Always Smile "日々の戯言"

高校時代~社会人のブログです。毎日の日記をつらつらと…。

藤ふぁん物語 その3

2015-02-26 22:59:29 | 藤沢ふぁんクラブ物語
エナンです、更新が遅いのは年度末だからということにしてください。

1-3,鼎立

「採用人数は要項に示しておりませんでしたね。それはそもそも、私が何人採るか決めていなかったからです。もしかしたら、今期は誰も適任はいないかもしれない。その可能性もあった」
 藤崎さんは、長机に肘をついて淡々と喋りだした。その声は鳩尾のあたりにぐっと染みつく気がした。
「私も、長い話が好きではない。結論から申し上げるとこの『藤沢シティプロモーション大使』は君たち三人で決定する。おめでとう」
そういうと、藤崎は重たげな手を掲げてゆっくりと打ち鳴らした。ぱん…ぱん…と小さな部屋に爆ぜるように一人の拍手響き「ありがとうございます」と頭を下げる二人に遅れて俺も頭を下げた。何とも複雑な気分だった。九割は不安でしかない。
「そうそう、君たちは今からチームだから」
「え?」
「は―?」
唐突に気抜けな声が漏れた。俺と松崎とリョウは三人で目配せをして、一泊置いてから瞬きをした。
「お言葉ですが、聞いておりません。私はこの二人と活動するということで非常に不利益があると考えます」
「おい、お前それどういう意味だよ」
「あ、あのちょっと…」
面接官が止めに入る。俺は肩をすぼめて、存在を消した。
「私はね、アイドルなのよ?ミスSFCなんだから。貴方みたな人たちとは、スタートラインが違ってるのよ?なんでそんな人たちとチームを組んで活動しないといけない訳?動きにくいにも程があります」
「はあ?黙って聞いてたら好きなこと言い―」
ぱんっぱんっ。小学校の先生がクラスの児童を鎮めるように、藤崎は二度手を強く打ちならした。我に返った松崎とリョウは慌てて謝罪をし、席に着いた。また静寂の訪れた空間で俺は、剥げた床のタイルが作る面積をどうやったら求められるかを考えていた。
「初対面から、随分仲が『良い』ようだ」
藤崎の横の面接官の一人があからさまにため息をつき、もう一人はゆっくりとかぶりを振った。
「江崎さん。…ねぇ、江崎さん聞いてる?」
継ぎ目の部分で補助線を引いて―と考えているところ心のドアがノックされた…ようだった。
「っは!はい!お呼びでしょうか?」
慌てて立ちあがったとき、松崎が横で「こっちも阿保か…」と小声で言った。
「リーダーは江崎さん。君だから、まぁ適任だと思うよ」
「えぇぇぇぇぇええええ」っと頭の中では大反響のサラウンドなのに、実際の声には一切出ずに、途切れ途切れに「っあ…っあ…」と言うのが精一杯だった。松崎は徐に席を立つと俺たち三人の前に来た。そして、顎の髭を触りながら「やっぱりユニット名が必要だよねえ」と低い声でたしなむように言った。
横の二人の緊張の糸が張り詰める感覚がある。
「―実はまだ決めてないんだなあ。どうにもいい案が思いつかなくてねぇ。君たちの最初の仕事かもしれませんね。自分たちのことよくよく知り合って、そして藤沢という街を知って、それからいい名前を考えてみてください。決まったら、また会おう」
 そう言うと、藤崎さんは座席の面接官に何やら目配せをし、牛が歩くように部屋を出ていった。閉まったドアを茫然と見つめていると、両手に重量感のあるA4の封筒が置かれた。三センチくらいはありそうな厚さだった。
「君らさ、いい気になり過ぎじゃないかな?君たちみたいな無能なヒヨっ子が藤沢の何をプロモーション出来るって?」
 面接官の一人の男が、口を開き、怪訝な顔で発した言葉は、冷え切った鉄のようにのしかかった。しかし事の本質でもあるとも感じた。松崎とリョウはなんとか反駁を試みてるものの、結局藤沢市の人口もまともに答えられないようでは、何を言っても立て板に水で、取り合ってはくれない。
「まず、君たちに具体的な現実を突きつけるけど、君らは『任期付き採用』で、二年のうちに結果が出せなければ解雇。『大使』の制度も終了。市はそんな無駄なお金を持ち合わせていません。だけど、現在の君たちのこの市への知識レベルはもはや一般人以下と言ってもいい。だから、まずそこから叩きこむ。勘違いアイドル娘とマリン小僧と軟弱坊やの面倒を看ないといけない俺の気持ちがわかるか?藤沢のいろはも知らずに『大使』語るなら、今すぐとっとと帰って」
苛立つリョウと松崎の煮えたぎるような怒りが空気を伝わって感じ取ることができた。
「とりあえず、オリエンテーションをやるから、別室に移動して」
そう言うと、面接官は静かに席を立ち、俺たちは否応なくその人に付いていくしかなかった。移動の最中の廊下は酷く湿った気がして、熱帯夜の様だ。途中ちょっと眩暈がした。


「本当!なんなのあのメガネ!」
「あの人…メガネかけてなかったよ、松崎」
「うるさいわね!イラついてるときは、何でもいいのよ!」
俺は自分の分厚いメガネを触って、首を傾げた。
オリエンテーションは結局午後五時まで続いて、俺たちは解放された。いきなり、連絡されることが多すぎてパンクしそうだったけれど、それ以上に松崎は不機嫌で、リョウは不貞腐れていて、やっぱりこのままだと気分が悪い気がした。
「あ、あのさ」
「え?」
「ん?」
市役所からは駅の方向へ帰る道。ビックカメラの前あたりで立ち止まった。市役所からは職員さんが多く流れていく。今日は金曜日だ。
「ちょっと話でも、し…ましょうよ。来週の事もあるし。俺が、よく行く喫茶店で…さ。だめかな?これから忙しい?」
 こういう時はどうやって喋っていいか分からない…どうしても弱気になる。変な熱が顔中に帯びて、耳の横に心臓があるくらい、はっきり鼓動が聞こえていた。
「別に、あたしは平気だけど?今日―帰るっても親居ないし」
「俺はヤだよ、白いお前はいいとして、勘違いアイドルと一緒にすんな。こいつが俺たちと一緒は厭だとかなんとか言ってたんじゃねーか」
結局二人はまだいがみ合っている。どうしよう。
「あんた、じゃあ一人で課題出来るんだ。そしたら、私は江崎さんと協力してぱぱっと終わらせるからいいわよね?ねぇ江崎さんって言いにくいんだけど、何か呼び名ないの?」
「呼び名なぁ…うーん」
あまり、学校に行けなかったから、友達も少なかった。強いていうなら、看護師さんとか親は「ヤスくん」って呼んでるけれど。
「『ヤス』って―」
「…やっぱり…グリコよね」
「は?」
「『は?』じゃないわ。江崎と言えばグリコでしょう。じゃあ決定。私はアヤカでいいから」
「まだ勝手に決めるなよ、「ヤスユキ」だから「ヤス」って呼ばれてたって…」
「だめ。グリコ。おっし、じゃあグリおすすめのお店に行こう!」
松崎アヤカは俺の手をまた、ぐっと引いて、俺は方から引っこ抜かれるかという思いで今朝と同じように引っ張られていく。
「おい!待て!課題の話するなら、俺も混ぜろっ」
途端に、リョウは血相を変えて追いついてきた。
「はっはーん、やっぱりあんたバカなのね。バカっぽい顔してるからねー」
「やめろよ、人を小馬鹿にするの!」
松崎アヤカのに掴まれた手を振り払った。さっきから見下した言い方するのが俺も気に食わなかった。なんで初対面の人たちにそんな強気で居られるんだ。その自信は何なんだ。
…俺には絶対持てない自信だったから少し、嫉妬も混ざって、悔しい。
「課題もそうだけど…さ。これからもっと協力していかないといけないことが沢山あると思うんだ。だから、こんなとこで喧嘩してたら、先になんて進めないだろ。と思うんだけど…ちがう…かな」
松崎アヤカがむくれた表情をちらつかせたが、一度大きく肺から空気を出して顔を左右に振ると、晴れ晴れしい表情になった。
「それもそうね、リョウとか言ったっけ?軽そうな感じだけど、まぁよろしく」
「一言多いよ、アヤカ」
「お、おう。オレも悪かったよ、すぐ怒って」
二人は躊躇いがちに握手をして、何となく和解した。一日目で継ぎ接ぎだらけ。握り合う右手が力んでいたように見えたけれど、とりあえずは良しとしよう。
 沈みかけの夕日が綺麗に映えて、俺が先頭に歩く向かっているのは駅南口、小田急デパートの裏だ。
「なぁ江崎、お前の行ってた喫茶店、どこにあるのか分かってるんだよな…?」
「あーうん、でも最近来てなかったから…ちょっと不安かも…」
OPAの横を抜けて目的地近くには来たのだけど…ここからどう行くんだったっけ?
「グリ君、不安になると傘の中に隠れる癖があるわよね?今朝も分かりやすいかった」
ドキッとして振り返ると、松崎に携帯電話で写真を撮られていた。そういえば、もう日も落ちたのか。ボヤけた記憶にある道を真っ直ぐ進む。多分大丈夫と心で唱える。「っあ」思わず速足になって近寄ると、手書きの看板を見つけて、傘を閉じた。頭の上に藍色の空。俺の空はみんなのそれよりも幾分濃いんだ。

