神経症克服プログラムとの出会い 神経症克服への道

対人恐怖症・視線恐怖症を克服できた男のブログ。超腕利き心理セラピスト岩波先生(ありがとう!)の神経症克服プログラム体験記

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

対人恐怖症と視線恐怖症と会食恐怖症と社会不安障害と・・・・絶対克服できるんだ!

2020-01-01 | 神経症を克服して世の中を見る

ご挨拶

対人恐怖症、社会不安障害になりましたが、克服成功できました。

自分の能力を最大限発揮するため現在猛進して頑張っています。
人生は一回だから悔いのない人生に絶対してやるぞ! 

天才的カリスマ心理療法士岩波先生のおかげで、神経症が良くなりました。
それだけではなく、生きる希望や充実感も得られました。

今は真っ暗でも必ず光が見えてきます! 人生ってそんなものです!

でも、神経症克服にはアクションを起こす必要があります。
2,3年後に神経症が治っているかな、治っているといいな~的な甘い考えは捨ててください。
僕がいつか対人恐怖症・社会不安障害が年齢とともに解決していることを夢見てました。

年齢を重ねたら、考え方も変わって、不安も少なくなっていって、図太い神経を身に着けているって思ってました。
だけど、そんなことは決してなかった。
怖いことですが、神経はもっと敏感になって、すごく病んでいきます。
考え方もマイナス思考しかできなくなっちゃいます。

対人恐怖・社会不安障害って、時間を積み重ねると、ただの症状だったものが、完全に条件反射で生じるようになって、生きること=対人恐怖症そのものになるという恐ろしさがあります。
だから、神経症を舐めないほうがいいです。
危機感を持ってください。

けっこうやばい症状です。
だからこそ、神経症克服にはスピードが求められます。
だらだら悩むよりは、アクションを起こすしか無いです!!
行動したものだけが救われる。

かなり恐ろしい症状だからこそ、みんな治らずずっと苦しんでます。
僕は克服できた身として、少しでも皆様の苦しみの時間が短期間で追われるようにこのブログでサポートしていきたいです。
甘くない症状だけど、克服できない症状でもない。
これが僕が神経症、対人恐怖症に対して思うことです。

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

トランス呼吸法をやる上で誰もが壁にぶち当たるというお話

2014-01-17 | 岩波先生の心理プログラム

もともと感受性がいい方向に豊かで(悪い方向なら悩む人はみんな敏感になるけれど)、体が柔らかく、そして瞑想や自己催眠などで変性意識にそれなりに自分で入れる人ならいざ知らず、トランス呼吸法をやっていると必ず壁にぶち当たってしまいます。

それは苦しい雑念との戦いです。
もう一つは、体の硬さや違和感との戦いです。
ある程度進んだ人は、リラックス感に入ろうとする自分を止めてしまうもう一人の自分との戦いになると思います。

そもそも悩んでいるのだから、雑念だらけで集中力もない人が呼吸法をやるわけで、雑念なんかあってあたりまえだということをよく知っておいてください。
強迫観念として、雑念があって集中できずに呼吸法をやることはいけないことだという考えだと、ますます雑念と焦りにとらわれちゃう。
実は、雑念があっても何があっても鼻から吸って口から吐くことをやっていれば、それだけで大成功だと思うことです。

見返りを求めようと、完璧にやろうとすることが、逆に不完全な結果に終わってしまう。
そして雑念にとらわれる状態が怖くなって、呼吸法をやらなくなったり、すぐ寝に入ってしまう。
この流れに入ってしまう人は多いと思います。
最初から完璧に行くわけがない、その不完全の中でも呼吸法をやるという決意だけあればいいです。
その決意を持ったからといって、雑念が消えてくれるわけでもなく、その環境の中でただ淡々と、もっと言うとバカになって呼吸法をやり続けてください。

体の違和感もそう。
リラックスしたいのにますます力みが入ってできなくなる矛盾が初期のトランス呼吸法にはあります。
そして焦ってしまってますます力んでしまって、呼吸法をすることで(すごいリラックス感を味合わなければならぬのに)緊張を拾ってしまうという構図があるんですね。

僕もそうだったし、悩みを持っている人は誰でもそうなるもので、もし一人で悶々と呼吸法に悩んでいるのであれば、誰もが通る道だと思ってください。
確かにトランス呼吸法のものすっごい効果を体験している人はたくさんいます。

だからこそ、うまくいかない人は、「そうならねばならぬ!」と思い込んで、ますます力んで取り組んでしまうんです。
効果を得ることができた人は、誰もが僕が行ったような壁にぶち当たって、それでもやり続けたから、その先の世界を体験しているわけです。

うまくいくようになってからも、うまくいくようになったからこそ、変性意識を求めてしまう心が大きくなり(その凄さを味わっているからだけどね)、その感覚が遠のいていくなんていう悩みもあるのだけど、それはまた別の話です。
そういう時は、やっぱり見返りを求めずバカになって淡々と、ということがキーワードになるでしょう。

話を戻すと、まずはリラックスや変性意識になることを諦めて、ただ吐く息の回数を積み重ねること、それだけでいいです。
暇があったら、とにかく呼吸法をしてください。
そして、時間が取れたら、一気にトランス呼吸法に取り組んでください。
で、数時間やったから、変化しなくてはいけないなんて考えにとらわれず(その考えこそがならない最大の理由)、ただバカになって、時間を積み重ねること。
期待をしても無駄です。
その心がすべての進捗を妨げてしまうことになるから。

心って、本当にコントロールが難しいもんで、意図的に操作しようとすることがすべて裏目にいっちゃう。
それは心の悩みで苦しんだ人ならみんな体験していることだと思います。
だから、そういう時は覚悟を決めて、その状況の中で生きるという決心を持つこと、それが最大の近道になるでしょう。

トランス状態でそういう気付きに至るけれど、普段からそういう心がけをしてください。
呼吸法も悩みに事も、心に関する全てのことについてもです。
はっきりって無意識のことは、コントロール出来ないものなんです。
できないから悩みが生じるわけで、無駄な試みをやる時間がもったいない。
やって結果が出ないことをいつまでも苦心惨憺してやることは意味が無いです。

一回全て諦めて捨て去って、失うものはないんだという心で何にでも取り組んでください!
そうすれば必ず道は開けます。
悩みを克服した人はみんなそんな心境に至っていると僕は思います。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

対人恐怖症・視線恐怖症の思い出

2013-10-06 | 対人恐怖症・視線恐怖症・社会不安障害

僕の対人恐怖・視線恐怖の思い出と言っても、つらいことばっかりだった。
イライラ・落ち込み・悔しさ・劣等感・憂鬱・絶望がぐるぐるぐるぐると頭のなかをかけめぐっていた。
その感情しかなかった。
僕の人生の最悪な期間は、まさしく対人恐怖・視線恐怖の時期だったし、今後これを上回る最悪体験はないだろうなー。

