昭和・私の記憶

途切れることのない吾想い 吾昭和の記憶を物語る
 

小ミカン畑

2021年02月24日 06時26分15秒 | 1 想い出る故郷 ~1962年

小遣い など、ろくに貰えなかった時代
吾々は、野山での、遊びの中で以て
先輩達から
作っているもの以外で、自然に成っていて
「食べれるもの」 を
そして
「 食べらるものがどこにあるのか 」 を、伝授された
皆は、畑で働く親たちの苦労を肌で感じて、知っている
だから
「泥棒はしない」

     
やまもも                 やまなし              やまぶどう      ざくろ
       
いちぢく                 あけび                  秋ぐみ
            ・
とうかき                 ふゆうかき                 きんかん
    
いたんぼ      のいちご                             びわ                さくらんぼ  
どれも 採ってその場で食べたもの ( 畑の作物は除く )

回虫の話し
夜中
咽喉がむずむずする。
気持が悪くなって目が覚めた。
「 気分が悪い 」
母が洗面器を用意して呉れた。
そして
嗚咽すると、洗面器の中でなにやら動くものを認めた。
「虫じゃ、虫がでた」・・と、母、
20cm程の、白い虫であった。

「 山でイタンボ 取っちゃあ、喰ようるからじゃ 」
山で食べれるものを見つければ、その場で口に運んだ。
是、何も私だけのことでは無い、皆がそうしていたのである。

虫下し
なにやら 乾燥させた根っこを煎じて呑まされた。
それはもう、苦いわ 臭いは
普通なら、とても飲めたものではないが、
虫の姿を見たからには、もう、呑むしかない。
カンネンして、鼻を摘んで呑んだのである。

よくもまぁ
口から
回虫が出てくる程
腹ん中に湧かせたもんである。
今の時代では、想像もつくまい
・・が


小みかん畑

昭和34年(1959年
) 冬の丸谷
山口の家と松本の店の間に山路があって、
其処を
上って行くと、右手に杉の大木があった。
夏になると、島で唯一 アブラゼミの姿が見れる大木である。
その杉から も う少しだけ上ると めざす小ミカンの畑があった。
収穫が済むと、子供の吾々は収穫洩れの残りミカンを探して ミカンの木に登った。
それは、大人達も認めていて、咎められることはなかったのである。

木に登ったままミカンを取る
今年も亦、
小ミカンの収穫が終わった。
もう 憚ることはない。
「 イザ 行かん 」
中学生の 頭 かしら が先頭となって近所の子倅を引き連れて上る。
5歳の私はその尻尾についた。
胸は涌く涌く、それはもう・・踊るような気分である。
小ミカン畑に着くと。
「 ワシ は、この木、ワレ は、その木 」  「 その木は危ないきん 誰々はアッチ 」 と、頭が仕切る。
そして、吾々 小伜
仕切りが終るのを待ちきれんとばかりに、
「 ソレッ!」
・・・と、一斉に木に登ったのである。

小ミカンの木
枝が多くて登り易かった。
だから、隣の木に枝伝いに移動も容易く出来るのだ。
「 自分等の為に わざわざ残して呉れたのか 」
・・・と想うほど、
あっちこっちに実が残っている。
もいだ小ミカンはジャンパーの ポケットへ入れた。
ジャンバーの両ポケットの中は既にくり抜いてあり、ミカンをポケットに入れると、
くり抜いた穴から、
服の背中へと詰め込まれていく仕掛けである。
「 ハハン 」
吾々は もう、夢中でもぎ取った。

みかん取りが終った。
皆の腰の回りが膨らんでいる。
「 薪を拾え 」
・・・と、頭
皆で、薪を拾い集めて駆け下りた。
これから、丸谷の波止場へ行き、焚火をしながら暖を取るのだ。
そして、採った小ミカンを頬張りながら、
如何に、己のジャンパーの
膨らみが大きい事を、自慢しあうのだ。
誰もが、ウキウキ そんな気分で波止場へ小走ったのである。

・・・と、此処まではいつものこと。
ところがこの日は、そうはゆかなかったのである。

どんでん返し
私の前 さき の方を行く、4歳上のヒロ君
彼は 薪を後しろ背に両手で抱えながら、波止場の狭い路を小走っていた。
そして、波止場路の途中まで進んだその時、
魔がさしたか、薪の先が右壁に触れてバランスを崩したのだ。
「 アッ ! ! 」 ・・・私は、そう心で叫んだ。
こともあろうに 勢い 海に落ちて仕舞ったのだ。
海は水が退いていた。
だから、底までは3m~4mはある。
然も、干上がった海底には基礎岩が露出している。
とうてい、怪我だけでは済まないだらう。
そんな落ちてはならぬ所へ落ちたのだ。
当のヒロ君、
声も出なかった。
が 然し、この時 岩の頭が覗く程度に水があった。
そして、偶々
岩と岩の隙間、僅かであるが それでも水の中へ落ちたのである。
 イメージ
落下のシーン 今も尚、瞼に焼きついている。
然し そのディティールは語るまい

皆が心配そうに見守っている中、
落ちた
ヒロ君、
起き上がると サッサと階段から波止路へ上がって来た。
なんと、
かすり傷一つなかったのだ。
これはもう、奇跡としか謂いようがない。
皆がどれだけ安堵したことか。
「 えかったのー 」 ・・・殊に頭が喜んだ。
さもあらん。

しんがりに居て、その瞬間を目撃した私、
一部始終の証人である。

海へ落ちる

ヒロ君
どんな想いを懐いたのであらうか


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