 俺たちには課題が出された。オリエンテ―ションの中で説明されたのだけど、市に関する調べ学習のようなものだ。内容のほとんどは学習中心の面白みの欠けるものだった。歴史とか…市政に関することとか、実際に現地に足を運ばないと分からないこともあった。それを週明け月曜日までに完成させなければならない。全てを一人で作るのは時間が足りないし、明らかに非効率的だった。
「分担だけど、じゃあこれでいい?」
松崎は一切余分な話をせずに必要な事項を三十分程度で決めてしまった。役割分担、進捗連絡のタイミング、実際の解答共有方法など俺とリョウは「ああ」とか「うん」とか言ってる合間に全て決まってしまった感じだ。なんか、凄い。出来る女って感じだ。
「こちらハヤシライスとクロックムッシュとガトーショコラです」
店員さんが話を割って料理を出す。駅から少し外れた場所、江ノ電の線路が見える喫茶店「パンセ」母さんが頻繁に使っていて、時々俺も一緒に来ていた。父さんが病気になる前にも一緒に来たって言ってたけど、俺の記憶には無い。写真を見せてもらったけど、記憶に無いと、やっぱ現実味が無かった。店内は広いとは言えないが、お洒落で落ち着きのある空間。俺はいつもガトーショコラを食べていて、それ以外食べたことがなかった。
「江崎お前、それだけで晩飯足りんの?飯ですらないけど、菓子だな」
「普段からあんまり食べない方で、今日は疲れて食欲ないから…大丈夫」
「大丈夫って答えなの?あ、グリコだからチョコが好きなのよね?なーんて」
「いや、そういう訳じゃないけど…」
積み重なった古い本が目に入った。母の記憶と、ちょっと苦い思い出を脳裏に呼び起こして。壁に掛かった無数の額縁。海風が頬を浚う思い出を―酷く久しぶりに感じた。
「でもいい感じだな、こんな店ここにあったんだな。海の写真とかもあるじゃんか?オレ本当海岸が好きでさ」
リョウが今日初めて柔らかな笑顔を見せ、店内を見回した。気に入ってくれてよかった。本当に、よかった。
「本当海しか頭にないのね、リョウに課題が出来るのかしら、不安」
 今日初めて会った二人はこの後どうなるかと思ったけど、なんとかなりそうです。多分。
何より、一緒に怒って、笑いあう人たちがいると「楽しい」んだって思えました。浪人してた時も一人だったから…久々に「友だち」が出来たのかもしれないです。母さん俺、今日久々に笑ってるかも。
「なんか…二人とも…ありがとう」
机に額を向けてお辞儀をして御礼を言ったら、また些細な言い合いをしていた二人は魂が抜けたような間抜け面をした。
「は?…なんで礼言われてるわけ?オレ何もしれないけど」
「いや、なんか今日が楽しかったから―」
「っはぁーグリコあんた、よく恥ずかしくもなくそんなこと言えるよね。私はグリコがいつか詐欺に合いそうで怖い、知らない人に付いてっちゃだめだからねー」
「だな、気を付けろよ、一応リーダーなんだから、頼むよ」
「え?っは?」
 必死に絞り出した言葉は素直に聞き入れてもらえなくて、言い損だった。でもとりあえず、今日はいろいろと刺激的でした。本番は―まだまだ。
「あ、見て見て!江ノ電!」
別に珍しくもないのに、江ノ電の車両を見ると嬉しくなる。子どもの頃初めて電車に乗った時のような感覚だ。
「傘、指してないと何か不思議だな、お前。コロボックルみたいだ」
クスクスと笑われてぐしゃぐしゃ髪をリョウに触られた。嫌がっても力もひ弱な俺では太刀打ちできない。
「まだ八時だよ。そういえば選考受かったことだし、祝杯を上げようではないか」
松崎が急に元気になったと思ったら、リョウもそれに乗って飲みに行くようだ…。
自分が母より遅く帰るのはいつ振りなんだろう。
 「結局まだ帰れそうにないです。夕飯はいらないです。今日は帰りが遅くなりそうです。ヤス」 そう打って母さんにメールを送り携帯を閉じた。

p.s.
お読みいただき、ありがとうございます。
お疲れ様でした。キャラクタの感覚は作者も探り探りな感じが否めない…ですね。でも3人とも分かりやすくキャラを分けてるので、想像はしやすいかと。

因みに、劇中ででてきた「パンセ」の情報載せますね!
一度是非足を運んでみて下さい。それでは
カフェ「パンセ」
藤沢市鵠沼橘1-1-6 ネオヤマダビル2F
http://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140404/14002462/

藤ふぁん物語 その2

2015-02-17 22:00:23 | 藤沢ふぁんクラブ物語
やっと更新…どうもエナンことエナンです。
(ローマ数字化けるので算用に変えます)さてこれからどうなる事やら

