うきは拾遺集

    野鳥の声に目覚め、筑後川を眺めて暮らす。
   都鄙の風聞、日日の想念、楽興の喜び&九州ひと図鑑。

スーパーニッカ*懐かしい木陰~音盤図鑑8

2016年12月12日 | 楽興
           
 
 このシーンに見覚えのある方はニッカ・ウイスキーの愛飲家で音楽を愛する少しハイカラで趣味のいい方ではないかと勝手に想像します。国産ウイスキーが、平成の現在、ちょっとしたブームだそうです。もちろん、和製ウイスキーのパイオニア、ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝を主人公にしたNHKの朝のドラマ「マッサン」の波及効果です。

 今から30年ほど前になりますが、1980年代にウイスキーをさわやか、清澄なイメージで強く印象づけたテレビ・コマーシャルがありました。ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ(なつかしい木陰)」をイメージ・ソングにアメリカの新進ソプラノ、キャスリーン・バトルを起用した「スーパー・ニッカ」のそれです。みどり深い湖畔の風景を背景に純白のドレスをまとった歌姫のリリカルなソプラノは衝撃ということばがふさわしいほど新鮮で、テレビCMの常識を超えていました。キャスリーンは黒人です。緑と湖と白とのコントラストがとても印象的でした。そのシーンをジャケット・デザインにして、CMで流された「オンブラ・マイ・フ」を含めた四つの歌曲を収めたのがこのレコード(1984年)です。

 当時、キャスリーンは日本ではほとんど無名でした。それがかえって新鮮なイメージを強くし、清純でリリカルな声質とあいまってみごとな宣伝効果を発揮しました。彼女を起用し、このようなシーン演出をしたスタッフには、思い出して脱帽です。CMディレクターの林靖夫氏がキャスリーンのゴスペルを聴いた感動をライナーノートに書き残しています。《これはもう感動の領域を超えて、官能の深みにいる恐怖を感じさせるものだった。あの小さな愛らしい普通の肉体のどこから、あの声が紡ぎ出されるのか、最近、めったにおめにかかれない神の美技であろう》。

 このレコードは12インチの普通のLPながら45回転(通常は33回転)で、標題曲のほかにラフマニノフの「ヴォカリーズ」、オルフの「カルミナ・ブラーナ」の中の1曲、そして、シューベルトの「夜と夢」のわずか4曲で1500円の定価がついていました。ぜいたくなつくりですね。

 それからほどなく世界の歌姫になったキャスリーンは1987年のカラヤン指揮のウイーンフィル・ニューイヤーコンサートに招かれます。晩年のカラヤンにも愛されました。「春の声」の軽やかな歌声が印象的でした。こうした10年を経てわたしたち日本人に心からの愛をこめて送り届けてくれたのがこのアルバム、日本語で歌う日本歌曲集です。石川啄木・越谷達之助の「初恋」、武島羽衣・瀧廉太郎の「花」、北原白秋・山田耕筰の「この道」、林古渓・成田為三の「浜辺の歌」そして日本古謡の「さくらさくら」、アルバムタイトルの「ファースト・ラブ」は「初恋」からの引用でしょう。

       

 それにしても繊細可憐、澄みわたったソプラノの、なんと日本歌曲にふさわしいのでしょうか。彼女の日本語は流暢とまでは言えないかもしれません。しかし、久しぶりに彼女の歌を聴いて日本語とその詩の美しさを改めて教えてもらったような気がしました。ことばと旋律が余りにちぐはぐな、日本語の発音やことば遣いのあまりの下品さに耳をふさぎたくなっているこのごろ、心底救われる思いがしました。言葉に対する敬意、詩に対する愛、旋律にたいする共感・・・日本と日本文化に対するキャスリーン・バトルの愛と尊敬の念、最高の心技体に心から拍手を送りました。


三春天満宮 火鑚り(ひきり)神事

2016年12月10日 | 日記
 
 
 三春天満宮は当地、三春地区250世帯の心のよりどころです。12月9日の例大祭を前にした7日、西長瀬地区の祭主宅で「火鑚り神事」が執り行われました。3日間の祭礼の最初の行事。堅い木と木をこすりあわせて火を起こし、神前の燈明、供物の煮炊きに供する斎火(いみび)採る。木と木の摩擦熱で火を手に入れた太古の人々の暮らしの記憶を伝えて面白いと思います。