そういう意味じゃ、今後僕は何が起きてもいいと思っているし、起きたところで、あれ以上最悪な日々はないのだから、大きな自信を手に入れられたと思う。
だけど、もし克服できなかったと思うと身の毛もよだつ!
世界で最悪の不幸な人間の一人だったに違いない。

今思うと、あっという間だった。
あっという間と言っても、いいことが何も起きていないから、苦しみだけだから、同じ色に染まっているから、そう感じるだけ。
つまり、非生産的なマイナスだけしかなかった。

地獄の日々だったんだけど、治りたい気持ちに反して、ちっとも改善もしないまま、ズルズルと対人恐怖症のキャリアだけを重ねていった。
はやく良くなってくれ!と願うけれど、無意識に住み着いた僕の対人恐怖症は時間で解決できるものじゃなくなっていた。
どんどん対人恐怖である自分がもとからの自分だったかのように、同化していった。
それが神経症の怖い所だ。

そうしたら、もう気力体力時の運や頭の良さで何とかできる問題じゃない!
時間だけがむなしく過ぎていって、未来を考えても、おぞましい未来しか想像できなかった。
だから考えたくなかった。
苦しみながら生きていくことが決定的だったのだから。
耐えて耐えて耐えて、それでも報われないなんてやっぱり地獄だ。

ネット上でも対人恐怖症で苦しんでいる人は非常に多いけれど、みんなそのまま苦しみ過ごしている。
自然に良くなっている人なんていない。

対人恐怖症の時期の僕を考えると、灰色という単色しか思いつかない。
神経症にかかった多くの人が灰色しか見ていないんだと思う。
この世の中に鮮やかな色やさわやかな色があるなんて想像できない。
心地よい風が吹いているなんて感じる余裕もない!

同時に僕が感じたことは、この苦しい時期は、なるべくしてなったんだということ。
あの頃は『なぜ?どうして? 僕だけ? なんで? なぜこんなに苦しまなくちゃいけないんだ! クソ!』しか考えていなかった。
冷静に考えられる方がおかしいけれど、なった原因と流れをまったく認識していなかった。
これじゃあ、頭がイカれていくのもよくわかる。
心の余裕がなく状態で『なぜ?どうして?』とやっても、ますます頭は混乱していくだけ。

僕がなるべくしてなったという思いに至った時から、少し対人恐怖症に変化が出始めたと思う。
岩波先生のプログラムでやったことだけど、僕の人生を幼児期から誰かが歩めば、対人恐怖症になるんだ、という考えに至った時、心にちょっと余裕が出た。
すっごくホっと出来た。
「ああ、僕は僕がおかしいからなっているのじゃないんだな、だれだって同じ道を歩めばそうなるさ」
この結論に至った時、それもただ考えただけじゃなくて、心の底から『思えた』時、つまり僕は対人恐怖症という症状を受け入れることができた時から、好転が始まった。

神経症に悩んでいる時期は、自分では気づかないけど、溺れている状態です。
あっぷあっぷと必死でもがいている。
冷静になれるはずがないんですね。
自分自身が一番、自分でどうにもできないのだから。
自分でどうにもできないから、神経症と言うんだけろうけどね。

話がそれてしまった。
今現在の頭で、僕が過去の苦しい状態を思い出すと、「よくあんだけ悩んだな」ということがまっさきに出てくる。
笑ってしまうくらいはまっていた。
そして、あの灰色の時代には決して戻らない!
僕に灰色が降りかかってきても、あの時の先行きのないどす黒い湿った灰色にはならないと思う。
あの失った時間を有効利用するには、あの苦しみを超える苦しみは一生ないという自信だけだと思う。

あの地獄の先行きのない苦しさに比べたら、あらゆることなど小さく見える!
現在はまっている人も、これを乗り越えた時、そう思ってください!
一番人生で辛い時、立ちはだかる障害が一番大きいのが今です!
自分自身を乗り越えたら、もうあとはスーイスーイと人生を進めますよ
普通に人生を歩めたらいいなんて思わなければ。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

神経症(対人恐怖症・社会不安障害克服)に必要なもの

2013-05-30 | 僕の神経症克服方法

神経症を始めとする心の悩みでどんどんすり減っちゃうのが、「勇気」の部分です。
悩みが苦しくてそれから一刻もはやく逃れたい! その気持一つになってしまうため、いかに避けるか、そればっかりに僕らの思考(理性)は向いちゃう。

でも、その当たり前にやってしまう行動一つ一つが、実は勇気を自分から奪っていってしまっていることを認識しないと、本当に欲しい自信や覚悟、勇気は得られないと思う。
これは脅しでいっているわけじゃなくて、本当にそうだと思っています。
僕の体験を振り返ると、神経症(視線恐怖・対人恐怖・社会不安障害)に陥ってから、みるみる臆病になり、不安だらけになり、ちょっとしたことでも恐怖を感じる人間になって行きました。

もうボロボロで、どうにかしなくちゃいけないと思いつつ、いかに目の前の苦痛から避けるか(僕の場合は人混みや人間関係、コミュニケーション)ばっかりに理性をフル回転させました。
そうなっちゃうと、自信を持たなくてはいけないのに、逃げまくる自分への不信感ばっかり募りました。
はっきり認識しているわけじゃなかったけれど、どんどんダメになっていく僕を、いくら自信をもちたいなんて思っても、できないわけです。
勇気を出すことの緊張や不安感よりも、いかに避けて安心して行きられるかばっかりの自分に、自信なんて持てません。
持てる方がおかしいです。

自信って結局、自分自身への信頼感なわけで、勇気がない自分と勇気を持って歩める自分、やっぱり後者にならないと、一生自信はつきません。
こればっかりはいくら自分に自信がある!と思い込んでも不可能です。

視線恐怖・対人恐怖・社会不安障害などで苦しんでいる人は、毎日が回避ばかりを考えていると思います。
これはいけないことじゃないと思う。
逃げていてはダメだと一番本人が知っているけれど、目の前の不安と恐怖からいかに回避するかは、人間ならだれだってやることです。
動物だってそうなのだから。

ただし、それをずっとやっていても、埒があかないし、貴重な時間を失うはめに陥ります。
そうなると、自信のない存在でも、勇気を持って踏み出すことが必要になってきます。
いつやるか?
それは今でしょ! という言葉があるけれど、時間がどんどんたって、常に怯えて回避ばかりの人生を送ると、ますます勇気を持って踏み出すそのエネルギーがどんどん必要になってきます。
ついには諦めると、社会的に廃人に近い存在になっていき、もう浮上しようがなくなっちゃう。

生きるって本当にきついことだけど、神経症の人はその100倍はきつい!
普通の人が、ちょっとした勇気が必要なことでも、神経症の人は100倍勇気と決心を必要とします。
だから、イバラの道です。
でも悩んでいることのほうが地獄なわけで、どっちがマシか、と言われると、やっぱり勇気を持って神経症に立ち向かうことがいいに決まってます。