1-2、大御所、藤崎


色の無い季節、市役所の前では立春と言えど、骨に沁みる寒さが効いた。何を思ったのかわからないけれど、居てもたってもいられなくなって、集合時間の一時間も前に到着してしまった。朝の藤沢、平日ということもあり、少し忙しない。俺の使ってる銀色の傘は古くなってきて荒んだ鉛色をしている。「まだ、十時には早いよな」そう思って、北口交差点のヴェローチェで時間を潰すことにした。
「ねぇねぇ!」
役所の前でまた、あの女に出くわした。あからさまに怪訝な顔をしてしまった俺は、傘で顔を隠した。
「急いでるから」
やっとのことで発した言葉は真っ赤な嘘。今から、時間を潰しに行くというのに。
「急いでるんだ、私は少し暇なんだど。何処に行かれるんですか?今日、通過召集ですよ?まだ、時間あるけど―」
「俺に…関わらないで下さいよ!」
「え?なんて?ちょっと、待ってよ」
俺はまた速足で地下に逃げた。なぜ逃げたかなんて、説明しろと言われても無理だった。強いて言うなら、生来太陽の光が苦手で、ずっと生きてきたから。そして、これからもそうして生きていかなければならない。だから、真っ直ぐ見られるのも自分を引きとめられることも俺は好きではないし、どう反応していいのか分からない。自分の全てが愚劣に思えてしまい、そんな自分がカタツムリみたいで、本当に一番嫌いだった。
 地下の広場、さいか屋デパートへと続く道に店員さんらしき人たちが開店の準備で往来していた。あの女はもうついて来なかった。少し走っただけで肩が上がるほどの身体は考え物だ。結局、地下で逃げ迷っていたら定刻の十分前になってしまった。
 市役所はいつ行っても大混雑だ。基本的には、中年とか年配の方とかでほとんどだから、スーツを着た若齢層の人間はそう多くない。それに、俺は特に目立ってしまうのは言うまでもなかった。
「あー来た来た!こっちですよ」
と声がすると思ったら、急に腕を取られたつんのめる様な形で身体を引っ張られた。
「あら、ごめんなさい。葦みたいね、君。この腕も―あぁ違う違う、早く会場に向かいましょ、確か前回と同じ会議室だったから…」
「なぁちょっと!手を放してくれませんか」
「あー、ごめんごめん、君一人だとなんかオロオロしててあまりに不安だったから、さっきもあんな急に走って行かなくてもいいのに、ほんと不思議だよね。何なの?不思議系狙ってるんですかね?」
「そんなわけないじゃないですか」
ぶっきらぼうに言い放っていても自分よりも身長の高い細身の女性から見下ろされていると何も反論できなくて、そんな自分も嫌だった。エレベータの中、出来る限り距離を取っていると、彼女がニヤニヤしながら自分の事を見ているような気がした。
「ね、今更だけど私松崎あやか(まつざき あやか)って言うの。貴方は?」
急に自己紹介が始まった。どういうことだ。少し俯いていたから眼鏡が下にずれて、レンズを通さずに彼女を見ても、ボケてしまって「存在」しか確認できない。
「俺は―」
と言ったらエレベータのドアが開いて「遅いよ、そんなんじゃ面接なんて通らない」と軽く鼻で笑われた。すっと滑るように彼女は箱の中から出ていった。彼女―松崎という女の背中に呪詛のごとく憎しみを込めて奥歯を噛みしめたけど、一度深呼吸して心をなだめた。
 役所の廊下は何処も「事務的」で「機能的」に作られていた。とても味気ない。それでも最近はまだ良くなった。とは言うものの、俺はその廊下の長椅子に座っているときが一番落ち着く。小さい頃から、病院の待合室で長い事座った記憶がその原因だろうと。少し消毒液の香る静かな空間。少しだけ悲壮に覆われた空間。そんな場所だから俺には合っている。
「こんにちは」
そんなことを考えていたら、職員さんらしき人が挨拶してきた。確か、前回の面接官の一人だった。名前は覚えていないけど、確かそうだ。
「こんにちは…私、江崎安広と申します。本日はよろしくお願いします」
「はいよろしく、今日はまず、個別に面接をして行こうと思います。その後、少し説明では少数ですが集団の形式に変わります。形式はそれで…ご理解下さい」
「あの、今日も面接なんですか?」
「一応ね。ただ、『ちゃんとした』面接というよりはもう少し緩いと思うけど…あまり言えないから、中で聞いた方がきっといいよ。頑張って、江崎さん」
その面接官も困ったように笑みを浮かべた。俺は「は…はぁ」と何とも中途半端な納得感の中で、俺はドアをノックした。廊下を見回しても、松崎はいなかったし、どこか別の部屋で面接を行っているのだろう。
「どうぞ」
ドア越しにこもった声が聞き取れた。
「失礼いたします」
例のごとく、着席まで行おうとすると「いいよいいよ、形式ばらなくて。座って」と言われた。そう言った人は、少し異様な雰囲気を持った人―確かこの人も前回の面接に居たように思うけど。
「おはようございます。私、相模プロダクションの藤崎というものです」
あ、藤崎!前回俺の病気とかに突っ込んで少し揉めてた人だ!もう面接のときからプロダクションの人が入ってたのか。
「今日は通過通知をお渡しして足を運んでいただたと思います、お身体の事もありますので、大変だったと存じます。今日は、いくつかお伝えすることがございますが、その前に数点、こちらの質問にお答えいただけますか?」
 藤崎はノーネクタイで黒のスーツを着ているものの、時計やタイピン革靴など小物が少し派手で目立った。部屋には藤崎しかおらず、空気全体は少し緩くも重厚な感じがした。
「はい、構いません。私の身体のお気遣いありがとうございます…」
「まず、江崎さん、貴方は随分と気弱な方だ。自分に自信がない、パッとした特技があるわけでもない。そんなあなたが藤沢の名を背負っていけますか?その覚悟はありますか」
「あります!」
さっき、松崎に言われた事を思い出して、即答した。
「ん。何故、そんな自信で『ある』と言えるか?あまり気負わず聞きたい。今は、そんな厳格な面接じゃない。もっと言えば、単純に私という人間が江崎さんに興味を持っているからね」
「え?」
「言葉が悪いけれど、君は見るからに『プロモーション大使』には向いてるとは言い難い。外の候補者を見ても、全員何かしらの形で自分に誇りを抱いている。君はその真逆だ」
藤崎は老眼鏡らしき眼鏡を外して、なにかしら手元の資料に視線を落とした。決して老いを感じさせない風貌でも視力や筋力までごまかすことは難しい。
「君は医者になりたかったと履歴書に書いているが、今もその夢は持っているのかな?君が、この選考に通ったら多分勉強する時間はそう取れるとも思えない」
「通過したあかつきには、もちろんこちらの―」
「だから、江崎さんねぇ、違う違う」
藤崎は自分の顔前で大袈裟に手を振って呆れてみせた。
「そんな、建前が聞きたいんじゃないんだ私は、本音はどっちなんだ?え?医者になりたい想いはもう、捨て切ったのかい?」
正解がわからない。医者になりたい想いはまだあるけれど、そんなの遠い遠い夢だ。お金だって…想像できないくらい必要になる。今、目下の選考の方が遥かに現実的で、そちらを選択できるなら、きっと医者を諦めることも出来る、だろう。しかし藤崎さんが俺に求めてる答えは、一体―
「―きらめ、」
「え?何か言ったかな?」
いや
「諦め切れていません!…正直言うと…」
「ほう、それは自分が患った病気と関係があるのかな?医者に凄いお世話になったとか」
藤崎さんは、座席を横向きにずらして壁の方を流すように見ていた。俺は、その場で一頻り自分の幼少期の苦労話をした。『堰を切ったように』とはこういうことなんだろうか。ひ弱な身体、特殊な身体は往々にして学校ではいじめの対象になる。そんな自分を救ってくれたのも、病院の先生だった。看護師さんも優しかった。母親が仕事で忙しく、頼れる人のいない時間に、幾度となく励ましてくれたのは病院の人たちだった。俺を励ましたのに、自らは亡くなった方も居た。二十分くらいだっただろうか。藤崎さんは、時々相槌を打ちながら聞き役に徹してくれた。自分もそんな医者になりたい。困っているのは、病気ではなくて、患者さんの心なんだと俺の想いも話していた。気付けば、俺は唾を飛ばすほど大声だった。
「そうですか、わかりました。随分と熱い想いがあったんですね」
喋ってから、俺はハッと「しまった」と感じたがもう遅い。
「あ、え、いえ…いやでも勿論このプロモーション大使でも―」
「っはっはっは!!弁解したいのかい?っはっはは。いや君は面白い。君は外見だけでなく、ハートも白いんだな。いやぁ、気に入った」
藤崎は大きな口を開けてガハハと笑った。
「え?はぁ、ありがとうございます…?」
「そろそろか」
腕時計を見てそう言うと、藤崎さんはすっと席を立って、出入り口へと向かった。ノブに手を掛けて部屋を出ようとする時、慌てて立ちあがった俺を制して軽く「座ってて、座ってていいから」と言った。
「江崎さん。これから多分受験勉強の時間はないから、残念だけどね。それ以上にやり甲斐のあることだとは思うんだけどね。っちょっと待ってて私、残りの人たちを呼びに行く事になってたはずなので」
 そうして、一人会議室に取り残されてしまった。しんとした静謐な空気の中に音を探す。廊下から数人の喋り声が聞こえて、自分の心臓の鼓動と重なって早まる。ドアがノックされた。どうして良いか分からず、とりあえず、立ち上がり、ぎゅっと手を握りしめた。「失礼しますね」と藤崎さんの声がしてドアが開かれる。
「あーー!」
「え?知り合いなの?松崎さん」
「いえいえ、さっきエレベータまで一緒だったので、それだけです」
藤崎さんと一緒に入ってきたのは、職員さん二名と松崎…とさらにもう一人―
「こんちは、オレ今井亮(いまい りょう)って言います。リョウって呼んでな」
え?誰この人。リョウと名乗った男は当然スーツではあるものの、そこから覗く表皮は俺と対照的に色黒だった。この時期なのに、と逆に俺は興味津々に凝視してしまった。
「とりあえず、三人とも席についてもらって―って余分の椅子あるんでしたっけ?」
そういって、人数分の椅子が用意された。面接官も藤崎さん入れて三人。三対三になった。
空気が落ち着いて、面接官の一人が藤崎さんに何かを喋りかけた。
「えぇ、勿論。もう話は済んでいますから」
藤崎さんは足を組んでそう答えると、視線をこちらに移して眼鏡を外した。
「さて、この藤沢シティプロモーションの選考結果だけど、皆さん三名を大使として任命したい。活動内容とかは今後詳しくお話しようと思うけど、今はまずその承諾の意思を問いたい」
「私は喜んでお引き受けいたします」
「ありがたく思います、これから精一杯頑張ります」
松崎もリョウも二人とも、その告知を待っていた様な返答で即答だった。
「江崎さんは?やっぱり、悩むかい?」
「いや、別にそういう訳ではないんですけど…」
左で立っている二人の視線を痛く感じた。特に松崎。
「正直言うとね、江崎さんには断って頂きたくない。これは完全に私の思いなので、聞き流してくれて構いませんが―」
 いろいろなことが頭を過った。母さんのこと、子どもの頃のこと、これからのこと。でもあまりに当然に生きるよりも、どうなるか分からない中に入っていくのも面白いかもしれない。俺はゆっくりと立ち上がった。ちらっと左の二人を見ると、自分より二人とも背が高いんだなぁって場にそぐわないことを考えてしまった。
「やらせていただきます。…やらせて下さい」
そう言って、ロボットの様にゆっくりと頭を下げたら、眼鏡が落ちた。

