TOMO(♂)のログ倉庫※たまーにブログ

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さよなら、ズレータ

2006年12月25日 | HAWKS-2006
ズレータと交渉打ち切り(スポニチ)

ま、予想していたことなのですが。・゜・(ノД`)・゜・。









辛いです。








ホント、辛いです。











・なぜ、こうなったのか?
3つの原因があるように思えます。
1:フロントの不手際
当初、ズレータに対しては単数年契約を提示していました。
これはこれまで外国人選手に対しては複数年契約で臨んできたフロントでしたが、(フロントの)自己都合や成績不振で宣教師、烏子といった選手が1年でクビになった前例があります。
これ以上無駄なカネを使いたくないというフロントの気持ちはわからなくはありません。
しかし、以前のエントリーでも書きましたが、新たに契約する外国人選手に適用するならまだしも、日本で十分実績ある選手に対して単数年契約を提示するのは失礼ではないかと。
これがきっかけでズレータとフロントの間に溝ができたように思えます。
さすがにフロント側もズレータと契約してもらいたいので、再度契約内容を変えて複数年を提示してたものの、一度できた溝は埋まらなかったといったところですか。
2:代理人の暴走
外国人選手の契約においては、代理人は大きな力を持っているように思えます。
しかし、時として本人の意思と関係なく代理人が勝手に球団決めてしまうケースもあるそうです。
ま、代理人に年俸の何%かが懐に入るとなれば1円でも多くのお金を欲しがるのはわからなくはないですが(苦笑
で、その代理人はというと、西スポによると「3年20億」を求めているとか、スポニチでは「松中級の扱い」を求めているとかで。
これじゃあ、球団にケンカ売っているのと一緒ですね(笑
そういえば、西スポは結構「ズレータ退団」を煽るような記事を書いていましたが、ほとんどは代理人のコトバのみで記事を構成していて肝心の本人のコメントがありませんでした(他の新聞もズレータ本人のコメントがなかったけど)
今回の件では、そういった匂いがします。
3:ズレータ本人が出たがっていた
なくはないかと。
またも西スポからですが、4月の金村殴って退場になったときに「罰則規定」に対して不満があるとか。
これはMLBでは考えられない条件だとか、と西スポでは伝えてました。
また、代理人が球団に対して求めている条件(「2:代理人の暴走」を参照)がムチャクチャなんで、それから見るとズレータがホークスと契約したくないというのがわかります。
燕がサトームセンガトームソンとケンカ別れしたのととても似通っています。

・で、ズレータはどこへ?
早速出てきました。
ロッテ、ズレータ獲得か(日刊九州)
ズレータ退団 ロッテ移籍へ(西日本新聞)

西日本新聞の報道どおりだと、嘘ぽいのではないかと。
だって、10億も鴎が払えるはずがないでしょう(笑
そうなると、日刊の額(合計約6億)というのが現実的でしょう。
確か、ウチの代表が額では勝っていると言われていますので日刊の額が近いのではないかと。
それに、サトームセンガトームソンのようにケンカ別れしたのなら、低い額で契約してもなんらおかしくありません。

あとMLBという話もありますが、ウィンターミーティング後に何もないところを見ると話がまとまっていないように思えます。
くそ~よりによって鴎かよ、大嶺の次はズレータか、オノレ瀬戸山

・で、ウチはどうするべ?
正直言って

当分は選手を獲得しないで欲しい


小久保を取り返し多村さんも取ったことですし、これ以上打線のテコ入れは必要なんでしょうか?
今のままでも打線に関しては十分な力があります。
もし、シーズン始まって多村さんがスペったり、誰かが怪我したり、若手の成長がなかったり、メンバーが足りなかったり、打線に迫力が足りなかったら、そのときに補強の話をしましょうよ。
来年の6月までは十分時間ありますから。

・最後にズレータへ送る言葉

しかし、小久保と縁のない人物ですね~。
思えば2003年、小久保の怪我で空いた大砲を求めた結果がズレータだったわけで、そして2006年、小久保を取り返すと出て行くとは皮肉なものです。
来た当初、「ザルータ」だか「ズレッタ」だか各紙で表現が違っていました。
結局「ズレータ」と登録され、デビュー戦。

死んでも忘れない


あのライトの守備&オレンジ色のスパイク(笑



後にオーティスとかブラウンとか紅井とかフランコとか李プヨの守備もとってもファンタジックでしたが、彼のはもっとすごかった。
もう、二度と見たくないと思ったくらいでしたし、しばらくトラウマになったし、夢にまで出たくらいでしたし、殺意を覚えたくらいでしたし(ぉぃ
しかし、守備を捨て打撃に専念すると、自慢の長距離砲が火を噴くようになりました。
ただ、ホームランを打つのではない、とんでもない飛距離を見せるようになりました。特に2004年に見た、ドームのレフトスタンド上のスーパーボックスに飛び込んだ一発は今まで筆者が見たホームランの中でもNo1の飛距離でした。
長距離砲として開花して、ホークスの打線を構成していきました。
また、長距離砲ではなく、2005年には打率2位なるなど確実なバッティングを見せた事もありました。

ベンチでは黒皮の手帳につけるシーンは日本野球に溶け込もうと努力している一面を垣間見たようでした、また慈善活動にいそしむ姿をも印象に残っています。
余談ですが、筆者は一度、新幹線のホームでズレータを見たことがありますが、バルデスに寄り添っていてとてもおとなしい印象がありました。
その反面、6回も退場するなど気の短い(?)一面もありました。

忘れてはいけません、あのパフォーマンス。


チョップ チョップ


パナマウンガー


ヨカロウモン


アリカメナイ(違



記憶にも記録にも残る、ホークス史に名を残す名外国人選手でした。


さよなら、ズレータ


ありがとう、ズレータ



来年出てきたら、盛大なブーイングで迎えてやる


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