ではどこに勇気をもって立ち向かっていけばいいでしょうか?
神経症を治すためにありったけの気力を費やすことはやめたほうがいいです。
なぜならそれで克服できた人は殆ど無いと思います。
ますます神経症を悪化させてしまいます。
やり方を間違えるとがんじがらめになるのが神経症の怖さです。

まずは神経症を克服するためのプログラムを受けることとは別に、自分自身で冒険することをおすすめします。
その時、自分は神経症だからできない、治ってからやる、と言ってはダメ。
その考えは一生自分を苦しませてしまう思考です。
神経症があろうがなかろうが、関係ない所で、冒険をしてください。
習い事でもいいし、いままでやりたかったけれど神経症があるから中断していたことをやってもいいと思う。

何をするにしても、絶対踏み出す勇気が必要になります。
非常に不安で億劫でやりたくないと思うでしょう。
でも、そこで回避していたら、自分自身に不信を抱くでしょう。
あえて踏み出してください。
考えないで、自分を守ろうとしないで。

そしてもしなにか失敗やショックなことがあったとしても、こう思ってください。
他の人の何倍も勇気が必要なことを、私は踏み出す勇気があった、と。
物事全ては捉え方一つで、幸せにも不幸せにもなります。
失敗して駄目だ、と自信喪失になる人、僕が今書いたほうな思考でさらに動いていく人、後者が神経症克服できる人です。

ハンデはものすごくある中で生きていかなくてはいけない。
でも、その中で冒険しようと一歩踏み出した事自体、もうすごいことです!
自分に自信を持ってください。
いつも逃げてばっかりの自分に光は差してくれません。

これから生きていく上で、神経症にかぎらず、どんな場面でも勇気が必要になります。
岩波先生のプログラムに通うことだって勇気が必要です。
例えば僕の場合、人の眼が見られない(正視恐怖症)だったけれど、人の眼を見て話すことも非常に勇気が必要でした。
他のその悩みがない人は、なぜそこまで? とバカバカしく思うことでも、僕は本当に勇気を振り絞って目を見て話しました。
最初は落ち着かなくてどぎまぎして、人に迷惑をかけたらどうしようとばっかり思っていましたが、その勇気がなくて下を向いて話していただけなら、今の自分はありません。

これは一例ですが、どんな状況でも、一つ一つ勇気が試される時がきています。
いまも勇気を試されているはず!
頑張ってください!

勇気がないままの人は、生き地獄の罠から抜け出せないまま、無意味な時間が過ぎていくだけかもしれません。

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

現在の岩波心理・脳内プログラムについて変更点

2013-01-22 | 岩波先生の心理プログラム

僕のこのブログは昔から書いているので、現在の岩波先生のプログラムのやり方とは違っていることを書いています。
なので、現在のプログラムの内容について変更点を書いていきたいと思います。

・強い呼吸法、止める呼吸法は、家ではやらないこと。
雑念や短期的な呼吸法の効果の実感が得られますが、中期的には体を固くし、変性意識の深まりもストップさせてしまうため、現在では弱いゆっくりの呼吸をやるそうです。

・首や肩甲骨のストレッチをしっかりやること。
まずは肉体的に体を柔らかくしたほうが、より深くトランス状態に入ることができるため、ストレッチを呼吸法の前にしっかりをやって来ることが求められてます。

・ルーツ分析・整理作業は、一人ではあまりやらない。
昔のトラウマを一人で家でやっていると、皆が皆ではないですが、抑うつ状態がひどくなってしまうため、通った時に、トランス状態の余韻の中で思い浮かべて、執着を減らして、トラウマ処理をしていきます。ルーツ整理は確かにやればやるほど心がほっとしますが、それは山を乗り越えた人だけがそうなるだけで、底に至るまでは、コンディションが悪化する恐れが強いです。

・プラス暗示の入れ込みよりも、マイナスの障害となっているものの処理を優先。
プラス暗示をまだマイナスの処理、トラウマ解放させていない状態でやると、短期的に暗示が入っても、長く続かないためだそうです。
そこで、先生の誘導するトランス状態のあとの余韻の中で、過去のルーツや現在の最悪の状況を思い浮かべて、処理していくことを優先しています。土台からしっかりさせる、というかな。いびつなプラス暗示が入るよりは、バランスよくやっていったほうが僕もいいと思う。

昔よりもどんどん技術的に進化しているため、まだ回数が浅い人でも、感情の世界で抑圧処理ができているので、家での訓練をがんばってください。
先生の技術が上がっているからといって(昔からすごかったけど)、何にも家での課題をやらないで通うだけだと、もったいないです。

せっかくすごい技術とノウハウが東京と大阪で受けられるのだから、最大の効果を上げて、悩みに強い人間になったほうが絶対いいと思います。せっかくの安くないお金を払うのだから、それ以上の効果を回収しましょう!

あと当然ですが、先生も僕が受けた時よりも歳を重ねています。いつまでも受けられるものでもないですし、岩波先生が引退されたら、神経症を克服する術を僕らは失うことを意味します。ずっと神経症で辛苦を重ねて生きていかなくてはいけなくなることになります。今この貴重な時間を大事にしてください。神経症克服は時間との勝負だと僕は思います。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

強い呼吸法と弱い呼吸法、コツと大事なこと

2012-06-18 | 岩波先生の心理プログラム

最近、家で岩波先生は強い呼吸法をさせていないみたいですね。
理由は体が硬くなるから、ということのようです。
確かにまだ体が硬い人が無理に強い呼吸法をやったら、余計体に負担がかかるかもしれません。

ただし、僕のようにある程度呼吸法が上達した人なら(まだまだ未熟者だけど)、強い呼吸でも体が、強い呼吸をやめた後の開放感から、みるみる緩みが出てくる実感があります。
これは、おそらく強い緊張状態から、開放感へのギャップが脳にインプットされて、僕の脳が緩む指令を体全体に出してくれるからだと思っています。

それはさておいて、呼吸法は知恵でやるものではなく、感覚でやるものということを今回は書いていきたいですね。
もし知恵で呼吸を上達させようとしている人(結構、みんな無意識的にやってしまってる)がいたら、いますぐその考えや小細工をやめたほうがいいです。
それで得るものはありません。
たぶん疲労感と焦りと雑念がますだけです。
それをよくわかっている人は、強い呼吸に頼っちゃいます。
なぜなら、雑念や知恵を外しやすい呼吸法だからです。
だけど、前述のように体が固まるだけになってしまいます。

結局近道はない、あるとしたら知恵を使わないで、見返りも求めないでただやるのみ、それだけだと思います。
そこで、もし想像力が豊かな人は、弱い息を吐く時に「自分は緩んでるんだ~」「きもちいい~」「ふわーとする~」「もうどうにでもなってくれ~」「どうだっていい、ばからしい」と想像しながらやると、深い意識の世界への強力なアシストになると思う。
だけど、絶対知恵を使ってやろうとしちゃダメ!
ある意味、諦めが肝心です。
目的はより不快潜在意識への働きかけなわけだけど、そればっかり追求すると、人は知恵を使っちゃう。
その目的はあるけれど、それを一旦捨てて、見返りを求めないで、ただやってみてくだされ。