藤ふぁん物語 その1 

2015-02-01 19:58:20 | 藤沢ふぁんクラブ物語
藤沢ふぁんクラブ物語

Ⅰ-1 はじまりはじまり

「特技はなんですか?」
綺麗とも汚くとも言えない一室でふわっと質問された。用意された椅子の背もたれがしっくりなくって、もどかしい。
「特技は、にん…忍耐力があるところです」
「忍耐力ねぇ、それは特技というよりも長所のような気がしますが」
はあ…」
悪戯に時間が過ぎていって、面接官の一人がボールペンを二回ノックした。また。やっぱり、駄目なんだ。俺、入試以外でこういう面接初めてだったし。ドアをノックするときも、変に強く叩きすぎて、「うるさい」って言われたし、名乗る前に座りかけたし、本当に何やってるんだろ。
「まぁ、わかりました―」
「ああ、ちょっと待って、ちょっと。私、質問してもよろしいですかな?」
そう言ったのは、見た目が若いけれど結構年齢の高そうな紳士だった。どちらかというと、他の三人の面接官とは、異なった雰囲気を醸し出していた。豆腐でいうと…木綿と絹みたいな。同じだけど、違う…ような。
「君―失礼、江崎安広(えざき やすひろ)さんさ、差し支えなければ答えて欲しいけど、君は、先天性白皮症?」
その質問を聞いて、残りの「木綿豆腐の三人」の面接官が苦い顔をした。質問した男の隣の面接官は、小声で何かを耳打ちしている。それに対して「絹豆腐さん」は笑顔で二回頷いた。俺は奥歯を強く噛みしめ、心持ち、背筋を伸ばしていた。先天性白皮症…。
「はい…そうです」
隠すことは何もない。隠せっこない。だったら、吐けるだけ吐くしかない。
「ですよね」
と絹は満足そうに笑いながら、手を二回叩いた。何か笑えることがあったのだろうか?スーツを着ると、俺の顔と髪が異常に白いことくらい赤子だってわかるはずだ。今日だって、こんな冬の晴れ間に仰々しい傘を携えて、市役所まで来たんだ。駅から地下道を通れば、そんなに野外に出ないけれど、それでも…日焼け止めと、銀色の傘は生涯、俺の肌身から離れることはないだろう。
「そんな君がさ、なんでまた『ご当地アイドル』なんてやりたいの?え?大変だよー。外には勿論出ないといけないし、野外ライブするとかになったらどうするの?それに、夏なんて多分海岸とかビーチとか連日居る羽目になるよ?意地悪言ってるわけじゃないんだけどさ、そんなことしても君は、大丈夫なのかな?ほら、身体的な意味で」
「藤崎さんっ…!」
横の面接官がたまらず、小声で指摘をした。少し、揉めているようにもみえる。
 そりゃ、本当は違うかもしれないけど。こんな俺にもできることがあるかもしれないって…そう思ったのに。
「で?どうなの?大丈夫なの?」
下に泳いでた目線がはっと藤崎という男を捉え直した。
「はっ…はい!大丈夫です。いままでも他の…普通の人と同じ生活をしてきましたし、特段問題があるとは思っていません。ある程度の注意は必要ですが…」
「ある程度の注意とは?」
「基本的に紫外線に弱いので、傘とサングラスと、日焼け止めとか、あと視力も低いですが、これはコンタクトしてれば大丈夫です」
「それって、大丈夫っていうの?あと、もう一つの質問に答えてないよ。なぜ『そんな君が』ここに立候補をしたのか?ってこと」
 ダメって言いたいのかな。俺が立候補したらダメってことなんだろうか、やっぱり。
俺だって体育祭で走りたかった。プールに行きたかった。小学校の遠足だって。中学の修学旅行だって…いつだってそうだ。「ヤス君は大丈夫だよ、私たちがやるから」って優しさで言ってくれてる筈なのに、俺はいつもそれが悔しくて、俺は仲間はずれじゃないか。
「俺が、俺が…」
消え入りそうな蝋燭の炎のような声で、口を開いた。怒りと悔しさが抑えられなくて、肩が震えてるのがわかる。顔に血が登っているのも分かる。俺の顔は顕著に赤くなるから…。
「俺が、応募してはいけないと…そういうことをおっしゃっているのでしょうか?」
「違う違う、そんなんじゃない。私は心底真面目に君の『志望動機』を聞いているだけ」
「俺―いや、私にやらせて下さい。この街、藤沢に恩返ししたいです…」
「いやだから、熱意は分かるけどさ、なんでよ?」
 俺はそこから、この面接に至るまでの経緯と動機をを話した。地域への愛と自分の非凡な経験と想いを。しかし、話終えて開口一番、藤崎に言われたのは一言。
「長いな。そして、回りくどい」
だった。もう、面接時間も二十分オーバーしている。次もあることだろう。俺の話の途中から、ボールペンのノックが早くなっていくのは、分かりやすかった。
「最後に一つだけいいですか?江崎さんはご兄弟は?」
「いません…」
「ご両親は?二人ともお元気ですか?」
「母しか、おりません。私が小学校の頃―」
「いえ、おっしゃっていただかずとも、問題ありません。わーかりました。私は満足です」
そこからは、適当なやりとりと、選考結果の伝達方法と、そういう事務連絡があって、終了だった。新館の出入り口から帰り、周囲はもう薄暗い五時前だった。傘をさそうかやめようか…。少し歩けば地下道まで行けるけど、念のためさしておこうか。
 面接や試験のあとは、いつも落ち込んでばかりだった。もともと、身体だけでなく、心もそんなに強くはない。夕暮れの線路、東海道線が空気を押して寒い冬の風が傘を飛ばしそうになる。そうしてとぼとぼ歩いていた。
「あの、雨降ってないですよ?」
と女性が背中側から声をかけてきた。まぁ、よくあること。
「あの―」
傘の中を覗かれて、彼女は言葉を切った。これも、よくあること。
つぎは俺をみた後で謝る―
「あら、あなたさっき面接室の前に居た方ですよね?『キュンとするまち大使』受けられたんですよね?ね?」
なんなこの人…。厚かましいにも…程がある。関わりたくない。
「はい、受けましたけど…?それが?」
「いやいや、私も受けたんですよ!まぁ、あんなテンプレ面接なんて私にかかってしまえば、秒殺でしたよ」
彼女は俺の横に並んで歩いた。この女、本当良くしゃべる。役所から駅までの距離が永遠に感じられる…。市役所前第二駐輪場が見えてきた辺りで流石にうっとうしくなって、傘で顔を隠した。
「それにしても、あなた背…低いんですね!」
「なっ!」
「いくつですか?」
「百六十〇だよっ」
「本当?男が身長低いのは、マイナスよね…」
と自分の理想の男性論を語りだして、おれは地下道をはや足で歩いた。彼女のヒールの音が、キンと反響して、それも俺に追いつこうと少しづつ早くなる。それが一層俺の歩幅を広げた。
「ねえ!もう傘しまってもいいんじゃないですか?それに歩くの早いですよ。待ってください、折角同じことを志しているのに!いろんな話しましょうよ!」
出口の明かりが見えてきた。南口リエールの前。
「俺は、遊びに来たわけでも、街コンに来たわけでもないん…ですよ!よくそんな、初対面の人にお友達気分で接することができますね!さも、勝ち誇ったような顔で、どうせ俺は採用なんてされませんから、今日が最後ですよ。会うの」
「そーなの?なんで?結果言われましたっけ?」
「言われてないけど、分かった、雰囲気で」
「そんなの分からないじゃないですか、いらいらするのも分かりますけど、折角ならご飯でも食べていきましょうよ?ね?私が何聞かれたか、気になりません?お教えしますよ」
「生憎、興味ないです…。・すみませんが、では」
俺は歩き出して、小田急の改札へ向かっていった。あの女はもうついて来なかった。

