半ドンの土曜日
小学校をいち早く帰宅した私
丸谷の波止場にいた。 イメージ・ボラ
海は引き潮・干潮、水位は低い
波止場からは、入り江に入って来るボラの姿が見える。
その見えるボラを、釣ろうとしているのだ。
ツイ、このあいだは
餌のゴカイを口に入れたのを チャンと確認してテグスを引いたのに
ハリが引っかからなかった。
口から餌が出たのが、はっきり見えたのである。
「 どうしてひっかからんのじゃろ 」
「 飲み込ませてから引っ張りゃよかった 」
やはり、見える魚を釣るは難しい・・と、謂うことか。
然し、誰が諦めるものか
「 今日こそは、ボラを釣ろう 」 ・・・と、
昼ごはんもソコソコに、意気揚々跳んで来たのである。
ところが
せっかく意気込んで来たのに トンダ空回り
ボラの奴
恐怖を予感してか、姿を見せなかった。
一部始終を眺めていた
対岸の道路に目を遣ると、帰宅中の中学生の一団。
「 カナアンチャン・・まだかな 」
・・・と、六歳年長の叔父の姿を探した。
目を配っているところ、
三人乗りの自転車を見つけた。
前輪の上に軀をこちらに向けて女坐りをしている。
後ろの荷台には、後ろ向きに跨いで座っていた。
幹線道路とは雖も、島の海岸ベリの道のこと狭い。
道は中学生でいっぱいであった。
その間をヌッテ自転車が進んでいる。
私は、波止場からその状況を眺めていたのである。
三人乗りの自転車
調子に載ってスイスイと皆を抜いて行く
松本の店の前を過ぎた
海へ降りる階段の前を過ぎた
山口の前にさしかかった
と、その時 ハンドルが揺れた
「 アッ !! 」
そして次ぎの瞬間
こともあらうに
海の方に自転車が倒れたのである
前輪に女坐りをしていた中学生
勢い余って
自転車もろ共 海へ落ちて行く
それはまるで
スローモーションを見ているかの如く
が然し
アッと謂う間でもあった
うつ伏せの状態で、落ちた
自転車の下敷きになっている
そして、動かない
運転していた長身の中学生が階段を降りて、落ちた処へ向っている
着くと直ちに、体に乗っかっている自転車を取除いた
そして
落ちた中学生を、覗き込んでいる
意識はあるようだ
何やら喋っている
「 ・・・・」
遠くて、聞こえるものか
皆が駈けつけて、道から下を覗き込んでいる
他の中学生も降りた
そして、皆して道まで抱え上げたのである
落ちた所は偶々砂地であった。
他の部分全てが切石の波消しブロックだったのに
不幸中の、せめてもの幸い
とは雖も
歯を数本折る大怪我であった。
まさかの出来事
私は偶然に遭遇した。
そして、その一部始終を眺めたのである。
もう、黙っちゃあいられない
これは、誰かに聞かせんと我家へ跳んで帰った。
「 大事じゃあ !! 」
「 大事じゃあ !! 」
・・・と、
昂奮の坩堝の中
一部始終を、母に語ったのである
この物語は、
フィクションでは無い。
ドキュメンタリー ( 記録 ) でも無い。
昭和37年 (1962年 ) という、遥か彼方の事とて然し
今も尚、私の心懐に在り続ける 「 私の記憶 」 なのである。
「 此処の家の中学生が落ちたんじゃ 」
・・・と、私は、
弁財天神社の崖下に在る家を指差したこと、
忘れずに、ずっと覚えているのである。