毎回うまく行かないけれど、あるときうまく行ったりします。
その時の感覚は、脳みそは絶対覚えてます。
ついでに言うと、岩波先生が作り出す圧倒的なトランス体感も、絶対脳みそは覚えています。
なので、やっていることの成果が、マイナスに行くことはないし、プラスが積み重なっていくだけです。
それを引き出すのは、知恵の力じゃなくて、感覚と想像だけ、あるいは何も求めない心だけなんですよ。

あと重要な成果がある。
それは知恵を使わないほうが、生きやすいし呼吸法も暗示もルーツ処理もすべてうまくいくという実感が持てるということ。
どんだけ知恵を振り絞っても、自分の脳味噌奥深くに住みついた悩みの種は処理できないけど、知恵を使わない威力こそが、その難題を解決してくれるということが学べるわけです。
知恵ってちっぽけで糞だな~、なんの価値もないな~、と思えると、これからは生きやすい自信が持ちやすい割り切りができる思考になるし、認知力の歪みも治ってくれます。

あ、知恵が何の価値もないということはないな。
よりプラスにのみ使える知恵を発揮できるようになる、ということなので語弊なきように。
実感として僕自身そう感じたこと、という意味です。

呼吸法のやり方は、結局そういう根本のところが大きいです。
あとは、見返りが出なくても、やり続けることの積み重ねとその気持ちが、あなたの潜在意識の悩みの種を必ず破壊してくれることになります、頑張ってください!!

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

正視恐怖症(視線恐怖症)の場合の、視線の置きどころ

2011-12-06 | 対人恐怖症・視線恐怖症・社会不安障害

正視恐怖症は、人の目を見ることが怖い!
自分の視線が相手の外を与えて、不快感を与えているのではないかと恐怖を持つ症状だから、会話が成り立ちません。

もともと話好きでも(僕がそうでした...)、人の目が見ることが怖いばっかりに会話もまともにできなかい人も多いと思います。
視線恐怖症は、普通に見られるようにあらゆる努力をするけど、正視恐怖症ばっかりはなかなか普通にできない。
人の目を見られないということだけで、もう相手から変に思われてしまうから。

だから、ものすごくきついです。
自分の存在そのものが「迷惑」につながってしまうことは、もう自分の生きている価値ももてなくなっちゃいます。

で、正視恐怖症の人でも、とりあえず、相手から「自分の目を見ている」と思わせるポイントがあります。
よく面接で言うのが、相手のネクタイを見て話すのがいい、というものがあります。
これはある程度距離が離れているからできることなので、近い距離の時はやめましょう。
ネクタイではなくても、離れた距離では首あたりを見てもいいということですね。

もう一つ、眉間を見て話すといいとも言います。
相手から見たら、目を見て話している、と思うけれど、こちらは眉間を見ているわけだから、とりあえず正視恐怖症の人でも可能かと思います。

「人の目を見て話さなくちゃ! 人の目を見て会話を聞かなくては!」と思いつめて、ますます視線恐怖症が悪化するならば、こういう方法でとりあえずしのぎましょう。
あとは、挙動不審に見られないように、視線を大きく泳がせないほうがいいです。
眉間を見ているなら、堂々と見てやりましょう!

ちなみに視線恐怖症になると、どれくらいの頻度で相手の目を見ていいのかわからなくなりますよね(正視恐怖症の人は眉間、距離が離れていたら首あたり)。
話すときは、基本的に相手に威圧感を与えないように、時々視線を外すといいと言われています。
聞き手のときは、しっかり話を聞いていますよ、ということを相手に示すために、しっかり目を見るといいといいます(何度も言うけど、精子恐怖症の人は眉間を)。

日本人なので、じっと目を見て話す文化でもないので、じっと執拗に見る必要はないです。
僕の知っている以外でも、人のここを見れば、相手から目を見て話していると思う箇所があるかもしれないです。
悩みの悪循環に陥るよりも、堂々と相手の目以外を見て、話してやりましょう!
最初はそれでも怖いです。

でも、なんでも勇気なくして克服はありえません!
楽して視線恐怖や正視恐怖を治そうという考えがあるととっても治りが悪くなります。
勇気をだして、苦手なことにチャレンジしていきましょう!

良くなっている人は僕の知る限り勇気をもった人です。
勇気(あるいは覚悟)をなくして、良くなった人は居ないと思っていいです。

とはいえ、しっかり人の目を見て話せるようにならないかぎり、いくらごまかせても視線恐怖症は克服したことにはなりません。
一時しのぎで使いながら、もっと根本的な視線恐怖症、対人恐怖症の根っこを壊していきましょう。

いくら正視恐怖症をなんとか避けられたと入っても、もともとの対人恐怖症はあるし、それで悩みまくることに変わりはないからです。
幸せな人生には到底程遠い状態です。
一番大事なのは根本的解決です。
対人恐怖症の根っこを壊すことができなければ、別の視線恐怖、対人恐怖の症状が出てきてしまいます。

 

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

人の眼を見て話せない 正視恐怖症のままだと普通に生きていけない

2011-11-26 | 対人恐怖症・視線恐怖症・社会不安障害

人の目を見て話せないことは、僕の大きな大きな悩みでした。
視線恐怖にもいろいろあるけれど、人の目が見られないってことは、会話に、コミュニケーションに大きな障害になりました。

本当に口惜しかったですは。人と話したいのに、変に思われたらどうしよう、目を見たら迷惑がかかる、不快感を与える、相手がぎこちなくなる、次から避けられる、キョドっていることを悟られると思っていました。
いまは全くそんなことはなくなったけど、正視恐怖症が治っただけでも、遥かに楽になりました。

正視恐怖症の辛さを誰よりも知っている人間だと思っているので、少しでも、同じ症状で苦しんでいる人の力になれればと思い、更新しました。
まず人に不快感を与えているというのは、結果的に幻想です。つねに相手のことをチェックするから、なんでもないことで自分のせいと思ってしまうだけ。
逆に俺の目力をくらえと思って主体的に話して下さい。
案外不快に相手は感じていませんよ。
白人と話してみればわかるけど、じっと眼を見て話してますよね。
まずは練習と思って、彼らと話そう!
どんなに凝視しても何にも感じてないから、不快とか、迷惑とか。

どちらかというと、こちらの眼をみて話してはまずいかなオーラが、相手がこの人は話しかけられるのが迷惑なんだなと判断されて、お互いエンドレスで気を使いすぎてギクシャクするだけです。
どんどん眼をみて話しても大丈夫。
あなたの正視への不快感で距離をおいているわけじゃない。
あなたの遠慮から、気をつかわれているだけ。
岩波先生の言葉集にも書いています〕

ただし凝視は失礼なので、適度に視線を外すとか、苦手なら眼を見なくても、あるところを見ることで相手からは眼を見られていると感じるポイントがあるとか、まあ色々なやり方がありますが、次の更新で書いて行きたいと思います。
相手は不快に感じていませんよ。
こちらの心持ちです。考えすぎ。
まあ悩めばそうなるけれどね。