 俺は、浪人生だ。将来、医者になろうなんて考えてる浪人生。現役高校生だった頃も、運動はこの病気のせいでダメ。勉強も普通くらいにしかできなくって、先生に「医学部行きたい」って言ったら、それだけで丸い目をされて、苦笑いされた。勿論、いろいろ難はある。そんなこと、自分が一番わかってる。母は、心配だから家からは出ないでほしいと通える圏内で志望校を決めた。
 もちろん、それな簡単に受かるわけもないし、運もない。現役の時は普通に落ちた。一浪のときには、試験時にちょうど発作が起きて、途中で退室。気分が悪くて二回吐いて。結局ダメ。予備校の先生に「試験ごときでそなんじゃ、患者さん見た時も倒れるよ多分」って言われた。三浪しようか迷っている春。「俺ももう成人か」と、仕事から帰って母を見て涙が止まらなくなった。「俺でごめん」こんな俺で…。貧しい我が家にそんなお金があるわけもなく、三浪なんて、そう簡単に出来ることもない。きっと母は許可してくれるけど、もういいよ。無理しなくて。
 このシティプロモーションを知ったのは、その春、定期健診で市民病院を尋ねたときだった。待合室から少しいった廊下でポスターを見た。別になんとも思わなっかけれど…。ここ最近、卑屈になってツイッターやフェイスブックを日々覗いている俺は、適当にこのプロモーションサイトを「友達」に追加していた。
「きゅんとするまち。藤沢ね…。また変なことしてるんだ」
それが第一印象。俺たちの税金で、市はそんなことしてるんだ。なんて、考えてしまう。人間は人生が上手くいかないとこうも悲観的になるんだ。
 それから、数週間は家でしょうもない、色の無い日々を送っていた。ヘンに外に出られない俺は、大概パソコンかテレビの前に居て、たまに家事をして。そして、寝てたり。…。
今日もパソコンを覗いて、大学生になった同級生の楽しそうな投稿を見ながら、少しだけ眼の奥がじりじり痛むような気がした。そのとき、フェイスブックに投稿があったんだ。
「ふじさわシティプロモーション さんの投稿」
いつもだったら興味も、関心もなかったはずなんだけど。なぜだろう。いまの気持ちだったらからだろうか?引っかかってしまった。『【大募集】プロモーション大使』そんな題名だった。これから、俺を二十歳まで育てた藤沢に恩返しできるかもしれない。俺が幾度となく運ばれた市民病院にも…そして、母さんにも楽させてあげられるかもしれない。
 あまり深く考えずに、応募したのはその直後のことだった。
けれど、それももう終わるから。やっぱりちゃんと勉強して、医学部に行こう。人生に逃げ道なんて用意されていない。あ。夕飯の用意してなかった。
「ただいまー。」
そういって、玄関とリビングの電気が付いた。窓から見える夕暮れが紺色と混ざって、綺麗なような寂しい気分になる。富士山も頭だけひょっこり見える。
「ヤスくん、いるのーー?」
「いるよ、お帰り。ごめん、夕飯作るの忘れてたから今から作るよ、待てる?」
「いいわよ、勉強忙しいんでしょ?私がやるから」
「いいよ、母さんはお風呂でも入ってきて―勉強してなかったから…」
「そう、じゃあ言葉に甘えようかな」
数秒、母さんから目を逸らしてしまった。そして、母はお風呂に入っていった。あ、風呂も沸かしてないじゃないか…。それに夕飯って言っても何があったか忘れていたし。もうダメダメだ。無難に、カレーかな…。

「ヤスくんお風呂湧いてなかったから、シャワーだけにしたわー。沸かしておいたからねー。あらカレーにしたの?久久ー。ルゥあった?」
「うん、最後の煮込み中。もう少し待って」
母さんの後ろ姿はいつも通り、明るく元気で、なんか無理してるのかなぁなんて、俺には職場の母さんは分からないけど、きっとあまり変わらないんだろう。
「できたよ」
「ありが―…っはっははははあはは」
急に爆笑。どうしたの?
「いや、湯気でメガネ真っ白だよ?…あー可笑しい」
仕方ないじゃん。寒いんだから、それに、眼鏡取ったら、一メートル先の人の顔も見られないくらいなんだから。
「相変わらず、料理上手いなあ」
「カレーなんてルゥ入れるだけだよ」
テレビの音と食器の音に耳を傾けながら、母さんは早々にカレーを食べ終えた。気持ちは若いけど、手はちゃんと年取ってるんだなぁなんて。でも濡れた髪と、すっぴんの顔でも、母さんは結構綺麗だと思う。
「そうそう、なんか貴方に封筒届いていたよ」
「ん?」
俺は頬をもごもごさせながら受け取った。市役所からの封筒。市役所?スプーンを咥えながらら、乱雑に封を破り、書類を出す。たった一枚。A4のコピー用紙が一枚。
「…週末、またちょっと…出かけてくるわ。市役所まで…」
「何の通知だったの?市役所?病院だったらわかるけど?市役所って何よ?」
「もう少ししてから、話すでもいい?」
母は、怪訝な顔をしてみていたが三秒後には首を傾げてバスタオルで髪を拭いて立ち去った。ふわっと香るシャンプーの匂いが、眠気を誘う。適当に同じシャンプーを使っている俺も七時香りを放っているのだろうか。自分のほぼ真っ白な髪を引っ張って、一本抜いた。


あとがき
エナン、久々の投稿が地元を盛り上げるべく小説を書きます。
そして、更新できるのかはなぞです…。構想はあるのですが…。
時間が…。
何かあれば、コメントお待ちしてます。

【過去には 戻れないと 知っている】 読み切り

2014-02-22 21:58:51 | 社会人っす!
「あ………ご、ごめんなさい…」
後方からの衝撃で僕は前方へとよろめいてしまった。ipodを操作しながらイヤホンを耳に当ててる僕にも責任はあることは分かっている。もし人同士の衝突に保険があるなら僕の過失は四割くらいだろうか。
 憮然な顔で振り向くと、誰も居ない…?と思うと、少し先で三人の男児が不安そうな顔で僕のことを見ていた。一人は今にも逃げ出そうと準備をしているのもわかる。地面に放られた黒いランドセルを拾っている。それは少し艶を失っていて西に傾き始めた日の光を吸収してしまう。僕は目線を下に向けた。黄色い校帽をかぶった少年が僕の前に置かれていた。
彼が衝突してから、今まで数秒だったはずだ。校帽のつばで目は見えなかったけれど、彼の頬が少し紅揚している。下の唇が上の唇を包んでいるのも伺える。・・・。僕ってそんなに強面かな…。少し心外だな。イヤホンのコードを引っ張って耳からはずすと、適当にぐるぐる巻いて、鞄に突っ込んだ。舌打ちなんてして、彼の方が上に一センチ動くのも少し楽しい。あぁ、ごめんごめん…。僕はしゃがんで彼の顔を覗き込んだ。
「君、気をつけないと―」
頬に刺さる冷たい風が急に吹いて、「いただきっ」というように彼の校帽をさらっていった。

