横濱kabitanの、あれこれ話

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「ミュウツーの逆襲」と「AKIRA」の、奇妙な融合性

2005年09月01日 02時57分18秒 | ポケモン映画「ミュウツーの逆襲」

 一部、飽きられている「ミュウツー」ネタです。

 (ここでの、「ミュウツーの逆襲」は世界配給版の≪完全版≫を基にしています。全て、私の見解で進めて居ます)
 1998年の公開時に観に行った時、最後まで『A・・AKIRAだあ』と思っていました。しかし、今まで内容の融合性では一番近い≪劇場版「不思議の海のナディア」≫がネタだとばかり思っていましたが、最近久しぶりに「AKIRA」公開時に嵌って買い揃えたガイドブックと原作(きっちり、5・6巻は発行日には買ってました)を引っ張り出して見た所、原作に「ミュウツー」との奇妙な融合性が見て取れました。
1、ミュウツーの、≪鉄雄的破壊性とアキラ的力の強大さ≫
 出生の時点で、≪遺伝子操作によって造られた、命≫≪一種のプロジェクトによる、計画的非人道的実験の一例≫とまるっきり、同じでやはり鉄雄のように暴走しながらも一度プロジェクトの本体(「ミュウツー」の場合は、R団のボス)に下るくだりはまさに、同じ展開。
2、過去での、≪幸せだった、記憶≫
 実はミュウツーにも幸せだった時があります。
 ミュウツーが培養液に漂いながら自分がミュウだった時の夢を見ていた時、遊んでいた同じミュウに置いてかれそうになった途端に目を覚まし、覚醒したのが本当の話。殆ど、語られていない部分ですがこれも≪鉄雄と金田≫の関係に通じるものが。実際、ミュウツーがミュウに抱いていた感情が≪自分よりも強い相手(アキラ的)≫から≪憎しみ(金田に対しての、鉄雄の感情)≫へ、変貌していきます。
 ちなみに、後日談ではミュウツーは≪観念≫としてミュウの姿をみて命と自分への自信をよみがえらせていました(劇場版のアキラのような役割の、ミュウ)。
3、意味も無く、≪王様気取り≫
 これは両方のファンからおもいっきり抗議されそうですが、鉄雄もミュウツーも≪王様気質≫。鉄雄は鉄雄で、『ネオ東京帝国』を造りミュウツーは絶海の孤島に城を建てていました。鉄雄は、多少理解で出来ますが問題はミュウツーです。映画観て以来、『なんてわざわざ、人間に復讐するのにテーマパークな城とおつきの女官まで揃わせる必要性があるんだろう』と思う以前に、『そのネタ、どこから?』と思ってしまい『どうやって、ミュウツーがポケモンセンターからジョーイさんをさらい、女官の服を用意したんだろう』と考えてしまう。
 皆さんも「ミュウツー」の映画を観たら、絶対思います。『ジョーイさんの女官服やポケモン城のネタはどこから!?そして、女官のドレスの入手方法は!?』と。

 書いて見ると、制作側も観客も余り問題にしていない(しない?)所で話全体では重要な(3は明らかに、私の突っ込みですが)所でかなりの『AKIRA』との融合性が見られます。世界に放映されたとき、『AKIRA』が世界公開時の時の騒動や現象はほぼ同じでした。だだ、それが日本の≪SF作品≫と≪SFファンタジー≫の金字塔になったというのは凄いものを感じます。
 そのせいが、二本とも他の作品群(同ジャンルの、日本アニメ)とは別格の扱いになっていて、半ば伝説化していますが制作側に至ってはあくまで≪作品に、自分達の思いを詰め込むだけ詰め込んだ≫という、商売抜きの信念だけで作り上げた≪汗と誇りまみれの≫作品に世界は大興奮したのです。≪創作の原点≫を見せてくれ、未だに両者はそれを守り続けて居ます(ポケモンの制作部は、半ば独立していてゲーム・TVシリーズでのつながりだけを気を付けて毎年、一年制作にかかって居ます)。

 この手のネタは、これで一応切れました。今後は、元に戻して色々と書き込みしますので楽しみにしてくださいね。


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