あとは人を避けてばかりではいけないというところ。
練習する機会を設けよう。
最初は勇気がいります。
でも勇気なくして、視線正視恐怖症は治りません。
あなたは人の眼をみて話しても大丈夫な人です。
自己嫌悪に陥らず、自己肯定しよう!
僕も正視恐怖症を克服出来たから、みんなも出来ます、必ず。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

トランス呼吸法を教えてくれるサイトやブログ紹介

2011-08-17 | 岩波先生の心理プログラム

トランス呼吸法(岩波先生)のやり方について、僕もブログで体験記ややり方を書いていますが、人それぞれやり方やコツ、トランス体験(変性意識)が違うんで、それを紹介していきたいです。

超瞑想体験の劇的効果体験ブログ

シュウさんという方が、主に瞑想体験(いわゆるトランス状態ですね)の体験記をブログで発表しています。
トランス呼吸法も瞑想状態とは密接なので、呼吸法のやり方も書いてあります。
ある意味、悩みとか症状とかよりも、体験・体感メインなので、邪魔なものがない分、いいかもしれない。

神経症克服プログラムの経験談

とてもお世話になっているメンタルマンさんのサイト。呼吸法などプログラムについて、やり方を書いてくれています

カリスマ鬼才岩波先生のこと

SOMATAさんのブログ。舌鋒鋭く、呼吸法や家での訓練、気持の高め方など書いてくれています

神経症克服征服きょーかい

マッタケさんのホームページ。トランス呼吸法だけじゃなく、ルーツ分析整理の方法も書いています。老舗サイトですね。

岩波先生心理・脳内プログラムWIKI

コミュニティサイトになっています。掲示板には経験者や通っている人がたくさん書き込んでいるので、やり方も多く書かれてあります。僕も時々お邪魔しようかなと思います。

僕が見つけたのはこんな所ですが、体験記の中に呼吸法や家での訓練のやり方もたくさん書かれてあるので、このブログの左側リンク先からも飛んで、見つけ出してみてね。

どちらかというと、ホームページよりも、ブログのほうがやり方が書かれてあるような気がする。
更新しやすいからなぁ

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

神経症が解決する人、神経症克服できず悩み続ける人の違い

2011-06-12 | 僕の神経症克服方法

お久しぶりです。
神経症という人生に大きく立ちはだかる壁を乗り越えられない人と乗り越えていく人の違いはどこにあるのか、ということを考えてみました。
色々な要因が挙げられると思うけど、「心に期するものがある・ない」ということも大きいと感じています。

つまり惰性の気持ち、逃げることばかり考えている気持ちでは、神経症に負け続けてしまいます。
一念発起しないで、自分の心の中の問題を解決しようとすること自体、良くならないということだと思います。
きつい精神状態が続くと、どうしても「楽して治りたい」ばかり考えちゃいます。

僕もそうでした。プライドを捨てることが大事だとわかっていながら、どうしても格好つけて、よく思われていきたいという、意地汚い考えばかりしていました。
自信を持つためには、それじゃいけないということすら、最初はわかっていませんでした。

まあ、それが大間違いの大やけどのもとだと気づいた(岩波先生が気づかせてくれた)わけなんだけど、そこで大事になるのが「一念発起」だと思います。
どこまでいっても、自分自身の自意識や理性が、僕の前について回りました。

だけど、どうしても自分を乗り越えられなかったです。
僕のじゃまをするものは、他人ではなく、自分自身でしかなかった、その自分がものすっごく手強いのです。
僕は色々な手をつくしたり、いろいろ考えて乗り越えようとしたけれど駄目だった。

そこで自己嫌悪に陥りましたし、悔しくてたまらなかったです。
「もうこうなりゃ、自分をいじめてやる!」ぐらい気持ちを高めてから、初めて自分の壁を越えていくことができました。
心に期するものを持ってから、はじめて神経症が好転し始めたのです。
楽に神経症を治すなんて、なんて甘っちょろい考えだったんだ、と本当に自分にあきれてから、気持ちを切り替えました。

そうすると覚悟が出てきます。何があってもいいという覚悟です。
そうして一念発起、色々なことにチャレンジしました。
それにトランス呼吸法や暗示を徹底的にやりました。
いつのまにか、以前は高い壁で超えられないと思っていたものが、たいしたことがないとわかりました。
それがつまり自信ということが、わかりました。

考えていたって、自分の身を守りながら得しようなんて、結果はついてきません。
今、色々なチャレンジをして、自分を変えようとしている人は多いと思うけど、僕のような考え方をしていたら、一生同じまま生きていくと思います。
神経症が良くなる人は、体験記を読む限り、みんなどこかで一念発起しています。
そして、いつまでも同じ繰り替えをする人は、心に期するものがあるのかどうか、考えた方がいいかもしれません。
もちろん、一念発起しても駄目だったなんていう人もいるかもしれないけど、そこに覚悟が備わっていて、継続したのかどうかも重要だと思います。

生きるということは、どこまで行っても覚悟だと思い知らされました。

もしそれがないまま神経症に立ち向かっても、一生治らないまま、症状が続いていくと思います。
きついことからひたすら避けて、いつもオドオドして生きなくちゃいけなくなります。
やりたいこともできず、周りの人間が幸福そうにしているのを指を加えて眺めているだけ。

それでなんにも感じないだけならいいけれど、それってものすごく悔しい!
なんで僕だけが不幸な症状に呪われているんだろう?
イライラがすごいことになり、ヤケクソになります。
でも、その反動の落ち込みは相当なもので、とにかく憂鬱なまま時間が経っちゃいます。

その未来のない思考の繰り返しを永遠にやりつづけてしまうのが、神経症のひどいところです。
だから、最初は少しでもいいから、神経症に立ち向かう覚悟をも身に着けていきましょう!

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

職場や学校での人間関係の悩みを解決させる思考

2010-10-24 | 僕の神経症克服方法

学校に行っても職場に行っても人間関係でへとへとに疲れてちゃってる人が多いと思います。
いじめを学校や職場で受けている人は別ですが、そうじゃない人でも人間関係に振り回されて、うつ病になったり社会不安障害が発症しているケースが山ほどあるみたいですね。
人間関係への攻略法を身につけないと、ずっとストレスを抱える悲惨な苦しい苦しい人生になってしまうわけだけど、攻略法って、要は自分が変わることで身につきました。
本を読んでうまい人間関係向上方法を探そうとしてきたけど、自分を変わることを無視して「うまく何とか切り抜けてやろう」という小ずるい考えをしていたから、何にも身につかなかった・・・

僕は学校でいじめを受けてきたから、トラウマを抱えてしまって対人恐怖症、視線恐怖症になってしまったけど、だからこそ、「人と調和しなくちゃダメだ」「浮いたり、攻撃されたりしないようにしよう」「できればよく思われたい」という気持が強かったです。
これもいじめのトラウマの後遺症(もうこれ以上傷つきたくない! 耐えられない!)なんでしょうけど、こういう思考の人が、今までうまくいった試しなんかないと思います。
一時的に切り抜けても、長くは続かないはずです。やればやるほど自分を無くして、うつ状態になります。