 ため息は白く濁る。白く濁るのは二酸化炭素と石灰水…。はあ。だめだった。本番に弱いっていうのはまさに僕のことで、結局実力(自分が思っているだけだけど)の半分も出し切れなかった。今年はオリンピック開催されていたっけか…テレビを見る暇などないからどーーでもいいんだけどな。何の運命か分からないけれど、朝家を出るときに前日の競技結果が報道されていた。「日本初の金メダル」とか、なんとか。それを見て母さんが
「金メダルだって、今日はこの流れに乗れるといいわね。」
なんて、応援をしてくれたけど、人生ってきっとそんな甘いものじゃないしよくわからない。十五の僕が人生語る資格もないんだろーけど。
今は試験を終えて家に帰ること。試験会場の高校近くで同じ学校を受けた友達と帰るのは嫌だったから、そそくさと足早に駅に着いた。見慣れない駅、いつもとは違う電車。そもそも中学行くのは徒歩だし…電車なんて乗らないし。電車に揺られていても周りはなんだか色がついていて、僕だけ学ランとYシャツの黒白が肌も染めてモノクロになってしまったようだ。鞄の中に余分なものなどなくて(あったら試験受けられないし)受験票と参考書、ノートと筆箱くらいだ。合格発表は一週間後。
「ったく、お前が忘れもんすんのがいけないんだろ!」
「わりぃわりぃ!」
この駅から乗ってくる高校生は全員あの高校の生徒のように見えてしまって…僕は目を向けられない。なんか、恥ずかしい。なぜだろう別に僕はまだ入学もしてないのに、この高校に落とされてしまう自分が情けないんだろうか。いや、まだ落とされてもないじゃないか!
僕の自宅の最寄駅に電車が着くとよっかかっていた側のドアが開き電車に「おら着いたぞ」と下ろされた。ホームを歩く先も電車が出発した後の静けさもなんだか苦しい。今は一人で居たいからと、普段は使わないけど(本当に使わないけど)今日は改札までエレベーターで行くことにした。改札階についてエレベータを降りると、男子トイレから携帯電話で通話しながら一人の男―僕と同じ駅から乗ってきた高校生…(たぶん)が駆け出した。彼は慌ててポケットからスイカを取り出し、改札を通っていった。しかし、スイカと一緒に彼のポケットから何かが飛び出た。僕以外人はいなかったから流石に見過ごすわけにいかず、拾って見るとそれは銀色の―鍵。これはまずい。さっきのお兄さん、家に入れなくなってしまうのではないか?この寒い風の中。

 期末試験は1月末で終わってたけれど、結局バイトとかスキー旅行とかで実家に帰ってくるのは今日になってしまった。こうして帰ってきてもあまり帰ってきてもやることはない。ただ、なんとなく見慣れた風景に郷愁の想いを馳せて、しんみりするだけ。
 午前中にでると大体実家の最寄駅には午後三時くらいに到着する。いまの時間では家には誰もいないから駅前のパン屋で珈琲でも飲んで休憩。来年は二年で新歓を担当しないといけないからそのスケジュールでもまとめようかと。このパン屋も中学生くらいから使ってるな。家や塾で勉強に集中できないときにはきまってここに来ていた。人が喋っていてもBGMがかかっていても、なぜか集中できるんだよな…。入り口側がガラス張りでこの季節は寒いのが玉に瑕だけど、眺めがいいのも利点だ。
 さっきから、小学生四人くらいが駅の広場で鬼ごっこ改(?)のような遊びをしている。こらこらそういうのは駅ではなくて、公園でやりなさい。と考えてはいるものの、僕もよくやってたかな。しかもみんなランドセルを樹の元に放っていた。甲高い声と爆笑が時々ガラスを貫通して聴こえてくる。「何がそんなに楽しいんだろう…」子どものやることはよくわからないな。
 あれそういえば僕っていま十九で未成年だけど…子どもじゃないんだっけ?勝手に大人ぶっているんだろうか。
「いらっしゃいませ!」自動ドアが開いて、冷凍庫を開けたときのように足元に冷気が流れ込んできた。まだまだ寒いなぁ。

