に映えて、俺が先頭に歩く向かっているのは駅南口、小田急デパートの裏だ。
「なぁ江崎、お前の行ってた喫茶店、どこにあるのか分かってるんだよな…?」
「あーうん、でも最近来てなかったから…ちょっと不安かも…」
OPAの横を抜けて目的地近くには来たのだけど…ここからどう行くんだったっけ?
「グリ君、不安になると傘の中に隠れる癖があるわよね?今朝も分かりやすいかった」
ドキッとして振り返ると、松崎に携帯電話で写真を撮られていた。そういえば、もう日も落ちたのか。ボヤけた記憶にある道を真っ直ぐ進む。多分大丈夫と心で唱える。「っあ」思わず速足になって近寄ると、手書きの看板を見つけて、傘を閉じた。頭の上に藍色の空。俺の空はみんなのそれよりも幾分濃いんだ。

 俺たちには課題が出された。オリエンテ―ションの中で説明されたのだけど、市に関する調べ学習のようなものだ。内容のほとんどは学習中心の面白みの欠けるものだった。歴史とか…市政に関することとか、実際に現地に足を運ばないと分からないこともあった。それを週明け月曜日までに完成させなければならない。全てを一人で作るのは時間が足りないし、明らかに非効率的だった。
「分担だけど、じゃあこれでいい?」
松崎は一切余分な話をせずに必要な事項を三十分程度で決めてしまった。役割分担、進捗連絡のタイミング、実際の解答共有方法など俺とリョウは「ああ」とか「うん」とか言ってる合間に全て決まってしまった感じだ。なんか、凄い。出来る女って感じだ。
「こちらハヤシライスとクロックムッシュとガトーショコラです」
店員さんが話を割って料理を出す。駅から少し外れた場所、江ノ電の線路が見える喫茶店「パンセ」母さんが頻繁に使っていて、時々俺も一緒に来ていた。父さんが病気になる前にも一緒に来たって言ってたけど、俺の記憶には無い。写真を見せてもらったけど、記憶に無いと、やっぱ現実味が無かった。店内は広いとは言えないが、お洒落で落ち着きのある空間。俺はいつもガトーショコラを食べていて、それ以外食べたことがなかった。
「江崎お前、それだけで晩飯足りんの?飯ですらないけど、菓子だな」
「普段からあんまり食べない方で、今日は疲れて食欲ないから…大丈夫」
「大丈夫って答えなの?あ、グリコだからチョコが好きなのよね?なーんて」
「いや、そういう訳じゃないけど…」
積み重なった古い本が目に入った。母の記憶と、ちょっと苦い思い出を脳裏に呼び起こして。壁に掛かった無数の額縁。海風が頬を浚う思い出を―酷く久しぶりに感じた。
「でもいい感じだな、こんな店ここにあったんだな。海の写真とかもあるじゃんか?オレ本当海岸が好きでさ」
リョウが今日初めて柔らかな笑顔を見せ、店内を見回した。気に入ってくれてよかった。本当に、よかった。
「本当海しか頭にないのね、リョウに課題が出来るのかしら、不安」
 今日初めて会った二人はこの後どうなるかと思ったけど、なんとかなりそうです。多分。
何より、一緒に怒って、笑いあう人たちがいると「楽しい」んだって思えました。浪人してた時も一人だったから…久々に「友だち」が出来たのかもしれないです。母さん俺、今日久々に笑ってるかも。
「なんか…二人とも…ありがとう」
机に額を向けてお辞儀をして御礼を言ったら、また些細な言い合いをしていた二人は魂が抜けたような間抜け面をした。
「は?…なんで礼言われてるわけ?オレ何もしれないけど」
「いや、なんか今日が楽しかったから―」
「っはぁーグリコあんた、よく恥ずかしくもなくそんなこと言えるよね。私はグリコがいつか詐欺に合いそうで怖い、知らない人に付いてっちゃだめだからねー」
「だな、気を付けろよ、一応リーダーなんだから、頼むよ」
「え?っは?」
 必死に絞り出した言葉は素直に聞き入れてもらえなくて、言い損だった。でもとりあえず、今日はいろいろと刺激的でした。本番は―まだまだ。
「あ、見て見て!江ノ電!」
別に珍しくもないのに、江ノ電の車両を見ると嬉しくなる。子どもの頃初めて電車に乗った時のような感覚だ。
「傘、指してないと何か不思議だな、お前。コロボックルみたいだ」
クスクスと笑われてぐしゃぐしゃ髪をリョウに触られた。嫌がっても力もひ弱な俺では太刀打ちできない。
「まだ八時だよ。そういえば選考受かったことだし、祝杯を上げようではないか」
松崎が急に元気になったと思ったら、リョウもそれに乗って飲みに行くようだ…。
自分が母より遅く帰るのはいつ振りなんだろう。
 「結局まだ帰れそうにないです。夕飯はいらないです。今日は帰りが遅くなりそうです。ヤス」 そう打って母さんにメールを送り携帯を閉じた。

p.s.
お読みいただき、ありがとうございます。
お疲れ様でした。キャラクタの感覚は作者も探り探りな感じが否めない…ですね。でも3人とも分かりやすくキャラを分けてるので、想像はしやすいかと。

因みに、劇中ででてきた「パンセ」の情報載せますね!
一度是非足を運んでみて下さい。それでは
カフェ「パンセ」
藤沢市鵠沼橘1-1-6 ネオヤマダビル2F
http://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140404/14002462/

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