岩波先生の克服プログラムに悩みで参加している人は、例外なくそうじゃないかな~。
本当に人間の心理とか人間関係の機微って面白いなと感じるな。それって、岩波先生のように「人が俺を笑おうが、変な眼で見ようが、勝手にしてろ!」と思って生きている人間ほど、めちゃくちゃ人間関係がいいし、かつての僕みたいに「人とうまくやりたいな、仲良くしたい!」と強く願えば願う人間ほど、ますます人から浮いたり、疎外されたり、攻撃されたり、いじめの対象になったりしちゃう……。

もう笑うしかないな。でも、そこに真理が潜んでいると思う。
人間ってもろいですね。人から攻撃された人ほど、「勝手にしろ!」と思えるかというと、「うまくやらなくちゃ」の思考に陥るんだから。
僕は先生の神経症克服プログラムを受けている時、他の人がそうやって当たり前に陥る思考や受け止め方(認知の歪みがほとんど)を、僕自身やったって、悩み解決はできないなと気づきました。
いわゆる逆転の発想が必要と身に染みてから、岩波先生の考え方、思考パターンを受け入れる余地が、僕の潜在意識の中でできたと思う。

うまくやる必要なんてないんだ、なぜ人とうまくやらなくちゃいけないわけ? あくまで自分が主体的に生きて、人は「従」じゃないかと、暗示を入れてから、変わっていけた。
そうなると、不思議と(というより、当たり前のことと書いた方がいいかな)、人間関係で悩んだり焦ったりしないし、逆にうまくいくようになったです。

さらに僕はいじめのトラウマをうまく利用できたと思います。ルーツ分析をしていた気づいたことだけど、今までいじめを受けてきたということは、つまり「人とうまくやっていなかった」。今さら、人とうまくやっていくことなんかないじゃないか、と。自分の好きに生きてやる、それだけだと。
もちろん、この社会では好き勝手に生きることは、なかなかできない現実があるけれど、そんなもの好き勝手に生きるために、ちょっと折り合いつけて、合わせてやってやってるだけで、前ふりの段階なんだと心の底では思って生きてます。

今まで上に書いたとおり、うまくやろうと努力してうまくいかなかったんだし、結果はわかっているはずなんだから、もううまくやらないぞって。そりゃ、潤滑油を人との間に流しますよ。だけど、そんなもの所詮潤滑油であって、僕の本心じゃない。僕はかなりそういう意味じゃ、強かに生きていると思います。そこが岩波先生のプログラムに通った大きな財産だと思ってます。

せっかくトラウマや悩むルーツがあるんだから、それを都合がよく解釈できれば、かなり生きやすくなりますよ。簡単には最初いかない人も多いだろうけど、潜在意識に眠る資源を使わないのはもったいない。何でも考えたか、捉え方一つで人生はガラッと変わります。認知の歪みにも気づかないといけないけど、自分が何ものだったのか、何ものになりたいのか、過去を分析して、現状をしっかり把握して、未来への目標設定をしっかりすることも必要だった。

このブログ記事に関係した岩波先生の言葉・講演集へのリンク

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

神経症克服に必要だったこと 泣くこと(感情の抑圧発散)の必要性

2010-09-14 | 僕の神経症克服方法

僕は男ですが、神経症(対人恐怖、視線恐怖、社会不安障害)だったとき、ぼろぼろになって大泣きしたかったです。
感情には苛立ちとか焦りとか恐怖感、不安感と言ったマイナスのものもあるし、喜び、快感、楽しさ、うれしさなどプラスの感情もありますよね。
人生はやっぱり喜びの感情で充たされた方がいいと思うし、そうじゃなきゃ生まれてきた意味がわからなくなる。

が、しかし神経症はそのすべてを破壊してしまいます。
そういえば、「泣く」ってどんな感情なんだ?
哀しいから泣くし、嬉しいから泣く。

苦しい時こそ泣いて、心の平穏を取り戻そうというのが今回の主旨です。
僕は神経症の時、ほんとうにきつくてよく泣いていました。
かといって、中途半端な涙だったので、心ゆくまで泣いた経験がありませんでした。
男というところでプライドがあったんでしょう。
本当は泣いて泣いて泣きたかったし、それくらい辛かったな。
そうしたら心を幾分か落ち着けて暮らすことができたと思う。

泣く感情すら出なくなったら、かなりやばい状態だそうです。
というのは、感情をぐっと殺すことで、悩みに対処しようとする無意識の防衛が働くためで、そうなると、生きている実感がなくなり、離人感にまで至るようになるそうです。
感情が死んでしまうってことは、本能も死んでいっていると言うことなので、悩みはそこまでいくと本当に大変なことになります。
感情が発散できないままいくと、妄想や幻聴が出てきて、統合失調症に進むと言われています(元の資質もあるそうですが)。

だから、いま涙に明け暮れている人は、すごくいいことだと捉えよう!
理性なんか取っ払って泣いちゃおう!
大泣きしたあとは、すごく気持が安らぎ、静かな闘志が湧いて出てきます。
そう、理性がここで僕の場合重要になりました。

どうして理性でなくことを抑えてしまうけれど、それじゃ発散にもならないし、ただ苦しい状況を確認するだけになりかねない。
僕は岩波先生の神経症克服プログラムで、深いトランス状態を体験して、さらに条件付けされて深まっていくと、感情がわっと出てきました。
こういう経験は、通われている多くの人がしていることですが、僕自身もそうなれたことはすごく嬉しかったです。
といっても、大泣きしていたので、哀しいやら何やらで、うれしいかどうかその時はわからなかったけどね。

理性のリミットが外れた時、無意識に抑圧してきたものがわーっと出てきた状態でした。
それぐらい深いトランスに入れさせてくれて、またその訓練を指導してくれた岩波先生には今も感謝は絶えないけれど(他の人ではなかなか難しいだろうな)、心がすっかり軽くなった気持は今思いだしても、心が洗われるようですね。

だから、泣くことの重要性を僕は身に染みて感じています。
悪いことじゃないと! だから中途半端に泣かず、とことん理性を外して赤ちゃんのように全身全霊で泣いてみよう!

そういや深いトランス状態にはいると、子供に退行する人がいるが、僕もその時退行していたのだろうか? 赤ちゃんの状態になっていたのではないか?
今となってどうだったかわからないけれど、それぐらい思いっきり全身全霊「それだけ!」といっていいくらい泣いちゃいました。

注意:泣く人もいれば、怒りがこみ上げてくる人もいます。それはその人の経験してきたルーツや抑圧の種類によるもので、とにかく感情がわーっと出てくるのはいいことです。
集団の時、初めての人は特に驚かないようにしましょう。
そこまでできるのは先生ぐらいしかいないと思うけど、初めてだとショックを受けますから。
こんなに人間の抑圧ってすごいんだなと。

日常で抑圧を溜めないためにも、この「泣く」ことをオススメします。
抑圧ははけ口がないと積もっていくだけだから。
男だって女だって関係ない!
泣く時は赤ちゃんのようにプライドと理性を捨てて泣こう!
呼吸法をやっている人がいたら、感情が出てきた時に無理に抑えないように。
家族がいたら、人がいないところで呼吸法をやって思いきり発散しよう。

すっごくすっきりするから!

コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

会食恐怖症、外食恐怖症体験談 緊張のあまり美味しさも味わえない・・・

2010-03-14 | 対人恐怖症・視線恐怖症・社会不安障害

僕は大きな括りで言えば、対人恐怖症と言われる症状だったけど、細かく観ればきりがありません!
社会不安障害、視線恐怖症、脇目恐怖症、会食恐怖症、正視恐怖症、外食恐怖症、外出恐怖症、社会恐怖症などなど。
いくらでも上げられます。
医者によっては適応障害とか言われたかもしれないし、僕の視線への被害妄想、加害意識を申そうと捉えられて、統合失調症と診断されたかもしれない。

ま、、だから、名称はこの際あんまり重要じゃないです。
大元の対人的な緊張が無くなるに連れて、どれもなくなっていきましたから。
でも、ひどく行動範囲が狭くなるこの厄介な神経症で悲しい思いをしている中、少なくともおいしいものを食べる喜びだけは欲しかったなー。
会食恐怖症、外食恐怖症にもかかったばっかりに、おいしい料理をおいしく味わえなくなった時、めちゃくちゃ哀しかったです。

緊張が強まると、表情から手の動き、体の向き、足の動かし方すべてがぎこちなくなるけれど、ノドもぎこちなくなります。
まともに味わって食べられないし、おいしいという味覚すら緊張で無くなってしまいました。
しかも、よく噛まずに飲み込んでしまうため、胃もたれ感がすごく、腹を良くこわしてました。
過敏性腸症候群に対人緊張が強い人はよくなると言うけれど、下痢の症状とは別で消化が悪い食べ方をせざるを得なくなりましたね。

すべてのことが僕は制限されて今後も生き続けなくちゃいけないと絶望させてくれたのが、この会食恐怖症、外食恐怖症です。
人がいるとすべてが味気なく、苦しく、自己嫌悪に陥る例ですね。

今は、おいしいものをおいしくいただけますし、食べ歩きもしてます。
悩んでも、おいしいものが食べることができる時だけは幸せと感じる人は、当時の僕から見たら幸せもんです。
すごい進歩だと自分でも思うけど、会食恐怖症の時は食べ歩きなんかしたくてもできなかったですね。
だいたいコンビニ弁当をかって、部屋で一人寂しくまずい飯を食べていました。
それだけがホッとできる瞬間だったかもな~。

会食恐怖症が強まると、あまりの緊張で嘔吐してしまうくらい進行してしまいます。
本当に神経症の悪化には、適切な処置を講じないと、歯止めがかからないです。
僕もそうなる一歩手前までいきましたから、気持ちがよくわかります。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

神経症克服とトランス呼吸法の関連性 呼吸は色んなことを教えてくれた

2010-01-07 | 僕の神経症克服方法

題名の通り、今日は呼吸(トランス呼吸法)をやっていくことで、どう僕は神経症克服へのヒントを見つけたかについて書こうかなっと。
呼吸法の取り組み方がわかり、そして身につけることができれば、日常でも神経症克服に大きな効果を発揮してくれます。

トランス呼吸法そのもので、リラックス感を覚え、深い意識の変容状態になり、暗示が浸透することはもちろん重要です。
抑圧を外していくにも、理性から離れた深い感覚の体感が必要ですし、感情的になるための門を開くためにも呼吸法は重要でした。

岩波先生の技術を最大限発揮するためにも、ベースとして呼吸法は絶対欠かせません。
それらを含めて、僕にとって呼吸法は神経症克服の上で重要な役割を得たんだけど、今日書きたいのは「呼吸法を最大限効果的に取り組む思考こそが、神経症克服で必要となる考え方」なのだ。

呼吸法をやると、色んなこと重要なことがわかります。
僕が色んな人の神経症克服プログラムの体験記を読んだ時、みんなこの「思考」に到達していたんじゃないかなって想像してます。
それは僕自身、呼吸法で学んだこと、体験したこと、重要だとわかったことを日常や様々な状況の中で適用できたからこそ、神経症克服に至ったからです。

惰性で生きている人間が、自分自身という大敵に打ち勝つことは不可能だと思ってます。
それぐらい、自分自身に確固とした武器を持たないと、自分に自信を持てません。

その「思考」ってなんだろう?
要約すると「自分に有利不利を判断して頭でっかちで生きるよりも、とにかく『やる!』」というもの。

傷つかないように自分の身を守るために知恵を回す生き方よりも、とにかく飛び込む! 状況判断せず『やり抜く』こと。
そのためには、小利口に小ずるく生きるよりも、先が見えなくてもどうでも目標に向かって一心不乱に努力すること。
ぐだぐだしている暇があたら、やっちゃっていること!

これらは呼吸法をやっていくうちに身についていきました。もちろん岩波先生から教わったことも大きいです。先生が悩まないというのもこの考えが徹底されているからだそうです。
割り切りも良くなるし、スピードもパワーもそれで出る。
何度も言われてきたことが、呼吸法をやっている時「こういうことだったんだ!」と納得できました。
先生が何度も言っていたことを実は僕はわかっていなかった。
けれど、呼吸法で重要な要素(思考回路)である「馬鹿になって、状況判断せず、見返り求めず、結果も気にせず、とにかくその瞬間瞬間に全力を尽くす」ことができるようになってから、わかるようになった。
神経症克服に必要な思考回路を発見し(まあ、前から教えてもらっていたわけだけど……)、それを実践したことで掴めた。

今までの僕は、傷つくことを極端に恐れ、不安を更に自分で不安に増幅させて生きてきた。
不都合な状況を避けるために、いろんな知恵を回し、必死で自分を守って生きてきた。
でも、覚悟とリスクを持てない生き方は、さらに自分を追いつめてしまうもの。
良くなりたい気持が強くても、良くなるための実践行動ができていなかったし、思考も悪化させる思考しかしていなかった。

何かするにもクヨクヨ考えて、グダグダして、必死で動く理由、冒険する理由や決心を見つけようとするんだけど、ますます不安の渦に飲まれていくだけ。
それを続けていたら、一生不安の渦に巻き込まれて、毎日涙と悔しさと焦りの人生になるだけ。
考えても今まで何にも解決なんかできなかったんだから(一時しのぎぐらいはできたかもしれないが、いつか限界が来るもの)、いまさら同じことを考えて、悪いことのコピーばっかりして、最悪なのに何十年後も同じことをグルグルしていたなんてことになっちゃう。
そこで、辛い、苦しい! 助けて! 死にたい!と同じことをやっちゃう。
でも逃れたいから、何かしようとするけれど、また考えて不安を引き寄せ悩み、苦しみ、傷つくことを恐れて、何にもすることができず、ついには何のための人生だったのか絶望に陥る。
どこかでグルグルと落ちていった自分を変えないと、上述のような地獄になることに僕は気づけました。

それを岩波先生のトランス呼吸法をするうちに、気づくことができた。
呼吸法で意識が変容しなくても、心身が落ち着かなくても、そんなもの当たり前だし、とにかく呼吸法をやるんだ!
その気持に火がついた時、本当に馬鹿になりきることができた。
その時の僕の脳内は、ドーパミンだかアドレナリンだか脳内モルヒネだかが渦巻いていた。

そうか! 自分に有利不利を状況判断して小ずるく生きるより、結果がどうでもとにかくやることが大事なんだ!