「おい!シンスケ!早くしろって!」
山川がそう叫ぶ。シンスケはいつもトロイから仕方ない。なぜか分かんないけど、いつもタイミングが悪いんだよ。山川とドドロと僕が決めたことでも一人だけ反対するし。くーきよめてないんだ。
今日も僕たち三人は制限おにごっこをやろう!って学校の掃除の時間で決めたのに、シンスケだけは「えー家でゲームしよーぜ」っていうんだもの。いやになっちゃうね。でも「友だち」だからとりあえず、四時までは制限おにごっこってことでオリアイをつけた。
制限おにごっこってのは、えっへん。実は僕たちで発明した遊びであって、駅の広場で行うゲームなんだ。駅の広場は石のタイル?のようなものがあって、それが大きな丸とか三角とかを描いているんだ。僕らはその限られた中でおにごっこをする。一分とは二分とか同じ形の中に居ていいのは時間で決まってるから、ずっと同じとこには居られないんだ。
どう?すごいでしょ。これがすっげー面白いから、僕たち4人のブームになってんだ。
 お母さんはどうせ六時くらいまで帰ってこないから、ランドセルを置きに帰らなくても駅前は下校の通り道だし。週に数回ドドロがスイミングじゃない日と山川がオルガンじゃない日、あとはシンスケの「ゲームやりたい」がそんなに激しくない日に制限おにごっこをやるんだ。
駅前でじゃないとできないから、僕らは僕らなりに人が少ないときにやってるつもりんだけど、何回かおばさんとか交番の人に注意された。大人ってなんでも「だめだめ、迷惑迷惑」っていうからよくわかんね。それでも楽しいことは簡単に諦めないのが僕らだ。
 校帽をかぶってるのが鬼の印。タッチできたら校帽を渡すんだ。僕は足がすごい遅い。だから、四人の中でも鬼の割合が多いと思うけど…でも楽しいからいいんだ。息を切らしながら相手の動きそうな方向を予測して、手を精一杯伸ばす。届いたと思っても相手が納得しないとタッチにはならない。ここら辺はシンシ的にセルフジャッジだ。なかなか僕の鬼の番が他へ回らない。そういうときには一旦あえてターゲットと距離を置く。マアイをとるんだ。三人はそんな僕を「逃げた」とか「休憩」とか言うけど、僕なりに思考時間を得る作戦なんだ。ゆっくりと三人から目を離さずに一歩一歩後ろへと下がり距離を広げる。山川は手でうちわを作り、露骨に余裕のしぐさだ。見てろ!!いまに、お前にこの校帽を―
どんっ!
あ、何かにあたった…!樹?嘘だこんなとこには…と振り向いたところには・・・人。
や、やっべぇ…また、怒られる!?叱られる!?ど、ど、どうしよう。自分には聴こえるくらいの声で「あ………ご、ごめんなさい…」といった。殴られるかな…。学校に通報とか!?止めてくれ!なんで、身体があたっただけじゃん!?
でも心臓はどきどきしてきて、わきにじわって変な汗が漏れ出してて、足が少し震えているのは冬の寒さが原因ではない。「っち!」っていま!!いま!舌打ち…された…!?
やばい怒鳴られる!ごめんなさい!声にしたくても恐怖で口も喉も動かない。目のした辺りが熱くなるのがわかる。
「君、気をつけないと―」
と、その人はしゃがんで僕の顔を見て、温和な言葉をかけてきた。「えっ」と半開きに馬鹿らしく開かれた口からやっと言葉がでそうになったのに、ぶあっと吹いた風で鬼の校帽が飛ばされてしまった!!なんたるタイミング!
 風は弄ぶように、校帽を流していく。「ああぁ!」っと叫んだけど、情けなくもまだ足が震えてすぐには動き出せなかった。目の前の人もしゃがんだまま目で帽子を追うだけ。自分のひざの上にひじを突いてそこに顎なんて乗せて、素敵な景色を見るように。帽子はどんどん流されていくけれど、誰も拾いにいかず、ついに道路に出そうになった!そのときまるでどっから現れたのかわからないけど、ぎりぎり横断歩道の手前で校帽を救い上げてくれた人がいた。その人はしかも片手で電話中。
 我に返った僕は流石に何かいわなきゃとおもって
「すみませーーーん。…」
と叫んだけど…そのあとなんていったらいいんだろう。こんにちは?お世話になっています?…ありがとうございます?大人の会話って僕たちにはよくわからない国のことばみたいだ。敬語とかなんていえばいいんだろ…。ともじもじ考えていると、その横でしゃがんだ男性は僕を観察するようにして、一切の救援もくれない。大人はイジワルだ。
そんなことを考えている間に、帽子を救ってくれたヒーローはもう目の前で、「ほら」って僕の頭にポスっと帽子を被せてくれた。ちょっときつ過ぎる深さだったけど、つばが大人二人の目線から僕を守ってくれたから、助かった。
「帽子、飛ばないようにふかーくかぶっておけよ!タクマくん」
え、何で!?やっぱりヒーローはなんでも知ってるのか!?なんで僕の名前…
「お子さんですか?」
「いやいや!そんな僕は通りすがりのものですよ。というか…きみ名前タクマっていうの?」
僕の深い謎を差し置いて、ヒーローとイジワル男が会話を始めてしまった。しかもイジワル男は僕に名前を尋ねてきた。
「…」
僕はモクヒケンを使うことにした。ヒーローのお兄さんは特殊能力があるんだろうけど。
僕はとりあえず、お礼だけして逃げてしまいたかった。軽く一礼をして、とんずら!向きかえって走りだそうとしたら、目の前には黒い二本の棒!鉄格子か!なんてことはなくて、人の足のようだ。か!囲まれた!
「君、ごめんね。…あ、あのそこのお兄さん。改札出るところで鍵落としましたよね?多分あなたのものだと…。」
「え?あ、あぁ!本当?」
僕はヒーローを見上げた。珍しく狼狽し、ポケットを探っている。
「あぁ・・・ありがとうございます。さっきトイレから出るときに落としちゃったのかな…え、なんでもないよ。」
ヒーローはすごいから、電話しながらでも僕らと会話ができる。
「なんか大所帯になっちゃったね。とりあえず、タクマくん。おにごっこは公園でやるべきだとおもうよ。」
イジワルがそういった。公園には丸とか三角がないんだっての。
「おっどろいた…きみ、タクマっていうの?」
黒い学生服の人がそういった。
「僕も、同じ名前なんです。ほら」
その人は僕に一枚の紙切れを指し出した。なんか顔写真とか、変な番号とか連なっている下には僕と全く同じ名前が記されている。なんか・・・不思議だ。
でも、この顔写真・・・いや、別にどうでもいい。
「へぇ!こんなことってあるんだ。実は、僕も…」
とイジワルが何かを出して、黒服に見せた。黒服は「す、すごいですねぇ。」と感嘆していたが、僕はぜっっったいに見てやんないんだ。あーすごいすごい!
「というか、君。もしかして…今日入試受けてきたの?それ受験票だよね?」
ヒーローの言葉にあからさまに黒服が「あ。」という顔をした。
「お疲れ様。僕も実は…」
と差し出したのは学生証。それを見る黒服とイジワル。僕も首を伸ばそうとしたら、「はい」って渡してくれた。流石ヒーロー!!!同じ名前!!!ヒーローと僕が!?感動。
黒服は一瞬表情が晴れてまた曇天になっていった。ニュウシってなんだ?僕もまだ全部永久歯じゃないけどなぁ。
「折角なんで記念撮影でもしません?こんな奇跡そうそうおきませんよ!!」
イジワルの提案に乗るわけもない
「いいですね!なんかいいことあるかも…」
黒服が言った。なんかいいことってなんだよ!
「じゃあ、撮りますか。」
とヒーローまで乗り気になってしまった…。がくっ。それなら仕方ないか…。もう日が沈みはじめていて、山川たちはあっちの方でしゃがんでなんか喋りながらお菓子を食べている。
四時からゲームだったはずが!!
ヒーローは駅前のパン屋から出てきた若いお兄さんに声をかけ、自分の携帯を渡した。電話・・・終わったのだろうか。
「なんの集まりなんですか?」とその人は尋ねた。
ばったりと出会った偶然にの会です。とヒーローが答えてくれた。皆さん折角だから笑ってと、イジワルが言う。僕が真ん中でその後ろにヒーロー、左に黒服、右にイジワル。なんなんだこれ?「はいチーズ」という声のあとでピロンという音が聞こえて、お兄さんが携帯を返す。
「ちょっといまコンビニでプリントしてきますので少しだけまっててもらっていいですか?」
ヒーローはまた走ってコンビニへ消えてった。
「偶然っておっしゃってましたけど、ご兄弟とかですか?皆さん面影似てますし!」
イジワルと黒服と僕はきょろきょろと目を合わせた。たしかになんとなく似てるような…似てないような。まぁ名前がおんなじだけあって顔も似るんじゃないかな。
「いや、兄弟ではいですよ。でもなんとなく感じるところはあるけどね。ははは」
イジワルは意地悪くない笑い方を見せた。僕は鼻であしらった。
すると黒服は急に僕の顔を覗きこんできた。僕は驚いて二歩下がってしまった。
「な、なんですか!」
「君、何年生?」
「5年…」
そういうと、黒服は腕組みをして、少し考え込んで「松林先生。」と言った。
球を二個使うドッジボールでひとつの球を意識しすぎて急に後ろから当てられたときのような感覚に襲われた!
「な、なんで知ってんだ!」
黒服は困ったように頭をかきながら、「いや、まあでも多分同じ学校でしょうし…松林先生は5、6年を交互に持ってるって言ってたし。」
なるほど、偶然か。ならまだ…。こいつも能力者なのか…?その横でイジワルがにこにこ笑っているのもイライラする。
「小学生と中学生をみていると、なんか若さもらえるなぁっておもってさ。」
「ですね。」
とお兄さんとイジワルは何かが分かったような目でやり取りをしていた。
「そうですか?…現状の日本とか考えていると、未来なんてあまり綺麗で希望があるように思えないですけど・・・」
「まぁ大抵将来なんてそんなものだよ。君たちは君たちそれぞれの年齢できっと精一杯なはず。人間は過去に戻ることはできないし、未来を見ることもできない。できるのは今を精一杯やりつくすだけだろうと思うんだ。君がさっきやってたおにごっこだってまさにそうだろ?」
「…」
「でも、僕…夢とか・・・そういうものぜんぜん分からないんです。結局今を精一杯生きてもそれってその場しのぎってだけじゃないですか?」
黒服が声を震わせた。
「その場しのぎねえ。大学生には…耳が痛いなぁ。」
「そう考えたらそうかもしれないけど、僕だって五年後自分が何をしているかなんてわからないしね。将来を考えることは必要だけど、考えすぎてへこんでいても何も始まらないでしょ。分からないものはわからないんだから。君たちは存在そのものが価値なんだって。入試に受からなくたって、君という存在が危ぶまれるわけではないし、君の過去が変わるわけでもない。所詮そんなものなんだ。もっと気楽にいきなって。まだ十…五歳なんだから」
「十五かー。悩め悩め。」
お兄さんとイジワルさんが、黒服さんを励ましてるのかな?
「君も大学生って言ってたけど、どーせ飲んだくれてるんじゃないか?」
お兄さんの視線が明後日を向いた。
「それもまた、いいんじゃないかな。僕もそうしてきたから別に否定はしないしね。僕も小学生になれたらな…」
イジワルはそういって僕を一瞥した。ん。む。
「じゃ………じゃあ。………。お、お(おじさんはまずいな)お兄さんは小学生に戻ったら何をしたいの。」
疑問文で喋ろうとしたけど、イントネーションは肯定文だった。
イジワルはそうだなとゆっくり言いながら、沈思黙考していた。
「いや…小学生の君に言われると流石に太刀打ちできないな・・・。ごめんなさい。謝るよ。」
え、どういこと・・・?意味分からない。とヒーローが帰ってきて
「写真できました!はい、はい!」
全員(撮ってくれたお兄さんも)に一枚ずつ手渡し、ヒーローは満足げだ。
「とりあえず、なんか記念ということと、話のネタにはなると思うんで使ってください!いらなかったら処分してもいいですよ。」
僕は写真を見る。黒服もヒーローもイジワルも笑ってる。いい笑顔だ。僕だけなんか憤怒のようだ。ちょっと、ほんのちょっとだけだけど、勿体無い気持ちになった。
「さて、帰りますか。」
イジワルが言って各々が写真をしまい込んだ。
それじゃ、とイジワルがあっさり帰りありがとうございました。と黒服が帰ろうとした。

「あ、君、君中学生のタクマくん。」
「え、はい」
「高校、受かってるよ。多分だけど…」
とヒーローは悪戯っぽい少年の笑みを浮かべた。
「だといいんですけどね…。」
「いや、受かってる。だって、僕の学生証がこのままだから。」

そして、みんなが別々に帰って行き、僕はやっと山川たちのところへ戻った。
何やってんだよと罵られた。あたりまえか。
「まぁでも怒鳴られなくてよかったな。ってあなんだそれ、おまえ。写真か?しらねーやつと写真撮ってママにしかられんぞ」
そうかもしれない。本当に知らないのだろうか?