 ヒノキの角材をカンナで仕上げた「火鑚り臼」、スリコギの形をした「火鑚り杵」と丈夫な綱の3点が道具一式です。銅の部位に綱を二巻きほどした杵の先端を臼に垂直に強く押し当て数人がかりで両側から交互に引き合って回転摩擦で火を起こす仕掛けです。

 

 回転摩擦が適切に与えられれば5分ほどでヒノキの焼ける匂いとともに煙が立ち上り始めますが、それから発火までが正念場です。湿度環境を演出する天候次第で30分以上かかることがありますが、この日は天気に恵まれたものの採火までにかなり手間取りました。煙が立ちのぼり、さらに回転と摩擦熱を加えると臼と杵の接点に小さな火種が見え、素早くこより状の紙に点けて神官が用意したランプに移します。苦労の末の採火が無地終わると一同から歓声が上がりました。

 火鑚りの言い伝えをたどれば、オホクニヌシの国譲りと出雲大社の起源を伝える場面の古事記に記述が見られます。地上を治めるオホクニヌシはアマテラスの命を受けたタカミカヅチに迫られて国譲りを承諾し、「天にそびえるような立派な宮を賜りたい」との交換条件を付けて交渉が成立します。その手打ち祝宴の場面です。

 《膳夫(かしわで)(調理人)のクシヤタマは鵜となって海の底に潜り・・・海に生えるワカメの茎を刈り取ってきて、それをひきりの臼につくり、ホンダワラノの茎をひきりの杵につくり、新たな火を鑚りだして、タケミカヅチにおいしい食べ物をつくり供えた上で、オホクニヌシはあらためて誓いの言葉を唱えあげた》(三浦佑之訳『口語訳古事記』)。

 出雲の熊野大社に伝わる火鑚り神事がその面影とされているそうです。遥か九州のこの地の神社で古式にならって伝えられる不思議を思います。ついでい言えば、神様が祭主に選ばれた氏子の住まいに逗留することもユニークです。わたしの知識にないだけかもしれませんが、お旅所はあっても神様の民宿は聞かない。火鑚リのあと、祭主宅では神様を迎えるための注連卸しの神事、直会が営まれて神宿が整う。9日に注連上げを行って本宮にお送りするまで、神様は住民とともに旅情を楽しまれることになるのです。

クリスマスの芸術歌曲とゴスペル~音盤図鑑7

2016年12月03日 | 楽興
 
 
 街はクリスマスモードです。異教徒の祭りのから騒ぎや歳末商戦に取り込まれるほどお人よしではないけれど、この季節になると取り出して聴き来たくなるアルバムです。その一枚、「アヴェ・マリア~レオンタイン・プライス クリスマス名唱集」です。1950年代から70年代を中心に活躍したアメリカの黒人のソプラノとカラヤン指揮ウイーンフィルという極上の組み合わせ、ほんとにほんとに見事です。プライスはカラヤンに見いだされてヨーロッパにデビューし、「カルメン」はじめ、カラヤン・オペラに欠かせないプリマドンナとして多くの音源、映像を残しています。

 このレコードは1961年の録音、30代半ばのみずみずしい声が聴かれます。選曲がすばらしい。「ジングルベル」などのような子どもじみたクリスマスソングではありません。そういう意味での「清しこの夜」や「もみの木」は収録されていますが、それらすら、プライスの歌唱とウイーンフィルの弦がおりなす清澄・敬虔な雰囲気は比類なく、ましてや、シューベルトとグノーの「アヴェ・マリア」、モーツァルトの「アレルヤ」にいたっては宗教音楽でしか味わえない敬虔さと美しさの極致です。たとえば、シューベルトの「アヴェ・マリア」。ウイーンフィルの合奏が1コーラスをたっぷりと奏でた後のプライスのソプラノの入りの絶妙さは言葉にできません。

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 もう一枚、「マヘリア・ジャクソン/きよしこの夜」です。マへリア・ジャクソンはプライスよりも15歳ほど年上の黒人ゴスペルシンガーです。アメリカの黒人でこの人の名を知らない人いないといわれたほど。つまりゴスペルの女王です。現在よりも黒人一般の境遇が厳しかった時代にこの人の歌に魂の救済を求めた人たちが如何に多かったかは語り草です。マヘリアのクリスマスソングは従って、讃美歌そのもの、胸に迫るものがあります。

 「もろびとこぞりて」「ホワイト・クリスマス」「きよしこの夜」など耳になじみのメロディも強烈なゴスペル・フレージングによって、黒人の悩みと苦しみの表出となり、祈りと救いの情感となって深く深く胸に迫ります。