♪
呼びかける声の 優しさに
愛がかくれている
小さなほほえみに
うずまいて 友だちとの出会い
悲しみの夜を 明日へとめざめる
答えを知らぬ きみにできるのは
ただ明けてゆく
青空に問いかけること
昭和51年 ( 1976年 ) 10月 ~ 昭和52年 ( 1977年 ) 11月
日本テレビ放映の 「 俺たちの朝 」 の主題歌である。
家族全員で視ていた、『 青春ドラマ 』 で、
特に、妹や母は、
毎週日曜日午後8時を、楽しみにしていた。
そんななかで
主役オッス ( 勝野洋 ) の妹役で、偶に登場した
17歳のニューアイドル 岡田奈々 ・・・私は、「 可愛いい 」 と、想った。
昭和51年 ( 1976年 )
この年の初めに発覚した ロッキード事件 は、
7月27日、
前の総理大臣・田中角栄 が、逮捕されると謂う、
とんでもない事態へと進み、
世の中が騒然としていた最中であった。
22歳の私は、と謂うと
昭和維新は見果てぬ夢
・・・と、専らの関心事は
「 偏らざる 之を 中 と謂い 」
「 易らざる 之を 庸 と謂う 」
一意専心
もう、夢中であった。
「 まっすぐの道 」
歳を経て、「 爺 」 に、成った私
平成24年 ( 2012年 ) の1年間、保育所へ孫娘を自転車で送迎した。
「 久しぶりの道 」 を、右に曲がると、線路伝いの小路になる。
土手に朝顔咲く 100m程の まっすぐ な小路 を、
自転車の後ろに 孫娘を乗せて走った。
走り以て私は
「 ♪ まっすぐ に、真っ直ぐに、生きてきたのに 」
「 ♪ まっすぐ に、真っ直ぐに、愛してたのに 」
「 ♪ 青春は分かれ道 」
・・・と、鼻唄で口遊んだ。
岡田奈々 「 手編みのプレゼント 」 の、唄い出しのフレーズである。
昭和51年 ( 1976年 ) 当時に流行った斯の歌
私は、此のフレーズだけ、覚えていたのである。
そのうち
「 ♪ まっすぐに、まっすぐに ・・・♪ 」 と、
孫娘の口遊む声が、
背中越しに 聞こえる様になり
それならと、
二人して、歌を覚える事にしたのである。
「 ♪ きっとあなたは 都会の隅で♪・・やで、じいちゃん 」
「 そうか、そうか・・」 と、
私より先に覚えた孫娘に、教えて貰いながら
36年経って初めて、フルコーラスを唄ったのである。
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東京だよ おっ母さん
♪
まっすぐにまっすぐに 生きてきたのに
まっすぐにまっすぐに 愛してたのに
青春はわかれ道
♪
きっとあなたは都会の隅で 私の顔も忘れるわ
周に一度の手紙もいつか 届かなくなる朝が来る
いやよいやです 「 さよなら 」 なんて
もうこれっきり 逢えなくなりそう
裏切ることが 男の子なら 信じることが 女の子なの
♪
いやよいやですもうすぐ冬よ
寒い都会で風邪ひかないで
そうよ心が凍えないよう
手編みのセーター あなたにあげる
日本一 綺麗な少女
あの 「可愛いい・・と、想った」 岡田奈々
新たな想いで 当時を振り返って観ると
それはもう
なんと、綺麗な 少女 哉
そう、想った、私である。