知らないというのは、まだ経験してないってだけでもしかすると僕の未来の線上では交わっているのかも知れない。その線上に乗ってないものは生きてる間に「知る」ことはないけど、その線の向きを変えれば知ることができる。でもすくなくとも今日であったこの人たちはどの線の上にも立っている目印のような、看板のような人だった気がする。
 僕がニュウシを受けた後には鍵がないかを探してみようと思う。その鍵を拾えばきっとまた―

【静かな季節に耳を澄ませて】part15

2014-02-18 19:51:08 | 社会人っす!
「うーん。そうなんだ…」
分かったような分からないような所作で私は少しはぐらかしてしまった。静かに涙をこ零している少女の前で「それって死ぬってことなのかな?」と質問することは、身体の真にすうっと冷気が入り込むような気分になるだろうから、流石に控えることにした。とは言っても、ハルちゃんが必死になって伝えてくれた事実も私にはなぜかニュースで人が亡くなった話を聞いているときのように他人事のように感じられた。
「とりあえずさ、寒いから私の家の中に行こう。温かい紅茶でも淹れてあげるからさ、そこでゆっくり詳しく話してもらってもいいかな?」
ハルちゃんは普通の人で言えば中学生くらいの年ごろになるだろうが、私は幼稚園生をなだめるように優しく、そして飴細工を扱うときのように丁寧に提案を持ちかけた。彼女は何も言わず、少し涙を堪えた声が漏れただけで、したかしないか分からない程の頷きをしてみせた。
 玄関をあけると母が帰っているらしい。台所から沸騰音と出汁のいい香りが漂っている。今日はただいまとは言わずに、忍び込むように音を立てずに玄関扉をしめた。母さんにハルちゃんを見つけられたらなんて説明すればいいのだろう?面倒なことを逐一説明していても、事実なのか作り話なのか分からないことばかりだ。だったらいっそ嘘をついてしまうほうがいいという結論になった。私はハルちゃんの左手をとって自室へと入った。ここもまた空き巣動作になってしまった。
ゆっくり扉を閉めると、きょとんとした顔でハルちゃんが私を凝視していた。なにか悪いことでもしているの?と目が聴いている。きっと「私、帰ります」と言い出すだろう。
「遠慮しなくていいからね。別にハルちゃんのこと秘密にする意味もないのだけれど―」
と、コートを脱いでハンガーにかけているときに、急にハルちゃんは手拍子を始めた。涙目で行われる手拍子は妙に不釣合いで、機械仕掛けのおもちゃを彷彿させた。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん
私は十秒くらい何をしているのか分からず、また鳥でもでてくるのだろうかと考えた。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん
一定のリズムで真顔のままハルちゃんは続けた。
ぱん、ぱん―
「美奈?なによ!帰ってきたなら顔くらい見せなさい?」
台所から母の声が飛んできた。まずい!?と思った時には足音が近づいてくるのが分かった。
ドアノブが下がり、ドアが開かれた。
「あなたね、手を叩いて親を呼ぶなんて、失礼もいいところよ?帰ってきたら手洗いなさい。もうご飯できるからテーブルにならべてくれる?」
ドアの位置にいる母とハルちゃんは、まっすぐ線で結べる場所にいる。ハルちゃんはまだ赤みの残る双眸で母をキッと睨んでいる。
私は二人を交互にきょろきょろ見ながら動転していた。
「ちょっと、なに?どうしたの美奈?挙動不審よ?早くしてよね。」
といって淡い橙色のエプロンをした母はキッチンへと戻っていった。パタンとドアが閉められ、静寂が、もどった部屋に私の心臓の音だけがとんとんとんとん、と騒がしく拍動していた。
「いったでしょ。見えないって。」
そ、そっか。忘れてたけど、そんな簡単に見えないんだった。もう、人騒がせな人たちだ。…。なのにコンビニで買い物をするっておかしくない?と思ったけれど、きっと都合よく出来ているんだろうととりあえずの納得をさせて、肺胞の一つひとつまでに空気を送り込んだ。ハルちゃんも少し落ち着いたようで、涙はもう流していない。
 彼女を見ていると、春は実は頼りなげに脆い季節なのかもしれない。そう感じる。暖かな春。生命の息吹。出会いと別れ。いろいろな意味で春-桜は何かを生み出すエネルギーのようなものを秘めていて、それが溢れ出しているものだと思っていた。でも春の化身であるハルちゃんは少し弱くて、きっと寂しがりやだ。学校に通っていればきっとあまり目立つようなタイプでもない。もしかするといじめられてしまうかもしれない。でも…そうだから、きっと一生懸命みんなが励ましているのだろう。ハル、泣かないで。ハル、寒いから暖めておくれ。ハル、ハル…。とっても他人想いのハルは自分ではなく他のものばかりに奉仕をしている。それが、あの春の安堵感。厳しい冬から解き放たれた躍動感。木々の萌え出でる新芽。新しいドアをノックする音になっていくのかもしれない。
 気づけば私はもう一度ハルちゃんをひゅっと抱きしめていた。身体には接さないように彼女のとの間に一センチ程度の空気の層を作っているように。本当に暖かいのはきっとハルちゃんである。私がジェシルになるかもしれないってことだけで目を真っ赤にしてしまうハルちゃんはとても暖かい。ポケットに入れ忘れた使い捨てカイロみたいだな。なんてしょうも無いたとえを考えたら少し笑ってしまって、それを気にしたハルちゃんが囁いた。
「もう大丈夫だよ。ありがとうおねえちゃん。」
「もう美奈ーー!!早くきなさーーいご飯冷めちゃうでしょー!!」
「はーい。今行きますよーー!」
ハルちゃんは春風のように笑って、私の頬を暖かな空気がかすめた。


「そっち、電気通ってる?確認してみて!あと街灯のした発電機もってきておいて!はやくっ」
ロータリーが騒がしい。明日はこの場所でお祭りが行われる予定だ。やはり、何度着てみてもスーツという服は心地悪い。人間はよくこんな服を毎日着て仕事なんてするものだ。甚だ関心する。といっても、そんな人間の生きる社会に正攻法で向かうなら外装もきちんとすべきであることは間違いない。「会社」とか「社長」とかがどういう人間で偉いのかなんなのかも良くわかっていないけれど少なくとも話はわかってくれると信じて俺はここでそいつらを待っていた。
 ここっていうのは…そんなヘンテコな場所ではなくて、駅前の喫茶店でありいつもはマスターと話をする場所だ。今日は珍しいかっこだねーと言われたけれど、てへへと適当に笑ってごまかしてしまった。ちょっと交渉で。なんて含んだ言葉で返したらマスターは肩をくすめて新聞を広げてしまった。広げた新聞の一面がこちらに向いた。
―環境ドーム二〇五〇年目処 建設計画概ね決まる 
せっかくの珈琲の味もただ苦いものを飲んでいるようにしか感じられなくなってしまった。実に残念だ。いま世間でその名を知らないものはない、マステクノロジー。環境ドーム関連の土木、建築、不動産などは特需が発生し、マステク需要と言われるほどになっていた。経済だかなんだかには正の影響を与えているようだ。とりあえず、考えるだけで苛立つからもう一口珈琲を啜って目をつぶってしまった。
 そこに心地よいカウベルの音が入り込んできた。「いらっしゃい。」マスターが答える。
お一人?読んでいた新聞をたたみ、接客をする。俺は珈琲をもう一口。ゆっくりと口から鼻へ空気を送り込み豆と焙煎の具合を確かめる。うん、さすがマスター。申し分ない。
ゆっくりカップを置くと俺は立ち上がり、その客に向かった。
「マステクさんですね?どうぞ、こちらに。」