こういう思考の時は、モチベーションがとても上がっていて、気持がとても乗れる。
だから動けるし、傷つくこともない。
それは、傷ついてもどうでもいいからとにかくやる! そういう気持でいるから。

傷ついたらどうしようと怯えて生きていると、結局傷ついてしまう。
そればかりかちょっとした出来事でも悩んでしまって、ますます臆病になる。

リスクを取れる人間になることが、一番の解決の近道でした。
リスクを回避すると、いつまでたっても、永遠の悪循環にはまった。
呼吸法で利益を得なくてもいいから、とにかくやるんだ!という気持は、一種のリスクをとる行動だ。
だって、無益に終わるかもしれないから。
それでも、馬鹿になってやれば、必ず結果がついてくるとわかった。

それは人生全部でも同じだと思った。
オーラが出ている人間、生き生きしている人間は、リスクを取れる人間。
そのリスクを乗り越えているから、生きている実感が湧いてるんだと思った。
リスクをとるには覚悟が必要。
自分に不都合なことでも、あえてその道を行く生き方。
それは大変なことだけど、僕は暗示の力で乗り切れた。
暗示を浸透させるためには、呼吸法が必要になる。
ということは、全部つながっていることなんだなー!

もう同じ悪循環のコピーはたくさんだと思いませんか?
同じ思考としていたらどうなってしまうか認識したら、きっと呼吸法への取り組み方も大きく進歩するはずです。
毎日の生き様にも効果が出てきます。
逆に不安も感じなくなってくるし、強くなっています。
僕がそうだったから、あなたも変われます。

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

神経症=体が堅い人は今が勝負 堅かった時の体験

2009-11-06 | 神経症、心のトラブルの経験

そもそも悩む人は体が堅いです。緊張状態、戦闘状態、常時防衛体制で生きてきたのだから当たり前です。
それに自己防衛本能が普通の人の何百倍も高まっているし。

べろべろに緩んでいる人が集団でいても、最初からそうだったわけじゃないです。
緩んでいる人はやっぱり努力を経て、ある時からべろべろに緩むようになったわけです。
それを見ると悩む人はすぐ「どうせ私は・・・・・」と自分だけ例外扱いして(一種の甘えかな)、焦ったり落ち込んだりするんだけど、みんな同じ条件なんです。
最初はストレッチをやっても呼吸をやっても元が元だったから成果があがらないかもしれないけど、やって損は絶対ないので続けてください。
だから、人といちいち比較しないで、目の前のことに頑張ってください。
人の弛み具合を見て、「私も頑張ろう」と思える人は前向きですし、効果が出るのも早いと思う。

ストレッチ運動、呼吸の積み重ねがメインだけど、岩波先生から言われたことをしっかりやった人は確実に緩んでます。
これは僕が参加したグループでのプログラムで見聞きしたので間違いないところだし、僕の体験もそうでした。
あともう一つ言えば「自己防衛本能」が強すぎる人は、肝心な時に(例えば体が緩めば嬉しい状態なのに、それが嫌で防衛して緊張させてしまう)ゆるみきれないものがあるそうです。
僕ももっともっと緩みたいのに、弛みを許さない自分が存在しているのを感じてきたので、確かにそれもあると思います。
緩むことが恐怖、不安になるってことは、それだけトラウマやルーツにひどく毒素がたまっているとの裏返しです。
緩んでもいい、すべて開放して身を任せよう、どうなってもいいという気持に少しでもなれれば、その壁を突破できたので、参考にしてください。

僕も社会不安障害、対人恐怖症、視線恐怖症で体が固まりまくっていました。
心が緊張すると、確実に体も堅くなる。
視線緊張がひどかったから、とくに目が疲れて、その疲労、緊張が頭の固さにつながってました。そうなると頭が重いし、痛くなることもあったし、体調面でも快適なことはなかったです。
それがずっと続くと、緩む感覚すら忘れてしまう。
僕は体が硬直して生きてきたから、逆にあんま自覚症状がなくて、はじめて先生によって緩ませてもらった時に、自分の堅さに気づかされました。
その落差たるや恐ろしいくらいあったし、怖いことだなと思った。
岩波先生は体の堅さや、負荷を与えた後の緩むスピードで、どんな人生を送ってきたか、どんな日常を送っているのか手に取るようにわかるとのこと。
それぐらい人の心理と体は密接に関連してるんですね!

そんな僕がべろべろに緩むようになったのは、なんといっても呼吸法でした。
あと悩みがなくなっていったのもあるけれど、最初に体が緩んでから、悩みも減って、それがいい具合にさらに緩みにつながった感じ。
呼吸法はつよいやり方では体が固まるけれど、やっている時はそれはそれでいいです。
その後開放された感覚を味わう時に、弛みを実感してください。
それで体の弛みも作れていくはず。
ゆっくりの呼吸はいわずもがな、それそものもが体を芯から緩めてくれる。

体が堅いから呼吸ができないと宣う人ほど、途中であきらめている感じかな。
そこを越えて更に積み重ねていけば、必ず緩んできます。
満足に息を吐けないのは当たり前です。焦らないでください。
ストレッチや体を温めた後(お風呂や運動)にやるといいです。

ここで重要な考え方、取り組み方があります。
僕がこれに乗っ取って呼吸法をやり始めてから成果があがり始めたんで、参考にして下さい。

「体が堅くても、柔らかくならなくても、とにかく呼吸法をやる!」この気持は重要だったな~
何が重要かというと、結果にこだわらず呼吸法に励むこと。それが体を緩ませ、深いトランスを経験し、暗示が染みこむ考え方です。
きついから呼吸ができない、とやめるよりも、続かなくてもとにかくやろう!という熱意がすべての固さを融解させる!

熱意ってとても重要です。惰性が一番いけない。
一時期でも、結果を度外視した熱意を持った人が必ず体の緩みを獲得してます。

時間が取れないという人もいるが、絶対時間はあるはず。
1時間無理だったら、15分でもいいから呼吸法に取り組む。時間がある人ほど惰性に入りやすいから、時間が制限されている人ほど熱意をもって取り組みやすい。
だから、時間があるなし、体の固さなんかまったく関係ない! 
取り組む時の精神状態だけが成果をあげる。経験から強く言い切れます。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加